マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜

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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神

秘密のサイン

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 陞爵しょうしゃくの神託のあとロスルーコ家のテントを出ると、こんこんと雪の降るルド村の広場にはロコック家のテントが完成していて、その周囲には頭に雪を乗せたハチワレとクワイセがいた。2人は我が家の他の奴隷たちと一緒に寒さに震えていた。

 外はこんなに吹雪いているのに、使用人たちはテントの外でわたしたちを待っていたのだ。

 暖かなテントで竜騎士アクラの冒険譚や劇的な陞爵しんたくに聞き入っていたわたしは、それで一気に目が冷めた。

「……おお。おおー!? ハチワレ、来い! わたしと戦え!」

 わたしは全力で考えて、夜空を覆い雪を降らす雲に叫ぶことにした。

「おい、吠えるなよ愚妹。どうした?」
「おおー? なんだ馬鹿アニキ、子猫の代わりに切られてくれるのか? バラキにもらったこの剣、たぶん業物だぞ!? ——今すぐ切れ味を試したい!」

 そうして最初に使った“術”は、成功した。

 わたしがわけのわからない挑発をするとアニキは肩をすくめ、ロコック家の当主としてクワイセたちに手伝いを命じた。ドライグに「祝宴を」と命じられたロスルーコ家の使用人たちは慌ただしく酒や料理の準備をしていて、アニキは自分の奴隷たちに手早く事情を話し、クワイセやモモにも準備を手伝うよう命じた。

「だがな、ハチワレ、お前は手伝わずにこちらへ来い。お前は私やロスルーコ公爵とルド迷宮に行くんだ」
「……にゃ?」

 アニキは従順な奴隷たちを見て満足そうに笑い、ハチワレだけを呼び止めて、ドライグと一緒に村の湖へ出ようとした。湖の孤島に口を開くルド迷宮の1層には真冬でも麦が採れる場所があるそうで、アニキとドライグは陞爵のお祝いのため、ハチワレの魔法を頼りに麦を取りに行こうとしていた。

 ……ふざけないでよ。そんなことは許さない。

「おおー!? おおー!? 待てアニキ、言っただろ!? ハチワレはわたしと模擬戦をする! 邪魔をするな!」

 すかさず怒鳴るとアニキは面倒そうな顔をし、黙って見ていたドライグ「公爵」が愚兄に声をかけた。

「その子猫は必要なかろう、ロコック子爵。迷宮の浅層なら私は理性を失わない。私が竜の姿で雑魚を蹴散らすから、貴君には麦の収穫や運搬を頼みたい」

 馬鹿兄は渋々とハチワレを諦めた。お気に入りのアダルとドラフのアホ2匹を連れてルドの迷宮にボートを漕いで行く。船には義母オンラも同席していて、子爵になった息子を幸せそうに見つめていた。

「……にゃ。やっぱりおれは使われるのか」

 アニキの命令にしっぽの毛を逆立てていたハチワレは、愚兄が湖の先に消えると落ち着いた。

「夏にMPがバレて半年、ハッセ……サマは、ずっとアクラ……サマの死で動揺してたし、おれを気にしていなかった。でも、もうダメにゃ」
「——チッ、無理して『サマ』を付けなくて良いぜハチワレ」

 クワイセが舌打ちし、ずっとアワアワしていたモモが「ダメッ」と声を上げた。モモは息子を迷宮に連れ出そうとした愚兄に青ざめていたが、

「クワイセ、なんてことを言うの!? 貴族様にはいつでも『様』を付けなきゃ!」
「待って、必要ないよモモ。これは『子爵令嬢』の命令だから見逃してあげて」

 モモはわたしの言葉に戸惑い、それでも静かに頭を下げた。わたしは貴族だから、彼女はわたしに逆らうことができなかった。

 子ねずみがモモを見つめながら寂しそうに舌打ちした。

「チ……子爵か。それでニョキシー子爵令嬢、温かい麦茶を飲むか? 外は寒いから、中で話を聞きたい。ドライグのテントでなにを聞いた? どうして身分が上がった?」

 クワイセがロコック家のテントの中に〈倉庫〉の入り口を細く開き、わたしはモモに命じた。

「モモ、わたしはこの倉庫で少し休みます。お前は宴会の準備を手伝っても良いし、サボっても良い」

 返事は聞くまでもなかったが、モモは他の使用人の手伝いを始めた。


 ピピンの死から半年、クワイセの〈倉庫〉は、元男爵のわたしがお小遣いのすべてを費やして快適な秘密基地に改造されていた。数年後にフィウの豪邸を見せられるまでは、最も豪華だし快適な空間だったと思う。

 わたしはふかふかの絨毯とテーブルを置いたリビングで聞いたばかりの話を伝えた。

 義父やロスルーコの英雄的な死はわたしと同様に2人の心をさして動かさなかった。結局、戦場の武勇伝というものは、貴族が自分の保身のために雑兵を虐殺したというだけの話だ。

 ただ、ギータが消息不明という話は響き、特に子猫は熱い麦茶を飲み、決意した顔でわたしに言った。

「……にゃ。それならニョキシー、頼みがある」
「改まってなんだよ?」
「にゃ。ニョキシーサマの命令ってことにして、おれをこの村に置いてくれにゃいか? そうだにゃ……村役場の雑用ってことで、ここに残してほしい」
「どういうことだ?」

 同じ質問をクワイセもし、白と黒のハチワレ猫は頭を掻き毟って答えた。

「にゃ。ハッセが当主になった以上、お城に帰ったら俺は使用人としてこき使われるだけ……いや、それはまだ良いのだが、ハッセはきっとおれの加護について詳しく聞きたがる。ハッセは知るのが好きだ。例のあの人が誰にゃのかはゆっちゃダメにゃのに、きつく命令して聞いて来ると思う」

