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私だけのお弁当
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98 私だけのお弁当
「なんだよ。朝飯まで用意してくれたってのか?ケイもマメな奴だな。しかし美味えなこれ」
オイゲンがおにぎりを食べながら言う。
ギルド前から出発した馬車は間も無く目的地に着く。
先日ゴブリンの駆除の依頼を受けた時にはぐれのオークに遭遇した。参加メンバーの1人が魔力切れになったこともあり、詳しい調査を継続して行うことは難しいと判断。一度ギルドに帰還した。
今日はその時訪れた村の周辺の調査になる。
馬車が村に着き、オイゲンがお茶を入れてくれる。
私たちはそのお茶を飲みながら朝食をとりつつ、今回の打ち合わせをした。
黒狼の牙。
南支部でもかなりベテランのBランクパーティだ。
先日のゴブリンキングの掃討戦では討伐チームのリーダーを務めていた。
メンバーはリーダーで剣士のルドルフ。無精髭を生やした盾役のブルーノ。ならずものという表現がよく似合う剣士のドミニク。そして皆より少し年上のAランクの資格を持つスカウトのオイゲン。
オイゲンが書いた周囲の見取り図をもとに打ち合わせを始める。
「まぁ、十中八九はオークの巣があるな。多分この辺の洞窟だと思うぜ」
オイゲンが地図の北側を指差す。
「もう埋めちまえばいいんじゃねえの?その洞窟」
ドミニクがお茶を片手にそう言った。
オイゲンがそのドミニクの疑問に答える。
「これが難しいところでな、ライアンが言うには、こういうところが少し残ってないと、どこか知らない場所に集落を作られちまうんだそうだ。そうなると発見が遅れて大規模な集落に発展する。だから探しやすい場所ってのを残してた方が早期発見に繋がって被害を小さく出来るらしいんだ」
「なるほどねぇ」
「俺としてもこの森を広範囲に探索するのはけっこうしんどい。3日もあればいけるだろうが、正直1人ではやりたくはないな」
作戦はオイゲンが、まず巣になりそうな何ヶ所かの地点を偵察に行く。私たちはその間、森の中を探索する。オークやゴブリンの痕跡がないか確認するためだ。
「昼前にこの場所で落ち合おう。今から大体2時間後だな。じゃあ先に出るぜ」
オイゲンはそう言って森の中に消えていった。私たちはもう少し休憩した後、森の中を探索する。
村に危険が及ぶであろう範囲にはオークや、ゴブリンの気配はなかった。
森の探索を切り上げ集合場所に戻ると、オイゲンもちょうど戻ってきたところだった。
「いたぜ。洞窟に、多くても6体だな。上位種の気配は無え」
オイゲンは私が淹れたお茶を飲み、そう言った。
黒狼の牙のリーダーであるルドルフが少し考えてから発言する。
「じゃあ想定通り駆除して帰ろう。昼にはまだ早いから、先に終わらせてしまうか」
「それでいいと思うぜ。この戦力なら余裕だろう」
ブルーノがそれに応じる。他のメンバーも依存はないようだ。もちろん私にしてもそうだ。
「いい機会だからフェルが前衛で入ってみろ。ブルーノと2人で、後方支援にオイゲンをつける。ドミニクと俺とで周辺の警戒でどうだ?危なくなったら助けに入るが、まぁ、問題ないだろう」
ルドルフがそう提案する。そもそも黒狼に誘われてこの依頼を受ける時、遠征ではあまり彼らとは連携の練習ができなかったこともあり、良い経験になるからとルドルフから提案されて参加した。私もその方がいいと感じたのだ。
ケイは私に守られながら冒険者をしていくことを良くは思っていないだろう。
忙しいはずの朝の時間に、朝食と弁当を用意して、さらに空いた時間で弓の練習までしている。
あの若者はひたむきに、私に追いつこうと必死になっている。
