フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ

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昨日と同じもの

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 155 昨日と同じもの

「良かったな。ケイが作った料理が初めて認められたのであろう?なんだかあまり嬉しそうでは無いようだが、何かあったのか?」

 お風呂からあがって少し考え事をしながらフェルの髪を乾かしていた。
 少しうわの空だったのかもしれない。フェルが心配してそう聞いてきた。

「師匠がさ。明日も今日と同じものを出せって言ったんだ。師匠がどういう風に考えているのかはよくわからないんだけど、さすがに今日と同じものってわけにはいかないなって思っちゃって。師匠にはホワイトシチューの作り方を教えてもらっているし。豆の選別とか、もっと美味しくする方法を教えてもらっているというか……やっぱり今日よりも美味しいものにしなくちゃ……いけないよね……」

 フェルの髪が乾いたので、洗濯物を回収して帰り道を2人で歩く。

 師匠には今日店のシチューで使う食材の処理の方法を教えてもらった。

 打ち消すことと加えること。
 前にアントンさんから教えてもらったことも改めて師匠に教えてもらえた。

 加えることとは調味料で味を加えることだけじゃない。素材の味を引き出してさらに料理に美味しさを加えることだと思う。

 師匠が教えてくれたインゲン豆の豆乳の扱い方をそのまま真似して僕のシチューをさらに美味しくすることはさほど難しいことじゃない。

 でも、すごく傲慢な考え方のような気がするのだけど、そのやり方でそのまま作ったとしたら僕の料理は師匠の廉価版のコピーに過ぎないような、そんな思いにとらわれてしまった。

 僕の料理ってなんなんだろう。

 大通りに設置してある街灯の光に照らされて、僕たちの吐く白い息がふわりと宙に消えていく。
 少しだけ立ち止まって空を見上げた。
 雪でも降りそうな天気だ。

 家に帰ってフェルがお茶を入れてくれた。お砂糖は入っていないけど、温かい麦茶を飲んだら気持ちが少し落ち着いた。

 明日の朝ご飯の支度をして居間のテーブルに座る。

「私はケイの思うようにしたら良いと思うぞ。たとえ失敗したとしてもそれはそれで良いのだ」

 うん。きっとそうだよね。
 
 こうしなければいけないとか考えて料理を作るよりも、食べてくれるお客さんの気持ちを想像しながら作った方が僕らしいものが作れる気がする。

 その日はなんだかぐっすりと眠れた。
 目覚まし時計に起こされるまで珍しく深く眠ることができた。

 翌朝ギルドで少し訓練してから行くというフェルと店の前で別れた。
 
 見送る僕にフェルが振り返って微笑んだ。
 少し励まされたような気持ちになった。

 ありがとう。

 一度気持ちを整理するためにも、今日も仕込みより先に店の掃除から取り掛かった。

 店の窓を開けて空気を入れ替える。
 いつもより丁寧に店内の掃除をした。

 野菜を選んでいたらロイが来た。
 ロイにはなんか顔がスッキリしてると言われた。
 そうかもしれない。料理を作るのが楽しいって心から思ったのは久しぶりかも。

 出汁の準備をして、いつものように野菜の下ごしらえをする。

 僕の料理なんて考えてもよくわからない。
 だけど自分に自信を持って作らないと僕らしい料理にはならないと思う。

 間違えたら周りの大人が正せば良い話だ。
 そう師匠は言った。
 
 褒められたことなんて一度も無いけど、レシピに忠実に作ることなら僕はもうできてる、あのとき師匠はそう言っていた。
 
 信じればいいんだと思う。
 師匠のその言葉も、僕の間違いを正してくれる優しさも。

「世の中いい奴ばかりじゃねえんだ。騙されないようにしっかりやるんだぜ」

 あの嫌な街に行く馬車の中で仲良くなった冒険者の人にそう言われた。
 
 絶えず警戒していたってわけじゃ無いけれど、村を出てからは注意深く人と関わってきた気がする。
 フェルは少し世間知らずなところがあったから、僕がしっかりしないと、そう思ってやってきたつもりだった。
 
 でも実際は違ったんだ。

 フェルは持ち前の素直な性格で、瞬く間に冒険者達と信頼関係を築いてしまった。
 今では一緒に依頼を受けようと誘ってくる冒険者はかなり多い。

 セシル姉さんがなにか口添えしたとは思うけれど、フェルの実力と、信頼に応える誠実さ。それは全てフェルが冒険者として頑張ってきた成果だ。

 王都に着いてから出会った人はみんな親切だった。初めは僕たちを不思議な目で見ていたけれど、気がつけばもう家族のような付き合い方に変わってしまっていたりする。

 ガンツ、そしてライツ。ゼランドさんや3男、そしてエリママ。ギルマスだってそうだ。
 みんながいなかったら今の生活はない。
 
 セシル姉さん達や黒狼の牙のみんな。
 そして炊き出しを手伝ってくれてる冒険者達。
 みんな誇り高く生きていて。僕にこれからの生き方を遠回しにだけど教えてくれる。

 山賊がいる。
 
 そう思うくらい人相の悪いあの髭もじゃの冒険者は、「たまにはこういう善行ってやつを積むのもいいと思ってよ」そう言って、自腹を切って病気の人にポーションを渡して笑っていた。

