ヒトの世界にて

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16話 【核兵器—センソウ—】

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「ハル!? 一体どうして!?」
「殺す、ニンゲン……殺す」

 現実とは思えない様な状況に動揺がそのまま隙に繋がる。
 ハルピュイアの腕は何かの改造を受けたのか光沢の様な物ができており、一見普通の腕に見えるのに、金属の様に光輝いている。
 そんな体になっているのにハルピュイアはぶつぶつと同じ事を呟いている。
 まるでゼンマイ式の人形の様なのに襲い掛かる動きは機敏で確かな殺意を感じる。

「お、おいハル! ニンゲンってなんだよ!? お前どうしちまったんだよ!?」

 あの頃見ていた彼女の笑顔は無い。
 表情筋が無くなったかの様に、仮面の様に張りついた無表情、まるで人形の様だ。
 認めたくは無い、認めたくは無いがハルピュイアは以前の彼女じゃない。
 前にぺレウスに聞いた事があるが旧人類は捕まえた人に何かしらの改造を加えていると聞いたことがある。
 勿論それはサイボーグ化の様な生易しいモノではない、以前とは似ても似つかない異形の姿にも改造しているとも聞いている。
 実際イアソン王の収めるコルキスでは旧人類に改造された新人類が問題を起こしている事も聞いている。

「クソ! 旧人類め……! ハルに、ハルに何をしやがった!!」

 旧人類に改造された人は前の自分に戻ることはできない。
 改造された人は以前とは違う暮らしを余儀なくされる、それも精神面を改造されて破壊行動をするようになってしまえば手遅れだ。
 こうなった人は――

「殺してやるしか……ねぇ」

 吹き荒れる様な炎がファイスの足元から吹き上がってくる。
 彼はレッドドラゴンだ、ホワイトドラゴンのハーフであるコレ―と同じように自身の能力を強化して戦うことができる。
 コレ―は仄かに体が光る程度で主な効果も筋力の増加だったが純粋なレッドドラゴンの彼は違う。

「殺す、ニンゲン……殺す」
「ハァァァルゥゥゥ!!」

 吹き荒れる炎がファイスの体を包み込む。
 火炎剛牙、彼の内から湧き上がる炎を力任せに叩きつけるだけの、しかし彼だけの技だ。
 戦って、ハルピュイアを殺すしか彼女を救う手段は無い。
 ファイスの視界が涙で歪む、その歪みすら彼の熱が蒸発させてしまう。

「うおおおおらああああ!!!」

 爆発がハルピュイアの全身を包み込む。
 本来なら怪獣の足すら砕く彼にとって必殺の様な一撃だ。
 だが。

「アアアアア!!」
「ハ、ル――!?」

 雄叫びと共にハルピュイアの体が変態していく。
 美しく白い羽の羽毛が禿げ落ちていき、その下から透明で薄い羽根が現れてくる。
 指が伸びていき皮や骨ごと一体化していき鋭い刃に変態していく。

「なんだ? 何なんだよ……!? ハル! お前旧人類に何されたんだよ!?」

 改造されたからと言ってこんな異形の姿に変態していくのだろうか。
 腕に鋭い鎌を持ち、薄く透き通った羽根を持ち、体が黒く濃い紫色へ変色していく。
 その上で怪獣の体をも砕くファイスの一撃をも耐えた頑強性。

「アア、か、がぁ! き。きち、きちちちち……!!」

 頬が裂けて牙が飛び出し、良くわからない触覚の様な者が四本顎から飛び出してくる。
 最早人の言葉を話していない、そもそも言葉ではない音を発しているだけに過ぎないだろう。
 その瞳は虚ろなのに殺意だけは感じられる、その姿はまるで――

「……怪獣、じゃねぇか」

 彼女を救わねばならない。
 もう一度強く、得物であるハンマーを握りしめた。



「本当にそんな威力の爆弾があるのか!?」
「GFoR64718はかなりの精密機械でメンテナンスをしてなければ効果は落ちるだろう……しかしそれでもこの島を消し飛ばすには十分だ、かつて極東の島国にこの爆弾が落とされて国ごと島が無くなった……」
「島ごと、じゃと!? その爆弾がこの島の地下に眠っておるのか!?」
「迂闊だった、金属探知だけではなく金属識別をしておくべきだった!」
『今更それを悔いてもしょうがありません、早くこの島を離れましょう』
「解っている! 先ずは……!」
「おお?」
「アレス?」

