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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神
ロスルーコの長男
しおりを挟むギータの部屋は客間に比べ狭かったが、それでも椅子とテーブルがあり、わたしは自分の従者たちにも座るように言った。
ハチワレたちは貴族用の椅子に座ることを怖がったが、
「別にいいぜ。その代わりあんたらも手伝ってくれ」
ロスルーコ伯爵の三男は相手が獣人でも頓着しない性格だった。わたしはギータの態度が気に入り、クワイセがテーブルに微妙なシチューを並べる中、手を付けずに意気込んで聞いた。
「ギータはリンナと仲が良いのか?」
「おまえ、リンナ姉さんのことも呼び捨てかよ」
「本人がそう呼べと言ったんだ」
「そうか……姉さんらしいな。あの人は昔からそうなんだ」
竜の少年は照れくさそうに笑い、リンナとの関係を語った。
リンナの一家は7年前の国王謀殺により「王家の第二夫人」という地位を失い、子爵にまで身分が下がったが、それが一家とロスルーコ家が交友を持つきっかけだった。
わたしの家ロコックをかばっていたロスルーコ伯爵はリンナの母ルグレアの目に留まり、その夫人でギータの義母のハリティと親交を深めた。ルグレアは娘リンナを連れてロスルーコ家に遊びに来ることが多くなった。
ロスルーコには2人の妻がいたが、ギータの母親は10年ほど前に病気で他界している。ギータは明言しなかったが、寂しく思っていた彼にとって、リンナは姉であり母のような存在に見えたらしい。
要約するとギータはリンナが弟のように可愛がっている少年で、大人びた奴だったが、年はもうすぐ13になる程度だった。
「おれは姉さんが兄上と結婚することで一族に加わってくれると嬉しい」
三男は本当か嘘か微妙な発言をした。
彼は明らかにリンナを好いているように見えたし……うちのアニキもそうだけど、あのお嬢様は大人気だね。黒犬だし無骨な騎士のクソガキとは大違いだ。
「そのためにはまず、ニョキシーには兄上との婚約を破棄してもらいたい。……頼めるか?」
「任せろ。同じ返事をリンナにもしている」
わたしは即答し、ギータは嬉しそうに笑った。
◇
老騎士バラキに自室を案内されたハッセは、魚人アダルや劣化竜ドラフを無視して「鑑定」を願った。体の中心からなにかがごそっと抜け落ちる感覚がある。
〈それはベッドだ。5台もあるから3人の男が充分に眠れる——そう焦るなよ少年。バラキという老騎士はお前を爪弾きにしたが、お前は奴より身分が上だ。気にせず個室を出たらどうかね?〉
この手の猥雑な質問に対し叡智ジビカは報復するように大きくMPを奪うが、それでも常に適切な助言を与えてくれる。
ハッセはアダルたちに「ここにいろ」と指示して部屋を出た。2人は自由に使える自分たちの部屋に喜んでいた。
個室はハッセもずっと父上に願っていたものだった。父上には決して口に出さなかったが、「妹ばかりずるい」と何度言いかけたか。
しかし今はそれどころではない。ハッセは大股に廊下を歩きながら必死に考えた。
(ルグレア様は明らかに我が家の敵だ。あの女は7年前にロスルーコ様が約束なさった妹の婚約を破棄させ、自分の娘に「伯爵」の地位を与えようとしている! それは……そんなのは許されない……!)
ハッセは自分が自分に嘘をついている感覚を覚えつつ、自身に「鑑定」をかけた。
「ジビカ様、私のステータスを鑑定」
叡智は即座に残りMPを通知し、ついでに、ぼやくように神託した。
〈おいおい、ついに「恋」をしたのかハッセ? ……まったく困るね。それは私が愛してやまない「理性」を妨げる熱病のようなものだ。早く抜け出して、知恵を尊ぶ本来のきみに戻ってくれよ〉
自分にどれだけ嘘をついても真実の神にはお見通しだったが、却ってその神託がハッセに勇気を与えた。
——男爵家の長男として、私は家のために行動すべきだ。
リンナを初めて目にした時は雷に打たれたような気持ちになったが、あれは子爵で身分が上だ。男爵の自分とは永久に結ばれることがない。
そう思うと少し気持ちが楽になり、ハッセは通りがかりの使用人に声をかけた。
「おい、私の父上は屋敷のどこに通された」
羊系の獣人は怯えた顔でハッセを案内し、彼は髪の色を金色に変えつつ応接間のドアを開いた。
「——遅れました、父上。無能な部下どもが寝所を整えるのに時間がかかりまして。私も成人していますから、話し合いに参加いたします」
ルグレア子爵やロスルーコ伯爵から抗議される前に彼は言い切り、嬉しそうに微笑む父親に迎えられた。
「ここに座りなさい、ハッセ。左様……次期当主たるお前も聞くべき話をしていたのだ」
「はい」
美しいリンナ=ダラサはハッセに戸惑うような視線を送り、彼は目線を合わせないようにして父親の横に座った。壁際にいた犬系の使用人が慌てたようにワインを注いでくれたので、一気飲みする。
白いクロスのかけられたテーブルを挟み、真正面にはロスルーコ伯爵と、その長男が腰掛けている。
伯爵の長男ドライグ=ロスルーコは、父親そっくりの燃えるような赤毛で、背中に赤く巨大な羽を畳んでいる。ハッセよりさらに背が高く、文武両道といった姿の〈竜〉で、彼は長椅子に深く腰を落とし、細長い指を突き合わせて、真紅に揺らめく鋭い瞳をハッセに向けた。
「……俺は賛成ですよ、父上。ハッセ=ロコック様も議論に加わるべきだ」
伯爵の長男はハッセを見つめたまま「様」を付けて参加を受け入れ、リンナが傷ついたように小さく息を吸った。
◇
三男ギータに誘われてしばしお喋りしたわたしたちは、日が沈む頃、使用人のノックを聞いて部屋を出た。ハチワレたちとはそこでサヨナラで、ギータに連れられて食堂に向かう。
テーブルにはかなり豪華な食事が並び、ロスルーコの騎士をしている下級貴族たちは揃って腹を鳴らせていた。どれも服装は緩い白シャツと木綿のパンツで、すねに脚絆を巻いている。
ロスルーコ伯爵の合図でいつものお祈りをし、食事が始まる。
わたしはロスルーコ家が用意した夕飯をいつもの通りハチワレたちに与えたし、ロスルーコ家で働く使用人たちにも大いに与えて喜ばれた。
他の貴族は誰もそんなことしなかったし、リンナも今夜は食事を分けない。そして、いつもはわたしをスルーする義父が言った。
「……ニョキシー、その辺でよしなさい」
「どうしてだ父上? 食べ物はたくさんあるし、別にいいだろ」
わたしは即座に反論し、義父が小さく舌打ちするのを聞いた。
「いいか、お前は伯爵様に食べさせてもらっている立場で……」
「おおー? 獣人は食べちゃだめか? それならわたしも部屋を出ないと!」
言い切ると壁際に立つ使用人たちが一斉にわたしを見つめ、ロスルーコ伯爵もわたしの態度に目を見開いた。
貴族たちはチャックを閉じたように沈黙し、わたしは少し得意な気分で連中を見返してやった。隣の席に座っていたアニキがテーブルの下でわたしの足を蹴っていたが、知ったことか。
数年ぶりに目にした婚約者ドライグは冷静で、感情の伺えない顔でわたしを見つめていたが、わたしはその顔を「失望」と判断したかった。
もしそうであれば作戦は成功だけど、どうかな。わたしに失望してくれたかな?
「——出ていきますね、父上?」
すでにたっぷり食べていたわたしは義父アクラに告げ、食堂を出た。アクラは頭を抱えていたが、好きでもない男と結婚するなんて、冗談でも嫌だった。
食堂を出るとハチワレとクワイセが追いかけてきて、
「にゃ。ピピンはドラフ様に水やお酒を注ぐ係に選ばれてしまった……おれたちはニョキシーの従者のはずなのに、館の連中は給仕しろと命じる」
「チ……ニョキシーはお腹空いてない? オレの倉庫にパンがたくさんあるぞ」
「要らないよ。みんなで食べて」
そんな話をしていると数名の使用人が追いかけてきて、様々な耳を持つ獣人たちはなにも言わずにわたしを見つめた。
「……どうしたの?」
聞いても彼らはなにも言わず、
「おまえら、去れ」
「仕事に戻りなさい」
追いかけてきた貴族の声に蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
ギータとリンナが食堂から出てきた。ハチワレとクワイセは即座に膝を付き、ギータはそれを無視して髪を桃色に変えたリンナに笑いかけた。
「姉さん、おれの部屋に行こうよ。父上たちとどんな話をしてたのか聞かせて!」
三男坊のギータは2つ年上のリンナに甘えた声を出し、わたしたちは三男の部屋でリンナから会議の様子を聞くことにした。
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