 よく炒めたタマネギを鍋に入れてニンジンは別の鍋で下茹でする。
 香草と一緒に塩揉みして、さらにお酒に漬け込んだホーンラビットのお肉をフライパンでさっと炒めて鍋に入れる。
 キノコはふんだんに入れるというわけにはいかなかったけど、小さめに切ってまあまあの量を鍋に入れた。

 ハンバーグの仕込みをロイに任せてスープ作りに集中する。ロイはふたつ返事で仕込みを引き受けてくれた。

 サンドラ姉さんはビーフシチューの仕込みと、ロールキャベツをやってくれている。

「全部1人でやろうとしなくていいのよ。そりゃあなたが来てからだいぶ仕事が楽になったわ。でもそういうことじゃないの。小熊亭の一員になったからには、あなたはあなたらしくこの店の営業に関わっていけばいいのよ。下働きをひたすら一生懸命するだけなんてつまらないわ。みんなそうしてある程度自由に楽しんでやってきたんだから」

 選別した豆を塩茹でして豆乳を作る。ミキサーで細かくした豆乳を丁寧に布で絞る。昨日は搾りかすもシチューに入れてたけど、今日は入れない。搾りかすはあとで何かに使おうと思ってる。

 ロイが仕込みの合間で作ってくれたバターを使ってホワイトソースを作る。

「バターならいつも実家で作ってるっすから。ケイくんが作るより美味しいと思うっすよ」

 確かに味見したバターは僕が作るものよりもおいしかった。香りが全然違う。なんでだろ。今度しっかり作り方を聞こう。
 
 ロイとはすごくいい関係で、お互いに自分の得意なことを教え合いながら頑張ってやっている。
 いい相棒のような関係でお互いに切磋琢磨し続けてる。
 
 ロイはいつも僕に助けてもらってばかりだというけど、実際そんなことはない。むしろロイが僕に教えてくれたことの方が実際の仕事にすごく活きている。
 
 パン屋としての経験からロイが僕に話してくれることなんかは、かなり僕も勉強になっている。

 別で茹でていたニンジンを入れて少し煮込んだ後、最後に豆乳を入れてゆっくりかき混ぜる。
 
 塩と胡椒で味を整える。
 ジャガイモは入れなかった。その方がすっきりとしたスープに仕上がる気がしたからだ。

 ニンジンの葉を刻んで後からスープに散らすつもりだ。
 ちょっとしたアクセントになればいいと思っている。

 食材を無駄にしないこと。みんなが笑顔になる料理を作ること。美味しいものを作るためにとことん工夫すること。

 だけど難しいことはあまり考えてない。

 食べてくれる人が美味しいって言ってくれればそれでいいんだ。

 今回のスープはあくまで脇役に徹するものでありたいと思った。
 小熊亭の料理はとても美味しい。
 その料理がもっと美味しく際立つようなスープを作りたかった。

 出来上がってみんなに試食してもらおうとしたら今日は休みのはずなのに師匠が来た。
 小さなカップにスープをよそってみんなに配る。

 すごく緊張する。
 
 でも、こういう風に作ったことは後悔していない。精一杯、今自分にできることをやったつもりだ。

 みんな無言でスープを試食する。

 沈黙が辛い。

 みんなが師匠の言葉を待っている。

 食べ終わって師匠が作業台にカップを置く。

「ケイ。俺は昨日と同じものを作れと言ったはずだが?」

 怖い。

「昨日は僕の知識が足りなくて、なんだか未完成なものになってしまっちゃったんです。もともとはこういうスープを作りたかった。だから今日は昨日より自分が作りたかったものに近づけるように考えて作りました」

 師匠の目を見て真っ直ぐそう言った。
 脇の下にはすごい汗をかいていたけど。

「昨日のシチューはよく出来ていた。だが少し荒削りの部分も確かにあった。ここに来るまで迷っていたんだがな。決まりだ。ケイ、他と比べて売り上げの少ない火曜日、毎週このスープを作れ。店をあげてこれから宣伝する。合格だ。このスープは美味い。よくやった」

 そう言って師匠は帰って行った。

 師匠の姿が見えなくなった途端、膝から崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んでしまった。

 初めて師匠に褒められたこの日。

 僕はやっと小熊亭の一員になれた気がした。










 






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