113 / 236
初日
しおりを挟む
114 初日
いつもの時間に目が覚めた。
そしていつものようにフェルに抱きしめられていた。
誘惑を断ち切り、暖房をつけて着替えを始める。あかりを付けずに手探りで着替えを探していたらフェルも目を覚ました。
少し拗ねている。ちゃんと起こさなかったからだろうか。
魔力循環をしながら市場まで走る。
ラウルさんに新年の挨拶をして、タマゴと牛乳を買った。少しだけ食材も買い足して家に帰る。
フェルにご飯を炊くのを任せてフェルから見えない位置でお弁当を作る。
ホーンラビットのお肉でそぼろを作っておにぎりの具と、オムレツに使った。
トマトを切って詰めておく。すごくしっかりとしたトマトだ。試しに一切れ食べて見るとけっこう甘かった。
トマトの王様、ではなくて、さすが王様のトマトだ。シチューとかこれで作ったら美味しいかもしれない。でも生のままの方がいいのかな?美味しいトマトだし。いずれにしても悪くなってしまう前に食べ切らねば。不敬罪で逮捕されてしまう。
昨日のポテトサラダの残りもお弁当に入れた。トマトのつゆが他のおかずにかからないようにポテトサラダで壁を作ってみた。
腸詰を2本オムレツの隣に入れて、隙間はピクルスを詰めておいた。
手早くおにぎりを握って包んでいく。今日のおにぎりはそぼろとごま塩のおにぎり、ふりかけの3種類。具材に困らない限りはだいたいいつも小さめに握って、3種類渡すことにしている。
その方が楽しいかなと思って。
弁当を受け取ったフェルは上機嫌でカバンにそれをしまった。水筒のお茶は自分でやってもらった。
塩鮭と、海苔。和風の卵焼きを作って食卓に並べる。醤油を少しだけつけた海苔をご飯に巻いて食べるやり方をフェルに教えた。この食べ方ができる外国人っているのかな。
手早く作れるものにしたら、なんだか旅館に泊まった時のような朝食になってしまった。
フェルはピクルスと呼んでいるきゅうりの浅漬けをコリコリ食べている。すっかり和食にも慣れたみたい。
お茶を飲んでる時間はなく、急いで後片付けをしたら出勤だ。9時前には店に着いていたい。
ギルドでフェルと分かれる時に急に抱きしめられた。
「頑張ってくるのだ」
そう言ってフェルがギルドに向かって歩いて行った。嬉しかったけど、みんな僕をニヤニヤしながら見つめている。逃げるように小熊亭に向かった。
店の正面の入り口から脇を通って裏手に回り、勝手口の方に出た。勝手口にはまだ鍵がかかっていた。ちょっと早すぎたかな。まあ初日だし、遅くなるより良いよね。
9時になった頃誰かが勝手口に回って来た。僕より少し背の高い若い男の人が僕に向かって微笑んだ。
「もしかしてケイくんっすか?ずいぶん早いっすね。師匠から聞いてるっす。今日からよろしくお願いするっす。自分はロイと言います。まだ働き出して一年目ですが、ケイくんに仕込みの仕事を教えておくよう言われてるっす。そのうち合鍵も渡しますね。合鍵を貰うまでは今日みたいに9時に来て欲しいっす。自分これ以上早くは来れないんで」
そばかすの目立つ優しそうな先輩はそう言って笑った。
家の手伝いをすませてから来るので、朝が弱いわけではなくどうしても9時前には来れないらしい。
実家住まいで、実家はパン屋をやっているらしい。
いずれは家業を継ぐつもりらしいが料理をもっと勉強したくて小熊亭で働き出したのだそうだ。
小熊亭で出されているパンはロイの実家のパンで、その縁もあってこの店で働き出したらしい。
「師匠の顔の怖さにも慣れてましたからね。小さい頃から配達とかでこの店に来てましたし」
野菜の皮剥きをしながらロイがいろいろ話してくれる。
「ケイくん手際がいいっすね。これならすぐ終わるっすよ」
「僕の実家は小さい食堂をやってて、いろいろ手伝ってましたから。自分の包丁があるんですけど使ってもいいですか?」
「全然構わないっすよ。それより他人行儀な言い方はやめてほしいっす。年もそんなに離れていないし、自分に気を使う必要はないっすから。自分の話し方は気にしないで欲しいっす。こればもうくせみたいなもんなんで」