実際ケイの弓の腕はかなり上がったように見える。ライツの弓で的を狙っている姿は今ではなかなか堂々としたものだ。
私に寄生する事をよしとせず、私のことを守ろうと弓の腕を磨く姿が嬉しくもあり、頼もしいと感じる。
だがケイはこの先、街で仕事を探すだろう。
私はケイに心配されることのない、一人前の冒険者になる必要がある。
今のところケイ以外で固定のパーティに所属するつもりはないのだが。
「着いたぜ。中に6体、オークの気配がある。この周辺に他にオークの気配は感じないが一応警戒頼むぜ」
私とブルーノは比較的戦いやすい場所に待機して、オイゲンが草の束に火をつけて洞窟の中に何個か放り込んだ。前の遠征でも使った魔物避けの香だ。
投げ込んですぐに中からオークの咆哮が聞こえる。
間を置かずにオークが次々と洞窟から出てくる。
「何体かは足止めする!出て来た奴から順番に倒していけ」
オイゲンはそう言ってオークの足元を狙い矢を放つ。その矢から逃れたオークがブルーノに襲いかかる。
ブルーノは冷静にオークの攻撃を受け止めて右に弾く。その体勢を崩したオーク目掛けて剣を振り下ろした。
ブルーノは既に次の2体の相手をしている。
もう1体、ブルーノに襲いかかるオークの首を切り落とし、もう1体に切りかかる。結果ブルーノの前に出てしまう形になってしまった。
「フェル!出過ぎだ、左から来るぞ!……おわっ!」
ブルーノが何かに躓いたのか体勢を崩して転びそうになる。飛び出して斬りつけたそのオーク1体を瞬殺し、ブルーノの方を見ると別の個体に全力で振り下ろされた棍棒を受け損なって後ろに飛ばされていくのが見えた。
その個体に素早く切りかかる。
オイゲンが弓で1体倒したので残りは1体だ。
オークは少し知能がある魔物だ。
前にケイが言っていたふぇいんとが決まり、派手に空振りして、地面を棍棒で激しく打ちつけたオークの首を切り裂いた。
そして残心を取り周囲の警戒をする。
ブルーノが起き上がる。肩を脱臼したのだろうか?左腕がだらんとぶら下がっている。
騎士団での訓練で脱臼する者は多かった。慣れていた私がブルーノの肩を入れてやり、ケイから貰ったポーションを渡す。
「畜生やっちまったぜ。……ん?フェル、これ中級じゃねーか。いくらだ?買い取るから店で買った値段を教えろ」
「金なら大丈夫だ、それはケイの手作りだから、店で買ったものではない。値段を聞かれても私にはわからんのだ。きっとケイがここにいたらそうするだろう。……さっきは私が悪かった。一気に行けると思って突っ込み過ぎてしまった」
ブルーノはそんなこと気にするなと、いかつい顔で笑う。
「フェルに怪我でもさせちまうとケイに後から何言われるかわかんねーからな。とにかくお前に怪我がなくてよかった。受け損なったのは俺のミスだ。ちょっと窪みに足を取られてしまったからな」
洞窟の中の探索を終えたオイゲンたちが戻ってくる。ルドルフが私に落ち着いた声で言う。
「あれはフェルが悪いな。状況的に急いで処理する必要はなかった。もっと数が多ければオレでもそうしたかもしれないが、フェルが前に出たことで陣形が崩れた。フェル。それは自分でもわかってるよな」
ルドルフが言っていることは確かにそうだと私も思う。これはやはり私のミスだ。
反省している私の顔はさぞかし酷い顔をしていたのだろう。ルドルフは優しい顔で話を続ける。
「フェル。いいか。戦いの目的と、状況は常に冷静に理解していなければならない。これは小規模な殲滅戦だ。短時間で処理する必要もなく、この巣のオークを駆除して帰るだけの作戦だった。特に急いで危険性を高める必要もない。そりゃ命をかける必要がある時もあるだろう。だが今は違う。冒険者は危険な状況を作ってはいけないんだ。自分が危険になる状況も徹底的に避ける。だから俺たちはパーティを組み、危険がないような布陣で魔物に対処する。安全に仕事ができるようお互いに協力しあう。これが連携して戦うってことなんだ。まあ一度失敗したくらいでそんな顔するな。もうわかっただろ?それがわかればお前はこの先どんな冒険者とでも依頼を受けれるさ」