 ロボットである自分が珍しく慌てている。
 自身の中にあるAIに声をあげてしまう程だ。
 しかしその事を説明している余裕も無い、腕のデバイスを使い通信を始める。
 アルゴナウタイの個人回線に電波を飛ばしある人物へ連絡する。

「はい、ローデですけど?」
「ローデか!? 頼みがある!」
「なんじゃ、ここからでも船と連絡が取れるのか?」
「あの連絡端末見たいな物か」

 前にレアに渡したアルゴナウタイに設備されてあった連絡端末。
 その電波の周波数を調整してアレスが飛ばしたのだ。
 連絡先はローデの個室、その会話はクラトスやディータにも聞こえる。

「た、頼みですか? というかアレスさんどうしたんですか? 何か慌ててる見たいですけど……」
「この島に凄まじい威力の爆弾があることが解ったんだ。何時爆発してもおかしくない、今すぐにこの島を離れなければならないんだ」
「え、えぇ!? 爆弾ですか!?」
「ああ、だからアルゴナウタイのエンジンを始動させておいて皆を艦橋に集めておいて欲しいんだ!」
「わ、私がですか!?」

 通話越しにローデの慌てる声が聞こえる。
 それもその筈だ、アルゴナウタイは普段アレスが一人で運用している。
 特にクロノスのエネルギー調整やシステムの立ち上げはその手の知識のあるコレーですら手出しできない程高度な技術が必要なラインだ。
 戦艦はPMを起動したり運用したりするのとは違い、戦艦そのものを理解してないと起動すら危うい。

「ちょ、アレスお主! アルゴナウタイを動かすのはお主以外無理じゃろ!?」
「アルゴナウタイは500年前の遺産だ。オレ達では理解できない技術が沢山使われてるんだろ?」
「違う、違うんだ。俺達の時代の技術は知識なんだ。魔法の様に才能が必要なのではなく、知っているか知らないかの話なんだ。ボタンの押す順番さえ解っていればエンジンの起動ぐらいなら簡単にできる」

 アルゴナウタイは500年前の地上戦艦だ。
 そのスペックは当時でもオーバースペックで兵隊やPMを運ぶ為だけの動く箱だった時代の戦艦なのに、居住能力がある所謂要人向け、または箱だけを作るのに嫌気がさした職人達が己の技術を結集させて作ったのかも知れない。
 しかしそんなアルゴナウタイも基本的な技術は何も変わらない。
 戦艦である以上動かすために必要な装置はある程度共有されている。
 だから――

「時々戦艦の資料を見ているローデならAIの補助があればできる筈だ、AIは俺の中の補助AIを使う! 皆に事情を説明して艦橋に集まってくれ!」
「「……え!?」」

 アレスはアルゴナウタイの航海記録を全て網羅している。
 なのでローデがアルゴナウタイの様々なデータを見ていたのも理解している。
 その上で時々アレスの留守を狙って艦橋に立ち自分がアルゴナウタイを操舵している様な微笑ましい遊びをしているのも知っている。
 だからこそ、彼女にアルゴナウタイを任せられると思った。
 彼女が何かしらの理由で船というものに憧れの様なものを持っているのをアレスも理解している。

「わ、解りました……! なんとか、やれるだけやってみます!」
「頼む、俺達も直ぐに帰る! 行くぞ二人とも!」
「う、うむ……!」
「ああ……」



「う、おおおおお!?」

 何度攻撃を撃ち込んだだろうか。
 既に陽は落ち、辺りは暗くなって月が昇ってきている。
 ハルピュイアは何度燃え爆ぜる攻撃を受けても立ち上がってくる。
 不気味なキチキチという声を出しながら首をがくがくと人の骨格ではあり得ない方向へ曲げながら不気味にだ。
 その姿を何度も何度も見て流石に恐怖を感じてきた。
 その上で不死身の肉体かと見まごう程の頑丈性を持って確かな殺意をファイスにぶつけてくる。

