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全て大盛り

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 169 全て大盛り

「ケイ!3番テーブルAが1つB3つだ。ライスは全て大盛り」

「わかった!カイン、そろそろカウンターの生姜焼きあがるよ。用意して」

「わかりました!」

「ケイ、ビールは私がやろう。料理に集中してくれ」

 今日は土曜日。
 いつもは師匠だけ休みだったのだけど今日はサンドラ姉さんもいない。
 見習いで正式に小熊亭の従業員になったカイン。僕より1年先輩の今では頼もしく成長したロイ。そしてホールを動き回りお客さんの注文や給仕をするフェル。
 この3人と新しく従業員になった元宮廷料理人のマルクさんの4人で店を回している。

 マルクさんは小熊亭の料理に惚れ込んでひと月ほど前から働き出した。
 王宮の料理とは違うけれど10年近く王宮で料理人として働いていた人だからその技術は申し分ない。
 給料のことはよくわからないけど小熊亭の貴重な戦力になりつつある。
 料理の味に関してはまだ師匠にいろいろ注意されているけれど。

 僕の勤める小熊亭は王国の首都、この王都の南地区の真ん中あたりにある。
 拡張工事が進んで南地区は大きく広がった。今は建設ラッシュの真っ只中だ。
 整備されて新しくなった中央通りから少し路地に入ったところに店はある。
 目立たない場所だけどお客さんはいつも絶えない。

 サンドラ姉さんは今日は用事があるとかで休みをとっている。確か母校の教授と会ってくるとか言っていた。サンドラ姉さんの母校って魔法学院?前にそんな話をガンツから聞いた気がする。
 
 今日はロイがハンバーグを焼いて、僕がその他の料理を作っている。
 サラダとスープはマルクさんがやってくれて、見習いのカインはご飯をよそったり、パンを焼いたり、その他雑用を一手に引き受けている。

「フェル、Cランチと生姜焼き上がったよ。カウンター2番と3番」

「承知した。マルク、スープはまだか?」

「フェルさんすみません。お待たせしました」

「大丈夫だ。問題ないぞ、カイン、手が空いたら外の行列を見てくるのだ。新しく並んでいる者にはお茶を出すのを忘れるな」

「はい!行ってきます」

 なんだかフェルが頼もしい。

「ケイくん、ちょっと交代してくれないっすか?さっきからハンバーグばかり注文が来るじゃないっすか。ずるいっす」

「この店はハンバーグの店だからね。いいよ。生姜焼きも次で最後だからそのあとちょっと交代しよう」

 お昼のメニューに生姜焼きが加わった。今のところ僕しかうまく作れない。
 タレをあらかじめ用意しておけばいいんだけど、今は数量限定の特別メニューなので僕がひとつひとつ作っている。

 夏になる前にハンバーグの焼き場を任せられて、そのあとすぐアラカルトメニューも任せられることになった。
 ロイに教えるついでにお前も覚えろと半ば無理やり覚えさせられた。
 最近ではサンドラ姉さんとロイと僕で交代しながらそれぞれの持ち場を担当している。師匠は持ち場を離れて、夜はその時の余り物で客にツマミを作ることが多くなった。

 最近昼の営業は師匠が来ないことが多い。師匠は夕方くらいに来てそこから深夜まで店で仕事をする。
 仕入れはたまに僕が行かされたりする。ロイは実家のパン屋があるし、サンドラ姉さんは朝が弱い。

 仕入れのある日は夕方の仕込みが終わったら帰っていいことになっている。
 おうちでフェルとゆっくり夕飯を食べることも増えた。

 人数が増えたこともあって以前よりもゆったりと働けるようになった。
 仕事もだいぶ覚えたので給料も少し上がった。
 上がった分は貯金をすることにして少しずつ今、お金を貯めている。

 小熊亭で働き始めてから半年以上経った。
 もう夏も終わりなはずなのにまだ外は真夏のように暑い。列に並ぶ人には冷たいお茶を配っている。

 お昼の営業でビールとワインの提供も始めた。お一人様3杯まで。あまり長くいられると並んでいる人たちが入れないのでお昼の営業ではそう決められている。

 きっかけはビールサーバーが導入されたことだ。

 少し前にガンツが僕の氷魔法を応用して製氷器を作った。
 スイッチを押すと一定の量の氷が出てくる魔道具だ。
 完全な自動化はまだ出来ないので、いちいちスイッチを押さなくてはいけないのだけれど。