優しくそう言うルドルフの隣でオイゲンが私に声をかける。
「お前だって無事にケイのところに帰りたいだろ?だからあぶねーことはできるだけするな。周りを信じて頼れ、じゃねーとケイが心配していつもくっついてきちまうぞ。さあ、さっさと移動してメシだ。今日は誰が飯を作るんだ?ドミニクの番だったか?」
私がブルーノの手当てをしている間にオークの死体の処理は終わっていた。
私は皆に謝り、皆の後に続いた。
ケイがもしここにいたならば、ブルーノが足を取られる前に、さっさと戦場を整地してしまっていただろう。「つまずいたら危ないよ」とか言って。
ケイは気付けばあっという間にギルドの訓練場のように戦場を整地してなだらかにしてしまう。
私はいつも甘やかされていたのだな。
今頃ケイは私のことを心配しているだろうか?もっとしっかりしなくては。
ドミニクが作ったと言う不思議な味のスープをもらい、ケイから渡されたお弁当を食べる。今日もオムレツを入れてくれていた。
けちゃっぷがたっぷりかかっている。嬉しいな。それからこのじゃがいもの素揚げか。これもけちゃっぷによくあって美味しい。今日のおにぎりは焼きおにぎりか。もう一個は何かな。梅干しだろうか?
パーティのメンバーを危険な状況に置いてしまい、すっかり消沈した私の心を、ケイのお弁当が癒してくれる。
お弁当を食べるとケイが励ましてくれているような気になった。黒狼の牙の面々が一口食べさせろと言っても必死で断った。
これはケイが私のために作ってくれた私だけのお弁当なのだ。
残りのおにぎりは梅干し味とケイがふりかけと言っていたご飯に味をつけたものだった。
梅は刻んでご飯に混ぜてあり、うっすらと紅色のおにぎりはとても美味しかった。朝のおにぎりよりも少し小さめに握ってあり、全部食べるとちょうど満足する量だった。きっといろいろな種類を食べられるように工夫してくれているのだ。
オムレツもおにぎりも良いが、オムライスには敵わないな。
あれは極上の料理だ。しっとりとした卵焼きに包まれている、けちゃっぷで味付けされたご飯。
甘味と酸味が調和するあの料理。最初に食べた物よりもこの前食べた物の方がより完成されていた。またいつか作ってくれるといいな。
「そういやお前らまだスラムに住んでるのか?もう宿に泊まれるだけ稼げるようになっただろ」
ブルーノがスープを少し嫌そうに食べながら聞いてくる。
「宿を別々にとるよりは、2人で部屋を借りて住もうと言う話になったのだ。やはり今、王都で部屋を借りるのは難しいのだろうか?」
「そうだな。俺たちでも部屋を借りて住んでいるのはルドルフだけだしな。そのルドルフは元から王都育ちだし、前から住んでいた家に今嫁と子供と3人暮らしだ。オレは宿の方が気楽だから部屋は探してはいないが、オイゲンなんてもう3年もいい物件が出るのを待ってるからな。厳しいと思うぜ。特に2人で住めるようないい広さの部屋となるとな」
「私は、ケイと一緒であれば狭い家でも構わないのだ。それは宿にしても同じだが、ケイはきっと煮炊きできるような台所がないと辛いであろう。だから良い条件の物件が見つからなければこのままスラムで暮らしていてもいいと思っている」
「外壁の工事がさっさと始まればいいんだけどよ。何をするにも貴族から優先されっから、南側の工事がいつ始まるのかもさっぱりわからねーんだ」
オイゲンは具材だけ食べて汁は焚き火の中に捨てた。口直しに干し肉を噛んでいる。
「しかし、ケイはすげえよな。剣はからっきし出来ないが、あの弓の腕があれば後衛として立派にやっていけるだろう。採取の素材にも詳しいし、それを使って料理もできる。あいつならどこのパーティでも喜んで受け入れると思うぜ」