 クワイセは不思議そうだったが、わたしはハチワレの意見が良く理解できた。

「……真実を言えば、ノー・ワンに殺されるね」
「にゃ。しかし嘘を言おうにも、ハッセは鑑定持ちだろう?」
〈そうだね。バレたら皆殺しだ〉

 ロリコンの神が平然とわたしたちに神託し、わたしとハチワレは戦慄した。

「チ、おれにも神託があったぞ。死神が——常世の女神が『賛成だ』って。〈ワクワク〉だからハチワレは村に残れって……ふざけんじゃねえ」
「でもにゃクワイセ、これはチャンスだと思う」

 ハチワレが、7歳とは思えない理知的な顔で言い切った。

「ニョキシー、おれはこの村でギータ様の帰りを待つ役目をしたい。子爵として、そのようにしろって命令してくれ。おれは本気でギータ様が心配。あいつだけは、おれは『様』を付けて呼べる。尊敬してやって良いと思ってる……それに、この村は蛮族ばっかりだ」

 ハチワレは急に探るような上目遣いでわたしを見つめ、

「この村にはヒトがたくさんいる。反乱できるがたくさんいる。蛮族だらけなのに“貴族”は村長だけ……ピピンを見捨てるお貴族サマは、村長だけ……」

 わたしは真顔でハチワレの言葉を聞き、目を閉じた。

 ——この話題は葬儀から半年、毎日アクラの書斎で繰り返してきたことだった。

 2人と何度も繰り返した議論を思い出しながら、目を開いて聞き返す。

「……復讐したいか?」
「する」

 子猫は暗い目で即答した。

「おれは貴族を皆殺しにしたい……ニョキシーと、ギータ以外は殺したい。それに、おれはそれができるくらい強いとルドの迷宮で知った」

 クワイセもまた真顔で聞いていたが、ふと片耳を抑え、皮肉な笑みを浮かべる。

「チ。死神がまた〈ワクワク〉だとよ……たった今、“栞”とやらで倉庫のコストが十分の一に減った。倉庫に使うMPは重いから助かるナ」
「……そう。それならハチワレ、それにクワイセに誓おう」

 わたしは言った。

「女騎士ニョキシー=ロコック子爵はここに、亡きピピンのためにドライグやリンナをぶち殺すと誓う。それも、ただブチ殺すだけじゃ気が済まない。あいつらを徹底的に、地獄よりも最悪の地獄に堕とすと、誓う……!」
「にゃ!」
「チッ!」

 準備が済んだらしい。倉庫の外から賑やかな宴の声が聞こえた。

 細く開いた倉庫の入り口の向こうから何度かモモが呼びに来たが、わたしたちは作り笑いを浮かべて祝宴への参加を断った。「子爵」になったわたしが命じると誰もしつこくしなかった。

 わたしはともかくハチワレたちにとっては豪華な食事を楽しむ機会だったが、わたしたちは熱い麦茶で空腹を誤魔化し、半年かけて話し合った復讐計画を煮詰めた。

 わたしは地球で父や父の友人から教わった「術」をハチワレたちに伝え、2人は熱心にそれを覚えた。それは格闘術でも魔術でもない、この世界では貴族しか使わないような“術”だった。

 そんな打ち合わせの最後、わたしはふと思いついてハチワレたちに秘密のサインを教えることにした。右手の人差し指と中指を立て、同じ形の左手で包んだ、特別な手印ハンド・サインだ。

「にゃにこれ?」
「これは刀印とういんといって、遠いジャパンという国で忍者が使う秘密のサインだ」
「チ!? ニンジャって、ニョキシーがずっと言ってた“忍術”の?」
「そうだ。忍者というのは耐え忍ぶ者を意味していて、つまり優秀なスパイのこと!」

 ——イギリスに残した父と同じ、正義のスパイのことだ。

「忍者は、任務の途中でどのような目にあったとしてもこの印を作って耐える。刀印を結んでニンニンとつぶやき、全ての苦しみを忍んで見せる……だからこれを我らの秘密の合図としよう。いつ、どんなときでも我らが仲間同士だと知らせる合図にしよう!」
「にゃ……かっこいい! おれたちだけの秘密のサイン!」
「チ……確かにオレもわくわくする」
「だろ? それで——ん? あれ……?」

 そしてわたしは、その夜ひとつの加護を得た。

 ジビカでもノー・ワンでもない。

 その老いた神は内心の激怒を抑えるように「加護を与える」と怒鳴り、加護を断ったら「切って捨てる」と叫んで、少し悲しい知らせをくれた。

「にゃ……? どうしたニョキシー」
「チ、麦茶を飲みすぎたのか?」

 怒鳴るような神託を聞き終え、わたしは2人に首を振った。

「……ハチワレ、クワイセ。わたしHPが1点増えたよ」
「にゃ?」
「チ、HP?」
「……でも話は後にして、今は宴会の料理を食べよう。お腹いっぱいになっておこう」

 わたしは倉庫を抜け出して、生きているのを証明するように宴会の残り物を空腹に詰め込んだ。

「一応生きてるぞ」

 と伝えたかった。

 剣の神は、聖地の父がわたしのことを頼んで亡くなったと教えてくれた。勇敢な最後だったそうで、自分にできる限界まで力を与えると剣は怒鳴った。

 たらふく食べてロスルーコ家のテントを出ると雪は止んでいて、夜空には青い惑星が三日月形に浮かんでいた。

 ほとんど交流もなく誘拐されたし、涙は出なかった。


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