 それを見た僕が、「製氷皿じゃなくて金属製の管とかにすれば飲み物が一瞬で冷えたりしないかな?たとえばビールとか」

 そう言った瞬間ガンツの目の色が変わった。
 
 僕になんとなくの完成図を無理やり描かせてあっという間にビールサーバーを完成させてしまった。
 ビールの樽に穴の空いた蓋を被せて、そこからビールを吸い上げる。
 クネクネと中で折り返すように仕込んだ金属の管に流れるビールを僕の氷魔法の応用で温度を一気に下げるのだ。

 そこからガンツのこだわりがすごかった。
 
 ビールは注ぎ方で味が変わるのだと言ってその注ぎ口の研究に大体ひと月費やした。
 それを仕上げたガンツの目の下にはクマが出来ていて、しかも少し酒臭かった。
 
 そしてこの魔道具は王都中の飲食店が購入した。生産が間に合っていないので出来上がり次第、購入した順に設置されていってる。
 
 本来売り出したかったはずの氷の魔道具の売れ行きはあまり良くないらしい。

 鍛治師の熱意が伝わったのだろうか。
 氷の魔道具の方が便利だと思うんだけど。
 
 たぶん今年の夏がとにかく暑かったからだ。
 販売を担当しているゼランドさんの長男のドナルドさんが忙しくて目が回りそうだって言っている。

 最近ドナルドさんは次男のダグラスさんとたまにお昼を食べに来てくれる。
 いつも早い時間に来てカウンターに座ることが多いので最近はよく話をするようになった。

 3男は最近王都にあまりいないことが多い。
 領都やその周辺の街を回って仕入れや販売で忙しくやっているらしい。
 ゼランド商会にはちゃんとした直営の支店はないんだけど、提携している各地の商会に商品を卸したり、逆に仕入れてきたりしているんだそうだ。

 次男のダグラスさんはやっとあいつもちゃんと働くようになったとどこか嬉しそうに言っていた。

 昼の営業が終わって僕はいつものように後片付けをする。
 その合間でコンソメスープの研究をする。
 ベーコンを入れることでだいぶ理想に近づいていたんだけど、南市場の肉屋のロバートさんにその簡易スープの話をしたところから急に話が大きくなってしまった。

 僕が普段捨ててしまうような部分を余すことなく使いたいと考えていることはロバートさんもよく知っていた。
 骨周りの肉や切れ端を仕入れに行った時によくくれる。実はそれが楽しみだったりする。ロバートさんが持っていけって言うものは全部とっても美味しいからだ。
 
 試作のスープを飲んだロバートさんはもっと旨味のある肉を入れるべきだと興奮して言いだした。もっとガツンと旨味のあるものがいいと言う。

 そしてロバートさんはスープのためのベーコン作りを始めた。
 使うお肉はオークだそうだ。
 血抜きが遅くなり臭みが残ってしまった肉でもベーコンにすればかなりその臭みは取れるらしい。
 旨味の強い肉だからきっといい味になるだろう。
 問題は肉の硬さだけど、この場合ミキサーで粉々にするからあまり関係ない。

「売れ残ってしまう部分をベーコンにしてコンソメスープに使えばもっと味が良くなるはずだ」

 そう言ってロバートさんが毎週試作品を店に送ってくるようになり、そのベーコンが入荷した日は仕事の合間でコンソメスープの素を作ることになった。
 
 今日はその出来上がったコンソメの素を使って賄い用のスープを作っている。

 タマネギのスライスと溶き卵でスープの味がよくわかるようにシンプルなものにした。

 塩と胡椒で味を整えて、出来上がったスープを器に盛る。

 今日の賄いはカインの担当だ。
 カインは僕の影響なのかお米を使った賄いをよく作る。
 今日は炒飯だ。余ったご飯を使って一生懸命鍋を振っている。

 程なくカインの料理も出来上がってみんなでお昼ご飯にする。

「カイン。ちょっと炒める時間が長いっすね。お米がパサパサっす」

「たぶん調味料を入れてからうまく混ぜようとして鍋をいっぱい振るからだね。別に無理して鍋を振らなくてもいいんだよ。ヘラを使って手早くお米を混ぜればいいだけだから。僕たちみたいに鍋を振るのはもっと体力がついたらきっとできるようになるから今はそれでいいと思うよ」
 