ガンツの包丁に慣れるためにも、もらったペティナイフで野菜の皮剥きをする。
ほんとよくできた包丁だな。スルスル皮が剥けるよ。
あっという間に野菜の皮剥きが終わる。そのあとロイはスープを作り始めて、僕は店の掃除をする。
店の前を掃除していたらアレクサンドラさんが出勤して来た。
「あら、ケイくん。ちゃんと来てくれたのね。クライブって顔が怖いでしょう、みんな面接に来たあと逃げちゃうから困ってたのよね。今日からヨ、ロ、シ、ク ♡」
とりあえずよろしくお願いしますと頭を下げた。
そこからはアレクサンドラ姉さんの指示で動く。
まずはテーブルの名前を説明されて、ノートに言われたことをとにかく書き写す。
その間にもアレクサンドラ姉さんはロイの仕事の様子を見て指示を出す。
とにかくまずは何がどこにあるのか覚えなさいと言われて店内のあちこちを見て回る。ロイはタマネギをひたすら刻んでいた。
小休憩の間もロイが仕事を教えてくれる。
昼のメニューは3つ。
Aランチはデミグラスソースのハンバーグ。Bランチはオニオンソースのハンバーグ。そしてCランチがオーク肉のステーキだ。3男と前に来た時食べたのはこのCランチになる。
「まずは使うお皿を覚えるっす」
休憩中にも関わらずロイは丁寧に教えてくれた。
サラダを入れる皿は共通で、スープを入れる皿は2種類。少しとろみがあるポタージュなんかは広めの皿で。とろみが少ないものは少し深いスープカップのような皿を使う。ハンバーグの皿は中くらいの丸い皿を使うけど、Cランチは一回り大きめの皿を使うそうだ。
他のメニューの皿は空いた時間にまた教えてくれるそうだ。
オーダーが入ったらまずお皿を用意する。サラダを盛り付けてお客さんに持っていったら、出来上がってくる頃か、出来上がった時にスープをよそって料理と一緒に配膳する。パンは先に持っていっていいそうだ。パンの用意の仕方も教えてもらった。
「できるならパンは冷めないように料理の出来上がる直前に持っていって欲しいっす。冷めたら美味しさが半減すからね」
パン屋の息子ならではのお願いに僕は頷いた。
ランチの忙しい時間は給仕の人が来てくれるらしい。でも来れない日もあるのでその時は僕たちが配膳して、オーダーも受けるそうだ。オーダーの取り方も教えてもらう。伝票に注文を書いて厨房の壁に順番に貼っていくのだそうだ。ただただ言われたことをひたすらノートに書き込む。
ミンサーの使い方や基本的な野菜の下処理はできるので特に指導されなかった。
アレクサンドラ姉さんがサラダの見本を作ってくれて、今日はそれを参考にしてサラダを作る。
開店の1時間前になってクライブさんが来た。
「クライブ、ケイくんやっぱりすごいわ。即戦力よ。あんたあんまり怖がらせないようにしなさい。逃げられちゃったら困るわ」
ハンバーグのタネを作りながらアレクサンドラ姉さんが言う。
「小僧。とりあえず今日はサラダを作れ。オーダーや配膳はまだやらなくていい。まず店に慣れろ。余裕があったら他のこともやってもいいがそこまで期待はしていない。俺のことはクライブか、師匠と呼べ。クライブさんとか、マスターとか呼ぶな。わかったか?」
「はいわかりました。師匠」
呼び捨てにするか、師匠って呼ぶか選ばされたら、師匠一択じゃん。
クライブさんは師匠と呼ぶことに決めた。たぶんロイもそうだったんだろう。こっちをみて苦笑いしている。
「ロイ!スープは出来たか?お前もうかうかしてたらあっという間にこの小僧に抜かされちまうぞ」
「味見お願いします!」
ロイがスープを少しだけ入れた皿を師匠のところに持っていく。
「ふたつまみ塩を足せ。他は問題ない。終わったらこの小僧にもう少し仕事を説明しておけ」
「ケイくん。挫けちゃダメよ。クライブはいつも新人にこう言う態度なの。とにかくビビっちゃダメよ。私も協力してあげるからとにかく頑張りなさい。わからないことは休憩中にまとめて聞いて。お姉さんがなんでも教えてあげるから♡」
