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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神

神明裁判 2

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 見張り役の2人が荒れ果てた庭を直す中、カオスシェイドの家に戻ったわたしはホットチョコレートでカフェインを補充し、同じテーブルで三毛の子猫から面白い話を聞いた。

「……わたしが貴様の神明裁判に?」
「にゃ? 居ただろ。どうしてとぼける。ミケは貴様の仲間を3人……アレしたのだぞ?」

 子猫もマグカップの熱いチョコを飲んでいたが、猫舌のためフーフーと冷まし、わたしより何倍もゆっくりと飲んでいた。

 子猫が騎士団の3名を殺したことに心は動かなかった。そもそも死者が出たのは知ってるし、死んだ3人とは親しくなかった。もしその中にルッツがいたら許さなかったが——……。

「……ああ、そういえばそんなこともありましたっけ。ですね、行きましたよ裁判。ええ」
「にゃ? 貴様のせいで子猫はくだらない騎士業務に勤しむことになったのだが?」
「……そうでしたね。屋敷で何度かあなたの姿を見かけましたっけ」

 適当に話を合わせつつ、妙なことが起きているなと感じる。わたしがマガウルに誘拐されていた数日間、「わたし」が裁判に出席していた……?

「にゃ!? 貴様、やっぱりミケから隠れていたのか。ずっとシレーナの倉庫にいたのか?」
「どうでしょう。そんなの秘密です」

 騎士団の誰かがわたしのフリをしたらしいが、わたしの知る限り、「叡智の神」を召喚して判定を請う裁判で被告の変装など無駄だ。

 こちらの叡智アクシノは節穴か? ……いや、そんなことはあり得ないはずだ。


  ◇


 半円形の裁判所にはたくさんの傍聴席があり、わたしはアニキに連れられて後ろのほうの隅に座った。

 裁判所の中央にはファンタジックな魔法陣があり、ロスルーコの部下と思しき劣化竜が円の縁に立っている。

「偉大なる知よ、この痴れ者に公正な裁きを!」

 鑑定、と告げると魔法陣が輝き、ひとりの男神が顕現した。

 初めにそれは一頭の純白の竜として裁判所に現れた。眩い白の鱗に覆われた竜はすぐにヒトの形に変わっていったが、巨大な白い翼で体を隠し、交差させた羽の合間から頭部だけを出して裁判所全体を見回した。

 髪は白髪で乱れて短く、目は金色で、白いフクロウのように鋭い。アルビノのような壮年の男神は法廷の宙に浮いて周囲を見回し、猛禽類を思わせる仕草で小首をかしげた。

「——ふむ。被告を死罪とするが、その罪人には5歳の息子がいる。まずはその子の首を刎ねて町の連中の前に晒せ」

 叡智の神は冷たく尊大な声で宣言した。

「そんな……! 息子は俺と関係ないだろう!?」

 裁判所の中央にはテーブルがあって、ヒトの男が2人の騎士に押さえつけられていた。浅黒い肌で黄土色の縮れ髪をしている。

「ならば、此度の反乱で貴様らがいかにして武器を得たのかを告げよ。ロスルーコは領民が武装することを許さず、常に厳しく監視していたというのに、私が眷属を通して見た限り、貴様らは弓や剣で武装していた」

 拘束されている彼が反乱のリーダーなのだろう。ヒトの男は叡智の質問に奥歯を噛み、悔しそうに法廷の床を凝視した。

「男よ、真実を述べたまえ。私は常に真実を愛する」

 叡智ジビカは純白の羽に体を隠したまま告げた。

「貴様が偽りを語らないなら、貴様の息子は無罪とする。ロスルーコに告げる。彼が真実を語るなら、叡智ジビカの名にかけて彼の子を罰することは許さない」

 ロスルーコは平伏して同意し、法廷にいる全員の目が反乱軍のリーダーに集まった。

 そのヒトはまだ若く、20代の後半に見えた。

 彼は大粒の涙をこぼしながら法廷の魔法陣に浮かぶ純白の男神を見上げ、掠れた声で聞き返した。

「約束……」
「無論だ。これは神託である」

 ジビカは男に宣言し、

「ロスルーコに告げる。わたしが魔法円より消え去る前にこの罪人が語らないなら、この男の子を探して必ず殺せ」

 男神の体を隠している白い羽の先が薄くなった。叡智は瞬く間に羽を消し、羽で隠されていた胴体があらわになる。

 彼は古代ギリシャを思わせる白のローブを着ていて、痩せた右手には白い表紙の分厚い本を持っていた。

 羽に続いて白革のサンダルを履いた足が消えかかると、リーダーの男は口を割った。

「——迷宮で“村”を見つけた!」

 その怒鳴り声は法廷に響き、ロスルーコ伯爵を始め、法廷の騎士たちが驚いて呻いた。わたしの隣でアニキも息を飲む。

「……アニキ、村って?」
「黙って聞きなさい」

 口を開いたリーダーは止まらず、彼は泣きながら叫んだ。

「ルドの湖の迷宮だ。ロスルーコ領の北にあるだろ? 俺たちは“蛮族”の漁師で、魚を釣って暮らしてた……あの迷宮は小さいから、“悪魔”を怖がって誰も近寄らない場所だ。俺たちは、麦が欲しい時は迷宮に潜って収穫したりもしていた。1階にいるうちは『地獄の歌』も聞こえないし……」

 リーダーは顔を上げ、わたしたちを見下すように笑った。

「それに、俺は『人間』だ。てめえらザコの貴族どもと違って『歌』を聞いてもほとんど弱らない。この世界のどんな種族より“魔女様”に強いから、やろうと思えば3層でも動ける……」