「く、そがぁぁぁ!!」

 爆発と炎の余波で辺りの地形をドンドン破壊していく。
 地面の数ヵ所に大きな穴が開き木々は切り裂かれ炎が地面を焼いていく。
 ハンマーを持つ手が震えている、ハルピュイアのあの姿が怖くて震えているのだ。

「お、お、おおおおおお!!」
「ぎ、ち!?」

 そんな恐怖を雄叫びで掻き消しつつ渾身の一撃をハルピュイアの顔面に撃ち込む。
 爆発と共に振り切った、ハルピュイアの体が頭を中心に一回転し頭部が弾け飛ぶ。
 何度も何度も打ち続けた攻撃は、ようやくハルピュイアの命を終わらせる事ができた。

「は、はぁ……! はぁ……はぁ……! くそ、ハル……!」

 ファイスの嘆きに誰も答える者はいない。
 だが、ようやく、ようやく彼女を終わらせられた。
 あんな生き方をするなんて彼女への侮辱としかいえない、人を怪獣に変えてしまう様な改造をして旧人類は何をしているのだろう。

(足りない兵力を作っている? いや、こんな状態で言うことを聞かせられる訳がねぇ。何のためにこんな改造をしたんだ?)

 解らない、自分は戦う者で考える者ではない。
 そういうのはいつも他の人に任せていた、そういう者を守るのが自分の役目だった。

「……ここで考えてても何も解らねぇ。とりあえずハルを持ち帰ってクラトスやアレスに聞けば何かが――」

 自分は戦うことに集中して後の事は頭の良い奴に任せれば良い。
 そう思って頭部を無くしたハルピュイアの体を持ち上げようと右腕を伸ばした。

「――は?」

 その腕が、無くなった。
 ぼとり、と無くなった腕が宙に舞い地面に落ちる姿が嫌にゆっくりに見える。
 何が起きた、と疑問に思う前に鈍く光る鎌が血を滴らせていた。
 起き上がった、起き上がったのだ。
 頭部を無くしたハルピュイアが、声を上げることもなく確かな殺意を持って起き上がりファイスの右腕を切り飛ばした。

「あ、あ? あ!? があああああああああ!?」

 驚きが、恐怖が、そして痛みが順番に襲ってきた。
 しかし痛みに悶えている余裕すらない、頭の無くなったハルピュイアはそのままファイスへ切りかかってくる。
 頭を失って視覚や聴覚が無くなったからかその動きは緩慢で、しかし確かな殺意を感じる。

「は、あ!? ぐ、がぎ、があ……!!」

 無様に転がるように地面を這いながらハルピュイアの攻撃を回避する。
 その衝撃で切られた腕が痛み、血が吹き出す。
 意味が解らない、怪獣でもゾンビ族でも頭を無くせば死ぬのに自分が今何と戦っているのかの確信すら薄れてしまう。
 だが、だがそれでも今この場から逃げる訳にはいかない。

「ち、くしょおおおおおおおお!!!」

 ハルピュイアをこのままになんてしておけない。
 こんな改造をされてしまった彼女を殺してあげたい、頭を失ってまで生きているなんて残酷だ。
 それに、それに。

「俺は、俺は死ぬわけにはいかねぇ、俺は……俺はウェヌスに何も言えて無いんだ!!」

 失った利き腕の痛みに耐えながら左腕でハンマーを振るう。
 早く彼女を眠らせてあげたいと思う気持ちが起こしたのか、それともファイスの生きたいと思う気持ちが起こしたのか。
 今までハンマーを振るってきたどの一撃よりも凄まじい一撃がハルピュイアの体を地面に叩きつけ爆発させる。
 そのあまりの破壊力が壊れた辺りの地形の引き金になったのだろう。
 ファイスとハルピュイアの戦っていた地面が崩壊し二人を地下の空間へと落として行った。



「なん、だと……!? どういう事だ!? ファイスが外に出ただと!?」

 日が暮れて少しして月が昇り始めた頃、ようやくアレス達がアルゴナウタイに帰ってくる事ができた。
 ローデはアレスの言う通りアルゴナウタイを起動する事ができてトリトとレアとコレーを艦橋に待機させていた。

