マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜

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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神

ハチワレの躍進

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「……寒いにゃ。洞窟だからか?」

 ルドの迷宮に踏み入れた瞬間、わたしの背後でハチワレが震えた。

 岩の割れ目をくぐった先は20畳ほどの小部屋になっていて、初夏の外部より10度は低い気温にわたしたちは震えた。

「チ……オレの倉庫に上着を持ち込むべきだったか」
「い、要らないピョン。ニョキシーは火の魔法が使える!」

 従者ピピンが期待する声を上げ、わたしは犬系獣人特有の「吠えるだけ」の詠唱をした。暗い迷宮に遠吠えが響く。

〈——灯火魔術:人魂——〉

 黒い燃素がわたしの眼前に飛び散り、発火して、暗い迷宮が火の光で照らされた。MPと引き換えに暗闇を照らすこの術は魔法職の騎士でも半日が限度だが、わたしには数日使い続けても問題ないほどのMPがある。

「にゃいにゃー」

 わたしの横でハチワレがニャーニャーと詠唱し、平然と同じ魔術を使った。HPこそ持たないが、子猫には4千強のMPがある。口外すれば暖炉やら水くみやら、使用人の仕事が絶対に増えるのでアニキたちには秘密にして来たが、この探検でバレてしまうかもな。

「チ……オレが倉庫に詰めた泥炭は要らなかったか?」

 クワイセが頬袋に詰めたケーキを噛みながら舌打ちしたが、すぐにリンナが励ました。

「必要に決まってるよ。ニョキシーやハチワレがMP切れになったら、誰がこの洞窟を照らして、濡れた靴を乾かしてくれるの?」
「それピョン。これが迷宮か……光がなくちゃ真っ暗だし、足元は水浸し」

 わたしやハチワレが出した灯火の下で子兎は嫌そうに革靴を鳴らした。ピピンの靴は迷宮の床を埋め尽くす汚泥に沈んでいて、姫君のリンナも泥から自分の足を引き抜いた。

「ドライグ様から聞いてた通りね……こんな汚泥がずっと続くの?」
「その通りですよ、リンナ様」

 そう答えたのはアニキだった。

 振り返るとロコック家伝統の黒鎧を着た兄がいて、義父がいて——わたしの親族の背後には、顔を歪めて肉を泡立たせるロスルーコ伯の息子たちがいた。

「にょ、ニョ……」

 薄紫色の髪をした三男ギータはわたしになにか言おうとしたが、沸騰するように膨れる自分の体に抗えず、純粋な「鬼」の兄がリンナを気にする。

「リンナ様、お体に異変は? 生命の男神レファラド様は、迷宮に入った竜族に特別の加護を与えます」
「私は別に……半分だからかな。話に聞いてはいたけれど、竜族は大変ね。お母様のお陰で夜刀やとに産まれた自分に感謝だわ」
「ロスルーコ伯爵様については私の父が抑えてみせます。アクラは最高の“竜騎士”ですから」

 全身の肉を沸騰させる息子たちを押しのけてロスルーコ伯爵が迷宮に入って来た。息子たちと違い、全身を赤い鎧で防御している。

 伯爵は額に青筋を浮かべつつ息子たちに憐れむような視線を送り、すぐ隣で懸命に詠唱する義父アクラの肩に手を置いた。

「それでニョキシー、どうだ?」

 ロスルーコ伯爵はわたしに不思議な質問をした。彼は胸に下げたブローチを開いていて、

「どう、とは……?」

 わたしは聞き返し、自分の真横でリンナやクワイセ、そしてピピンが膝を突くのを見た。

「クワイセ!? どうした」
「チ……なんか、変な音が聞こえる……」
「ピョ……耳を塞いでも聞こえるピョン!」

 クワイセとピピンは頭に生えた獣の耳を塞ぐことで耐えていたが、夜刀族で、ヒトの耳しか持たないリンナは苦しそうだった。

「あ……これ……、なに……!?」

 リンナは声も出せずに両耳を塞ぎ、今にも吐きそうな顔をしていた。

「ニョキシーは完全に無傷か……アクラ男爵、お前の娘はやはり凄まじいぞ」

 豊かな口ひげを蓄えたロスルーコ伯爵は、ヒゲの先を沸騰させながら自分の右手を見つめた。伯爵の右手は水ぶくれのように波打っていたが、義父アクラは額に青筋を浮かべて詠唱を終えると通常に戻った。

