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外伝1 【無—セイチョウ—】
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「……すぅ……すぅ……」
朝日が登り初めベッドに寝転び寝息を立てる少女の部屋に太陽の光が入ってくる。
温かな光がゆっくりと少女の顔を照らし始める。
「う、うぅん……」
ベッドに寝ている少女は幼さの残る獣人。
薄茶色がかった白い髪の毛で毛先とピンと立つ耳に行くほどこげ茶色の毛色になる不思議な髪色だ。
太陽の光が眩しいのか呻き声を上げながらもぞもぞと体を動かす。
ちょっとだけ意識が起きてきたのか目を閉じながらも太陽に背を向ける。
(うぅ、眩しい……このまま二度寝したい……あ、でもシスターが作る朝ご飯の匂いがしてきた……)
意識が起きると耳も鼻も起き始めるのか焼けるトーストの匂いや昨日貰ったとうもろこしで作ったであろうコーンスープの匂いがする。
耳には陶器の食器を動かす音や木の椅子を動かす音が獣人である彼女の敏感な耳に聞こえてくる。
(もうちょっと寝たい……あぁでも昨日夜に手作りの苺ジャムを作ってたっけ……シスターのジャム美味しいし出来立てのコーンスープやサラダは今食べないと美味しくないかも……)
睡魔と空腹、少女の中での小さな戦いの火蓋が切って落とされた。
(ベッドから出たくない……でもジャム、コーンスープにトースト……匂いがしてたらお腹減ってきたけど……ベッドがアタシを包み込んで離さない……あれ? でも何か忘れちゃってる様な?)
朝ご飯を胃袋が望んでいるが少女は睡魔を望んでいる。
しかしそんな少女は何かを忘れていた様な気がする、と目を閉じたまま寝ぼけている思考をぐるぐる回す。
「あ、今日劇の日だった」
サファイアブルーの瞳を開けてカレンダーを確認すると今日の日付に赤い丸のマークが入っていた。
シャム猫の獣人、レアという少女に朝が来た。
*
「ふあぁ~おはようシスタ~……」
「おはようございます、レア。今日もいい朝ですね」
あくびをしながらレアはキッチンへ足を運ぶ。
挨拶をしたのはレアがシスターと呼ぶ存在。
赤細い金属の髪を持ちナノマイオイの装甲で肉体を構成し人工筋肉と全熱源を己の活動エネルギーに変換する変換器プロメテスで稼働する機械。
シスターウェスタ、この教会後で孤児院を経営しているロボットである。
「うん、今日もいい天気……あれ? ロプス兄さんは?」
「ロプスならば今日お手伝い先の最後の挨拶に行ってます」
「あぁ~そっか~ロプス兄さん明日卒院だもんね」
卒院、自分の道が決まって孤児院を出ていく。
何人もの孤児が卒院をして行って今はレアとロプスの二人だけがこの孤児院に残っている唯一の子供だ。
「……そうですね、ロプスと貴女が最後の孤児」
「シスター?」
表情は変わることがないがその声色は少し寂しさを含んでいる。
その違いが解るのは物心付いた時から一緒に暮らしているレアだからこそ解るレベルの違いだが。
「なんでもありません……さ、顔を洗ってきなさい。今日は貴女の手品劇の日でしょ?」
「はぁい……」
どこか釈然としないがこの言い方をするウェスタはこれ以上話を続けることもないだろう。
これもレアが解っている事だ。
だが、レアはレアでもうそろそろ12歳になる、言われるがままだけでなく自分で色んな事を考える様にもなっている。
(シスター、なんであんなに悲しそうなんだろう……やっぱり孤児院の皆んなが居なくなるのが寂しいのかな? でも……)
前に姉の様に慕っていた孤児が卒院した時に寂しくてウェスタに慰めてもらったことがある。
その時は一人一人の孤児が卒院し自らの道へ歩む事を喜んでいる、と言っていた。
その言葉も無理をして言った言葉なのだろうか。
(どうしたら、いいのかな……今更ロプス兄さんを卒院させないって言うのも違うだろうし……)
冷たい水で顔を洗いながらあれこれと考える。
幼い自分に何が出来るのだろうか、そう考えても答えが出ることはない。
「は~……何にも浮かばないや、とりあえず今日の劇を頑張らないと」
浮かばなかった以上自分が考えてもしょうがない。
劇の事もあるのでこれ以上悩んで劇に支障があっても良くない。
こういう時は何よりも切り替えるのが大事だ。
短い自分の人生で学んだ事の一つだ。
「よ~し、今日も頑張るぞー!」
頬をパン、と叩き深呼吸をして気持ちを切り替えるのだった。
*
「さぁさぁお兄さんにお姉さん、お父さんにお母さん、お爺ちゃんにお婆ちゃんも! 今日はレアのマジックショーに来てくれてありがとうございます!」