「ご、ごめんなさい……アタシ、ちょっと外に出てくるって聞いてて……」
「レアは悪くないじゃろ、こんな状況になるなんて誰も想像しえないわい」
「ば、爆発は何時起こるんだ!?」
「俺が知りたい位だ……! くそ……! ファイス! 近くにいるなら戻ってこい!! この島には危険な爆薬が埋まっているんだ!! この島を丸ごと消滅させるような!!」

 外に聞こえる様にアルゴナウタイの拡声器を使って外に声をかける。
 何か動きがあればアルゴナウタイのセンサーが島の半分を関知することができるのだが――

「コレー! センサーに反応はあるか!?」
「……ありまセン。アルゴナウタイのレーダーが届く範囲に人形の生命体は存在しまセン」

 GFoR64718の事は帰ってきた時に説明した。
 その危険性をアレス以外はしっかりと理解できてないだろう、しかし何時も冷静で声を荒げる様な事の無いアレスが明らかに取り乱している。
 その様子だけで異常事態だというのが嫌でも伝わってくる。
 
「く……」
「た、助けにいけないの……!?」
「無理だ、話を聞いた限りアレスでも耐えられない爆弾なんだ……このレーダーの届かない距離だと探すだけでも夜明けを待つことになる」

 アレスが全力で助けにいったとしても戻ってくるまでにGFoR64718は爆発してしまうかもしれない。
 アレスの金属識別で確認したところGFoR64718は既に金属識別がつかない状況だ。
 既に何時爆発してもおかしくない、一秒でもこの場所にいれば核爆発に巻き込まれるかもしれない。
 ――嫌、もしかするともう間に合わない状況なのかもしれない。

「500年も爆発しなかったなら今も大丈夫なんじゃねぇのか!?」
「むしろ今の状態が奇跡的なんだトリト……! 爆発してない理由が俺にも解らん……!」
「……残念デスが、島を出るしかないデス」
「そ、そんな!? ファイスさんがまだ残ってるんだよ!?」

 唇から血が出る程、コレーは歯を食いしばっている。
 アレスの次に戦略核の怖さを解っているのはコレーとローデだろう。
 その証拠にコレーとローデは真っ青な顔をして震えている、この状況では生きた心地がしないだろう。
 コレーはかつての戦争の規模をプルートから聞いている、そしてローデはアルゴナウタイのデータで核兵器がどんな物かを理解している。

「もう既に間に合わないかもしれんが少しでも希望のある選択肢を取る……全員艦橋で何かに捕まっていてくれ。出るぞ」

 そんな冷たい決断しかアレスには出せない。
 少しでも希望がある方に、一人でも助かる人がいる方へ舵を取るしかないのだ。

「そんな、アレスさん……!」
「ディータ、ローデ、レアを頼む。俺にはこんな決断しかできないんだ」
「……うむ」
「はい」

 膝を付き泣きじゃくるレアにアレスは何も言うことができない。
 自分がファイスを見捨てる選択肢を取った、どんなに仕方のない状況とはいえそれは真実だからだ。
 そんな事情をレアだって解っている、しかし人が死んでしまう悲しみを押さえることができない。
 優しいレアはファイスを止めなかったことを心のどこかで悔いているだろう。
 その悲しみを慰める権利を冷たい決断をしたアレスには、自分にはないのだ。

「コレー、エネルギーラインを見ていてくれ。とはいえレッドゾーンに入っても動かなくてはならんが」
「はいデス!」
「クラトスはトリトと一緒にレーダーを見ててくれ、何か反応があれば島から出てくる筈だ」
「ああ」
「……くそ、仕方ねぇ」

 ローデがアルゴナウタイのエンジンを起動していた為スムーズに動くことができる。
 緊急に立ち上げればレーダー等の情報収集が間に合わず思わぬ事故が起こったかも知れない。
 誰もが己の無力を噛み締めながら、アルゴナウタイはアイアイエーの島を離れるのだった。



「ぐ、あ……痛……暑っつ、何がどうなったんだ?」

 暗く大きな空洞の中で腕の痛みと強烈な熱でファイスは目を覚ました。
 地面の陥没に巻き込まれ十数分程気絶していたのだろう。
 辺りには瓦礫が落ちており暗いがレッドドラゴンは暗視を持っていないので暗い場所では辺りを見渡すことができない。

