マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜

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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神

地下室と地下牢

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 わたしを含めた「騎士」たちは、戦意を失い散り散りになった反乱軍を追いかけたりはしなかった。

「帰るぞ」

 アニキに言われ馬を蹴って屋敷へ引き返すと玄関口の庭にはリンナやルグレア様、それに白ウサギのピピンがいて、わたしが馬を降りるなり、子兎は文字通り跳んで来た。

「怪我してないピョン? 回復するピョン?」

 ウサギのピピンは低レベルの回復スキルを持っていたが、

「全然平気だよ。HPを1点無くしただけ」
「HPか……お嬢様のソレのせいで、おれはスキルを使う時が無い。みんなの中でおれだけが回復持ちなのに! 回復スキルは、生命様が与えてくれるすごいスキルなんだぞ!?」

 でも良かったとピピンはジャンプし、リンナがくすくすと笑った。

「丘の上のここからずっと見てたよ、ニョキシー! みんなが心配でどうにかなりそうだった。強いのね……元・お姫様同士なのに私とは大違い」

 リンナは本心から心配していたと思う。彼女は髪はピンク・ブロンドに変化していたし、額には小さな2つの突起まで見えた。

 リンナたちの少し後ろには少し不満顔のバラキに守られたハチワレとクワイセがいて、わたしは14歳のネズミに抱きつかれた。

「チ……ニョキシーが弓に射殺されてしまうと思ったぞ。叫んだせいで大事な干し肉を少しこぼした」

 クワイセは頬袋をもぐもぐさせながら言った。まだ7歳のハチワレは黒いしっぽを太くしながら呆然と戦場を見渡し、なにも言えずにいる。

「申し訳ありません、ニョキシー様」

 代わりに老騎士バラキがわたしの前で膝を突き謝罪した。

「ご命令の通りこの子らを地下室へ連れて行こうとしたのですが、こやつらが激しく反発したうえ、リンナ=ダラサ様も戦いをご覧になりたいと……身分上、私では止めることができず、こうして門前まで……」
「そうか、それは仕方ないな。こいつらは獣人なのに、守ろうとしてくれてありがとう」

 素直に礼を言うとバラキは顔を上げ、わたしには心情を量れない奇妙な表情を浮かべた。黒犬のガキに礼を言われても嬉しくなんかないって感じだろうか。

 ハチワレが無言でわたしの馬を厩舎へ引き、ピピンがハッとした顔で手伝いを始めた。御者スキルを持つウサギはわたしが乗った馬を撫で、荒い息をする黒トカゲに「よくやったピョン」と声をかけた。

 そのあとわたしはバラキに連れられて自室に戻され、従者のクワイセに皮鎧を脱がせてもらい、一緒のベッドで眠ろうとした。

 しかしわたしはどうしても眠れず、夜空が白むころ、両目を閉じて眠るハムスターに打ち明けたのだった。

「……クワイセ、わたしは戦いで人を殺した。たぶん4人は殺したと思う」

 わたしはクワイセが寝ていると思った。

「チ……それが騎士様の仕事だろ?」
「起きてたの?」
「チ……オレはこれでもお嬢様のお姉さんだからナ」

 わたしは少し気持ちが楽になり、クワイセを抱きしめて眠った。

 翌日の昼、目を覚ますと別のベッドにハチワレとピピン、それに三男のギータが寝ていた。


  ◇


 ダラサ王国では朝夕2回の食事が常識だったが、昨晩の反乱のせいで朝食の時間は昼間にずれ込んでいた。

 男子が寝ているうちに寝巻きからドレスに着替えたわたしは昼食の席に向かい、そこには義父がいたもののロスルーコ伯爵はおらず、身分の関係上、伯爵夫人のハリティが主人の席に座っていた。

 鬼族のハリティ夫人は髪を真紅に変えていて、「絶対」と指示してわたしを真横に座らせて食事を始めた。わたしから見て下座の位置には寝起きで疲れた顔の義父アクラがいる。

 朝食は薄い生地で春野菜と新鮮な馬肉を巻いたブリートのような料理で、この半年で口にした中では最高の味がした。義父によると昨日の戦いで戦死した黒トカゲが出たそうで、食堂の騎士たちや使用人は嫌がっていたが、聖地で産まれたわたしにはごちそうだった。

 味はジューシーな鶏もも肉に似ていて、噛めば噛むほどMPを回復させる新鮮な“馬肉”に感動していると、すぐ隣のハリティが声をかけてきた。

「聖地生まれの騎士様は馬肉が好きみたいね?」
「うん。ウマい。力が湧き出る……悪いがこれだけはハチワレたちに下賜したくないな」
「そう……ほんの7年見ない間に大きくなったわね」

 ハリティは会話になっていない会話をして馬肉にがっつくわたしの髪に触れ、癖のないストレートの黒髪に細い指を通した。身分が上だし飯が久々にウマいので、わたしはされるままにされた。

「……あの子の髪も真っ直ぐだったわ」

 殺人鬼マガウルの誘拐から7年も経っていたが、未だに夫人の心の中には連れ去られた赤子の顔があるらしい。

 さすがに気の毒になったわたしは横目でチラと夫人の手元を見て、言った。

「……よく似ていますね、上手だ」
「あら、あなたもあの子を覚えているの? そうなの……ルグレア様が王家の伝手を頼りに高名な画家を何人も探してくれて、最近、ようやく満足できて……!」

