マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜

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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神

春の闘い

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「話を聞く前に、リンナ。ハチワレとクワイセが同席しても良いか? 2人は余計なお喋りなんてしない」

 三男ギータの個室で確認すると、リンナは一瞬、不安そうな目をハチワレたちに向けた。わたしとしては少し残念な態度だが、リンナはすぐに思い直して美しい顔をほころばせた。

「……構わないわ。もう2人とは友達だもの」

 わたしは自分の左右にハチワレとクワイセを座らせ、黒竜ギータが興奮して聞いた。

「それで姉さん、昼間の会議はどうだった? おれはこの前成人したばかりで、バラキがダメって。リヴァイ兄さんは良いのに!」

 リヴァイというのは青い翼を持ったロスルーコの次男で、後年、わたしとアニキは彼の亡骸を探す冒険に出る。

「……そうね、リヴァイは会議中なにも。賛成も反対もしないで黙っていてくれたんだけど、でも、あのハッセってひとが会議に押しかけて来て」

 リンナはわたしの顔色を伺いながらアニキの名前を出し、

「ニョキシーの兄上様はすごいね。叡智持ちだっけ? ……あの人すごく口がうまくて、妹は絶対ドライグ様と結婚すべきだって聞かないの」
「……うちのアニキが?」
「婚約の話はすぐ有耶無耶になって、会議の話題は、ロスルーコ様とロコック様の貿易の話になっちゃった。ギータは蒸留ってわかる? ドライグ様は、ロコック領の泥炭で蒸留酒を作るという計画に夢中で、ずっと黙ってたリヴァイ様も乗り気で……」

 リンナは寂しそうに微笑んで貿易の話を詳しく伝えてくれたが、クソガキのわたしが聞いても意味の無い話だった。義父アクラはスコッチのような酒を作るつもりらしいが、それがなんだというのだ。

 我慢して「姉」の話を聞いていた黒い竜は、リンナが貿易の話を済ませると机をドンと叩いた。

「なんだよそれ!? ドライグ兄様もリヴァイも、農産物やお酒なんかより姉さんの婚約が大事だろ!? ドライグ兄様は姉さんと結婚したくないのか!?」

 ギータの発言にリンナは頬と髪を赤く染め、「よしてよ」と小声で言った。

「声を落としてよ、ギータ。ありがとう……わたしの味方をしてくれるのは、ギータとニョキシーだけみたいね」

 15歳のリンナはギータと一緒にわたしの頭を撫で、子供扱いされたわたしは少し不快に思い手を跳ね除けた。

「……ねえリンナ、何度でも言ってやるけど、わたしはドライグとかいう奴と結婚なんて嫌だぞ? もっと本気でアタックしてよ。じゃないとわたしが困るんだけど」

 その発言にクワイセが「チチ……?」と舌を鳴らす。

「え、ニョキシー。オレは事情を知らないし、ずっとなんとなくで聞いていたのだが……お嬢様はロスルーコ様に嫁ぎたくないの?」
「お嬢様はやめろよ。当たり前でしょ……別に好きでもなんでもない男だ」

 ネズミ女のクワイセはわたしの言葉にぱぁっと頬を紅潮させ、年頃の、14歳の少女らしく何度も頷いた。

「チ……ようやく話がわかってきた。お貴族様の色恋話か……! そうだな、使用人のオレが言うのもナンだが、オレがニョキシーの立場なら確かに嫌だ。結婚したら、好きでも無いのと子供を産まなきゃいけないんだろ?」
「そうだぜクワイセ! お前はどうしたら良いと思う?」

 と聞いたのはギータだった。恋バナに興奮していたクワイセがさっと顔色を変え、青ざめて頭を下げる。頬に詰めた食べ物をもぐもぐした。

「チ……その、つまり、オレとしては……恐れながら、リンナ=ダラサ様はどうしてドライグ様をお好きに?」
「え……?」

 急に聞かれたリンナは戸惑い、すぐに頬と髪を桃色に変えた。

「……とても誠実なひとなの。だけど誠実すぎて、押しつぶされそうになっているお方」

 リンナは照れくさそうにつぶやき、恋する少女の顔に黒竜が息を飲んだ。

「もう2年も前になるかな……ギータやニョキシーにはわからないかもしれないけれど、没落したとはいえ私は子爵家の長女だから、13歳で成人して、『名前』をもらったらお母様が違うヒトみたいに変わった。
 それまでも習い事はしてたけど、いつでもよそに嫁げる身になってからはすごくて。どこに嫁いでも立派にやれるよう、朝から晩まで作法を教わったし、少しでも間違えたら先生方やお母様に怒鳴られて……そんな中、久々にロスルーコ伯爵のお屋敷に遊びに行った。このお屋敷に滞在している間だけは習い事も無いから、あの日もギータとお庭の花を詰んで遊んだよね?」