「なんだ、こりゃ……?」

 それなのに辺りの光景を見る事ができたのは目の前の不思議な光景があったからだ。
 青白い光が無数に四本の筒に付着して光っている。
 筒は柱のように大きく空洞の天井まで届きそうな程だ。

「こりゃ、遺跡か? 妙に暑いがなんだこの柱……」

 不思議な事にこの空間は妙に暑い。
 レッドドラゴンの彼であるから耐えられる熱で、恐らくは100℃を越えているだろう。

「ぁ……! そうだハル! ハルはどうなった!?」 

 痛みと目の前の光景に一瞬全ての事を忘れてしまっていた。
 ハルピュイアもこの崩落に巻き込まれて何処かにいるかも知れない。
 最後に与えた一撃は十分相手を破壊できたと思っているがあの不死身の肉体を持つハルピュイアだ、本当に動かなくなるまで自分を殺しに来るかもしれない。

「居た……! え?」

 ハルピュイアはふらふらと柱の様な筒に歩み寄っている。
 何をしているのかは解らないが、穴の開いた体や折れた足で這いずる様に向かっている。
 そんな姿を見て、改めて恐怖よりも怒りが勝ってきていた。
 どうして、なぜ彼女がこんな目に合わなければならないのか、もう彼女の全てを終わらせてやるべきだと。

「……ハル、今終わらせてやるからな」

 ファイスの体も上手く動いてくれない、レッドドラゴンの頑丈さがあっても何処かの骨に皹が入っているのだろう。
 しかし、休むのなら後でもいい彼女の全てを終わらせてからでも十分だ。
 もうハンマーもない、自分の拳を燃やして叩きつける事しかできないだろう。

「……おやすみ、ハル」

 ハルピュイアは筒に縋りつくように抱きついている、筒の温度で肌が焼けこげるのも構わずにだ。
 これを探していたのだろう、しかしこの筒がなんなのかはファイスには理解できない。

「う、おおおおおおおお!!!」

 雄叫びと共に筒に叩きつける様に炎の拳を打ち付ける。
 最後にファイスが見た光景は筒を覆っていた光が彼の炎によって燃え尽きそれと同時に輝かしい光が視界の全てを覆った光景だった。
 勿論、彼は知らなかった。
 この筒がアレスの警戒していたGFoR64718という戦略核兵器だという事を。
 そしてその警戒をしていたアレス自身も知らなかったのだ。
 このGFoR64718が爆発を起こさなかったのは理由がある。
 筒に付着していた仄かな光、これはナノマシンを感知できるアレスですら感知が不可能な小さな小さな機械の群れだった。
 今より490年前、新しい世界のシステムを築き上げるために作り上げた小さなシステム達。
 細胞よりも小さなナノマシンのサイズである0.000 000 001メートルよりも小さなこの世界の何処にでもいる機械の群れ。
 その群れが世界中の核爆弾の爆発を押さえていた。
 それを知らずに、また一つの爆弾を、新人類が爆発させてしまったのだ。



「っ……! エネルギー反応が後ろに出た! 爆発したぞ!!」
「全員何かに捕まれ! まだ爆風の有効範囲だ!!」

 GFoR64718の爆発範囲は極端に狭い。
 何故なら確実に爆心地を破壊するために爆発の圧力をなるべく中心にだけ起こる様にした戦略核兵器だ。
 しかし爆風の速度が凄まじい事になってしまい結局は通常の核兵器以上の被害を辺りに与えてしまう兵器になった。
 その爆風は凄まじく今この星を五周はしているだろう。
 そしてその威力は――

「バリアーだ! このままじゃアルゴナウタイは空中に打ち上げられて粉々にねじ切れるぞ!!」
『ですがアルゴナウタイのバリアーは今も修復が間に合ってません! このまま使えばオーバーヒート―を起こしてアルゴナウタイが動けなくなりますよ!?』
「みじん切りよりましだ! せめて後方にだけでもバリアーを使う!」

 アレスの中にいる筈のAIは今バリアーの計算やアルゴナウタイの機体制御を行うためにアルゴナウタイの機能を任されて声すら発している。
 その光景に誰かが意見する余裕もない、船が爆風で揺れ始めた。