とにかくいろんなことがあって混乱気味だけど、ビビっちゃダメなんだな。頑張ろう。
そのあと給仕担当のおばさんが来て挨拶をする。メアリーさんと言うらしい。優しそうなふっくらとした人だった。
開店までの少しの時間だったけど、ロイが店の中の主要な道具の位置を教えてくれた。言われたことをひたすらにメモを取る。
「今日は忙しいからな。覚悟しとけよ、小僧」
クライブさんがそう僕に言った。
メアリーさんが店を開けるとあっという間に店内は満席になる。
急いでサラダを作って並べる。
メアリーさんがそれをお水と一緒にお客さんに配っていく。
「小僧、もっときちんと盛り付けろ。なるべく背が高くなるように盛るんだ」
そう言って師匠は手本を見せる。
ふんわりと盛り付けて固めの野菜で周りを固める感じだ。なるほど背が高くなるようにね。たぶんこの方が食感も良くなる。
「ドレッシングをかけすぎだ。きちんと分量を守れ」
「はい。師匠」
しばらくするとなんとなくコツがつかめてくる。お客さんが入って来たら人数を確認してその分を作ればいいんだ。サラダは全部のランチに共通なんだし。
そうしたら少しだけ周りを見る余裕ができた。ロイがオーダーを聞いてお皿を用意する。スープのカップを温めてタイミングを見てパンを焼き始める。
お皿を用意するのは僕でもできそうだった。
アレクサンドラ姉さんはハンバーグの焼き方を担当していて、慣れた手つきでハンバーグを焼いていた。師匠はオークステーキを担当していて、そのほかにいろいろ足りなくなった食材を補充したりしている。
ロイに言ってお皿を用意する係を代わってもらった。メアリーさんの声を聞いてお皿を用意していく。
「ケイくん。お皿が正面じゃないわ。この中皿は正面があるからこの模様を私の方に向けなさい」
「わかりました!」
お皿に正面とかあるのか。とりあえず言われた通りに修正する。
師匠はサラダだけやってろと言っていたけど、僕がお皿の用意をしても怒らなかった。
店内はずっと満席。外には並んでいるお客さんの姿も見える。アレクサンドラ姉さんもある程度先読みしてハンバーグを焼いている。ロイがだんだんとタイミングを見るのが追いつかなくなって来ているのがわかった。
「ロイ。パンも僕がやるよ。それよりスープが間に合ってないからそっちをお願い」
たぶんパンも良いタイミングで出そうとしているから混乱してしまうんだろう。
パンの提供もやり出したらサラダが雑になってしまった。これじゃダメだ。
失敗したサラダを脇にどけて作り直す。
パンのあたためはオーブンで1分。AランチとBランチはタイミングは一緒だけどCランチは微妙に違う。
パンの提供のことまで考えていると頭がクラクラしてくる。気にしすぎちゃいけないんじゃないかな。多少粗くてもとにかく料理を出すタイミングを滞らないように作業に集中した。
ランチタイムが終わったらどっと疲れが押し寄せた。
いつもの時間に目が覚めた。
そしていつものようにフェルに抱きしめられていた。
誘惑を断ち切り、暖房をつけて着替えを始める。あかりを付けずに手探りで着替えを探していたらフェルも目を覚ました。
少し拗ねている。ちゃんと起こさなかったからだろうか。
魔力循環をしながら市場まで走る。
ラウルさんに新年の挨拶をして、タマゴと牛乳を買った。少しだけ食材も買い足して家に帰る。
フェルにご飯を炊くのを任せてフェルから見えない位置でお弁当を作る。
ホーンラビットのお肉でそぼろを作っておにぎりの具と、オムレツに使った。
トマトを切って詰めておく。すごくしっかりとしたトマトだ。試しに一切れ食べて見るとけっこう甘かった。
トマトの王様、ではなくて、さすが王様のトマトだ。シチューとかこれで作ったら美味しいかもしれない。でも生のままの方がいいのかな?美味しいトマトだし。いずれにしても悪くなってしまう前に食べ切らねば。不敬罪で逮捕されてしまう。