 地球では病室で寝てばかりいたわたしには新鮮だったが、年頃の女というものは、ひとたび水を向けられれば恋の話を雄弁に語るものらしい。

「そこにドライグ様がいらっしゃった。あの人は私やギータがうまく花輪を作れずにいるのを見るとお側へいらっしゃって、私に花冠を作ってくれて……!」

 リンナは可愛さ全開の顔で両目をつむり、照れくさそうにバタバタと腕を振りながら言った。

「あの日、彼はとても疲れた顔をしていたわ。当然よ。私より何年も前に成人しているし、身分も伯爵だし……きっと私の何倍も習い事をしなくちゃいけないはずなのに! それでも彼は花を編んでくれた。私の頭に花冠を載せて、それで……『可愛いね』って。はにかんで言うと、習い事の待つお屋敷に戻って行ったの……!」

 男の子たるハチワレはリンナの話に砂糖を吐くような顔をしていたし、それはギータも同様だったが、わたしは女子だ。そしてクワイセも女子だった。

「おおー!?」
「チッ! ……チッ!」

 わたしたちはキャアキャアと甲高い声で囃し立てて続きを請い、リンナは上気した顔で雄弁に愛を語ってくれた。

「去年の冬よ! ずっとお礼がしたくて、私、一生懸命マフラーを編んだの。いつもの通りこのお屋敷に遊びに来て、こっそり屋敷の裏手に呼び出して……粉雪が降ってた。私がそっと首にマフラーを巻いたら、彼、照れくさそうに頬を赤らめて『ありがとう』って……☆」
「チッ……! リンナ様はよくやった! それは惚れたな!? 惚れたはず!」
「だよなクワイセ!? ドライグは絶対リンナに惚れたよ!」
「2人ともそう思う? 思うよね!? 私は王族で、元とは言え“姫”で……きっと親が決めた相手と結婚するしかないと思ってた! でも今は違うの。没落した私はカレより下の『子爵』だし、お母様も賛成してて……! だから、今なら許される……!」

 ハチワレは眠そうな目をしていたし、ギータのほうは青ざめていた。黒い竜の少年は、14歳のネズミの少女にトドメを刺された。

「チ……しかし年齢差はどうだ? リンナ様とドライグ様は、6つか7つほど年が離れているだろう? 15も年が離れてるニョキシーは論外として、リンナ様は?」
「え、それってなにか問題? カレが100歳年上でも問題ないわ。そもそも私、子供のころから年上以外とは結婚したくなかったし!」
「「 おおー☆ 」」

 リンナより2つ年下のギータはついに吐きそうな顔をしたが、

「……にゃ?」

 ハチワレが三角の耳を激しく動かしながら立ち上がった。小さな鼻もすんすんと動かし、しっぽを太くする。

「どうした、ハチワレ?」

 わたしは気楽に聞き——ハチワレの顔を見て異変を悟った。

「にゃ。なにか変……人の足音がいっぱい聞こえる」

 子猫のハチワレと同様、わたしは聴覚や嗅覚に優れた黒犬の獣人だ。

 鼻の曲がるような刺激臭がした。粗悪で湿った松明が燃える臭いだ。

 ハチワレが椅子から立ち上がり、ギータの部屋の鎧戸を上げた。わたしも彼の後に続いて窓から顔を出す。

 日が沈んだロスルーコ市は夜の闇に沈んでいたが、屋敷の建つ丘を取り囲むように点々と赤い松明の火が見えた。

「人がたくさん……お祭りかなにか?」

 リンナがわたしの真横でつぶやき、同じ景色を目にしたギータが黒い羽を広げた。

「領民どもの反乱だ……」

 部屋のドアが激しくノックされ、返事も聞かず老騎士バラキが飛び込んできた。彼は全身を真紅の鎧で守っていて、

「ああ、リンナ=ダラサ様! それにニョキシー様! お探ししました……私が護衛を努めますからお2人は避難してください。それに、ギータ様……ロスルーコ家の三男として、騎士の務めを果たす時ですぞ! ……聞こえますでしょう」

 まずは扇動するような太鼓の音が響き、直後に地鳴りのような怒声が鼓膜を打った。

 軽く千人はいそうだ。デモ行進の半分は獣人で、もう半分は蛮族とされる人間だった。大量の領民がシュプレヒコールを上げ、ロスルーコ伯爵の館に詰めかけていた。


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