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第六章 スリー・オン・スリー
ワン・オン・ワン
しおりを挟む邪神どもが去ると全身黒鎧の女だけが拘束を解かれ俺の前に立った。
だっせえ花柄のマスクをかぶっているのでまだ顔は見えない。しかしこの女が人狼ニョキシーであるのは間違い無いだろう。マスクから黒い犬耳を垂らしている。
俺は心の中で念じた。
(——叡智さま、極大魔法の魔法陣から消えて数秒だけど、俺はそろそろ神託を受けられるか? ——鑑定連打を頼む。じゃなきゃ子犬に負ける)
〈良いとも。しかしおまえは演奏中、どうして無詠唱その他のスキルを発動しなかったのだ? 教えてやろう、神は世界に偏在するのだ。ワタシの化身が目の前にいても、おまえはそれとは独立にスキルを使えたのに〉
え、マジで?
〈これはワタシだけでなくて、歌様や他の神々も同じだぞ? もっと無限の力というものに思いを馳せたまえ。演奏中であろうともおまえは〈調速〉その他のスキルを使えたし、ちゃっちゃと勝ちたきゃ歌様が子犬を縛ってくださっている間に〈癇癪玉〉やらなにやらで攻撃すべきだった〉
ええぇ……そういうの先に言ってよ。
〈教わる前に質問しろよ。知恵たるワタシの眷属なら予想してしかるべきだ——ああ、それと朗報だ。さっきの演奏によって、カオスシェイドは演奏スキルのレベルが上がりました〉
どうでも良いレベルアップ通知は無視するとして、さっそく鑑定すると子犬は鑑定無効のままだった。本体じゃなきゃ行けるかなと試したが、剣や鎧に対する鑑定も阻害だ。不徳のコインを持っているのだろうが、例のコインは優秀だね。
俺は考えながらだせえ覆面の子犬に声をかけてみた。
「……おう、あんたがニョキシーだよな? 裁判所ぶりか」
『裁判だと? なんの話だ』
「え、今さらとぼける意味は無いと思うけど」
子犬は耳慣れない外国語を喋り、俺が持つ〈翻訳〉スキルが意味を伝えてきた。おそらくあの覆面は裁判所で見たフルフェイスの少女のはずだが、ニョキシーは俺に情報を渡したく無いようだ。顔くらい見せてくれても良いのにな。
俺は切り口を変えた。
「——さて、3対3の戦いのうち、2戦については俺の勝ちになったわけだけど……まさか騎士サマがずるいなんて言わないよね? 正々堂々、2対2で戦った結果だし」
だせえ覆面の強盗さんたちは俺の発言に不満なのか、ロボらしきモノ以外の全員がうめいたが、邪神が呼んだ蛇に猿ぐつわされて声を出せなかった。唯一開放されているニョキシーが不満げにレテアリタ語を叫ぶ。
「正々堂々!? 貴様、あれは神でしょう? 勝負に神を呼ぶなんて——」
「それでどう? 負けを認めてもらえないかな? あんたが仮に俺に勝ったとしても、総合的にはそっちの負けだ。仮にあんたが卑劣な騎士なら『俺を倒せば勝ち』とか言いそうだけど」
俺はエレクトーンを消したタイミングで足元に転がってしまった「牙」を持ち上げた。
『——卑劣? ざけんな! 卑怯なのは貴様だろ!? ——あ、いや、「でしょう!?」』
ニョキシーが外国語で怒鳴り、慌てたようにレテアリタ語に戻った。2カ国語を操れるあたり、なかなか優秀な人っぽい。
子犬はこの国の言葉で怒鳴った。
「納得できません。わたしは身動きできぬようにされ、我々は3人のうち2人だけで戦いました! しかし貴様らは、3人で戦っていたではないですか! わたしはアホだから確信は無いが——貴様は音楽で神を呼び出しました。きれいな音を出して『歌の邪神』と……なんかよくわからない胸の無いのを呼び出し、そのあとも、連中をずっと音楽で応援しました!」
「ええぇ……応援禁止なら先にそう言ってよ」
子犬は一瞬、動きを止めた。
「む? いや……でも、そう、それなら貴様は、わたしを動けなくさせるべきでなかったし、喋れるようにするべきだった! わたしも仲間を応援して良いはずでしょう!?」
む、なるほど?
「筋は通るね、その通りだ……あんたどうして自分をアホだと卑下するの。言葉もすごく丁寧だし、そちらの言い分は理解できるよ」
「へ……?」
ピンクマスクは俺が褒めると気の抜けたような声を出し、すぐはっとして首を振った。黒い犬耳がパタパタと揺れる。
「う、うるさい! 悪魔め、わたしに媚びても無駄なことですよ!?」
「……俺もあんたに好かれたいとは思ってねえよ」
さして情報は得られなかったが、それでもニョキシーとかいう子犬の性格について少しわかったのは幸いだ。
どうもこの人狼はルールを守るし、ルールに不備があれば議論にも応じる奴のようだ。戦う前もそうだったが、蛇から開放されたのに俺を襲わず話そうとするあたり、まじめな性格が伺える。神々を「邪神」やら「貧乳」と呼ぶ点でも意見が合うね。
——だから、こいつを殺さないであげよう。
俺は子犬を殺さないよう、全力で手加減すると決めた。そもそも俺には5年前に受領したクエストがあるわけだし——俺はこいつを殺さない。
〈一夜明けて落ち着いたようだな〉
うるせえ絶壁。俺はまだ苛ついているよ。
〈ふん、ぷらいばしーは重要だが、その判断は正しいとだけ助言しよう。すぐにわかるさ〉
叡智がなにやら謎掛けのような神託をしてきたが、俺はパーカーのポケットに「牙」を突っ込み、代わりにチタン製の筒を取り出した。
玉虫色のそれは学校のリレー競技で使うバトン程度の大きさで、見た目の割に重量がある。
だせえ花柄マスクの子犬は筒を見て小首をかしげ、俺が「武器」を取り出しても襲ったりしなかった。一見武器に見えないからというのもあるだろうが、なにより、まだどちらも「戦う」と宣言していないからだろう。ここにも規則を重んじる子犬の性格が出ていると思う。
しかし、必ずルールを守るという態度は一方で俺を苛立たせていた。
「……わたしと戦うつもりか」
殺意のようなものがにじみ出たようで、花柄マスクがハッとした顔で野太刀を俺に向けた。
「そうしなきゃ納得してくれないんだろ? ……ルールによると、俺が戦わなければパルテを誘拐して拷問するんだったね?」
俺は怒りを抑えつつ、5年かけて鍛えた筒を振り抜いた。
「——戦うし、倒してやるから拷問は諦めろ」
◇
参考にした地球の武器よりだいぶ長さのある「筒」は、俺が素早く振り抜くと遠心力でなめらかに伸びた。鋭い金属音を立てながら各関節に仕込んだロックが締まり、1メートル強のチタン製の〈棒〉が現れる。
仕組みとしては地球の「特殊警棒」そのままの武器だ。
ヒゲのラヴァナさんに〈ひのきのぼう〉を取られた俺は、自分用の新しい武器として2つの条件を考えた。
ひとつ、それは必ず〈棒〉でなければならない。
俺が持っている〈杖術〉のスキルは前衛のミケも持たない俺だけのスキルなので、武器が棒として使えるという条件は必須だ。そして杖術は、それが〈棒〉として存分に使える長さ——妥協しても、全長60センチ以上でなければスキルを発動させるのが難しい。
しかし一方で、俺の基本は後衛職で、しかも俺は無詠唱持ちだ。
これが普通の魔法職なら武器を持つ意味はある。普通の後衛は詠唱が間に合わなかったときのために小さな杖や小刀で武装するし、実際、パルテやユエフーは武器を持ち歩いている。
しかし無詠唱を持つ俺は武器を必要としない。同じ無詠唱持ちのノールと同様、武器なんて邪魔になるだけだ。俺たちは念じるだけで魔術を発動できるのだから。
しかし、でも、まあ……俺の望みは「剣と魔法の世界」だったわけだし、俺は武器を持つことへの憧れを捨てられなかった。
——だから2つ目の条件として、武器は持ち歩いても邪魔にならない、できるだけコンパクトなものが良かった。
『おまえ……その「サーベル」はなんだ!? どうして光る!?』