昨日のポテトサラダの残りもお弁当に入れた。トマトのつゆが他のおかずにかからないようにポテトサラダで壁を作ってみた。
腸詰を2本オムレツの隣に入れて、隙間はピクルスを詰めておいた。
手早くおにぎりを握って包んでいく。今日のおにぎりはそぼろとごま塩のおにぎり、ふりかけの3種類。具材に困らない限りはだいたいいつも小さめに握って、3種類渡すことにしている。
その方が楽しいかなと思って。
弁当を受け取ったフェルは上機嫌でカバンにそれをしまった。水筒のお茶は自分でやってもらった。
塩鮭と、海苔。和風の卵焼きを作って食卓に並べる。醤油を少しだけつけた海苔をご飯に巻いて食べるやり方をフェルに教えた。この食べ方ができる外国人っているのかな。
手早く作れるものにしたら、なんだか旅館に泊まった時のような朝食になってしまった。
フェルはピクルスと呼んでいるきゅうりの浅漬けをコリコリ食べている。すっかり和食にも慣れたみたい。
お茶を飲んでる時間はなく、急いで後片付けをしたら出勤だ。9時前には店に着いていたい。
ギルドでフェルと分かれる時に急に抱きしめられた。
「頑張ってくるのだ」
そう言ってフェルがギルドに向かって歩いて行った。嬉しかったけど、みんな僕をニヤニヤしながら見つめている。逃げるように小熊亭に向かった。
店の正面の入り口から脇を通って裏手に回り、勝手口の方に出た。勝手口にはまだ鍵がかかっていた。ちょっと早すぎたかな。まあ初日だし、遅くなるより良いよね。
9時になった頃誰かが勝手口に回って来た。僕より少し背の高い若い男の人が僕に向かって微笑んだ。
「もしかしてケイくんっすか?ずいぶん早いっすね。師匠から聞いてるっす。今日からよろしくお願いするっす。自分はロイと言います。まだ働き出して一年目ですが、ケイくんに仕込みの仕事を教えておくよう言われてるっす。そのうち合鍵も渡しますね。合鍵を貰うまでは今日みたいに9時に来て欲しいっす。自分これ以上早くは来れないんで」
そばかすの目立つ優しそうな先輩はそう言って笑った。
家の手伝いをすませてから来るので、朝が弱いわけではなくどうしても9時前には来れないらしい。
実家住まいで、実家はパン屋をやっているらしい。
いずれは家業を継ぐつもりらしいが料理をもっと勉強したくて小熊亭で働き出したのだそうだ。
小熊亭で出されているパンはロイの実家のパンで、その縁もあってこの店で働き出したらしい。
「師匠の顔の怖さにも慣れてましたからね。小さい頃から配達とかでこの店に来てましたし」
野菜の皮剥きをしながらロイがいろいろ話してくれる。
「ケイくん手際がいいっすね。これならすぐ終わるっすよ」
「僕の実家は小さい食堂をやってて、いろいろ手伝ってましたから。自分の包丁があるんですけど使ってもいいですか?」
「全然構わないっすよ。それより他人行儀な言い方はやめてほしいっす。年もそんなに離れていないし、自分に気を使う必要はないっすから。自分の話し方は気にしないで欲しいっす。こればもうくせみたいなもんなんで」
ガンツの包丁に慣れるためにも、もらったペティナイフで野菜の皮剥きをする。
ほんとよくできた包丁だな。スルスル皮が剥けるよ。
あっという間に野菜の皮剥きが終わる。そのあとロイはスープを作り始めて、僕は店の掃除をする。
店の前を掃除していたらアレクサンドラさんが出勤して来た。
「あら、ケイくん。ちゃんと来てくれたのね。クライブって顔が怖いでしょう、みんな面接に来たあと逃げちゃうから困ってたのよね。今日からヨ、ロ、シ、ク ♡」
とりあえずよろしくお願いしますと頭を下げた。
そこからはアレクサンドラ姉さんの指示で動く。
まずはテーブルの名前を説明されて、ノートに言われたことをとにかく書き写す。
その間にもアレクサンドラ姉さんはロイの仕事の様子を見て指示を出す。
とにかくまずは何がどこにあるのか覚えなさいと言われて店内のあちこちを見て回る。ロイはタマネギをひたすら刻んでいた。
