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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神
行き止まりの通路
しおりを挟む寂しい探索が始まった。
40名いた討伐隊のメンツはたったの20人に減り、わたし・ハチワレ・クワイセ・ピピンに、アニキ・アダル・ドラフの他8名の下級貴族がいる。そのうちわたしが名前を知っているのはずっとハチワレを警護していたバラキとルッツ、デブのドルガーだけだ。ドルガーだけがワイバーンで、他の7人は鬼族だった。
上級貴族はアクラ男爵とロスルーコ伯爵、ドライグにギータと夜刀のリンナで、計20名の小隊はルドの4層に踏み入った。
「おいギータ、あんたが怪我をするのは自由だけど、落石でわたしに無駄なHPを使わせないでよ?」
「狭いんだから仕方ないだろ。ていうかお前、鎧を着てるじゃないか」
「着てるけど、鎧より先に発動しちゃうんだよ」
「へぇ……? HPといえば伝説の勇者様で有名だけど、意外と不便なんだな」
わたしはギータと一緒にハチワレたちを守っていて、しょっちゅう天井に頭をぶつけて落石を起こす黒竜に難儀していた。落ちてきたのが小石でもわたしが怪我をしそうならHPが発動してしまうし、普段着そのままの使用人服を着たハチワレたちは大怪我を負う可能性がある。
暗く湿った洞窟を騎士たちが持つ松明が照らす。
床の泥は比較的浅く、歩きやすかったが、通路が細いので竜の兄弟は何度も頭をぶつけた。通路にはいくつか分かれ道があったが、竜の体格的に太い道しか通れない。3層までの探索に4ヶ月もかかった理由がよくわかる。
「今日は下見のみで掘削作業はしない。ルッツ、倉庫を開け……そろそろアクラのMPが危険域だ」
ヒトの形を保ったロスルーコ伯爵が短く指示を出し、二十歳くらいの女騎士ルッツが40インチほどの倉庫を開いて義父にシロップを飲ませた。
ルッツは赤い鎧を着たロスルーコの部下で、アニキが即座に「鑑定」を発動し、彼女の残りMPを伯爵に告げる。常世の倉庫の開閉はMPコストが極めて安いが、塵も積もれば馬鹿にできない。
「助かるぞ、ハッセ。ちなみにそこの子ねずみは?」
「クワイセは残り113MPです。倉庫を使うだけならまだ余裕があります」
アニキはがステータスを即答し、伯爵は満足そうに頷いた。
「ニョキシー以外の我々の力は、迷宮の外と比べて半分以下のステータスか?」
「……恐れながら、私の暗算によると全員が六分の一まで弱体化しているはずです。最も、竜族は迷宮でステータスを上昇させますから、まだ普段の2倍ほどは強いでしょう。必要であれば鑑定で正確な値を報告致します」
「ロコック家の跡取りにふさわしい優秀さだ。正確な値はまだ不要、節約してくれ」
伯爵はアニキを褒め、ハッセは恭しく礼をして言った。
「……伯爵様、警戒なさってください。天使様がお造りになられた罠は私達を襲いませんが、狂った動物たちや悪魔が仕掛けた罠はそうではありません。この階層に悪魔どもの村があるとすると——」
と、そこで義父アクラがシロップを飲み終え、空になった瓶を床を覆う沼に捨てた。途端に沼が青白く光る。泥の底では魔法陣が輝いていて、
「ニョキシー!」
ギータが黒い翼を広げ、わたしやハチワレを覆い隠した。
〈——結界術・火炎:火炎焱燚——〉
スキル表示が浮かび、暗い通路が光に包まれる。
狭い通路での爆発は効果的で、わたしたちは盾になったギータごと5、6メートルは飛ばされた。
「平気か、ギータ!?」
耳が馬鹿になった。耳鳴りの中で怒鳴るとギータがなにか返事をしたが、うまく聞き取れない。しかし彼は頭から血を流していて、わたしはもらったばかりの回復薬をふりかけた。
「うわ、もったいねえ! おれは竜だぞ!? この程度の傷に……!」
ようやく声が聞こえるようになり、わたしはギータの悪態を無視して周囲を確認した。
「にゃ。ギータ様、ありがとう……」