 討伐隊の騎士たちが決死の顔で迷宮に入ってくる。彼らは迷宮に足を踏み入れた瞬間膝を折り、その場で平然としていたのは〈聖地〉生まれのわたしと……ハチワレ柄の少年だけだった。

「にゃ……?」

 ハチワレが不思議そうな顔で自分の体を確認し、

〈——私は魔女には負けないよ。負けないだけで、勝てはしないけどね〉

 わたしたちの脳内でノー・ワンが寂しそうに告げた。

(魔女? どういうこと)
〈この世界の住人は、迷宮に入ると魔女の歌を聞くんだ。この迷宮を管理している神は弱いから、1層目から聞こえてしまう……歌を聞いた者は大きく力を失うし、竜は生命様のご加護まであるから辛かろう〉

「にょ……ニョ……お……」

 ロスルーコ伯爵の三男坊がわたしが見つめる前でボコボコと肉を沸騰させ、黒い鱗に覆われた竜に変化した。

 全長は3倍に増えたと思う。服は破れ散り、ギータの側で控えていた鬼が竜用の防具を着させる。

 漆黒の竜に変身したギータは、まだヒトの形を保っている父親に舌を出して言った。

「ちぇ。父上、今日もダメだ。変身したくないと思っても耐えられない。兄さんたちもダメみたいだな……」

 ロスルーコ伯爵の長男と次男もまた、三男と同様に肉体を変化させていた。

 次男のリヴァイは自分の皮膚が青く変わると諦めたように青い竜へ変身したが、ドライグは粘り強く抗い、自分の唇を割って竜の牙が生えた時点でようやく観念した。さすがに下は履いたままだったが、シャツを脱ぎ、鍛えられた肉体を晒してから赤い竜に変わる。

「……みんな、すまない。せめて歌さえ無ければな……竜騎士の居ない竜は迷宮では役に立たない」

 ルド迷宮の狭い入り口で肉を膨れさせ、巨大な赤いドラゴンに変身したドライグは細長い竜の首を動かした。討伐隊の騎士たちに頭を下げて見せる。

「しかし、ありがとう……この部屋を含め、お前たちは4ヶ月かけてルド迷宮の通路を掘り、広げてくれた——リンナ様、歌による酩酊感はしばらく耐えれば収まります。いかがですか」
「はいっ……もう平気です。力は戻りませんが、気持ち悪さは消えました」

 リンナは恋する少女の瞳で竜に変わったドライグに微笑み、アニキと1匹の竜がつまらなそうな顔をした。

「リンナ姉さん、3層まではおれたちに任せてくれ。4ヶ月かけて地図を作ったし、どんな場所でもおれたち竜が動けるくらい広くなってる」

 黒い竜の姿のギータがくちばしをカチカチと鳴らせた。

「本日は4層に挑む……陣形を組め」

 伯爵が号令を出した。討伐隊は総勢40人で、わたしたちは義父アクラに指示されて並んだ。


  ◇


 せっかく迷宮に一番乗りしたのに追いつかれてしまったが、アニキたちに追いつかれたことは、ハチワレたちには良かった気がする。

 いつもは貴族に無視されている使用人たちのうち、最初に活躍したのはハチワレだった。

 絶対防御を持つわたしは伯爵を含む竜4体とともに前衛についたのだが、子猫はわたしのすぐ後ろについてくれて、

「動物だ! ゴブリンが12匹——メイジ・ゴブリンもいるぞ!」

 赤竜ドライグが叫んだ瞬間、にゃーと叫んで全ての敵を火だるまに変えた。

「「「 おお……!? 」」」

 伯爵たちはもちろん下級騎士もこれには驚き、義父は伯爵に説明を要求されて戸惑った。

「知りませんでした。これほど使うとは……おいハチワレ、今のをあと何回使える?」
「にゃ? えと、100回くらいなら……」
「100……!? 歌で弱体化しているのにか!?」