黒いスーツの様な上着に可愛らしいフリルの付いた黒のスカート、そして緑と橙色の宝石の付いたティアラが付いた黒のシルクハット。
一見すると男装にも見えるが所々に女の子らしい装飾のされている衣装で緑と橙色のステッキを持っている。
レアはクレータの街にある劇場でマジシャンの見習いとして働いている。
見習いであるが既にその腕前はしっかりとしており彼女独自のマジックを何個も作っている。
見習い扱いなのは彼女がまだ成人でないからだ。
「こちらの魔法石にはなんの魔力も詰まってません……そこでアタシが二つの魔法を詰めましょう」
魔法石とは魔法を詰めることの出来る石である。
一見普通の、手のひらサイズの小石なのだが中に魔法を詰めておき数分保存する事ができる石だ。
「先ずは……シーフナスジ」
渦巻く風が魔法石に吸い込まれていく。
さて急がなくてはこのマジックは成功しない。
「続いて、ペトラジ……!」
「おぉ……!? あの少女反属性を……!?」
「き、危険じゃないかしら……!?」
続いて岩の魔法を魔法石に込める。
魔法の知識があるものなら彼女が反属性の魔法を使っている事に気がつくだろう。
火と水、風と土、この四つの属性がこの世界には存在している。
その中で火と水が、風と土が反属性として知られている。
この属性が噛み合うと激しい衝撃が起きて両方の魔法が消失したり爆発してしまう、無くなるようで爆発が生まれるこの現象を人々はアポートシス現象と名付けている。
つまり反属性を詰め込まれたこの魔法石は本来なら内部でアポートシス現象がおき魔法が消滅するか運が悪ければ魔法石が爆発して大怪我をしてしまう。
「さぁ、ご覧あれ……! ジャーン!」
元気のいい掛け声と共に魔法石の力を解放する。
魔法石が効果を失い割れると同時に中に入れた魔法が飛び出し竜巻に巻き込まれた岩が削れていく。
そしてその石は鳥の様な形になっていきレアの掌サイズになった。
「おぉー!」
「いえいえ、こんなもので驚いてはいられませんよ? 拍手はこの後に……この石の小鳥を……」
ふわり、と石の小鳥がレアの掌を離れて静かに回転しながら浮き上がる。
そんな姿に観客の誰もが固唾を飲んで見守っている。
「さぁ、羽ばたけ……君の空へ!」
持ってるステッキで石の小鳥を叩くと石の小鳥が輝きを放ちながら石が砕けて中から純白の鳥が羽ばたいていく。
「お、おぉ……!」
「え!? 本物の鳥かしら!?」
「ま、魔法だろ!? 魔法の石から作るなんて魔法聞いたこと無いけど……」
勿論、これは魔法によって作った鳥の形を象っただけの風の魔法である。
それがバレない様な工夫を沢山してきているので一見普通の鳥にしか見えないレベルであるが。
「それでは、本日はレアのマジックショーにお越し頂きありがとうございました! 本日はこれにて、次回の開演をお待ちくださいませ」
レアが一礼をすると観客からは拍手と喝采が聞こえてくる。
その音と言葉を背にしてレアは満足そうに舞台裏へ小走りで向かうのだった。
*
「レア、お疲れ様」
「あれ!? ロプス兄さん!?」
舞台裏へ帰ると片目を前髪で隠したエンスの少年がレアを出迎える。
生まれた時に片目が無いからという理由で捨てられた孤児の少年だ。
「どうしたの? 今日はバイトの最終日でしょ?」
「最後の日だからって残りは孤児院の家族と過ごせって言われたんだ、だからレアを迎えにきたんだよ」
「そっか……それじゃあ一緒に帰ろうか、ロプス兄さん。着替えてくるからちょっと待っててね?」
「あぁ」
更衣室に入って衣服を脱いでいく。
そんな中目の前の衣装確認用の鏡に目が行く。
見慣れた自分の姿だがここ最近気になることがある。
(あ、やっぱりまた大きくなった気がする)
最近自分の胸が大きくなっている。
少し前まではお腹と同じくらい膨らみが無かったのにいつの間にか掌で肉質を感じれる位には大きくなっている。
最初は何かの病気なのかな、と思いウェスタに話をした時は女の子として成長してる証だ、と言われほっとした。
(不思議だなぁ……ちょっと前まではこんな風に下着も気にしてなかったのに)
膨らんだ胸を揉んでみたりしてその不思議な感触を首を傾げている。
まだ性というものをしっかりと理解してないレアはその行為がどういったものかを理解していない。
なんなら数ヶ月前までブラすらした事がなかったのだから。
(これもっと大きくなるのかなぁ……そしたらもっと大きなブラを買わないといけないのかぁ……う~ん嫌でもこれでないすばでーなぼでーになっていくのかな?)