 アニキを含めた貴族たちはその発言に反発したが、リーダーの男は罵詈雑言を楽しんでいるようだった。

「2年前の冬だ……聖地が近づいたせいだろう、あの冬はいつもより寒くて、13月まで凍らないはずの湖が11月の終わりには凍ってしまった。魚が取れなくなった俺たちは飢えて、迷宮に潜って麦や米を取るしかなくなった」

 男は村の仲間たちと武装し、それまで足を踏み入れたことのない4層まで探検したと語った。

「そこで俺たちは“悪魔”に出会った。お前ら貴族は悪魔を見たことがあるか? 『聖地』から来た悪魔たちは『冒険者』と呼ばれていて……その中のひとりが叡智持ちだった。そこに浮かんでる“間抜け”と違って本物の叡智持ちだ!」

 叡智ジビカは男の悪口を意に介さない様子だったが、隣のアニキは立ち上がって「死んでしまえ!」と文句を叫んだ。

 ロスルーコ伯爵が手を上げて、取り消せ、殺せという罵声を黙らせる。

「なるほど、それで“叡智”のアクシノが貴様のダラサ語を翻訳してくれたわけだ」

 ジビカが冷静に聞き、リーダーの男は頷いた。

「連中は迷宮のその場所に冒険のニケ様が与えた魔法陣を描いていて、結界に守られた内部のことは、あんたにもダンジョン・マスターにも見通せない……無論、ここにいる貴族のバカどもにもな」

 男は中指を立てるポーズを見せ、わたしの隣でアニキが舌打ちした。

「なるほどな、嫌らしい挑発だ……あの男は自分がすべてを吐く前に誰かが自分を殺せば良いと思っている。そうすれば、話すことは話したのだからジビカ様はアレの息子を殺せない。神託として『話せば無罪』としてしまったから、叡智様は約束を守らなくてはいけない……!」

 なんと壮絶な決意だろう。

 しかし、そんな手の内はロスルーコ伯爵や義父アクラに見抜かれていた。

「黙れ、ジビカ様とロスルーコ伯の御前で無礼であるぞ? みなのもの、黙れ!」

 法廷の騎士たちは安い挑発に怒り狂っていたが、義父アクラが怒鳴ると静まり、リーダーの男は悔しそうにした。

「それで? 続きを」

 伯爵と叡智が見つめる中で義父アクラに促され、男は続きを語るしかなかった。

「……冒険者たちは、結界の中に村を作っていた。村の名前は、『がはいめ・ばーぜす』——ツイウスという国の言葉で、貴様らゴミをぶち殺すための『拠点』という意味だと聞いた。村にはたくさんの食料があって、“悪魔”は俺たちに聖地の食べ物をくれた。どれもウマくて、歌いたくなる味がしたぜ」

 北部の貧しい村の漁師は悪魔が作ったガハイメ・バーゼス村から食料を援助され、代わりに彼らが安全に歩ける迷宮の情報を渡したと言った。

「地図を作って渡したし、迷宮に出てくる動物の情報もできる限り渡した。文句があるか? そうしなきゃ俺たちは飢えて死ぬしかなかったからだ!」

 そのおかげでリーダーたち村人は厳しい冬を乗り越えることができたが、その後が問題だった。

「春になって、いつものように地図を渡しに行くと悪魔たちに言われた。その悪魔ぼうけんしゃたちは弱くて、迷宮を突破できそうにないと。それで連中は俺たちを誘ったんだ……『なあ、お前も冒険者にならないか?』って……!」
「冒険者だと……!?」

 アニキが舌打ちする。

「それは『月の眷属』と同じ意味の言葉だ! 聖地を不当に支配する魔女の眷属に加われという意味だぞ!?」

 法廷にいた騎士たちは同じようなセリフを口々に叫んでいた。再び義父と伯爵が静粛を求め、純白の叡智が静かに尋ねる。

「なるほど、なるほど……それで貴様らは悪魔と結託し、ルドの迷宮を“挟み撃ち”でもしようとしたのか」
「そうさ。冒険者たちはそのために俺たちを育ててくれた。武器と防具をたくさんくれた。釣り竿と網しか知らなかった俺たち漁師に基礎から剣を教えてくれて……しくじったぜ。あいつらは『よせ』って止めてくれたのにな」

 リーダーはジビカ様から目線を外し、真っ直ぐロスルーコ伯爵を睨んだ。

「——強くなったと思ってしまった。それで俺たちは、生命様の宿敵の『魔女』より、お前ら貴族を殺したくなってしまった。各地を周って少しずつ仲間を集めた。お前ら貴族は夏が暑くても冬が寒くても同じ税を取るから、どんな町でも仲間はたくさん——」
「充分だな。約束は守ろう」

 ジビカ様が男の発言を遮った。同時に男神は法廷から消え去り、

「首を刎ねろ」

 ロスルーコ伯爵が短く命じ、リーダーを押さえつけていた2人の騎士が剣を抜く。

 わたしはとっさに両目を覆い、くぐもった悲鳴と、アニキが優しく言う声を聞いた。

「……見ないで正解だ。だがなニョキシー、我々は騎士だから、このあと悪魔どもと戦う。あの男と似た見た目を持つ『冒険者』たちと殺し合うことになるぞ」

 わたしはアニキに手を引かれ、法廷を見ないよう席を立った。目を閉じていても子犬の鼻は鋭く、わたしは生々しい血の臭いを嗅いでしまった。


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