私もそう思う。ときどき私がケイの足を引っ張っているのではないかと思ってしまうことがある。そういう気分になった時はケイが眠ったあとこっそりしがみついて眠るのだ。
この間は少しやり過ぎたようだったが。
「ケイは本当にすごいのだ。故郷を捨てて出てきた私を王都に連れてきてくれて、お金を稼いで、私に装備を揃えてくれた。心配性なところもあるが、基本文句も言わず私の好きにさせてくれる。こうして弁当も毎日作ってくれるのだ」
「愛されてるねー。恋人としては優秀だなケイは」
「な……こ、恋人とかではないのだ。と、とにかくケイは私にとって大切な恩人なのだ。ずっとそばにいたいと思っている」
「そりゃフェル。お前もう……なぁ」
「まあそれくらいにしてやろうじゃねえか。お前らフェルにちょっかいをかける奴が出てこねえようにちゃんと若い奴らとかに言い聞かせておけよ」
オイゲンが笑顔で仲間達に言う。
「暴風が目を光らせてっから大丈夫だろう。あいつ怒らせるとほんと怖いしな」
ブルーノがそう言うと黒狼の牙の皆が笑った。
「私はケイに心配されることのない、いい冒険者になろうと思っている。新年には何かケイに贈り物をしようと思うのだ。だからまたこう言う依頼に誘ってもらえると助かる。実は少し金を稼ぎたいのだ。これからもよろしくお願いする」
私は皆に深く頭を下げた。
王都に帰り報告書を書く。報告書がすっかり私の反省文になってしまった。それを見たオイゲンが、これではダメだから書き直せと言う。とにかく事実をそのまま簡潔に書けば良いらしい。
時間がかかりそうなので黒狼の皆には先に帰ってもらうことにして、会議室に私だけ居残りなんとか報告書を書き上げた。
会議室はギルドの2階にあり、報告書を提出して下に降りると受付の辺りにケイがいるのを見つけた。黒狼の皆と何か話している。
「ケイ!待たせたか?ちょっと書類を書くのに手間取ってしまって、すまない」
ケイはそんなのどうでも良いと、私に怪我がないか聞いてくる。そうだ。ポーションを勝手にブルーノに使った事を謝らなければ。
ケイはむしろ使ってくれて良かったと笑う。
母親の形見でもあったポーションを惜しげもなく私に使ったこの青年が、そんな事を気にするわけがなかった。そういう奴だものな。
その後ケイといるのが楽しくて、私は今日あった事をケイに次々に話をした。ケイは笑顔で聞いてくれた。
今日は髪の毛を私の正面から乾かしてもらった。この方が話しやすいし、少しでもケイの顔を見ていたかったのだ。
私が失敗してブルーノが怪我をしたことも、私が危険な状況に飛び込んでしまったことも、ケイは何も言わずに静かに聞いてくれた。落ち込む私の頭を撫でて、無事に帰ってきてくれて良かったとだけ言った。
顔が熱くなり、思わずケイから顔を背けてしまった。恥ずかしかったと言うよりは、嬉しくて頬が熱くなった。
ケイは明日のお弁当の準備をして、私は素振りに打ち込んだ。先に休むと言ってケイはテントに入った。
いつもの分量をこなして汗を拭く。
お茶でも飲みたかったが、せっかく寝ついたケイを起こしてしまう。汲み置いた水を飲むだけにしておいた。
明日はエリママのところでまた編み物を教えてもらうのだ。ガンツのところにも行こう。ケイに内緒で作ってもらいたいものがあるのだ。
おそらく少し値段は張ると思うが、私は自分の力で稼いだ金を使ってその贈り物をすることに決めていた。
これまでのケイへの感謝と、これから先、きちんと冒険者としてやっていくという私の誓いのような気持ちをこめて。
そして今日も布団で先に眠っているケイを優しく胸に抱きしめて眠った。
「なんだよ。朝飯まで用意してくれたってのか?ケイもマメな奴だな。しかし美味えなこれ」
オイゲンがおにぎりを食べながら言う。