お財布的にもそんなにしょっちゅう買い替えるべきではない。
しかししっかりとサイズを揃えないと悲惨な事になるとウェスタに言われている。
「ぐぬぬ……男の子と女の子ってこんなに違うんだ……股のアレだけが違うと思ってたのに」
ぶつぶつと愚痴とため息を漏らしながら着替えを終えて外に出る。
「ロプス兄さん、お待たせ」
「あぁ、それじゃあシスターの所へ帰ろうか」
「うん、あ、でも少しお腹減ったかも……」
「そうかい? なら商店街の包み汁でも買う? 就職祝いに奢ってもいいよ?」
「本当!? わーいロプス兄さん大好き~!」
「お、おぉ」
嬉しさのあまりロプスの腕に抱きつく。
最近大きくなった胸がロプスの腕にむにむにと当たる。
その感触にロプスが顔を真っ赤にして狼狽える。
(あ、またこの感じ)
自分としてはいつも通り、家族として大好きな兄への好意なのだがいつの間にかこんな反応をする様になってしまった。
去年の秋位から、同じ家に住んでいた異性からの反応が露骨に変わっていった。
その原因が自分にあるということはレア自身は理解していない。
(なんで恥ずかしがってるんだろう……昔は一緒にお風呂にも入ったくらいなのに)
自分の何が悪いのか、それをまだ理解する程彼女は大人になれて無いのだった。
*
「……はぁ」
皆んなが寝静まった深夜、カンテラの明かりで本を読むロプスがため息を吐く。
明日になって自分が慣れ親しんだこの孤児院を出ていくことになる。
自分が働いていたのは魔法アクセサリーの制作屋なのだが偶々そのアクセサリー屋に来ていた他の国のアクセサリー屋の偉い人に自分の作品を見てもらってその才能からスカウトされた。
なんて幸運だろう、国の首都にあるアクセサリー屋で働くことが出来ればお金も稼げてこの孤児院にお返しも出来るだろう。
孤児院を出た兄弟の中にはその後便りが無くなった者もいるが便りが無いのは忙しく元気な証、とウェスタは笑っていた。
(不安、だなぁ)
こんな深夜に不安を紛らわす為に本を読んでいる。
新しい場所や新しい国がどういった場所なのかロプスは何も知らない。
その不安が睡眠を邪魔している。
(……外の風に当たるか)
カンテラを持って椅子から立ち上がる。
部屋を出て誰かが起きないようにと足音を殺して歩く。
(……レア)
何も不安は新しい国に行くことだけではない。
自分と同じ孤児院で兄妹の様に育ってきた妹分のレア。
ロプスが仄かな恋心を抱く無邪気な少女。
その彼女と離れ離れになるのが寂しい。
(でも、この機会を逃したら……僕はきっと後悔する)
誰もが憧れる魔法アクセサリーの制作者になる事。
それがロプスの夢だった。
片目しか無いという状況でも彼の才能は素晴らしく街一番の若手として皆んなが認めてくれていた。
そんな彼が国の首都で本格的なアクセサリー屋に修行に出れるなら自分の才能を更に磨く事が出来るだろう。
(だから、この選択肢に後悔はない……そう思いたい、でもその間にレアが誰かの恋人になったら、僕は耐えられるのだろうか?)
そうならない様に、告白し必ず迎えに来るから、と言うのは容易い。
しかしその言葉が彼女を縛り付ける事にならないだろうか、そんな思いを彼女にして欲しくなかった。
「はぁ……」
結局彼女の部屋の前でため息を吐いてそこから立ち去る事しか自分には出来なかった。
そんな彼を。
「ロプス、まだ起きていましたか」
「っ……わ、シスター……うん、明日の事、緊張して眠れなくて」
暗闇で突然声をかけられた事に驚く。
ウェスタには暗視装置があるのでロプスからすれば少し心臓に悪い。
「そうでしたか……それなら、私の部屋で少し話しませんか?」
「シスターの部屋で?」
「えぇ、私……夜はお暇なものですから」
「あ……」
ウェスタは人ではない、故に睡眠を必要とせず夜は基本的にスリープモードにしてエネルギーの節約をしている。
それ故に夜は暇なのだ。
「うん、それならお邪魔しよう、かな?」
「えぇ、そうだ……温かなお茶も淹れましょう。眠気を飛ばさない程度のものですが体は温まりますよ」
眠っているレアを起こさないように小声でウェスタの部屋に入る。
この部屋は普段ベッドと棚位しか置かれてない部屋で数冊の本とお茶入れがある程度の質素な部屋だ。
本を読むくらいしか趣味がないウェスタらしい部屋と言えるだろう。
「それではベッドですが座って待っていて下さいね」
「うん……なんだか、懐かしいな……昔雷が怖かった日にこうやってシスターの部屋で喋ったのを思い出すよ」
「ふふ、あの時から随分逞しくなりましたね……貴方が国の首都で夢を叶える事を、私は誇らしく思います」
「それは……でもまだまだ僕は」
