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第六章 スリー・オン・スリー
キラヒノマンサの別荘
しおりを挟む斥候スキルを発動し深夜の街を音もなく駆けていたムサは、先を走るミケがパーのサインを出したのを見て急停止した。
「どうしました……?」
小声で問うと子猫は耳に手を当てて首を振り、猫獣人らしく長い犬歯を見せてニヤついた。いや、この場合は猫歯と呼ぶべきか。
「にゃ。叡智様から神託が……どうやら部下どもが強盗事件の犯人を捕らえたらしい」
「マジすか? それって例の人狼すよね」
「にゃ☆ ミケがいなければなにもできないグズどもと思っていたが……あいつらも知らぬ間に大きくなりました……!」
12歳の三毛猫は偉そうに感想を述べるとグーのサインを出し、「進め」の合図を受けたムサは子猫と一緒に馬車の追跡を再開した。
「……確認ですけど、チョキは『見捨てろ』ですからね」
「にゃ」
子猫はムサの警告に雑な返事を返し、再び海風のように駆けた。ムサも子猫に負けるつもりはない。黒の学生服から伸びた三毛猫のしっぽを追いかけるように闇夜を走る。
少し走ると5台の馬車が見え、数分追うと子猫が再び「パー」を合図した。
2人が潜む貴族街は市民街の3割程度の広さしか無い。しかし立ち並ぶ屋敷はどれも無意味に広大で、人口密度という観点では市民街よりも圧倒的に広々としている。
子猫と盾が立ち止まった場所は貴族街でも外れに位置する場所で、ラーナボルカでも最北部にあたる暗い屋敷の門前だった。
街を取り囲む分厚い城壁を背にした3階建ての館は深夜の街でも特に薄暗く見え、5台の馬車が門を抜け、館の前に広がる庭を通り抜けていく。これまた無駄に広い庭だ。屋敷の玄関に通じる20メートルほどの通路の左右にはバラの生け垣があり、ムサたちが門の影で見守る中、馬車は屋敷の玄関の前で停止した。
騎士たちがぞろぞろと降り、その中にはラーナボルカ伯爵やアラールク、そしてマキリンと思しき影も見えた。車輪の音を聞きつけたのか2名のメイドによって玄関のドアが開かれ、騎士たちが屋敷の中へ入って行く。
玄関のドアが閉まり、もっと屋敷に近付こうとしたムサは子猫が「シッ」と唸る声を聞いた。手が「止まれ」のパーを示している。
ムサが見たところ屋敷の周囲に広がる庭に罠のようなものは無いし、監視の兵も見当たらない。彼の目の前に見えるのは3つの破風を持つ屋敷と、その前に広がる20メートル四方の手入れさえた庭だけだ。
屋敷の窓はすべて雨戸で塞がれていて、室内の様子は伺えない。屋敷の中にはドーフーシのキラヒノマンサ公爵が滞在しているはずだが……。
「……なんすか? 騎士どもはみんな屋敷に入りましたよ」
小声で聞くとミケは煩わしそうに答えた。
「ムサには庭のアレが見えんか? うかつに近寄ってはいけません。子猫の目にはわずかに赤く、庭の地面に仕込まれた魔法陣の描線が見える……たぶん、あれは音系の罠。無害な子猫が敷地へ肉球を踏み入れただけで、けたたましい音を鳴らして部外者の侵入を知らせる」
斥候の子猫はバラの生け垣に人差し指を向けたが、ムサには三毛猫がなにを目にして警告しているのかわからなかった。
ミケは構わず続けた。
「子猫が持ってるニケ様の加護じゃ、あの罠の解除は難しい。ナサティヤおばさんでもたぶん無理。こうゆう『音が出るだけの罠』は、ハマっても特に怪我はしないけど、だからこそ〈冒険術〉じゃ解除しにくい。音が出るだけの罠を解除するのは〈冒険〉とゆえないから。こうゆう音系の罠は、三本尾だと歌様持ちのカッシェか、音に鋭い吸血鬼じゃないと上手に解除できない」
子猫はにゃーにゃー言いながら〈調速〉というスキルについて教えてくれて、侵入者に対し警告音を出すような罠は、カオス少年が持っている〈調速〉があれば乱せるのだと小声で教えてくれた。
「にゃ。子猫はこれでも努力しているのだが、バイトでどんだけギターを弾いても歌様は〈調速〉を与えてくれません」
「それじゃどうします……?」
「忘れたか。ムサと子猫は今なら〈鑑定〉が可能。アクシノ様に相談する」
子猫は「鑑定」と呟いて一瞬体を明滅させると「にゃるほど」と頷き、慌ててムサもマネをした。普段は鑑定なんて使えないので、頭が追いついていない。
〈キラヒノマンサが滞在している屋敷の壁です。子猫にも神託しましたが——〉
「にゃ。突破法はひとつ。罠が発動するよりも早く動く——手を出せ」
子猫は右手を差し出し、ムサがその手を取るなりスキルを発動させた。
〈——怪盗術:股旅——〉
瞬きする間にムサは屋敷の壁際にいて、
「すげえ……」
と言いかけた彼は隣で子猫が膝を崩すのを見た。青ざめた顔で脂汗をかいている。
「ちょ、どうしたんすか!?」
「にゃ、にゃ……成功率8割の〈股旅〉が、久々にしくじった。ムサは痩せるべき。おまえを連れて動いたから、いつもの20倍くらいMPを取られた……!」
ミケはMP枯渇状態に特有の青ざめた顔でふらついていて、ムサは即座に倉庫を開き、MP回復薬を取り出した。子猫はニャーニャー抗議して飲むのを嫌がったが、最終的にはガラス瓶に封じられた霊薬を一気に飲み下した。
「に゛ゃ……!?」
「我慢してください。MP回復薬はどれも似たような味すから」
「……! ……!! マリモは嘘つき。子猫はもっとウマい薬を知ってる……」
「我慢です。あんたがこれまでどんな薬を飲んだか知りませんけど、MP薬はどれもゲロマズなのがこの業界の常識です。ポコニャ先輩は嫌がりませんし、むしろ高価な薬を使ってすまにゃーと仲間に頭を下げますよ?」
「に゛ゃ……!? なるほど……にゃおった……」
子猫は母親を引き合いに出すとMP枯渇から治り、口に残ったひどい味を追い払うように何度もつばを吐いた。
口を拭いながら周囲に猫耳を向ける。
「にゃ……しかし罠は発動しなかった」
「ですね。さすがはナサティヤ先輩の直弟子すよ」
「にゃ。お互い残りMPを確認する——ムサも早く」
「ああ、そういや俺も今は可能でした。ありがたい……」
子猫もムサも鑑定持ちではない。普段なら自分の体感で残りMPを予想するのだが、2人は今、カオス少年から鑑定を貸与されていた。薄いディスプレイのようなものが目の前に浮かび、ムサのステータスが表示される。生まれて初めて見る表示だ。
お互いMPを報告しあってからムサは屋敷の壁に背中をつけた。
「……屋敷の窓はすべて閉じられてますね」
ムサは近くにあった雨戸を静かに引いてみた。内側から鍵がかけられていて動かない。
「開きません……油の臭いがしますから、中じゃランプがついているはずですが」
「にゃ。鑑定——にゃるほど。開いてる窓か、裏口の戸が無いか探す。屋敷の壁際を歩くこと。じゃないと庭の罠にひっかかる」
「了解す」
子猫はテキパキと方針を決め、ムサは三本尾のリーダーに従って屋敷の壁際を右回りに歩いて行った。
そうして屋敷の裏手に回るとそこには井戸や馬小屋があり、黒服を着た2人の男が10頭の馬を小屋に引き入れていた。騎士団が馬車に使った馬だ。
ムサと子猫は草むらに隠れて黒服の執事たちを見守った。2人の執事は馬を休ませると雑談しながら屋敷に戻ろうとし、ムサは緊張してしっぽを太くしている子猫に「グー」を出した。
〈——レテアリタ護身術:フロント・チョーク——〉
〈——豚氏八極拳:冲捶——〉
2人は同時にスキルを発動し、ほとんど音も無く執事2人を気絶させた。胸ぐらを掴んで引き上げ、胸ポケットや尻ポケットを探る。
「にゃ。こっちのオッサンはハズレ」
「俺が当たりを引いたみたいす。裏口の鍵を持ってましたよ」
屋敷の裏手には使用人のための勝手口があり、ムサは奪った鍵を差し込んだ。
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