 夫人の手元には銀のブローチに嵌められた青い髪の赤子の絵があった。この世界には写真なんてないので、きっと夫人はあの絵のために、記憶の中の娘の姿を何時間も画家に口伝えしたのだろう。

「ハリティ様、しかし我が娘の件については……」

 義父アクラが不安げに口をはさみ、ハリティは「妖艶」という表現がふさわしい顔で怪しく笑った。

「……ねえ、あれからもう7年よアクラ」

 ロスルーコ夫人はブローチを見つめながら、

「7年前は……そうね、私もまだドライグを息子と思えていなかった。酷い継母だと思うわ……あの時はただ悔しくて、誰かにあの子を取り戻して欲しくて……」

 義父はその言葉に息を飲み、わたしは突然の喜びを誤魔化すためにカップを叩いた。

(あれ……? ハリティ夫人も婚約破棄に賛成なの!?)

 いつもならすぐに来るはずのハチワレは食堂におらず、カップを鳴らすと、ウサギのピピンが嬉しそうに走って来る。

 わたしはつい叩いてしまったカップに後悔しつつ、ピピンに告げた。

「ごめんねピピン。パンと野菜はいくらでもあげるけど、肉だけはわたしが食べて良い?」
「ぴょ、ピョン? ニョキシーは……ニョキシーはお馬さんが好きピョン?」
「わたしにはたまらない味なんだ」
「ピョ……お嬢様は獣人だけど、舌や牙がおれたちとは違うみたい。むしろおれたちは要らないピョン」
「良かった! ありがと!」

 御者のピピンに少し引かれたが、わたしはパンやスープをたっぷり下賜して“馬”の肉を噛み締めた。


  ◇


 遅い朝食を終えるとアニキがわたしを連れに来て、わたしは彼の後ろに包帯を巻いた劣化竜を見た。羽と右腕に2発くらったらしい。

「……おい黒犬。その目つきはボクに対する宣戦布告のように見えるのですが?」
「まあ騎士ドラフ様、おいたわしや! 子犬のわたしくめは無傷でしたのに、ひでえ怪我w」
「なッ!?」
「おおー? やんのか手羽先。決闘なら受けて立つが?」

 雑兵の弓にやられたクソ弱いチキンを挑発しているとHPが発動しないギリギリの加減でアニキのゲンコツが下り、

『……よせって。おまえはいつでも常にタスパ語を使え。仲間と無駄に争ってなんになる?』
『ソレを仲間とは思っておりません。それに、兄上はなんの用なのです?』
『いいから来なさい。鎧は着なくて構わないから』

 わたしはアニキとキモい小鳥に連れられてロスルーコ邸の地下に向かった。入り口は1階フロアの端にあり、階段の脇には生臭い魚人アダルが待っていた。ここにジャパンのワサビがあれば消臭してやれるのに。

 しかし魚人はわたしに目もくれずアニキに頭を下げて言った。

「ハッセ様、お急ぎください。ロスルーコ様は寝起きのため苛立っておいでです」

 ロスルーコ邸の地下室は細い廊下の左右に鉄格子が並び、鑑定持ちのアニキに質問したわたしは、そこが領内の罪人が収監される刑務所なのだと教えてもらった。

「ロコック領の犯罪者も、領内での裁判を終えたらここに収監される」

 兄は左右の鉄格子を見回しながらダラサ語で語った。

「我々のような貴族にとって刑務所の運営は重要な仕事だ。というのも、実際のところ、この鉄格子にはあまり意味が無い。MPが豊富なお前ならわかるだろうが、格闘系の上位スキルや高等魔術があれば、この程度の鉄格子などたやすく破壊できるからだ」

 確かにそれはもっともだ。鉄格子は太く頑丈だったが、わたしがここに閉じ込められても詠唱によって爆破するなり錆びさせることができる。食事用のナイフを渡してもらえればバフをかけ、湯だったパスタのように切ることも可能だ。

「だからこそ我々『鬼』や『竜』、あるいは『魚人』や『劣化竜ワイバーン』といった貴族階級が必要になる。我らの種族は生まれつき強い。仮に罪人どもが牢を破っても、平民よりも圧倒的な力を持つ我々であれば直ちに処刑できるから、罪人どもは大人しく牢に留まる他無い」
「……つまり、騎士がいなくちゃ悪者は犯罪し放題か」
「そういうことだ。力なき農民や商人は我らによって犯罪の恐怖から守られている。我ら勇猛なる騎士は、この世の“正義”を司る存在なのだ」

 アニキは言い切り、わたしは地下牢の暗い廊下を歩いた。左右に広がる鉄格子の中には多種多様な獣人が押し込められていて、中にはわたしと同じ狼がいたし、猫やネズミやウサギの罪人もいた。

 彼らはハッセたち特権階級に昏い目線を向けていたが、獣人で「子犬」のわたしを目にすると一様に驚いた顔を見せた。

「この奥だ……昨夜の戦いで戦果を上げられなかった私たちはただ『傍聴』するだけだが、叡智様による“神明しんめい裁判”に出席したという経験は、きっと無駄にはならないだろう」
「裁判?」

 アニキは地下牢の最奥にある重い扉を開いた。

 半円形の裁判所には叡智の男神ジビカの大理石像があり、真下に置かれたテーブルには、寝不足で不機嫌そうな顔のロスルーコ伯爵とその夫人、さらに鎧に着替えた義父アクラがいた。


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