「いいえ、貴方なら、きっと……きっと上手く行きますよ……さぁ、お茶を一杯どうぞ、今日の貴方の為に特別に調合しました」
「う、うん……わ、普段のお茶とは違って、少し甘い」
砂糖や蜂蜜の甘さとは違う、なんの甘さだろうか。
体が温まって心地よい、鼻に抜ける香りが気分を落ち着かせてくれる。
「砂糖は使ってない甘さなのでそのまま眠っても構いませんよ、また歯磨きをするのも大変でしょう?」
「うん……それは確かに」
飲んでから気が付いたが確かにこんな時間の飲食は歯に悪いだろう。
眠くなったら直ぐに眠れるようにしておきたい。
そんなちょっとした心配をしているロプスの隣にウェスタがゆっくりと座る。
「……それで、緊張している。と言ってましたが」
「うん……大きなアクセサリー屋で働くのはきっといい経験になると思う……でも、住みなれたこの街を出て行くのが怖いんだ……」
「そうですか……確かに新たな場所というのは期待と恐怖が混じり合った複雑な感情を抱きます……ですがそれは貴方の才能を伸ばす機会になると思います」
「うん……分かってる、分かっては、いるんだけど……子供の僕が、本当に一人でやっていけるのかなって」
本当はレアの事もあるのだがシスターにも恋心については話をした事はない。
何故か気恥ずかしくなってしまい口籠ってしまう。
「そうですか……大丈夫、それなら卒院の記念に貴方を大人にしてあげましょう」
「え? シスター? どういう——ん!?」
ウェスタがす、とロプスの唇に自分の唇を重ねる。
ロプスが驚いている間にもウェスタはロプスの口の中に舌を入れてロプスの舌を吸うように刺激する。
「ん!? んぅ!? にゃに、お……!?」
「大丈夫、気にしないでください……卒院する貴方へのプレゼントです……ゆっくりと、鼻で呼吸をして下さい」
ロプスの困惑を無視してそのまま抱きしめる。
その口付けが1分程続いただろうか、ウェスタがようやく唇を離す。
「あ、はぁ……はぁ……シスター……なん、で……?」
「これが私の作られた本来の理由、兵士の色欲を処理する為のロボットです……子育ては数ある補助機能の一部です」
「そ、それとこれは……なんの関係、が……?」
ウェスタの言葉があまり入ってこない。
何故か先程から頭がぼんやりして呼吸が荒くなっていく。
この感覚をロプスは知っている、彼も年頃の男子故にそういった気持ちになる事も珍しくない。
しかし、その感情の意味を理解してはいないし初めてのキスとはいえこうも興奮するものなのだろうか。
(あぁ、いいですね、お茶に入れた薬が効いています……)
「深く考える必要はありません……今までこうして、卒院する子に記念として大人の経験をさせてきました……それとも、嫌です、か?」
「そ、それは……」
何時も見慣れたウェスタの姿は妙にしおらしく、可愛らしく映る。
その表情を見ているだけで下腹部に熱が溜まり生唾を飲み込んでしまう。
この手の知識は習った事もないのに生物としての本能なのか何をすれば良いのかを自然と脳が理解している。
「嫌であるなら……ちゃんと拒否して下さい? そうでなければ、このまま貴方の全てを私に任せて下さい……卒院をする最後の思い出を、私に下さい」
「シ、シスター……」
ウェスタの細く綺麗な手がロプスの寝間着の中に入ってきてもう片方の手がウェスタ自身の服を脱がしていく。
機械とは思えない白い肌と人間にしか見えない関節、人を模倣し続けたとある博士の忘れ形見。
本物の人にしか見えない生き人形、美しく淫猥で普段は修道服に隠れて見えない異性を、時には同性をも魅了する体。
まるで月の様に美しく理性を奪い去るその姿にいつの間にかウェスタが与える快楽をロプスはただ受け入れるだけになっていた。
*
「それじゃあロプス兄さん、いってらっしゃいっていうのは変かな……?」
「あ、あぁ……はは、多分そうだね」
朝、大きな荷物を纏めたロプスがレアの言葉に苦笑いする。
「ん~……」
「な、何?」
「ロプス兄さん、なんか昨日と雰囲気変わった?」
「え? え、えぇ!? そ、そんな事ないと思うけどなぁ」
「そうだよね? う~ん多分アタシの気のせいかも」
首を傾げるレアに目線が泳いでしまう。
あの夜の行為がどういったものかをロプスは理解していない。
しかしレアには内緒にして、と言われたからにはロプスは何も言う事は無い。
只でさえ、無意識に罪悪感の様なものを感じているのだから。
「レア、そろそろ定期馬車の時間です……別れが惜しいのはわかりますが」
「あ、そうだったね……うん、ロプス兄さん。向こうでも頑張ってね!」
「あぁ、勿論……それで向こうで成果を出したら、僕は……」
