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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神
ヤマタノオロチ
しおりを挟む「えへへへー★ おいリンナ、味はわからんけど、たぶん超★高★級なサケをくすねて来たから飲もうぜ!? な!?」
ノックをし、ドアが開かれた瞬間わたしは売女に抱きついた。金髪の美しい少女は少し戸惑う顔をしたが、同じ部屋にいたルグレアが「……どうぞ」と迎え入れる。
室内に使用人は居なかった。人払いをしていたみたいだが、メイド服のクワイセが深々と礼をして常世の倉庫を開き、テーブルにガラスのジョッキを音もなく並べる。
「おおー? ご苦労、クワイセ! そうだおまえも一緒に飲めよ。いいだろリンナ!?」
わたしはにへっと知性を感じさせない笑いを浮かべてリンナに甘え、舌を出してハッハと馬鹿な笑みを浮かべると、売女は少し考えてから頷いた。リンナにとってわたしは7歳のアホな子犬だ。思った通り油断してくれた。
「もちろんだよ、ニョキシー。このクワイセは私の事情を知ってるし——そうなの、クワイセは知ってるのよ、お母様。半年ほど前に私のほんとの気持ちを話してしまったの」
「王妃様、わたくしめはなにを聞いても決して口外致しません」
クワイセはルグレア元王妃が意見する前に深々と頭を下げ、それで話は決まった。
メイド服のねずみはリンナとルグレアに高級な麦のエールを注ぎ、まるで顔色を変えず自身とわたしには泡立てた麦茶を注いだ。どちらもドライグの宴会でくすねた飲み物だが、見た目ではほとんど区別できない。
「うへへ、お酒だ……★ バカ兄は飲むなってうるさかったけど♪」
わたしはイタズラ中のクソガキを演じて「乾杯!」を叫び、グッと呷って「ゲロまずい」だの「クソ苦い」とわめいた。病死だったし死亡時の年齢が年齢だったので、わたしは地球時代からずっと酒を飲んだことがないが、クワイセに聞いた話によると、この異世界でも子供は酒を「まずい」と感じるのが普通だそうだ。
「まあ、ニョキシーくらいの年だとそう感じるよね?」
わざとらしくペッペとつばを吐くと半竜のリンナは可愛く微笑み、エールのジョッキを一息に飲んだ。
——ジャパンの神話で、酒を飲ませて竜を討つ物語があったっけ。
リンナはうまそうに喉を鳴らしてエールを飲み干し、机に空のジョッキをドンと置くと、クワイセがすぐに倉庫から追加を注いだ。
わたしは酒(麦茶)をちびちびと飲みながらリンナに聞いた。
「それでリンナ、お部屋に使用人が見当たらないけど……もしかしなくてもルグレア様と相談してたんだよな? ……つまり、わたしとドライグの馬鹿との婚約の件で」
水を向けるとリンナは頷いて、わたしが婚約者を「馬鹿」と呼ぶのを喜んだ。
「そうなの! ニョキシーが来てくれて嬉しいわ。このところ色々あって話す機会が無かったし……いえ、それよりもまず——アクラ様のことは、本当に残念だったわね」
リンナは盃を掲げ、わたしは素早くジョッキを持ち上げた。酒に見せかけた麦茶はまだ半分ほど残っている。
「……ありがとう、リンナ。貴族の礼儀ではこうやって献杯するんだよね。……偉大なる父上に」
父親を亡くした可哀そうな子犬がつぶやくと、リンナとルグレアはジョッキを持ち上げて「アクラ様に」と唱え、わたしが一気飲みすると同じようにした。
リンナは飲み干したジョッキをテーブルにドンと置き、熟練メイドのクワイセが存在感を消して補充する。クワイセはルグレアのジョッキにも酒を注いだ。
「——だけどね?」
義父に礼儀を尽くすとリンナはすぐに明るく笑い、
「ニョキシー、だけど私、あの人をどうしたら良いかな……? お母様にもそれを相談していたの」
「おお……? あの人って誰のことだ? リンナは好きな人と結婚したいだけだろ?」
「ねえニョキシー、私を酷い女と思わないでね? 私……ハッセ様のことなの。私、ずっとドライグ様を好きだったけど——」
「リンナ、何度も言ったでしょうに。今は様子を見るべきですよ」
ルグレアが口を出し、わたしとクワイセは密かに「やった★」と喜んだ。
それまで給仕に徹していたクワイセが静かに口を挟む。
「チ……まさかリンナ様は、当家のハッセ様を?」
「おおー!? 嘘だろリンナ、うちのアニキに惚れちゃったのかッ!?」
「やああっ、惚れるとかっ☆ ……いいえ、そうね……最近、私っ……♡」
リンナは体をくねくねさせて戸惑い、少女漫画の主人公のように可愛いかった。
「わかるでしょ!? ハッセ様はわたしと同じ子爵になったの。結婚できるの! だけどドライグ公爵も、たぶんだけど、私のこと……♡」