ギルド前から出発した馬車は間も無く目的地に着く。
先日ゴブリンの駆除の依頼を受けた時にはぐれのオークに遭遇した。参加メンバーの1人が魔力切れになったこともあり、詳しい調査を継続して行うことは難しいと判断。一度ギルドに帰還した。
今日はその時訪れた村の周辺の調査になる。
馬車が村に着き、オイゲンがお茶を入れてくれる。
私たちはそのお茶を飲みながら朝食をとりつつ、今回の打ち合わせをした。
黒狼の牙。
南支部でもかなりベテランのBランクパーティだ。
先日のゴブリンキングの掃討戦では討伐チームのリーダーを務めていた。
メンバーはリーダーで剣士のルドルフ。無精髭を生やした盾役のブルーノ。ならずものという表現がよく似合う剣士のドミニク。そして皆より少し年上のAランクの資格を持つスカウトのオイゲン。
オイゲンが書いた周囲の見取り図をもとに打ち合わせを始める。
「まぁ、十中八九はオークの巣があるな。多分この辺の洞窟だと思うぜ」
オイゲンが地図の北側を指差す。
「もう埋めちまえばいいんじゃねえの?その洞窟」
ドミニクがお茶を片手にそう言った。
オイゲンがそのドミニクの疑問に答える。
「これが難しいところでな、ライアンが言うには、こういうところが少し残ってないと、どこか知らない場所に集落を作られちまうんだそうだ。そうなると発見が遅れて大規模な集落に発展する。だから探しやすい場所ってのを残してた方が早期発見に繋がって被害を小さく出来るらしいんだ」
「なるほどねぇ」
「俺としてもこの森を広範囲に探索するのはけっこうしんどい。3日もあればいけるだろうが、正直1人ではやりたくはないな」
作戦はオイゲンが、まず巣になりそうな何ヶ所かの地点を偵察に行く。私たちはその間、森の中を探索する。オークやゴブリンの痕跡がないか確認するためだ。
「昼前にこの場所で落ち合おう。今から大体2時間後だな。じゃあ先に出るぜ」
オイゲンはそう言って森の中に消えていった。私たちはもう少し休憩した後、森の中を探索する。
村に危険が及ぶであろう範囲にはオークや、ゴブリンの気配はなかった。
森の探索を切り上げ集合場所に戻ると、オイゲンもちょうど戻ってきたところだった。
「いたぜ。洞窟に、多くても6体だな。上位種の気配は無え」
オイゲンは私が淹れたお茶を飲み、そう言った。
黒狼の牙のリーダーであるルドルフが少し考えてから発言する。
「じゃあ想定通り駆除して帰ろう。昼にはまだ早いから、先に終わらせてしまうか」
「それでいいと思うぜ。この戦力なら余裕だろう」
ブルーノがそれに応じる。他のメンバーも依存はないようだ。もちろん私にしてもそうだ。
「いい機会だからフェルが前衛で入ってみろ。ブルーノと2人で、後方支援にオイゲンをつける。ドミニクと俺とで周辺の警戒でどうだ?危なくなったら助けに入るが、まぁ、問題ないだろう」
ルドルフがそう提案する。そもそも黒狼に誘われてこの依頼を受ける時、遠征ではあまり彼らとは連携の練習ができなかったこともあり、良い経験になるからとルドルフから提案されて参加した。私もその方がいいと感じたのだ。
ケイは私に守られながら冒険者をしていくことを良くは思っていないだろう。
忙しいはずの朝の時間に、朝食と弁当を用意して、さらに空いた時間で弓の練習までしている。
あの若者はひたむきに、私に追いつこうと必死になっている。
実際ケイの弓の腕はかなり上がったように見える。ライツの弓で的を狙っている姿は今ではなかなか堂々としたものだ。
私に寄生する事をよしとせず、私のことを守ろうと弓の腕を磨く姿が嬉しくもあり、頼もしいと感じる。
だがケイはこの先、街で仕事を探すだろう。
私はケイに心配されることのない、一人前の冒険者になる必要がある。
今のところケイ以外で固定のパーティに所属するつもりはないのだが。