「うん?」
レアを見つめて、口籠る。
可愛らしく首を傾げる彼女にときめいてしまう。
しかし、そこから何かを喋る事が出来ない。
その資格が、自分には無い様な気がした。
「い、嫌……何でもない……レアも元気でね?」
「うん!」
その言葉を最後にロプスは納得した様に頷いてから踵を返した。
次に踏む一歩が新しい未来へ繋がると信じて。
朝日が登り初めベッドに寝転び寝息を立てる少女の部屋に太陽の光が入ってくる。
温かな光がゆっくりと少女の顔を照らし始める。
「う、うぅん……」
ベッドに寝ている少女は幼さの残る獣人。
薄茶色がかった白い髪の毛で毛先とピンと立つ耳に行くほどこげ茶色の毛色になる不思議な髪色だ。
太陽の光が眩しいのか呻き声を上げながらもぞもぞと体を動かす。
ちょっとだけ意識が起きてきたのか目を閉じながらも太陽に背を向ける。
(うぅ、眩しい……このまま二度寝したい……あ、でもシスターが作る朝ご飯の匂いがしてきた……)
意識が起きると耳も鼻も起き始めるのか焼けるトーストの匂いや昨日貰ったとうもろこしで作ったであろうコーンスープの匂いがする。
耳には陶器の食器を動かす音や木の椅子を動かす音が獣人である彼女の敏感な耳に聞こえてくる。
(もうちょっと寝たい……あぁでも昨日夜に手作りの苺ジャムを作ってたっけ……シスターのジャム美味しいし出来立てのコーンスープやサラダは今食べないと美味しくないかも……)
睡魔と空腹、少女の中での小さな戦いの火蓋が切って落とされた。
(ベッドから出たくない……でもジャム、コーンスープにトースト……匂いがしてたらお腹減ってきたけど……ベッドがアタシを包み込んで離さない……あれ? でも何か忘れちゃってる様な?)
朝ご飯を胃袋が望んでいるが少女は睡魔を望んでいる。
しかしそんな少女は何かを忘れていた様な気がする、と目を閉じたまま寝ぼけている思考をぐるぐる回す。
「あ、今日劇の日だった」
サファイアブルーの瞳を開けてカレンダーを確認すると今日の日付に赤い丸のマークが入っていた。
シャム猫の獣人、レアという少女に朝が来た。
*
「ふあぁ~おはようシスタ~……」
「おはようございます、レア。今日もいい朝ですね」
あくびをしながらレアはキッチンへ足を運ぶ。
挨拶をしたのはレアがシスターと呼ぶ存在。
赤細い金属の髪を持ちナノマイオイの装甲で肉体を構成し人工筋肉と全熱源を己の活動エネルギーに変換する変換器プロメテスで稼働する機械。
シスターウェスタ、この教会後で孤児院を経営しているロボットである。
「うん、今日もいい天気……あれ? ロプス兄さんは?」
「ロプスならば今日お手伝い先の最後の挨拶に行ってます」
「あぁ~そっか~ロプス兄さん明日卒院だもんね」
卒院、自分の道が決まって孤児院を出ていく。
何人もの孤児が卒院をして行って今はレアとロプスの二人だけがこの孤児院に残っている唯一の子供だ。
「……そうですね、ロプスと貴女が最後の孤児」
「シスター?」
表情は変わることがないがその声色は少し寂しさを含んでいる。
その違いが解るのは物心付いた時から一緒に暮らしているレアだからこそ解るレベルの違いだが。
「なんでもありません……さ、顔を洗ってきなさい。今日は貴女の手品劇の日でしょ?」
「はぁい……」
どこか釈然としないがこの言い方をするウェスタはこれ以上話を続けることもないだろう。
これもレアが解っている事だ。
だが、レアはレアでもうそろそろ12歳になる、言われるがままだけでなく自分で色んな事を考える様にもなっている。
(シスター、なんであんなに悲しそうなんだろう……やっぱり孤児院の皆んなが居なくなるのが寂しいのかな? でも……)
前に姉の様に慕っていた孤児が卒院した時に寂しくてウェスタに慰めてもらったことがある。
その時は一人一人の孤児が卒院し自らの道へ歩む事を喜んでいる、と言っていた。
その言葉も無理をして言った言葉なのだろうか。
(どうしたら、いいのかな……今更ロプス兄さんを卒院させないって言うのも違うだろうし……)
冷たい水で顔を洗いながらあれこれと考える。
幼い自分に何が出来るのだろうか、そう考えても答えが出ることはない。
「は~……何にも浮かばないや、とりあえず今日の劇を頑張らないと」
浮かばなかった以上自分が考えてもしょうがない。
劇の事もあるのでこれ以上悩んで劇に支障があっても良くない。
こういう時は何よりも切り替えるのが大事だ。
短い自分の人生で学んだ事の一つだ。
「よ~し、今日も頑張るぞー!」
頬をパン、と叩き深呼吸をして気持ちを切り替えるのだった。
*