「いや待て、それは困るぞリンナ!? わたしが保証してやる。ドライグは最近、リンナを強く意識してるように見えるが!?」
「~~~~そうよね!? そう思うでしょ!?」
リンナはわたしの背中をバシバシと叩きながらエールを飲み干し、ルグレアもジョッキを空にした。クワイセが補充する。
アルコール臭い息を吐き、リンナは頬を染めて言った。
「ドライグ様のことはずっと好きだった——わかってるよ、聞いて! 私がカレと結婚することがニョキシーの望みなのは忘れてないっ! だけど、ハッセ様が……ニョキシーも、あの人の妹ならわかるでしょ? 彼って勇敢で、とてもたくましくて、誠実で……♡」
「チ……その上ハッセ子爵様は、明らかにリンナ様を好いておられるナ?」
「イヤッ♡ 言わないでっ! それで困っているの!」
「——よしなさい、ネヴァンリンナ!」
そこへ鬼族のルグレアが口を出した。彼女は半竜の娘より酒に弱いようで、少しふらついて髪を黄色くさせていた。
「何度も繰り返しますが、今すぐ決める必要は無いでしょう。成人したとはいえあなたはまだ若い。ドライグ様は死んだ父親や『弟』の復讐のため挙兵するかもしれませんから、決断を急がずとも……」
「お母様、そんな! それじゃドライグ様が迷宮でお亡くなりになった場合にのみ、ハッセ様にすべきと……?」
「いいえ。ハッセ様がアクラ様のために挙兵して死ぬ可能性があるのを忘れてはいけませんよ! どちらを選んでも“くだらない騎士道”の危険があるのですから、今は様子を見る時だと言っているのです!」
わたしとクワイセは母娘の会話を暗い目で聞いていた。
この2人はドライグやアニキが勇敢な敵討ちに出て死んだ場合に備え、男2人を天秤に乗せたまま手玉に取りたいらしい。
つくづく嫌な母娘だな。
例えばギータはずっとリンナに恋していたけれど、この母娘の中では生死不明の三男は死亡したとみなされているようだ。
でも、情報は得られた。むしろ、これ以上聞く気もしない。
「ねえ、クワイセ……なんだか胃がムカムカする。吐き気が……エールのせいかな?」
「チチ、マジですかお嬢様! 無論お酒のせいですとも。すぐにお休みにならないと……」
わたしは酔ったフリをして「寝る」と宣言し、クワイセと部屋を出た。
◇
わたし用の客間では薪の爆ぜる暖炉の前で猫女のモモが丸くなって眠っていて、わたしはクワイセと一緒にモモをベッドに移動させたあと暖炉の前で向き合った。
猫を見習ってわたしたちも眠りたかったが、ネズミとイヌはまだ眠れない。
クワイセは残り少ないMPを無理に使ってルッツに変身し、ロコック家伝統の黒い鎧を装備してわたしに剣を向けた。
「チ、死神の加護の訓練か……ルッツのカラダは元のオレより強いけど、まだ長くは無理だぞ?」
「騎士のフリをしたいなら弱音を吐くな。槍や盾でも構わないが、とにかくルッツには武芸が必要だ。わたしも覚えたての『剣』を練習しないと」
わたしは義父の形見の野太刀を抜き、女騎士ルッツと剣を交わした。暖炉には赤々と火が揺れていて、剣を合わせる2人の影が壁や天井に舞う。
「チ、強いナ……月の邪神は凄まじい」
「うん、ずっと呪文だけが取り柄だったのに、一気に『剣』が得意になった……剣の神によると、SPって値を使って良ければ奥義だって使えるって」
「奥義? ——チ、うちの死神はそんなの与えてくれない」
「そんなことないよ、クワイセの『常世』も強力だ。剣以上かも……普段のクワイセに比べてルッツの体はすごく早いし、力も強い……ルッツに変身できるだけで充分強いのに、この先、例えばクワイセが竜を殺したら……!」
「チ!」
クワイセはMPの限界までロスルーコ家のエリート騎士ルッツに変身し、疲れ果てたわたしたちは一緒の布団に入った。
貴族用の分厚い布団に寝そべって暖炉で爆ぜる薪の音を聞き、しばし無言で眠気が来るのを待つ。
屋根からぼたっと雪の塊が庭に垂れた。外は降っていて、わたしは布団を暖かいと感じたが、MPを使い切ったクワイセは震えていた。
「チ……冷えるナ。貴族の布団は無駄に大きい……」
「……そうだな。ベッドはこんなに大きいのに2人きりだ。産まれてからずっと4人でいたのに、今は……」
「チ……ハチワレはずっと遠くのルド村にいて、ピピンは——」
子ねずみは最後まで言わず黙ってしまい、わたしはふと思い立って、地球の映画で覚えた「スタンド・バイ・ミー」を歌ってやった。
——あなたはずっと、わたしのそばにいて。
当たり前だがクワイセは英語を知らない。彼女は黒犬のへたくそな子守唄を聞きながら眠り、翌日、女騎士ルッツとして寝室を出た。
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