「竜様が居なきゃ俺たち死んでたピョン!」
ハチワレたちはわたしと同様に無事だ。クワイセはまだ耳に違和感があるようで、ネズミの丸耳に手を当てている。
伯爵や義父も赤い竜ドライグに守られて無事だった。リンナはちゃっかりドライグに抱きついて幸せそうにしている。
「くそっ、ひとり殺られたか」
「申し訳ありません、ロスルーコ様……」
しかし被害はゼロではなかった。
太ったワイバーンのドルガーが沼にうつ伏せになって死んでいた。仲が良かったのか、女騎士ルッツが涙ぐんで遺体を抱き起こしている。アクラは真っ青な顔で遺体に頭を下げ、ルッツにも謝罪した。
「いいえ父上、憎むべきは悪魔です。月の悪魔が仕掛けた罠でした」
ハッセがドライグの羽の下から顔を出した。アニキは頬に擦り傷を負っていたが、気にせず「鑑定」を口にして伯爵に報告した。
「泥の底に魔法陣が刻まれていたようです。火炎焱燚は月の邪神ヨチムラカの術で、叡智様の予想では、この通路にまだ大量に仕掛けられています」
「くっ……別の道を進むか?」
「いえ、叡智様は直進を推奨しています。悪魔どもの不出来な罠は悪魔どもすら襲いますから、通路にこのような罠を仕込むということは、この通路の先に秘密があるということです——例えば、迷宮に建てた村があるとか」
アニキの言葉に騎士団の全員が声を上げた。わたしを含め、騎士団たちは口々に村の名を叫んだ。
「ガハイメ・バーゼスが……!?」
兄のハッセは騒ぎが収まると、少し得意げな顔で頷いた。
「ドライグ様、それにギータ様。少し壁を削っていただけませんか? 小石を投げて事前に罠を発動させたいのです」
伯爵は兄の意見を採用した。
◇
3層まではハチワレの無双状態だったが、4層で活躍したのは竜だった。
ドライグとギータの2匹が羽を広げて騎士たちを守り、ヒトの形ながら竜たる伯爵が小石を沼や壁に投げつける。
たびたび爆発があったが竜たちは全ての攻撃を防ぎ、鬼を超える最強の種族として騎士団に力を見せつけた。
竜が通算6度目の爆発を防いだあと、わたしはギータに声をかけた。
「すごいなギータ、無傷じゃないか。おまえの言う通り回復薬はもったいなかったかも」
「いや、まあ、そうなんだけど……あの時はおれ、爆発に驚いて自分で自分の頭を壁にぶつけたんだ。魔法はともかく自分の力で頭を打ったわけだから血も出る……」
ギータは妙に照れくさそうにして「ありがとう」とつぶやき、わたしは少し嫌な予感がした。
……え、コイツまさかわたしに惚れたの? 悪いが、わたしはこの世界で恋愛なんてするつもり無いぞ!?
ずっとベッドに縛り付けられていたわたしはこの世界を自由に動き回りたいし、正義の騎士として冒険したい。
甘ったるいラブロマンスなんぞ地球のメロドラマや少女漫画で死ぬほど見まくったし、そもそもわたしは男なんて永久に知りたくない。生涯独身でまったく構わない。
「……へ、へえ。そう。自分で頭を打つなんてアホなトカゲだな?」
一応侮辱してみたがギータは照れくさそうに舌を出して笑うだけで、わたしは背中が泡立つような気色悪さに戸惑った。
——やめてって。それはわたしが望んだ異世界じゃない!
また爆発が起きる。
小石を投げ続けていた伯爵は上等な真紅の全身鎧をだいぶ損傷していたが、鎧から出した顔には傷ひとつ無かった。
伯爵は背後で義父の詠唱を受けながら通路を先へ進もうとして、
「……む? おいハッセ、行き止まりだが」
「いいえロスルーコ伯爵、叡智ジビカが隠し扉の存在を予想なさっています! さらに言えば、おそらく扉の向こうでは悪魔が——……」
アニキが鑑定結果を報告し、叡智ジビカがオススメする作戦を通知した。
「なんと……お前たち、ハッセが伝えた神託を聞いていたな? 陣を固めろ。騎士としての覚悟をしろ! ——生命を賭した戦いになる!」
ロスルーコ伯爵は部下を激励し、行く手を阻む岩の壁をそっと押した。
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