「さぁさぁお兄さんにお姉さん、お父さんにお母さん、お爺ちゃんにお婆ちゃんも! 今日はレアのマジックショーに来てくれてありがとうございます!」
黒いスーツの様な上着に可愛らしいフリルの付いた黒のスカート、そして緑と橙色の宝石の付いたティアラが付いた黒のシルクハット。
一見すると男装にも見えるが所々に女の子らしい装飾のされている衣装で緑と橙色のステッキを持っている。
レアはクレータの街にある劇場でマジシャンの見習いとして働いている。
見習いであるが既にその腕前はしっかりとしており彼女独自のマジックを何個も作っている。
見習い扱いなのは彼女がまだ成人でないからだ。
「こちらの魔法石にはなんの魔力も詰まってません……そこでアタシが二つの魔法を詰めましょう」
魔法石とは魔法を詰めることの出来る石である。
一見普通の、手のひらサイズの小石なのだが中に魔法を詰めておき数分保存する事ができる石だ。
「先ずは……シーフナスジ」
渦巻く風が魔法石に吸い込まれていく。
さて急がなくてはこのマジックは成功しない。
「続いて、ペトラジ……!」
「おぉ……!? あの少女反属性を……!?」
「き、危険じゃないかしら……!?」
続いて岩の魔法を魔法石に込める。
魔法の知識があるものなら彼女が反属性の魔法を使っている事に気がつくだろう。
火と水、風と土、この四つの属性がこの世界には存在している。
その中で火と水が、風と土が反属性として知られている。
この属性が噛み合うと激しい衝撃が起きて両方の魔法が消失したり爆発してしまう、無くなるようで爆発が生まれるこの現象を人々はアポートシス現象と名付けている。
つまり反属性を詰め込まれたこの魔法石は本来なら内部でアポートシス現象がおき魔法が消滅するか運が悪ければ魔法石が爆発して大怪我をしてしまう。
「さぁ、ご覧あれ……! ジャーン!」
元気のいい掛け声と共に魔法石の力を解放する。
魔法石が効果を失い割れると同時に中に入れた魔法が飛び出し竜巻に巻き込まれた岩が削れていく。
そしてその石は鳥の様な形になっていきレアの掌サイズになった。
「おぉー!」
「いえいえ、こんなもので驚いてはいられませんよ? 拍手はこの後に……この石の小鳥を……」
ふわり、と石の小鳥がレアの掌を離れて静かに回転しながら浮き上がる。
そんな姿に観客の誰もが固唾を飲んで見守っている。
「さぁ、羽ばたけ……君の空へ!」
持ってるステッキで石の小鳥を叩くと石の小鳥が輝きを放ちながら石が砕けて中から純白の鳥が羽ばたいていく。
「お、おぉ……!」
「え!? 本物の鳥かしら!?」
「ま、魔法だろ!? 魔法の石から作るなんて魔法聞いたこと無いけど……」
勿論、これは魔法によって作った鳥の形を象っただけの風の魔法である。
それがバレない様な工夫を沢山してきているので一見普通の鳥にしか見えないレベルであるが。
「それでは、本日はレアのマジックショーにお越し頂きありがとうございました! 本日はこれにて、次回の開演をお待ちくださいませ」
レアが一礼をすると観客からは拍手と喝采が聞こえてくる。
その音と言葉を背にしてレアは満足そうに舞台裏へ小走りで向かうのだった。
*
「レア、お疲れ様」
「あれ!? ロプス兄さん!?」
舞台裏へ帰ると片目を前髪で隠したエンスの少年がレアを出迎える。
生まれた時に片目が無いからという理由で捨てられた孤児の少年だ。
「どうしたの? 今日はバイトの最終日でしょ?」
「最後の日だからって残りは孤児院の家族と過ごせって言われたんだ、だからレアを迎えにきたんだよ」
「そっか……それじゃあ一緒に帰ろうか、ロプス兄さん。着替えてくるからちょっと待っててね?」
「あぁ」
更衣室に入って衣服を脱いでいく。
そんな中目の前の衣装確認用の鏡に目が行く。
見慣れた自分の姿だがここ最近気になることがある。
(あ、やっぱりまた大きくなった気がする)
最近自分の胸が大きくなっている。
少し前まではお腹と同じくらい膨らみが無かったのにいつの間にか掌で肉質を感じれる位には大きくなっている。
最初は何かの病気なのかな、と思いウェスタに話をした時は女の子として成長してる証だ、と言われほっとした。
(不思議だなぁ……ちょっと前まではこんな風に下着も気にしてなかったのに)
膨らんだ胸を揉んでみたりしてその不思議な感触を首を傾げている。
まだ性というものをしっかりと理解してないレアはその行為がどういったものかを理解していない。
なんなら数ヶ月前までブラすらした事がなかったのだから。
(これもっと大きくなるのかなぁ……そしたらもっと大きなブラを買わないといけないのかぁ……う~ん嫌でもこれでないすばでーなぼでーになっていくのかな?)
