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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神

最新版の古代語

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 ロコック家のテントの前で、義母とハリティ、そしてルグレアは、全員が肩に毛皮のコートをかけていた。ルグレアの毛皮が一番高級そうに見えたが、ハリティの冬用ブーツも負けていない。

 猫獣人のモモはわたしの隣で深々と頭を下げた。鬼族の女を3人も前にして青ざめている。でも、わたしはそんなことしない。

「ハリティサマと母上とルグレアは、みんなしてどっかにでかけるのか?」

 ルグレアにだけ敬称を付けずに聞いてみた。身分が同じ子爵なのだから、わたしはルグレアを呼び捨てにしても構わない。

 義母オンラはわたしの発言を楽しむようにチラと目を伏せ、ルグレアが壮絶な笑みを浮かべてわたしに返事をするのを眺めた。激怒しているはずなのに髪は青いままで、そこはさすがに元王妃だ。

「ドライグ=ロスルーコ公爵様たちがそろそろお帰りになるはずですから、お出迎えに行くのです」
「ああ、兄上やネヴァンリンナの出迎えか」

 ついでにリンナのフルネームを堂々と呼び捨てにして、わたしは黒い全身鎧の靴についた雪を払った。

「偉いぞルグレア。わたしは中で茶ぁでも飲んでるから頑張れ。構いませんか、お義母様?」
「ええ、好きになさい」

 義母オンラは一足先に春でも来たような顔で快諾し、貴族の女どもは湖に歩いて行った。ずっと頭を下げていたモモが頭を上げて、困ったような顔をする。

「ニョキシー様、身分が上がったからといって、あまり失礼な態度を取るのは……」
「モモ、一緒に熱い麦茶でも飲もうよ」

 実の娘でもないのに気遣ってくれるのはありがたかったが、忠告を聞く気は無かった。

 ロコック家のテントに入ると、中では当家の使用人たちが夕飯の準備を始めていたが、クワイセは居なかった。モモが役場に残した息子を気にしつつ、すぐ使用人仲間に聞いた。この母猫は、親無しのクワイセのことも実の娘のように可愛がっている。

「パト、クワイセは?」

 使用人のパトはインコのように鮮やかな羽を持つ若い鳥系で、テント中央に置かれたストーブで我々貴族のための夕飯を調理していた。彼女はモモと一緒にいるわたしに警戒の目を向けたが、すぐに思い直して、少しニヤつきながら深々と頭を下げた。

「ニョキシー様、できればクワイセを許していただきたいのです」
「どういうことだ?」
「クワイセは私と肉を焼いていたのですが、急に腹が減ったと言って仕事を放棄し、湖まで釣りに行きました。しかし自分ひとりのわがままではなくて、今夜、旦那様たちが寝たらみんなで焼き魚を食べようと言いまして……」

 モモは聞くなりきつい目をして注意しようとしたが、わたしはすぐに止めた。

「モモ、よせって。それより麦茶を沸かして」

 これがアニキや義母オンラなら許さないだろうが、わたしが怒るはずはない。むしろニヤついてやると、自分の仕事をしつつパトの告白に耳を傾けていた使用人たちが一斉に笑った。

「なるほど、クワイセは釣りか……アニキたちには気付かれるなよ?」

 パトは嬉しそうに頭を下げて肉をひっくり返し、モモが苦笑しながらやかんを持って来た。わたしは詠唱して水を満たしてやりながら、聞いたばかりの情報について考えた。

 このタイミングでクワイセが釣りに行ったというのはおかしい。クワイセはおそらくなにか別の目的があって湖に向かったんじゃないだろうか。

〈私も同意見だね。あの子は釣りをしていないだろう。邪剣はどうだ? お前はこの子に極めて強い加護を与えているから、宿敵たるレファラド様の土地であってもニョキシーの見ているものが見えているし、聞こえているだろう?〉

