マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜

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第七章 悪役令嬢と誰でもない男神

夜刀の姫君

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 ブロンドのダラサ=ネヴァンリンナは堅苦しい挨拶を済ませるとすぐに砕けた笑みを見せ、自分の金髪や背中の羽を指さして言った。

「私、種族としては夜刀やとなんだけど、鬼より竜の特徴が強くて髪は基本的に金色なの。腹が立っても少しピンクになる程度。ロスルーコさんの攫われた娘は“鬼”が強かったって聞いたけど、いいなあ。私も気持ちで髪色が変わるほうが良かったのに」

 リンナは言いながらアニキの髪を撫で、15歳の少女に触れられた青年は髪を真紅に変えた。おいハッセ、3つも年下の女に籠絡されるな。

 髪に触ったリンナにはアニキを誘惑しようなどという意図は無かったようで、彼女は真紅に変色した兄の髪を「羨ましい」と笑った。

 そんな中、四畳半の書斎ではハチワレたち「使用人」が緊張した顔つきで膝を付き、頭を下げている。貴族に対しそうしなければ、なにをされるかわからないからだ。

 幼名馴染みたちのリアクションで理性を取り戻したわたしは、男爵家の娘として、毅然と胸を張って返した。

「我はニョキシー・ロコックだ。それでリンナ様、わたしになにか用か?」
「おいバカ犬、言葉遣いを——」
「様は要らないわ。私なんて呼び捨てで良いよ、ニョキシー!」

 アニキがわめいたがリンナはころころと可愛く笑い、

「お父様が……ダラサ王が亡くなり、我が家は王家を追放されて子爵の身分に堕とされちゃって。だから男爵のロコック家とは家格にほとんど違いが無いの」

 わたしの手を取って言った。

「だから私はあなたと同じよ、元・お姫様。王位継承権を失った者同士、ニョキシーとは仲良くできたらなと思ってる」


  ◇


 綿の入ったとても清潔なベッドの上で目を覚ますと、カオス()に借りたベッドの隅に三毛猫が腰掛けていた。

 ミケはうまそうに鳥の串焼きを食べていて、串からは前世で何度も口にしたテリヤキ・ソースの匂いがした。

「にゃ!? ——決闘!」

 わたしの起床に気づいた子猫はアリスのチェシャーキャットを思わせる笑みを浮かべたが、

「なるほど……月の悪魔どもは寝起きの空腹で弱った騎士を襲ったとしても『勝利』を喜ぶわけですね?」

 皮肉ると困惑した顔を見せ、「……やる」と串焼きを差し出した。

「食べかけなんて要りません。それより、まずは厠へ行きたいのですが」

 子供部屋の窓から見える空は暗く、明らかに深夜だった。

 ミケが見守る前で黒い学生服に着替え、リビングへ出ると、昼間とは違い〈怪盗〉の女と黒猫がわたしを見張っていた。

 黒猫は怪盗へ意味深な視線を送り、栗毛の怪盗は嘘くさい笑顔を浮かべた。

「あら♡ ようやく起きたのねニョキシー! 息子や旦那はちょっくら散歩に出ているわ。ノールは知ってる? あんんたたちが寝てる間にあの子がひとりでチョコを飲みに来て、飲んだ瞬間——」
「黙れナサティヤ。無駄に教えるにゃ」
「……そうね、ごめんギルマス……とにかくニョキシー、ヤキトリを食べてみる? あんたには意味不明でしょうけど、謎の王国ジャパン風とか、謎の王国タイのガイヤーン……それに、ナンチャラって国のアロスティチーニも用意してるのよ☆」

 アロスティチーニは初耳だったが、響きからしてラテン系に間違いなかった。イタリアかスペイン……宿敵フランスの鳥料理かもしれない。

 ——ていうかこいつら、ヤキトリで子犬わたしを餌付けするつもりか? この場にいない混沌の影()の作為を感じるが、その手に乗るか。

 ヤキトリの誘いは地球人たるわたしの心を大きく乱したが、わたしは騎士だ。自制心を保って強く警戒していると、ポコニャとかいう黒猫がわたしを激怒させた。

「にゃ! それと謎の王国の……謎の……にゃんて国だっけ? とにかくフィッシュ・アンド・チップスとかゆうビミョーな料理も用意しているが、どうかにゃ?」
「キサマ微妙と言いやがりましたかこの野郎」

 抑えきれない殺気を放つと黒猫と怪盗は怯えた顔を見せ、わたしの背後で三毛猫が興奮した。

「にゃにゃ!? 戦う気になったか?」
「……いえ、忘れてください」

 わたしは清潔に掃除されたトイレを済ませ、怯え顔の黒猫が作ってくれたフィッシュ&チップスを楽しんだ。この国にもポテトは存在していないようで、チップスは山芋で代用されていたが最高にウマい。

 ちょっと泣きそうになりながら白身フライにたっぷりとビネガーをかけ、

「にゃ……? 子犬の舌はミケより鈍感らしい」

 怪訝な顔でヤキトリを食う失礼な三毛猫を無視して世界一ウマいファスト・フードを食べ終える。

 ダラサ王国と同じでこの国にもケチャップは無かったが、チリ・ソースはあり、途中でフライを味変することもできた。

 最後にホットチョコレートで濃密なカフェインをキメると、子猫が嬉しそうに立ち上がり、腕を振り回した。

「にゃ☆ ついに条件は同じだろ?」

 わたしは怪盗の女からカオスが作ったと聞く新品の歯ブラシをもらっていた。王国ではずっと歯磨き用の小枝を噛んでいたので、懐かしい気持ちで口をゆすぐ。

「……ですね。カオスシェイド()との約束ですし、殺さない程度に遊んであげますよ」
「ゆったな……それはこちらのセリフ!」
「ところで、わたしには武器が無いので、カッシェの部屋から武器を持ち出して構いませんか?」
「にゃ? ああ、部屋にキサマの野太刀があったな。別にどんな武器を使おうと三毛猫はかまいませんが」
「……約束ですよ」

