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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神
たぬきときつね
しおりを挟む白とオレンジと茶色が混じった複雑な髪色をした子猫がスタンド・バイ・ミーの演奏を終え、歌詞は怪しかったものの、わたしは感動して拍手した。
ミケは少し得意げな顔で拍手を受け入れ、そこでカオスの部屋のドアがノックされる。
顔を出したのはリンナに負けないほど可愛らしいキツネの女の子で、ユエフーは頬を膨らませて子猫に言った。
「遊びに来たわ、ミケ——それより聞いて! チョコレートを飲みに来たのに、ノールがわけてくれないの」
「にゃ……? カオスが追加を作ってたはずだが」
「作るたび全部飲んじゃうの。リーダーから注意してやってよ」
「にゃ?」
ミケはベッドにギターを置いて出ていき、ユエフーはベッドのギターやわたしに一瞬だけ視線を送ると子猫を追った。
リビングに出ると室内はチョコレートの香りでいっぱいで、わたしは早くルッツにもチョコを飲ませてやりたいと思いながら、魔法使いのような格好のアライグマを眺めた。
ゴミパンダは両手に持った熱いチョコをフーフーと吹き、マグカップにそっと口をつけた。
「♡(๑><๑)☆」
彼女は一口飲むたび幸せそうに体をくねらせ——所作こそ可愛らしかったが、よく見るとその目はカフェインでバキバキだった。いけない薬の常習者のようだ。
ノールの足元には頬を腫らしたヒゲがいて、涙目でアライグマを睨んでいる。ナンダカのほうは気絶して床に倒れていた。
「おい、それは俺たちのマグカップだぞ! 豆は全員で採りに行ったんだし、無言で奪うんじゃねえ! 返せよ、この……」
「(ꐦ◎Д◎)?」
特に詠唱もなく落雷がヒゲを襲った。かなり驚いたが、ゴミパンダは無詠唱を使うらしい。
「にゃ……そんなに気に入ったの?」
ゴミパンダはヒゲやミケを無視してホット・チョコを飲み干すと、台所で必死に豆をつぶす少年の足に無言でローキックを決めた。
「(>﹃<)bm」
「蹴るな! もう飲み終わったのかよ!? ていうか俺、チョコじゃなくてメシを食いたいんだけど……ラヴァナさんが食材を見つけてくれたし」
「おお、そういやそうだった! チョコは後にして、俺が迷宮で見つけた小麦でパスタでも打とうぜ! 心配せずとも俺はお前にもわけてやるぞ!?」
「(ꐦ●皿●)!?」
「ぬわーーー!?」
「(*´꒳`*)bm」
ノールは無言でヒゲに雷を追加し、「もう一杯」と言いたげに人指し指を立ててカオスを蹴り続けた。ミケとキツネの子がくすくすと笑い、ナンダカというリーダーも肩をすくめる。
わたしはそんな風景を遠巻きに見つめて……自分が今、悪魔が跳梁跋扈する敵地のど真ん中にいることを思い出した。
油断していた。子供っぽいミケとばかり話していたせいで気が緩んでいた。
ノールとかいうゴミパンダは魔法使いのようなローブの下に地球の学生服を着ていて、ミニスカートから出た白い太ももはまるで鍛えているように見えない。しかし彼女はそんな足でカオスを蹴ることができていて、わたしは恐ろしくなった。
何度も何度も蹴っているのに、HPが発動していない。
カオスシェイドは迷宮まで豆を採りに行ったそうだが、戦闘でHPが尽きたようには見えない。ゴミパンダのキックは、壁が発動しない寸前の、絶妙な力加減で調節されている。
わたしもカオス相手に同じことをしたが、あれはかなりの集中力が必要な技であり、空のマグカップを手に連打できるようなものではない。
——あの少女はどこかおかしい。
ゴミパンダは10回ほどキックを披露するとチラリとこちらに目線を向け、わたしは恐ろしくなって一歩下がった。
〈……良く見ていたのぅ。この場で気づいた人間はお前だけだ。蹴られた本人すら見逃している〉
わたしだけに聞こえる声で剣神が言った。
〈さすがはイサウの娘である。そういった心構えはミケにも教えているのじゃが、このところあの子猫は増長しておる。これはカオスにも言えることだが、もらった加護があまりに強すぎて、警戒心というものが欠けている〉
〈おやおや、ニョキシーへの加護が弱くて悪かったね〉
〈混ぜ返すなダメ神。わしもこの子を加護しているだろうが〉
2柱はいつもの口喧嘩を始め、わたしは気持ちを引き締めて刀印を結んだ。
聖地に来たこと、父親はともかく母親がまだ生きているかもしれないこと、地球人に会ったこと、そして12年ぶりのカフェイン……この数日は色々とあって気が抜けていたが、わたしの目的を忘れてはいけない。
貴族どもに地獄を見せること——しかし、連中にとって最悪の「地獄」とはなんだろう?