 カインはまだ11歳だ。セラは朝の仕込みを手伝ったらエリママのところに行って裁縫を習っている。少しでもお金を稼ぎたいカインはお昼の営業まで頑張って仕事をしている。
 カインは王都で家を借りたいのだそうだ。
 これから夜の仕込みを手伝って夕方にはカインは帰る。
 カインはもっと働けるって言うけれど子供にあんまり無理をさせるのは良くない。
 夜の営業の前に帰らせている。

 言われたことを丁寧にノートに書き込んでいるカインを見ながらコンソメスープを飲む。
 うん。いい感じ。でもまだちょっと臭みが残っちゃうな。香草の配合を工夫してみようかな。
 でも問題はきっと油だよね。臭みがきっとそこに残っちゃってるんだ。もっと丁寧に拭き取らないと。

 工程をあんまり難しくしてしまうとこれを他の人が作る時に困ってしまう。
 香草をふんだんに使って臭みを消しても今度は原価が上がってしまう。
 その匙加減が難しくて悩んでる。

 カインと同じく僕も気づいたことをノートに書いていく。
 その様子を見ているフェルがクスクス笑っていた。

 夕方の仕込みをしながらカインとセラに夕食のお弁当を作ってあげる。
 セラのお兄さんの分もあるので3人分、お弁当を作った。
 セラのお兄さんは南地区の拡張工事の仕事をしてる。責任者でもあるライツの工房に最近就職が決まった。
 仕事が忙しいから帰って来て夕食を用意するのが大変らしい。いつかセラは自分が作れるようになりたいって言っている。
 だけど1人で包丁を使わせるのはまだ心配だ。
 だから夕飯はこうして僕がお弁当を作っている。
 
 もちろん師匠には許可をもらっている。
 逆に半端なものは作るなと怖い顔で言われてる。

 栄養のバランスも考えつつ、小熊亭の味を覚えて欲しいからお店の料理を少しずつ詰め込んで出来上がり。
 エリママの店から戻って来たセラにお弁当を渡す。
 
 お弁当箱はゼランドさんの商会に製造を頼んだ。
 ガンツに浄化の魔法をお弁当箱に付与して貰えば洗い物が楽になるだろうか。
 そこまでの需要がお弁当箱にあるかどうかだよね。

 夜の営業が始まった。
 サンドラ姉さんがいないから今日の夜は早めに閉める。
 それでも11時までは営業しなくちゃいけない。今日はお風呂に行けないな。

 ビーフシチューとクリームシチューはあっという間に売れ切れて、定番のメニューの注文が増える。

「ウサギ、生姜焼きはねーのか?」

「あれはお昼の限定なんだって。実はちょっと原価が高いんだよ。師匠が限定にしろって言うんだ」

「じゃあ今日は何がオススメなんだ。どうせシチューももうないんだろ?」

「うーん。なんでも美味しいって言いたいんだけど……、あ、今日はオーク肉のいいのが入ってるよ。たぶん黒狼の仕事だね。オークステーキは昼も出したけどみんな喜んで食べてた」

「じゃ、それにするぜ。あと水割りをくれ。お前は注ぎに来なくていいからな」

 サンドラ姉さんが思いついた水割りのお酌はいまだに冒険者たちの間で大人気だ。
 なんか悔しくなって僕がフェルの代わりにやると冒険者たちが露骨に嫌な顔をする。

「了解。じゃあカウンターで待ってて。他には何か食べる?」

「料理ができるまでなんかつまめる物をくれ。なんでもいい」

「わかったー。すぐ用意するね」

 昼の残りのパンを薄く切ってホーンラビットのパテを塗る。
 オリーブオイルとチーズの粉をかけてオーブンで少し炙る。

 炙っている間にオーク肉を焼き始め、出来上がったパンを盛り付けてフェルに持たせる。

 師匠がいない日はこうしてツマミになるものを作ることが増えた。
 炊き出しを続けた成果だろう。
 僕が余り物でさっと作るツマミはけっこう評判がいい。
 ロスも少なくなるから師匠も続けろと言う。
 こないだなんかは師匠がいるのにめんどくせーから今日はお前が作れと無茶振りされた。

 そして限定メニューの生姜焼き。
 先月からようやく店でも出せるようになった。
 それはもう大変だった。師匠と毎日のようにやり合ってようやく店で出す許可をもらえた一品だ。

 きっかけは賄いで余ったオーク肉を使って生姜焼きを作った時だった。
 
 

















 
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