 三毛猫のミケはわたしがカオス()の部屋から持ち出した武器を見ると青ざめ、不安そうな顔で子首をかしげた。

「……にゃ? それは——しかし、どうしてカオスは部屋に置いてった?」
「わたしにもわかりませんが、ずっと机に置いてありましたよ。気づきませんでしたか」
「……………にゃ」

 カッシェの部屋には地球の「特殊警棒」が残されていて、わたしは棒を振り抜いた。白熱する青白い棒が空気を電離する重低音が響く。

 ——やばいな、これはかっこよすぎる。このままパクってわたしの武器にしたい!

 カオスシェイドがなぜこのような武器を作ったのか、子猫はともかく「わたし」には完全に理解できた。

 青白く輝くビーム・ソードを伸ばしたわたしはスター・ウォー●かガン●ムにでも出演している気分で、

「確認しますよ、三毛猫。わたしは絶対にミケを殺したりはしません」
「…………よ、良かろう。ミケもキサマに手加減してやるし! でも飛ぶのは無しな?」

 三毛猫柄のミケは警告に屈せず、好戦的に真紅の爪を伸ばした。

「わたしは黒犬の獣人で、ワイバーンのシレーナではありません」
「にゃ☆ ……ミケを加護する剣に聞いたが、貴様も同じ剣神持ちらしいな?」

 それはわたしも剣から聞いていたが——ノー・ワンがわたしの心の中で笑った。


  ◇


 少女リンナがロコック家を尋ねたその夜、我が家では盛大な宴会が開かれた。

 宴会中、義父のアクラは笑顔を絶やさなかったが、実際は自分の預金残高に胃を痛めているのが明らかだった。彼はリンナやその母たる未亡人・ルグレアとわたしには興味の無い政治的な話を続け、義父のそばには義母オンラやアニキが控えて同様に胃を痛めていた。

 その一方、宴会の席では使用人にも飲食が許され、ハチワレたちは貴族が空のカップを鳴らさない限り広間の隅で食事を楽しむことができた。頬袋を持つクワイセはもちろん、ハチワレもピピンも残飯ではない豪華な食事を口いっぱいに頬張り、無理に飲み込みながら貴族に酒を注いで回っている。

 そんな賑やかな宴会場で、偉大なる大英帝国出身のわたしは脂汗をかいていた。

 わたしは宴会のために英国のヨークシャー・プディングを披露しようとしていたのだが、ずっと病室に居たわたしは正確なレシピを知らなかったし、わたしの目の前では亜竜のドラフがニヤつき、魚人のアダルが大笑いしている。

「……おいニョキシー・ロコック、ゲロみたいなコレは“料理”なのか、亜人よ?」

 わたしがカンで作った生地は火炎魔法を放っても焼き固まらず、魚人のクソが言う通りゲロに見えた。アダルは筋肉質の汗臭い男で、体臭ばかりか口も臭かったが指摘自体は正しい。

「ねえロコックのお犬様……御身のおっしゃる『プディング』というのは、貴重な小麦や砂糖に恨みでもあるのか?」

 ワイバーンのドラフはひょろ長い痩身で、無駄に背が高い代わりに骨しか残っていないような気持ち悪いナードだった。ワイバーンは竜の劣化種で、本物の竜族のように人から竜に変身したりはできない。力にしても同じ劣化竜の夜刀に劣る。

「……黙れよ。成人したくせに『子供部屋』で寝起きしてるガキどもが」

 この世界の人間は13歳で成人とされるが、アダルやドラフといった貧乏貴族は男爵アクラの下で食わせてもらう他無く、正式に騎士として雇われている2人の父親と違って子供部屋を抜け出せないでいた。

 悪口を返すと2人のアホは顔色を変え険悪な目で睨んできたが、

「ねえニョキシー、それはなあに?」

 子爵の少女が近寄ってくると怖がって逃げていった。

「リンナ……これは……その……みんなに食べさせようとして失敗」
「へえ、なにを作るつもりだったの?」
「気にしないで」

 ちょうど近くにハチワレの母がいたので呼び寄せると、余り物をもらえると思ったのかモモは嬉しそうな顔で走ってきて、得体の知れないゲロを渡され凍りついた。

「絶対に食べないで捨ててね? みんなが腹を壊したら困る」
「はい……」

 リンナはわたしが警告するのを興味深く見つめ、モモが去っていくと微笑んだ。

「ニョキシーは目下のひとたちに優しいのね。昼間、猫とかウサギの獣人と一緒だったし」
「……わたし自身が犬だから」

 まだ6歳のわたしがそう返すと、成人している15歳は心を伺い知れない表情を一瞬だけ浮かべ、ほとんど無表情に見える顔をすぐ笑顔に変えた。

「そっか。それより外に出ない? さっき母に言われて少しぶどう酒を飲んだんだけど、クラクラするから夜風に当たりたいの」
「別にいいぞ。中庭にでも行くか? 夜刀やとのお姫様」

 わたしはリンナを城の庭に案内してやった。


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