革命だ。
5年前の春は失敗したが、連中にとって、革命で地位を失うことほど恐ろしいものはないはずだし、そのためにぜひとも確保したい人物が聖地にいる。
彼女は〈月〉の公爵の長女で、次男が死に、おそらく三男も死亡している今、我々が長男をぶち殺したら家を継ぐことが可能だ。
フィウを取り戻し、我らの仲間に引き入れたい。ロスルーコ領にはハチワレが拠点としているルド村があるし、新ロスルーコ市にはノモヒノジア迷宮もある。迷宮の米や麦は高値で売れるし、チョコまで採れることがわかった。それを資金に兵を募って武装させる。
〈おお、楽しそうな計画だね。正義の騎士よ〉
(……それは皮肉かなにかのつもり?)
地球の父は優秀なスパイで、陛下から騎士の称号を賜った。
わたしも同じ道を行く。貴族どもには嫉妬や不信やスキャンダルを与えて不和を作り出し、虐げられている人々には武器を与える。勇気を持って立ち上がることを促し、彼らと共に〈月〉の支配者たる竜を打ち倒す。
(目的は竜殺しだぞ、無名の神。これこそ“正義の騎士”ってものでしょ?)
そうだ、可能ならカオスやミケも籠絡して手駒にしたいな。レテアリタ語が不慣れというのもあってこの2人はずいぶん素を見せてしまった気がするが、今からでもバカ犬に戻って媚を売ってみよう。聖地の悪魔を連れて行ければ強力な戦力になるはずだ。
〈わしは決して反対せぬぞ、ニョキシー。月の打倒はファレシラ様の悲願であるし、ミケにも良い修行となるだろう〉
カヌストンが魔女の名を出し、
〈……そういうことなら私も賛成だ。それは、とても良い……子猫はともかく魔女が加護するあの少年は必ず確保したい〉
誰でもない神が静かに野望を口にする。
わたしは台所に近づいた。不気味なゴミパンダが無言で視線を向けてきたが、今度は怯まず豆を潰す少年に近寄る。
(わたしにだってできるぞ?)
心の中でノールを挑発しながら軽く蹴飛ばすと、カオスシェイドは激怒して言った。
「やめろ、あんたまでなんのつもりだ!?」
「おおー! 早くチョコを寄越せよご主人!」
「はあ? ご主人て……」
あえて下手に出てやると少年はまごつき、わたしがアホな顔でにへっと笑うと舌打ちしてチョコ作りを再開した。地球時代を含めたこいつの実年齢がいくつかは知らないが、あざとい笑顔が効いてなによりだ。
今のわたしは5年前のクソガキとは違う。それなりに女らしく成長したし、来年の夏には念願だった成人を迎える。育ての親の義母オンラから名前をもらい、本格的にドライグやリンナの恋をかき回すことができる。
まずは監視の目を突いてルッツと連絡を取らなくちゃ。どうやら騎士団にわたしの偽物がいるらしいが、クワイセならすぐに気づいて調査しているはずだ。フィウの行方も気になるところだ。彼女ひとりなら見つけ次第すぐ誘拐できるだろうが、マガウルは強敵だし、わたしひとりでアンに勝てるかは微妙だ——ミケと2人なら勝てるかな?
よし、まずはミケから手駒にしよう。
〈カオス少年にしなよ〉
決めた瞬間ノー・ワンがいじけたが、
「ねえミケ、さっきの歌のお礼にわたしも一曲聞かせてあげましょう。謎の王国ブリテンにはあなたが知ってるカブトムシ以外にも様々なものがいるのです」
「にゃ?」
わたしはギターを借りてクラプトンの曲を披露した。ギターについてはコード進行すらうろ覚えで酷いものだったが、わたしはネイティブだ。歌詞は完璧だった。
死んだピピンを思い出しながら天国の涙について歌ってやると、地球出身のカオスはイライラした顔で調理を投げ出し、伴奏を代わろうとしてミニスカのゴミパンダに蹴られた。
ミケや〈剣閃の風〉たちはノールに蹴られるカオスシェイドを笑っていたが……ただひとり、異様に可愛いキツネの少女だけがぞっとするような目つきでわたしを見つめていた。
ノー・ワンがそっと警告してくる。
〈気をつけなさい、ニョキシー。剣の老人はとぼけて知らぬふりをしているが、その子狐やゴミパンダはおそらく魔女が寄越した忍者だ。きみが私のスパイのようにね〉
わたしだけを凝視するその目は、獲物の乏しい真冬の荒野で久々にうさぎを見つけたキタキツネを思わせた。
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