「着いたぜ。中に6体、オークの気配がある。この周辺に他にオークの気配は感じないが一応警戒頼むぜ」
私とブルーノは比較的戦いやすい場所に待機して、オイゲンが草の束に火をつけて洞窟の中に何個か放り込んだ。前の遠征でも使った魔物避けの香だ。
投げ込んですぐに中からオークの咆哮が聞こえる。
間を置かずにオークが次々と洞窟から出てくる。
「何体かは足止めする!出て来た奴から順番に倒していけ」
オイゲンはそう言ってオークの足元を狙い矢を放つ。その矢から逃れたオークがブルーノに襲いかかる。
ブルーノは冷静にオークの攻撃を受け止めて右に弾く。その体勢を崩したオーク目掛けて剣を振り下ろした。
ブルーノは既に次の2体の相手をしている。
もう1体、ブルーノに襲いかかるオークの首を切り落とし、もう1体に切りかかる。結果ブルーノの前に出てしまう形になってしまった。
「フェル!出過ぎだ、左から来るぞ!……おわっ!」
ブルーノが何かに躓いたのか体勢を崩して転びそうになる。飛び出して斬りつけたそのオーク1体を瞬殺し、ブルーノの方を見ると別の個体に全力で振り下ろされた棍棒を受け損なって後ろに飛ばされていくのが見えた。
その個体に素早く切りかかる。
オイゲンが弓で1体倒したので残りは1体だ。
オークは少し知能がある魔物だ。
前にケイが言っていたふぇいんとが決まり、派手に空振りして、地面を棍棒で激しく打ちつけたオークの首を切り裂いた。
そして残心を取り周囲の警戒をする。
ブルーノが起き上がる。肩を脱臼したのだろうか?左腕がだらんとぶら下がっている。
騎士団での訓練で脱臼する者は多かった。慣れていた私がブルーノの肩を入れてやり、ケイから貰ったポーションを渡す。
「畜生やっちまったぜ。……ん?フェル、これ中級じゃねーか。いくらだ?買い取るから店で買った値段を教えろ」
「金なら大丈夫だ、それはケイの手作りだから、店で買ったものではない。値段を聞かれても私にはわからんのだ。きっとケイがここにいたらそうするだろう。……さっきは私が悪かった。一気に行けると思って突っ込み過ぎてしまった」
ブルーノはそんなこと気にするなと、いかつい顔で笑う。
「フェルに怪我でもさせちまうとケイに後から何言われるかわかんねーからな。とにかくお前に怪我がなくてよかった。受け損なったのは俺のミスだ。ちょっと窪みに足を取られてしまったからな」
洞窟の中の探索を終えたオイゲンたちが戻ってくる。ルドルフが私に落ち着いた声で言う。
「あれはフェルが悪いな。状況的に急いで処理する必要はなかった。もっと数が多ければオレでもそうしたかもしれないが、フェルが前に出たことで陣形が崩れた。フェル。それは自分でもわかってるよな」
ルドルフが言っていることは確かにそうだと私も思う。これはやはり私のミスだ。
反省している私の顔はさぞかし酷い顔をしていたのだろう。ルドルフは優しい顔で話を続ける。
「フェル。いいか。戦いの目的と、状況は常に冷静に理解していなければならない。これは小規模な殲滅戦だ。短時間で処理する必要もなく、この巣のオークを駆除して帰るだけの作戦だった。特に急いで危険性を高める必要もない。そりゃ命をかける必要がある時もあるだろう。だが今は違う。冒険者は危険な状況を作ってはいけないんだ。自分が危険になる状況も徹底的に避ける。だから俺たちはパーティを組み、危険がないような布陣で魔物に対処する。安全に仕事ができるようお互いに協力しあう。これが連携して戦うってことなんだ。まあ一度失敗したくらいでそんな顔するな。もうわかっただろ?それがわかればお前はこの先どんな冒険者とでも依頼を受けれるさ」
優しくそう言うルドルフの隣でオイゲンが私に声をかける。
「お前だって無事にケイのところに帰りたいだろ?だからあぶねーことはできるだけするな。周りを信じて頼れ、じゃねーとケイが心配していつもくっついてきちまうぞ。さあ、さっさと移動してメシだ。今日は誰が飯を作るんだ?ドミニクの番だったか?」