小休憩の間もロイが仕事を教えてくれる。
昼のメニューは3つ。
Aランチはデミグラスソースのハンバーグ。Bランチはオニオンソースのハンバーグ。そしてCランチがオーク肉のステーキだ。3男と前に来た時食べたのはこのCランチになる。
「まずは使うお皿を覚えるっす」
休憩中にも関わらずロイは丁寧に教えてくれた。
サラダを入れる皿は共通で、スープを入れる皿は2種類。少しとろみがあるポタージュなんかは広めの皿で。とろみが少ないものは少し深いスープカップのような皿を使う。ハンバーグの皿は中くらいの丸い皿を使うけど、Cランチは一回り大きめの皿を使うそうだ。
他のメニューの皿は空いた時間にまた教えてくれるそうだ。
オーダーが入ったらまずお皿を用意する。サラダを盛り付けてお客さんに持っていったら、出来上がってくる頃か、出来上がった時にスープをよそって料理と一緒に配膳する。パンは先に持っていっていいそうだ。パンの用意の仕方も教えてもらった。
「できるならパンは冷めないように料理の出来上がる直前に持っていって欲しいっす。冷めたら美味しさが半減すからね」
パン屋の息子ならではのお願いに僕は頷いた。
ランチの忙しい時間は給仕の人が来てくれるらしい。でも来れない日もあるのでその時は僕たちが配膳して、オーダーも受けるそうだ。オーダーの取り方も教えてもらう。伝票に注文を書いて厨房の壁に順番に貼っていくのだそうだ。ただただ言われたことをひたすらノートに書き込む。
ミンサーの使い方や基本的な野菜の下処理はできるので特に指導されなかった。
アレクサンドラ姉さんがサラダの見本を作ってくれて、今日はそれを参考にしてサラダを作る。
開店の1時間前になってクライブさんが来た。
「クライブ、ケイくんやっぱりすごいわ。即戦力よ。あんたあんまり怖がらせないようにしなさい。逃げられちゃったら困るわ」
ハンバーグのタネを作りながらアレクサンドラ姉さんが言う。
「小僧。とりあえず今日はサラダを作れ。オーダーや配膳はまだやらなくていい。まず店に慣れろ。余裕があったら他のこともやってもいいがそこまで期待はしていない。俺のことはクライブか、師匠と呼べ。クライブさんとか、マスターとか呼ぶな。わかったか?」
「はいわかりました。師匠」
呼び捨てにするか、師匠って呼ぶか選ばされたら、師匠一択じゃん。
クライブさんは師匠と呼ぶことに決めた。たぶんロイもそうだったんだろう。こっちをみて苦笑いしている。
「ロイ!スープは出来たか?お前もうかうかしてたらあっという間にこの小僧に抜かされちまうぞ」
「味見お願いします!」
ロイがスープを少しだけ入れた皿を師匠のところに持っていく。
「ふたつまみ塩を足せ。他は問題ない。終わったらこの小僧にもう少し仕事を説明しておけ」
「ケイくん。挫けちゃダメよ。クライブはいつも新人にこう言う態度なの。とにかくビビっちゃダメよ。私も協力してあげるからとにかく頑張りなさい。わからないことは休憩中にまとめて聞いて。お姉さんがなんでも教えてあげるから♡」
とにかくいろんなことがあって混乱気味だけど、ビビっちゃダメなんだな。頑張ろう。
そのあと給仕担当のおばさんが来て挨拶をする。メアリーさんと言うらしい。優しそうなふっくらとした人だった。
開店までの少しの時間だったけど、ロイが店の中の主要な道具の位置を教えてくれた。言われたことをひたすらにメモを取る。
「今日は忙しいからな。覚悟しとけよ、小僧」
クライブさんがそう僕に言った。
メアリーさんが店を開けるとあっという間に店内は満席になる。
急いでサラダを作って並べる。
メアリーさんがそれをお水と一緒にお客さんに配っていく。
「小僧、もっときちんと盛り付けろ。なるべく背が高くなるように盛るんだ」
そう言って師匠は手本を見せる。
ふんわりと盛り付けて固めの野菜で周りを固める感じだ。なるほど背が高くなるようにね。たぶんこの方が食感も良くなる。
「ドレッシングをかけすぎだ。きちんと分量を守れ」