「うわわ!? わあああああ!? これが爆風ですか!? よ、夜なのに外が明るくなってますよ!?」
「よ、夜明けじゃと!? 大丈夫なんじゃろうな!? のわあああああ!?」
「ディ、ディータさあああん!?」

 ローデの悲鳴と共にディータが手を滑らせて艦橋を転がっていく。
 そして外の光景が月が出てるほど暗い筈なのに爆発の光で明るくなる。
 その爆発の衝撃が船が大きく揺れその機体が持ち上がろうとしていたが。

「バリアー展開!!」
「うお、おおお!?」
「トリト! 捕まれ!」
「あわわ……! プルート、ボクを守ってくだサイ……!」

 アルゴナウタイの後方にバリアーを展開しその衝撃を逸らしていく。
 勿論完全に爆風が遮断される訳ではない、不完全なバリアーを突破した衝撃はアルゴナウタイを大きく揺らしているだろう。
 その衝撃重力バランサーを使っているアレスでなければ立っている事すらままならず必死に計器や椅子にしがみつくかディータの様に床を転がってしまう。

「ぬおわあああああ!?」
「ディータ!? ちょ、おい前が見えない!?」
『何やっているんですか!?』

 どうバウンドしたのかディータがアレスの顔に思いっきり突っ込んでくる。
 しかも足を大きく開いてアレスの顔に股間を押し付ける様にだ。
 突然前が見えなくなったアレスは勿論ディータを引きはがそうとするのだが。

「離れろ! 今余裕ないんだって!」
「ば、ばあ!? お、お主何処触っておるんじゃ!? そこは引っ張るでない! 脱げる! 脱げるじゃろうが!?」

 アレスの手がディータをお尻を鷲掴みして引っ張るのだがその過程でディータのホットパンツが脱げそうになる。
 こんな事を言い合っている場合ではないのだが、言い合っている間にも爆風の衝撃と爆発のピークが過ぎていきアルゴナウタイも安定して水面に浮かべる様になった。

「く、ど、どうなった!? アルゴナウタイのバリアーは切れるか!?」
『――OKです、機体安定。爆発の余波も収まりました』
「お、おぉ……終わった、のか?」
「その様だな……あれではアレスが必死に逃げようとしてたのも納得だ」

 揺れの収まったアルゴナウタイはその代償として全ての電源が消滅した。
 アレスの中のAIが予想した通りオーバーヒートしアルゴナウタイの機能が全てシャットダウンした。
 GFoR64718の爆発が終わった、アイアイエーの島があった場所は大きな穴が開いており辺りの海を穴に吸い込んでいるので大きな波が起こっているがアルゴナウタイは動くことができない。

「わわ、真っ暗になっちゃったよ……!?」
「アルゴナウタイの機能が停止しちゃった見たいですね……レアちゃん、足元に気を付けてくださいね?」
「search、波の様子はどうだ? アルゴナウタイは引っ張られてはいるが渦潮に飲まれる事は無いと思うが」
『どうやらその様ですね、アルゴナウタイは予備電源以外使えないので修理が必要ですが』
「ふぁ……!? ア、アレスお主そのまま喋るでない……!」
「だったらどいてくれ」

 アルゴナウタイの揺れも収まりトリトとクラトスは脱力したのか床に寝転がっている。
 コレ―とローデ、レアは助かった安堵からぼんやりと外の風景を見ている。
 アレスに抱きついたディータだけが何とか目の前の事態を把握しておりほんのり顔を赤くしながらアレスから降りて乱れた服装を正す。

「んしょ……それにしても酷い有様じゃな、アルゴナウタイもしばらくは動けぬのか?」
「ああ、扉を開くのは予備電源で何とかなるが……しばらくはアルゴナウタイの修理で動けないだろうな」
「困ったのぉ。そうなると今は浮かんでおるだけか……いやまぁそれでも船が粉々にならなくて良かったと言うべきか」