 そう考えた瞬間ノー・ワンの声が聞こえて、すぐに「邪剣」が、年老いた声で笑うのが聞こえた。

〈ふん、わしも貴様と同じ意見だが、それよりニョキシー、まずはストーブで焼かれている肉を食べなさい。おまえは偉大なるファレシラ様の地で産まれた。その芳しいアピス肉さえ食えば、あと47分ほどで朝に消費したHPが戻る〉
〈——へえ、肉体派かと思っていたが、剣の悪魔は存外計算が細かいのだな。まるで叡智の鑑定ではないか〉
〈予想できるのは戦闘能力についてだけだ——しかしまあ、貴様のようなダメ神よりは遥かに実践的な力を与えてやれるのは確かじゃな〉
〈うわ、私このジジイ嫌いなんだけど〉
〈良い言葉を教えてやるダメ神。貴様のような軟弱者を、令和最新版の古代語で「陰キャ」とか「チー牛」と呼ぶのだ……ニョキシー、お主ならわしの言葉を理解できるだろう?〉

 新たにわたしを加護した剣の神カヌストンは謎掛けのような質問をしてきて、ノー・ワンは戸惑うような声を出した。

〈……おい待て邪剣。インキャやらチーギューという耳慣れない言葉以前に、お前“最新版の古代語”と言ったな? ……お前は例のアレも加護しているのか〉

 ノー・ワンが驚いた声を上げたが、わたしのほうがもっと驚いていたと思う。

 日本語を知っているわたしはカヌストンの言葉を完璧に理解できた。それはどちらも比較的新しいジャップのスラングで——どうして異世界の剣神がそんな言葉を知っている? 例のアレとは?

 わたしの疑問に剣が苦笑した。

〈……すまないが、理由は言えんよニョキシー。言えばファレシラ様にぶん殴られるし、夢のアレにもたぶん殴られる……あいつらはマジでお年寄りを大切にしない女神だからな。しかし、わしもあいつらにはなんにも教えてやらんつもりだ。それが公平というものだろう〉
〈——ほう! 聞いたぞ古い屁OLD FARTめ……その言葉、守れよ〉
〈ならば貴様も秘密を守ることだ、チー牛。……ところで古い屁ってなんじゃ?〉

 ノー・ワンがわたしが教えた英語でやり返すのを聞き流しつつ、“最新版の古代語”という矛盾した言葉の意味を考えていた。カヌストンはその意味をわたしに教えられない……どうして? ロリコンと老害は、一体なにを隠している?

〈え、貴様ロリコンなの? マジで!? わしドン引きなんだけどwww〉
〈——知ったぞ、“老害”! ニョキシー、とても良い古代語を教えてくれたね。黙れよ老害がッ!〉

 少なくともわかっていることは、わたしを加護する2柱は仕える主神わくせいの違いから仲が悪いし、常にわたしの心を覗いて、わたしが知ってる罵倒語を収集しているらしいということだけだ。

 そして、わたしの心を好き勝手に覗くくせに、自分たちの秘密はなにも教えるつもりがない。例えばつい先日の服屋で相対するまで、この神どもは「例のアレ」ことカオスシェイドについてなにも語らなかった。

「ニョキシー様、麦茶をどうぞ」

 モモが熱い麦茶のカップをくれて、わたしは現実に引き戻された。2柱の神もそれを合図に口喧嘩を中止し、カヌストンがしつこく「肉を!」と意見する。言い争っていたノー・ワンもそれには賛成し、わたしはステーキ係のパトに頼んで焼きたての肉をわけてもらった。

 アピスの肉は絶品で、わたしは肉を噛みながら、ダメじゃないほうの神に聞いてみた。

(……話が脱線したけれど、カヌストン、クワイセが気になる。釣りは嘘として、あいつはどうして湖に行ったんだろう?)

 質問するとカヌストンは返答に困って無言になり、

(また言えないの?)
〈老いぼれにはわからないというのが正確だね。あの子ねずみは常世の女神が加護しているから。この爺さんはそれを認めるのが悔しいのさ〉
〈なんじゃと!? そういう貴様もわからぬだろうが!〉

 剣とロリコンは口喧嘩を再開し、わたしは立ち上がって使用人たちに告げた。

「パト、わたしはクワイセを探しに湖を見てくるよ。それと……そう。モモはそのパンを村役場に持っていきなさい。村長を始め、役場の全員にロコック家からの差し入れだと言って配りなさい。命令ね?」

 モモが嬉しそうに頷いて息子のためにパンを用意した。


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