お財布的にもそんなにしょっちゅう買い替えるべきではない。
しかししっかりとサイズを揃えないと悲惨な事になるとウェスタに言われている。
「ぐぬぬ……男の子と女の子ってこんなに違うんだ……股のアレだけが違うと思ってたのに」
ぶつぶつと愚痴とため息を漏らしながら着替えを終えて外に出る。
「ロプス兄さん、お待たせ」
「あぁ、それじゃあシスターの所へ帰ろうか」
「うん、あ、でも少しお腹減ったかも……」
「そうかい? なら商店街の包み汁でも買う? 就職祝いに奢ってもいいよ?」
「本当!? わーいロプス兄さん大好き~!」
「お、おぉ」
嬉しさのあまりロプスの腕に抱きつく。
最近大きくなった胸がロプスの腕にむにむにと当たる。
その感触にロプスが顔を真っ赤にして狼狽える。
(あ、またこの感じ)
自分としてはいつも通り、家族として大好きな兄への好意なのだがいつの間にかこんな反応をする様になってしまった。
去年の秋位から、同じ家に住んでいた異性からの反応が露骨に変わっていった。
その原因が自分にあるということはレア自身は理解していない。
(なんで恥ずかしがってるんだろう……昔は一緒にお風呂にも入ったくらいなのに)
自分の何が悪いのか、それをまだ理解する程彼女は大人になれて無いのだった。
*
「……はぁ」
皆んなが寝静まった深夜、カンテラの明かりで本を読むロプスがため息を吐く。
明日になって自分が慣れ親しんだこの孤児院を出ていくことになる。
自分が働いていたのは魔法アクセサリーの制作屋なのだが偶々そのアクセサリー屋に来ていた他の国のアクセサリー屋の偉い人に自分の作品を見てもらってその才能からスカウトされた。
なんて幸運だろう、国の首都にあるアクセサリー屋で働くことが出来ればお金も稼げてこの孤児院にお返しも出来るだろう。
孤児院を出た兄弟の中にはその後便りが無くなった者もいるが便りが無いのは忙しく元気な証、とウェスタは笑っていた。
(不安、だなぁ)
こんな深夜に不安を紛らわす為に本を読んでいる。
新しい場所や新しい国がどういった場所なのかロプスは何も知らない。
その不安が睡眠を邪魔している。
(……外の風に当たるか)
カンテラを持って椅子から立ち上がる。
部屋を出て誰かが起きないようにと足音を殺して歩く。
(……レア)
何も不安は新しい国に行くことだけではない。
自分と同じ孤児院で兄妹の様に育ってきた妹分のレア。
ロプスが仄かな恋心を抱く無邪気な少女。
その彼女と離れ離れになるのが寂しい。
(でも、この機会を逃したら……僕はきっと後悔する)
誰もが憧れる魔法アクセサリーの制作者になる事。
それがロプスの夢だった。
片目しか無いという状況でも彼の才能は素晴らしく街一番の若手として皆んなが認めてくれていた。
そんな彼が国の首都で本格的なアクセサリー屋に修行に出れるなら自分の才能を更に磨く事が出来るだろう。
(だから、この選択肢に後悔はない……そう思いたい、でもその間にレアが誰かの恋人になったら、僕は耐えられるのだろうか?)
そうならない様に、告白し必ず迎えに来るから、と言うのは容易い。
しかしその言葉が彼女を縛り付ける事にならないだろうか、そんな思いを彼女にして欲しくなかった。
「はぁ……」
結局彼女の部屋の前でため息を吐いてそこから立ち去る事しか自分には出来なかった。
そんな彼を。
「ロプス、まだ起きていましたか」
「っ……わ、シスター……うん、明日の事、緊張して眠れなくて」
暗闇で突然声をかけられた事に驚く。
ウェスタには暗視装置があるのでロプスからすれば少し心臓に悪い。
「そうでしたか……それなら、私の部屋で少し話しませんか?」
「シスターの部屋で?」
「えぇ、私……夜はお暇なものですから」
「あ……」
ウェスタは人ではない、故に睡眠を必要とせず夜は基本的にスリープモードにしてエネルギーの節約をしている。
それ故に夜は暇なのだ。
「うん、それならお邪魔しよう、かな?」
「えぇ、そうだ……温かなお茶も淹れましょう。眠気を飛ばさない程度のものですが体は温まりますよ」
眠っているレアを起こさないように小声でウェスタの部屋に入る。
この部屋は普段ベッドと棚位しか置かれてない部屋で数冊の本とお茶入れがある程度の質素な部屋だ。
本を読むくらいしか趣味がないウェスタらしい部屋と言えるだろう。
「それではベッドですが座って待っていて下さいね」
「うん……なんだか、懐かしいな……昔雷が怖かった日にこうやってシスターの部屋で喋ったのを思い出すよ」
「ふふ、あの時から随分逞しくなりましたね……貴方が国の首都で夢を叶える事を、私は誇らしく思います」
「それは……でもまだまだ僕は」
「いいえ、貴方なら、きっと……きっと上手く行きますよ……さぁ、お茶を一杯どうぞ、今日の貴方の為に特別に調合しました」
「う、うん……わ、普段のお茶とは違って、少し甘い」
砂糖や蜂蜜の甘さとは違う、なんの甘さだろうか。