「はい。師匠」
しばらくするとなんとなくコツがつかめてくる。お客さんが入って来たら人数を確認してその分を作ればいいんだ。サラダは全部のランチに共通なんだし。
そうしたら少しだけ周りを見る余裕ができた。ロイがオーダーを聞いてお皿を用意する。スープのカップを温めてタイミングを見てパンを焼き始める。
お皿を用意するのは僕でもできそうだった。
アレクサンドラ姉さんはハンバーグの焼き方を担当していて、慣れた手つきでハンバーグを焼いていた。師匠はオークステーキを担当していて、そのほかにいろいろ足りなくなった食材を補充したりしている。
ロイに言ってお皿を用意する係を代わってもらった。メアリーさんの声を聞いてお皿を用意していく。
「ケイくん。お皿が正面じゃないわ。この中皿は正面があるからこの模様を私の方に向けなさい」
「わかりました!」
お皿に正面とかあるのか。とりあえず言われた通りに修正する。
師匠はサラダだけやってろと言っていたけど、僕がお皿の用意をしても怒らなかった。
店内はずっと満席。外には並んでいるお客さんの姿も見える。アレクサンドラ姉さんもある程度先読みしてハンバーグを焼いている。ロイがだんだんとタイミングを見るのが追いつかなくなって来ているのがわかった。
「ロイ。パンも僕がやるよ。それよりスープが間に合ってないからそっちをお願い」
たぶんパンも良いタイミングで出そうとしているから混乱してしまうんだろう。
パンの提供もやり出したらサラダが雑になってしまった。これじゃダメだ。
失敗したサラダを脇にどけて作り直す。
パンのあたためはオーブンで1分。AランチとBランチはタイミングは一緒だけどCランチは微妙に違う。
パンの提供のことまで考えていると頭がクラクラしてくる。気にしすぎちゃいけないんじゃないかな。多少粗くてもとにかく料理を出すタイミングを滞らないように作業に集中した。
ランチタイムが終わったらどっと疲れが押し寄せた。
54
お気に入りに追加
229
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
アルファポリス恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
連載希望のコメントをいただきましたので、
連載に向け準備中です。
*他サイトでも公開中
なろう日間総合ランキング2位に入りました!

異世界に召喚されたおっさん、実は最強の癒しキャラでした
鈴木竜一
ファンタジー
健康マニアのサラリーマン宮原優志は行きつけの健康ランドにあるサウナで汗を流している最中、勇者召喚の儀に巻き込まれて異世界へと飛ばされてしまう。飛ばされた先の世界で勇者になるのかと思いきや、スキルなしの上に最底辺のステータスだったという理由で、優志は自身を召喚したポンコツ女性神官リウィルと共に城を追い出されてしまった。
しかし、実はこっそり持っていた《癒しの極意》というスキルが真の力を発揮する時、世界は大きな変革の炎に包まれる……はず。
魔王? ドラゴン? そんなことよりサウナ入ってフルーツ牛乳飲んで健康になろうぜ!
【「おっさん、異世界でドラゴンを育てる。」1巻発売中です! こちらもよろしく!】
※作者の他作品ですが、「おっさん、異世界でドラゴンを育てる。」がこのたび書籍化いたします。発売は3月下旬予定。そちらもよろしくお願いします。

私はいけにえ
七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」
ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。
私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。
****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる