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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神
ロスルーコの三男
しおりを挟む義父アクラの領地からロスルーコ伯爵領へ向かう旅には3日ほどかかり、わたしはその間、リンナとより一層仲良くなった。
竜にして鬼族のリンナはわたしに様々な花の名前を教えてくれたし、被差別階級のハチワレたちにも心を開き、うさぎのピピンを特に気に入った。
旅の休憩時間にわたしとピピンは生来鋭い鼻や聴覚を生かして湿地帯に入り、食べごたえのある鳥を数匹仕留めたのだが、リンナは串に差して塩を振っただけのヤキトリを「おいしい」と言ってピピンを褒めた。
「ニョキシーには悪いけど、私、ピピンを部下にしたいわ。御者ができるし狩りもお料理もできるなんて最高!」
「ピョン!?」
「ピピンの両親も一緒に連れて行くなら構わないぞ。リンナの家は子爵だし、うちにいるより贅沢できるだろう」
わたしにはリンナと話したいことがいくらでもあったが、ハチワレたちはもちろん、義父や義兄やルグレア子爵が聞いている中でできる話は限られていた。
3日間の旅の中、わたしは毎晩地球で覚えたゲームを披露し、製紙技術や印刷が必要になるプレイング・カードは用意できなかったが、さいころを使った遊びや、アフリカのマンカラなどを紹介して対戦した。一番上手だったのはハチワレで、白と黒の毛並みを持つ子猫はわたしたちに圧勝を続けて馬車に持ち込んだ食料を勝ち取った。
馬車がロスルーコ宅に近づいた最後の夜、リンナもピピンもクワイセもテントで寝静まった中、ハチワレは眠たげな顔で景品の肉やビスケットを数えていた。
「にゃ……ど偉い貴族様を含め、みんながルールを守るなら、おれでも勝てるとわかった」
「その通りだな。この世の中が仮にそうなれば、ハチワレはきっと無敵だ」
「にゃ……!」
誰もが寝ている静かな夜だったので、わたしとハチワレはこの小さな旅をテーマに、法で禁じられている遊びをした。
〈——私の子らよ。おまえたちにできる限りの祝福を与えよう——〉
暗いテントで眠る直前、「誰でもない神」が嬉しそうにスキルのレベルアップを通知した。
◇
ロスルーコ伯爵が支配するロスルーコ市はその翌年別の町に移動することになるが、わたしはどちらかというとこの頃のロスルーコ市のほうが好きだ。
豊かな農地の中央にその町はあり、赤レンガを積んだ城壁が町を囲んでいる。古びた城壁には蔓草が絡まって白い花を咲かせていて、わたしたちの馬車はアーチをくぐって城下町に入った。
狭い町の中は石畳の細い道がうねっていて、左右には3階建ての古びた建物が並んでいる。暮らしに便利な1階部分は主に鬼族の商人や下級騎士の住居で、上階は獣人や「蛮族」のヒトが農奴や丁稚、あるいは使用人として暮らしているようだ。
町の中央には清らかな泉があり、生命の男神の像が立っている。泉は魔術的な力で湧き出しているため、〈聖地〉産まれのわたしが飲めばMPを回復できるとロリコンが教えてくれた。
なだらかな丘を登り、ロスルーコ伯爵の館に向かう。
生け垣を抜けると花の咲き乱れた美しい庭があり、御者のピピンは玄関の前で黒トカゲを停止させた。
ハチワレたち使用人は馬車を厩舎へ運びに向かい、玄関前にはわたしやアニキたちだけになった。年齢が近いからだろう、アニキはアホのアダルとドラフを従者に選んでいる。
玄関のドアが開かれ、義父アクラが老いた2人の熟練騎士を連れて前に出た。久々に目にしたロスルーコ伯爵は左右に真紅の鎧を着た老騎士を引き連れていて、貴族らは互いに礼をした。
作法ならわたしもアニキや義父に教わっている。練習用の革鎧を着たわたしは剣を抜き、グローブをした手で刃を持ってロスルーコ伯爵に柄を差し出した。
「いいぞ、騎士の作法を正しく覚えていたようだな」
隣のアニキが小声で褒め、ちょっと嬉しい気持ちになる。
騎士ではないのでドレスを着たリンナとその母は別の作法で礼をし、わたしたちはロスルーコ伯爵の屋敷に招かれた。
「……ロコック様のお子様方はこちらに。私はバラキという者で、ご滞在の間、なにかお困りのことがあればお申し付けください」
屋敷に入るなり50代後半に見える鬼の老騎士がわたしたちを義父やリンナと引き離し、わたしはアニキと屋敷の客間に案内された。それぞれ別の個室をあてがわれ、アニキはアホ2人と自分たち専用の部屋に入って嬉しそうにしていたが、従者のいないわたしは広い部屋にひとりきりだった。
バラキはアニキを放っておいてわたしの個室に付き従い、
「ねえバラキ、アニキみたいにわたしの従者をこの部屋に入れても良い?」
「申し訳ございません、ニョキシー様。お嬢様の従者は身分が獣人でございますから……」
「わたしも犬だが、それじゃわたしは出ていくべきか?」
「……それは、」
老騎士を困らせても意味がないので、わたしは鎧姿のままふかふかのベッドに転がった。
「いい。今のは忘れてくれ。たとえ犬でも、この家の長男の婚約者は別ってことか」
バラキは余計な返事を言わず、静かに礼をして部屋を出ていった。
(……リンナが予想していた通りになったな、ロリコン?)