私がブルーノの手当てをしている間にオークの死体の処理は終わっていた。
私は皆に謝り、皆の後に続いた。
ケイがもしここにいたならば、ブルーノが足を取られる前に、さっさと戦場を整地してしまっていただろう。「つまずいたら危ないよ」とか言って。
ケイは気付けばあっという間にギルドの訓練場のように戦場を整地してなだらかにしてしまう。
私はいつも甘やかされていたのだな。
今頃ケイは私のことを心配しているだろうか?もっとしっかりしなくては。
ドミニクが作ったと言う不思議な味のスープをもらい、ケイから渡されたお弁当を食べる。今日もオムレツを入れてくれていた。
けちゃっぷがたっぷりかかっている。嬉しいな。それからこのじゃがいもの素揚げか。これもけちゃっぷによくあって美味しい。今日のおにぎりは焼きおにぎりか。もう一個は何かな。梅干しだろうか?
パーティのメンバーを危険な状況に置いてしまい、すっかり消沈した私の心を、ケイのお弁当が癒してくれる。
お弁当を食べるとケイが励ましてくれているような気になった。黒狼の牙の面々が一口食べさせろと言っても必死で断った。
これはケイが私のために作ってくれた私だけのお弁当なのだ。
残りのおにぎりは梅干し味とケイがふりかけと言っていたご飯に味をつけたものだった。
梅は刻んでご飯に混ぜてあり、うっすらと紅色のおにぎりはとても美味しかった。朝のおにぎりよりも少し小さめに握ってあり、全部食べるとちょうど満足する量だった。きっといろいろな種類を食べられるように工夫してくれているのだ。
オムレツもおにぎりも良いが、オムライスには敵わないな。
あれは極上の料理だ。しっとりとした卵焼きに包まれている、けちゃっぷで味付けされたご飯。
甘味と酸味が調和するあの料理。最初に食べた物よりもこの前食べた物の方がより完成されていた。またいつか作ってくれるといいな。
「そういやお前らまだスラムに住んでるのか?もう宿に泊まれるだけ稼げるようになっただろ」
ブルーノがスープを少し嫌そうに食べながら聞いてくる。
「宿を別々にとるよりは、2人で部屋を借りて住もうと言う話になったのだ。やはり今、王都で部屋を借りるのは難しいのだろうか?」
「そうだな。俺たちでも部屋を借りて住んでいるのはルドルフだけだしな。そのルドルフは元から王都育ちだし、前から住んでいた家に今嫁と子供と3人暮らしだ。オレは宿の方が気楽だから部屋は探してはいないが、オイゲンなんてもう3年もいい物件が出るのを待ってるからな。厳しいと思うぜ。特に2人で住めるようないい広さの部屋となるとな」
「私は、ケイと一緒であれば狭い家でも構わないのだ。それは宿にしても同じだが、ケイはきっと煮炊きできるような台所がないと辛いであろう。だから良い条件の物件が見つからなければこのままスラムで暮らしていてもいいと思っている」
「外壁の工事がさっさと始まればいいんだけどよ。何をするにも貴族から優先されっから、南側の工事がいつ始まるのかもさっぱりわからねーんだ」
オイゲンは具材だけ食べて汁は焚き火の中に捨てた。口直しに干し肉を噛んでいる。
「しかし、ケイはすげえよな。剣はからっきし出来ないが、あの弓の腕があれば後衛として立派にやっていけるだろう。採取の素材にも詳しいし、それを使って料理もできる。あいつならどこのパーティでも喜んで受け入れると思うぜ」
私もそう思う。ときどき私がケイの足を引っ張っているのではないかと思ってしまうことがある。そういう気分になった時はケイが眠ったあとこっそりしがみついて眠るのだ。
この間は少しやり過ぎたようだったが。
「ケイは本当にすごいのだ。故郷を捨てて出てきた私を王都に連れてきてくれて、お金を稼いで、私に装備を揃えてくれた。心配性なところもあるが、基本文句も言わず私の好きにさせてくれる。こうして弁当も毎日作ってくれるのだ」