体が温まって心地よい、鼻に抜ける香りが気分を落ち着かせてくれる。
「砂糖は使ってない甘さなのでそのまま眠っても構いませんよ、また歯磨きをするのも大変でしょう?」
「うん……それは確かに」
飲んでから気が付いたが確かにこんな時間の飲食は歯に悪いだろう。
眠くなったら直ぐに眠れるようにしておきたい。
そんなちょっとした心配をしているロプスの隣にウェスタがゆっくりと座る。
「……それで、緊張している。と言ってましたが」
「うん……大きなアクセサリー屋で働くのはきっといい経験になると思う……でも、住みなれたこの街を出て行くのが怖いんだ……」
「そうですか……確かに新たな場所というのは期待と恐怖が混じり合った複雑な感情を抱きます……ですがそれは貴方の才能を伸ばす機会になると思います」
「うん……分かってる、分かっては、いるんだけど……子供の僕が、本当に一人でやっていけるのかなって」
本当はレアの事もあるのだがシスターにも恋心については話をした事はない。
何故か気恥ずかしくなってしまい口籠ってしまう。
「そうですか……大丈夫、それなら卒院の記念に貴方を大人にしてあげましょう」
「え? シスター? どういう——ん!?」
ウェスタがす、とロプスの唇に自分の唇を重ねる。
ロプスが驚いている間にもウェスタはロプスの口の中に舌を入れてロプスの舌を吸うように刺激する。
「ん!? んぅ!? にゃに、お……!?」
「大丈夫、気にしないでください……卒院する貴方へのプレゼントです……ゆっくりと、鼻で呼吸をして下さい」
ロプスの困惑を無視してそのまま抱きしめる。
その口付けが1分程続いただろうか、ウェスタがようやく唇を離す。
「あ、はぁ……はぁ……シスター……なん、で……?」
「これが私の作られた本来の理由、兵士の色欲を処理する為のロボットです……子育ては数ある補助機能の一部です」
「そ、それとこれは……なんの関係、が……?」
ウェスタの言葉があまり入ってこない。
何故か先程から頭がぼんやりして呼吸が荒くなっていく。
この感覚をロプスは知っている、彼も年頃の男子故にそういった気持ちになる事も珍しくない。
しかし、その感情の意味を理解してはいないし初めてのキスとはいえこうも興奮するものなのだろうか。
(あぁ、いいですね、お茶に入れた薬が効いています……)
「深く考える必要はありません……今までこうして、卒院する子に記念として大人の経験をさせてきました……それとも、嫌です、か?」
「そ、それは……」
何時も見慣れたウェスタの姿は妙にしおらしく、可愛らしく映る。
その表情を見ているだけで下腹部に熱が溜まり生唾を飲み込んでしまう。
この手の知識は習った事もないのに生物としての本能なのか何をすれば良いのかを自然と脳が理解している。
「嫌であるなら……ちゃんと拒否して下さい? そうでなければ、このまま貴方の全てを私に任せて下さい……卒院をする最後の思い出を、私に下さい」
「シ、シスター……」
ウェスタの細く綺麗な手がロプスの寝間着の中に入ってきてもう片方の手がウェスタ自身の服を脱がしていく。
機械とは思えない白い肌と人間にしか見えない関節、人を模倣し続けたとある博士の忘れ形見。
本物の人にしか見えない生き人形、美しく淫猥で普段は修道服に隠れて見えない異性を、時には同性をも魅了する体。
まるで月の様に美しく理性を奪い去るその姿にいつの間にかウェスタが与える快楽をロプスはただ受け入れるだけになっていた。
*
「それじゃあロプス兄さん、いってらっしゃいっていうのは変かな……?」
「あ、あぁ……はは、多分そうだね」
朝、大きな荷物を纏めたロプスがレアの言葉に苦笑いする。
「ん~……」
「な、何?」
「ロプス兄さん、なんか昨日と雰囲気変わった?」
「え? え、えぇ!? そ、そんな事ないと思うけどなぁ」
「そうだよね? う~ん多分アタシの気のせいかも」
首を傾げるレアに目線が泳いでしまう。
あの夜の行為がどういったものかをロプスは理解していない。
しかしレアには内緒にして、と言われたからにはロプスは何も言う事は無い。
只でさえ、無意識に罪悪感の様なものを感じているのだから。
「レア、そろそろ定期馬車の時間です……別れが惜しいのはわかりますが」
「あ、そうだったね……うん、ロプス兄さん。向こうでも頑張ってね!」
「あぁ、勿論……それで向こうで成果を出したら、僕は……」
「うん?」
レアを見つめて、口籠る。
可愛らしく首を傾げる彼女にときめいてしまう。
しかし、そこから何かを喋る事が出来ない。
その資格が、自分には無い様な気がした。
「い、嫌……何でもない……レアも元気でね?」
「うん!」
その言葉を最後にロプスは納得した様に頷いてから踵を返した。
次に踏む一歩が新しい未来へ繋がると信じて。
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