〈そうだな。おまえは未成年だから、まだ自分の結婚に口出しはできない。すべては親が決めることだ〉
ノックがあった。寝転がったまま返事をするとドアが開かれる。
「あんたがニョキシー?」
アニキより少し若いくらいの年齢の、黒いスーツを着た少年が顔を出した。竜だ。わたしの目に似た薄紫色の髪をしていて、背中には夜空を思わせる黒い羽がある。
わたしはベッドに寝転がったまま口を開いた。
「だれだおまえ」
「すごい口の聞き方だな、クソガキ。おれ、伯爵の息子なんだけど」
年齢はわたしより少し上くらいか。黒い竜の少年はいたずらめいた微笑みを浮かべて、
「まあ許そう。あんたは兄嫁になる予定だし、おれをギータ様と呼ぶのを許可してやる……ただし、嫁にならないつもりなら呼び捨てにしても良いぜ」
「わかったわギータ。なんの用?」
◇
ロスルーコ伯爵の三男坊に連れられてわたしは屋敷をうろついた。
何度か使用人と出くわしたが、
「去れ。他言無用だ」
ギータが命じると獣人たちは怯えて見ないふりをして、わたしは屋敷の料理場に案内された。
そこにはわたしの従者たるハチワレ・ピピン・クワイセがいて、3人は厨房の長テーブルに座り、シェフから塩味の鍋とパンを振る舞われていた。
「チ……ニョキシーにバレた。お嬢様、伯爵家の汁物はうまいぞ。素材の豪華さが違う」
3人の中で一番お姉さんのクワイセが言い、厨房で働くシェフたちが、14歳の子ネズミの男爵令嬢への態度に青ざめる。
「ほんと? わたしも味見したい!」
わたしはシェフたちを無視してクワイセの隣に座り、シチューを少しわけてもらって……まあ、ロコック家の日常よりは多少野菜のダシが効いたスープを飲み込んだ。
「……そうだな、うん、悪くはないけどもっと肉が欲しい」
「チ、男爵令嬢は贅沢だな」
と、厨房の入り口で甲高い笑い声があり、ハチワレたちは顔色を変えた。
竜の子ギータはひと目見れば分かる上等な生地の黒いスーツに身を包んでいたし、なにより、背中に生えた黒い翼が彼の絶対的な身分を証明していた。
ロスルーコ伯の三男は膝をついて礼をするハチワレたちを無視し、わたしだけを見て言った。
「おいニョキシー、ネズミの女からスープを恵んでもらう男爵令嬢を初めて見たぞ」
「……この者たちはわたしの従者だ。愚弄するなら決闘を挑むぞ」
「あんたほんとに6歳か? その年で決闘……それも、おれみたいな純粋な竜に?」
わたしはずっと革鎧姿で、腰には剣を佩いている。
無言で剣を引き抜くと黒竜ギータはヘラヘラと笑い、戦う意思が無いことを示した。
「違う、バカにしたいわけじゃない。それより従者と会わせてやったんだから、そっちも約束を守れよ」
わたしはシェフに指示を出し、クワイセの倉庫にできたてのパンとシチューを詰めさせた。3人の従者を率いてギータの個室に入ると、三男は後ろ手にドアを閉じた。
「おまえの従者は信用して良いんだよな?」
「くどい。さっきも言っただろ」
「なら聞く……ニョキシー男爵令嬢は、リンナ姉さんの味方で良いのか?」
漆黒の幼竜ギータは、わたしの婚約破棄を強く望んでいた。
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