 駆動音すら聞こえなくなったアルゴナウタイは静かな波に無抵抗に流され続けるだろう。
 仕方の無い事とは言え状況は遭難だ。

「……ファイス、すまなかった」

 そう呟くアレスの言葉に答えられるものは誰も居なかった。



「……爆発、したわ」

 揺れるコルキスの先端でウェヌスが呟いた。
 GFoR64718の爆風は爆心地であるアイアイエーの島から離れた位置のコルキスにも影響を及ぼしていた。
 夜空は明け方の様に明るくなりアイアイエーの島からは巨大なキノコ雲ができている。
 本来ならその爆風や大波は人が立っていられる様なものではないのだがウェヌスはまるでそよ風を感じるかのように立っている。

「何だと? GFoR64718はヴァルカンのヨクトシステムが爆発を押さえていたのではないのか?」
「その筈だと思うけどあのシステムはお互いの干渉に弱いでしょ? 新人類が何かしらの行動を起こせば霧散して起爆してしまうんじゃないかしら?」
「……ち、核兵器の恐怖すら理解できぬとは……やはり今の人類ではその程度か」
「ユピテル、本当に行動を起こすの? たった500年で人類があの時代の水準に戻れるとは思えないんだけど」
「黙れ、既に猶予は与えた、GFoR64718が爆発してしまったのなら仕方ない。今後の戦いで使われない事の方がいい」
「そうね、戦略核兵器なんて無い方が今後の為ね。核兵器のせいでこの世界は、星は壊れてしまったのだから……」

 ウェヌスとユピテルの会話を聞いている者は誰も居ない。
 今コルキスの内部はパニック状態で現状の把握に様々な人が駆け回っている事だろう。
 そんな内部の状況を知ってか知らずか、ウェヌスはコルキスで一番高い場所である艦橋を見つめる。

「今の人類は、どこまで強くなってるのかしらね。イアソン……貴方達は何処まで私達と戦えるのかしら?」



「なんだ、なんだあれは!? あんなの反則ではないか!?」

 ドン、と机に拳を叩きつける。
 ディナーの前に妻と何気ない会話でもしていようかと思っていたコルキスの船長であるイアソン。
 白髪の髭を蓄え黒いコートを着て海賊帽を被った海人の男性で、夜空の星が輝く時間帯に急に夜明けの様に空が明るくなり凄まじい爆風がコルキスを揺らした。
 大きな街二つ分の面積があるコルキスがまるで小舟の様にぐらぐらと揺れる程の爆風と大波、勿論その爆発は今の人類の手で起こせるものでない事も理解している。

「爆心地はどうなっている!? なに!? ふ、ふざけるな! そんな物が! そんな物が旧人類の武器には存在するのか!? アイアイエーの島が跡形も無く消し飛んだだと!? どんな爆弾だよくそったれ!!」

 アイアイエーの島が消えたという報告が観測室から送られてきた。
 島が一つ丸ごと消えたなど信じられない、しかし観測室の報告に偽りは無いだろう。
 旧人類と戦う準備を何年も前から進めていたのにあんな物を見せられては勝ち目があるとは思えない。
 あの爆弾が何回も使えるもので無いとしても一回でも使われれば十分こちらを全滅に追いやれるだろう。
 アイアイエーの島はこちらに被害がある様な場所ではないので何故それが爆発したのかは解らないが、もしあれが全面降伏を促す為の手段だとすればどうだろうか。

(各地で鉄巨人の情報が出てきてるんだぞ、あれは一体でもこちらの編隊と同格の戦力がある……旧人類は数が少ないことが解っているがこのままでは――)
「イアソン、落ち着いて」

 机の上で頭を抱えるイアソンの背後から声がかかる。
 凛とした女性の声だ、年を取っているので少し声がかすれてきているがイアソンにとっては聞きなれた妻の声だ。

「メディア……」
「この戦いは貴方達が、イアソンとぺレウス、そしてアルケイデス様が始めた戦いでしょう? 技術による戦力差など知っていたでしょう?」
「そうだ、確かにそうなのだが……こうも現実を見せつけられると、どうもな」

 イアソンと同じ年老いた女性は不安で押しつぶされそうな彼を見て柔らかに微笑む。

「イアソン、戦いましょう? わたし達の未来の為に……」
「……そう、だな。まだ絶望するには早い、よな。む? どうした観測室……なに!? アイアイエーの島近くに未確認の船らしきものがあるだと!? それも同盟の旗を上げている!? そうか、解った。進路をその船に取れ! 何か事情が聴けるかもしれん」
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