「愛されてるねー。恋人としては優秀だなケイは」
「な……こ、恋人とかではないのだ。と、とにかくケイは私にとって大切な恩人なのだ。ずっとそばにいたいと思っている」
「そりゃフェル。お前もう……なぁ」
「まあそれくらいにしてやろうじゃねえか。お前らフェルにちょっかいをかける奴が出てこねえようにちゃんと若い奴らとかに言い聞かせておけよ」
オイゲンが笑顔で仲間達に言う。
「暴風が目を光らせてっから大丈夫だろう。あいつ怒らせるとほんと怖いしな」
ブルーノがそう言うと黒狼の牙の皆が笑った。
「私はケイに心配されることのない、いい冒険者になろうと思っている。新年には何かケイに贈り物をしようと思うのだ。だからまたこう言う依頼に誘ってもらえると助かる。実は少し金を稼ぎたいのだ。これからもよろしくお願いする」
私は皆に深く頭を下げた。
王都に帰り報告書を書く。報告書がすっかり私の反省文になってしまった。それを見たオイゲンが、これではダメだから書き直せと言う。とにかく事実をそのまま簡潔に書けば良いらしい。
時間がかかりそうなので黒狼の皆には先に帰ってもらうことにして、会議室に私だけ居残りなんとか報告書を書き上げた。
会議室はギルドの2階にあり、報告書を提出して下に降りると受付の辺りにケイがいるのを見つけた。黒狼の皆と何か話している。
「ケイ!待たせたか?ちょっと書類を書くのに手間取ってしまって、すまない」
ケイはそんなのどうでも良いと、私に怪我がないか聞いてくる。そうだ。ポーションを勝手にブルーノに使った事を謝らなければ。
ケイはむしろ使ってくれて良かったと笑う。
母親の形見でもあったポーションを惜しげもなく私に使ったこの青年が、そんな事を気にするわけがなかった。そういう奴だものな。
その後ケイといるのが楽しくて、私は今日あった事をケイに次々に話をした。ケイは笑顔で聞いてくれた。
今日は髪の毛を私の正面から乾かしてもらった。この方が話しやすいし、少しでもケイの顔を見ていたかったのだ。
私が失敗してブルーノが怪我をしたことも、私が危険な状況に飛び込んでしまったことも、ケイは何も言わずに静かに聞いてくれた。落ち込む私の頭を撫でて、無事に帰ってきてくれて良かったとだけ言った。
顔が熱くなり、思わずケイから顔を背けてしまった。恥ずかしかったと言うよりは、嬉しくて頬が熱くなった。
ケイは明日のお弁当の準備をして、私は素振りに打ち込んだ。先に休むと言ってケイはテントに入った。
いつもの分量をこなして汗を拭く。
お茶でも飲みたかったが、せっかく寝ついたケイを起こしてしまう。汲み置いた水を飲むだけにしておいた。
明日はエリママのところでまた編み物を教えてもらうのだ。ガンツのところにも行こう。ケイに内緒で作ってもらいたいものがあるのだ。
おそらく少し値段は張ると思うが、私は自分の力で稼いだ金を使ってその贈り物をすることに決めていた。
これまでのケイへの感謝と、これから先、きちんと冒険者としてやっていくという私の誓いのような気持ちをこめて。
そして今日も布団で先に眠っているケイを優しく胸に抱きしめて眠った。
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なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
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朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
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