 ハチワレはついにバラしてしまい、子猫の返事に義父と伯爵は驚愕した。

「そっ、その子猫は後衛に回す! バラキ、ルッツ、それにドルガー! 全力で子猫を護衛しろ!」

 伯爵の命令でハチワレには盾を持った3人の騎士が護衛に付き、子猫は戸惑いながら貴族に守られることになった。女騎士のルッツやデブのドルガーは不満顔だったが老騎士バラキは楽しそうで、ハチワレの頭をワシャワシャと撫でて盾を構えてくれた。

 そして子猫の快進撃が始まる。

 ハチワレは敵が出現するたびに魔術で軽く焼き、水没させ、鎧を着たホブ・ゴブリンには影の魔術で対抗し、装備を貫通した。

 くすぐられて隙を見せたホブ・ゴブリンを槍を構えた大量の騎士が串刺しにする頃には、ハチワレに付く護衛は5人に増えていた。

 クワイセとピピンも少しずつ注目を集めた。

 泥炭運びでレベル2になったクワイセの倉庫には、娘を案じるルグレア子爵が寄越した大量の武器や防具があった。

 戦闘で騎士が槍を壊すとクワイセはすぐに槍を出し、敏捷にすぐれたピピンが運ぶ。給仕の仕事は手慣れたもので、ピピンは鎧が壊れたらすぐに着替えさせたし、倉庫には多量の弓矢がストックされていた——これがハチワレとシナジーする。

 細い通路を抜けると一気に空間が広がり、ゴブリン・キングが現れた。

 松明を持つ大量のゴブリンを引き連れたキングは騎士団に総攻撃をしかけたようとしたが、クワイセが倉庫を全開放し、ピピンが肩で息をしながら矢を配った。後方でハチワレが詠唱しまくる。

「にゃにゃー☆」

 火属性を付与された炎の雨にゴブリンの群れは全滅させられた。

 弓に魔法をかけてもらった騎士たちはハチワレの頭を撫でて褒め、少し疲れた顔を見せた子猫に伯爵は高価なMP回復薬を与えた。〈聖地〉由来の小魚を大量の砂糖で煮詰めた甘露煮の瓶詰めで、少し舐めたハチワレは夢のような顔をした。

「うめぇ……ピピンとクワイセも食え!」

 仲間にシロップを分ける子猫に伯爵は少し残念そうな顔をしたが、

「嘘だろ……他の子はともかく、あいつ竜のおれたち並みに強くねえか」

 黒い竜がささやき、わたしはとても嬉しくなった。実はわたしも詠唱に参加していたが、ここで自分の手柄を主張するつもりはない——ていうか、騎士たちと違って「動物殺し」をしたわたしは経験値がウハウハだし。

 討伐隊でただひとり叡智ジビカのレベルアップ通知を聞きつつ、わたしはギータに得意げに言った。

「お前ら貴族は獣人や蛮族にんげんをバカにしすぎだよ。ハチワレのMPはすごいんだ」

 ギータは真面目な顔で——竜の姿なので表情はわかりにくいが——わたしの言葉に頷いてくれた。

「あいつをおれの部下にしたいな。すでに父上や兄さんたちが欲しそうにしてるけど」

 そんな話をしながらわたしたちは迷宮を進み、ロスルーコ伯爵が部下に叫んだ。

「少し遠回りになるが、2層へ上がる前に天使様にお祈りをして行こう」

 討伐隊はぐいぐいと進み、雑魚をハチワレたちが一掃する。陰ながら魔術を使っていたわたしは、リンナが怖そうにつぶやくのを聞いた。

「え……これが、天使様?」


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