ニョキシーが外国語で怯えた声を上げた。
かなり長めの〈警棒〉は〈ひのきのぼう〉と同様に異常なMPを込めて鍛えられていて、俺が振り抜くとSF映画のビームサーベルのように青白く発光した。筒からぐいっと伸びるぶん、いつでも棒の形だった初代よりずっとビームサーベル感が強い。
店内の暗闇を切り裂くように発光する〈警棒〉は抑えきれない魔力によって空気を焦がし、少し動かすたび蜂の羽音のような鈍い音を立てた。
〈——しかし相変わらずおまえの武器は卑怯だね。子犬は信じ込んでるぞ〉
(知るか。誤解するほうが悪いんだよ)
アクシノさんが公平な意見を述べた。警棒は、俺の手が触れている部分だけは発光しないのでニョキシーの誤解は理解できる。
「勝負だ、騎士さん」
俺は一応宣言し——英雄の娘に戦いを挑んだ。
◇
〈——骸細剣術:平突き——〉
初太刀、俺は子犬が期待するように「剣」として警棒を使った。
ドーフーシで名を馳せた英雄の娘は俺の剣術を見るなり野太刀を素早く操り、俺が突き出した警棒を上向きに跳ね上げた。
〈——天然理心流:波返——〉
視界の端にスキルが浮かんで攻撃は防御されてしまったが、
「だろうね!?」
ミケじゃあるまいし、俺のクソみてぇな剣術が子犬に通じるとは思っていない。
〈——邪鬼心夢想流:Latéral・croisé——〉
即座に〈杖術〉に切り替えて横薙ぎに打つと、騎士ニョキシーは驚いて叫んだ。
『杖術——棒の技だと!?』
「棒だねぇw」
ニョキシーは頭部を狙う俺のステッキ術を回避した。鎧を着ているのに超速い。子猫が夢中になる理由がわかる。
しかし不意打ちは有効で、子犬は俺の警棒を回避してみせたが、自分の武器までは守れなかった。
俺の警棒があくまで〈棒〉としてスキルを発動し、子犬の野太刀に絡みつく。
〈——邪鬼心夢想流:乱留——〉
巻き付くように野太刀を叩き落とすと子犬の剣は店の床に深々と刺さり、子犬は武器を失った。
「——くっ、卑怯な!」
ニョキシーは丁寧なレテアリタ語で抗議したがボクは悪くない。「剣」だと思い込んだそっちが悪い——悪いよね?
〈——豚氏八極拳:箭疾歩——〉
「くそ、」
やっぱりボクは悪くなかった。
武器を失うなり子犬はミケが得意にしている体術を披露して鋭くジャンプした。飛び出した反作用で店の床が割れ、弓矢のような速さで俺の懐に飛び込んでくる。
〈——豚氏八極拳:裡門頂肘——〉
脇腹に肘打ちを食らったが、ダメージは無い。邪神からもらったHPの壁が俺を守った。子犬の鎧の肘部分が逆に砕け、俺は完全に防御されたが、しかし——!?
(——おいアクシノさん、鑑定は!? 連打中のはずだろ!?)
〈仕方無いだろ!? 相手は鑑定不能の〈月〉だ! つまり——〉
俺の隠し技の「鑑定連打」は、叡智アクシノに敵から受ける攻撃の鑑定を願い、叡智の未来予想を元に敵を無力化するスキルだ。この技が通用するのは生態がよく知られた魔物やこの星で活動する冒険者だけであり、
〈——というわけで、多少のダメージは我慢しろ! この子犬は月で育てられた未知の怪物で、そのうえ生まれつき鑑定ができない体質だ。歌様のメールに書いてあっただろ!? 未来予知には情報が必要だ——ニョキシーが豚氏系の体術を使うのは知ったぞ……!〉
アクシノさんは俺のMPをガツガツと消費しながら楽しそうに神託してきた。
〈案ずるな。既に1回、ミケがこいつと戦ってくれている。あの子猫は教師経由で鑑定を連打していただろう? 子犬が使う剣術は2割程度なら「鑑定可能」だ!〉
(たった2割!?)
〈ふむ。さっきおまえが食らったおかげで体術も1割ほど予想可能だな〉
まな板の女神とそんなやり取りをしているうちにHPの壁は消えてしまい、子犬は次のスキルを発動していた。
〈——邪牛新陰流:無刀取り——〉
「おっと……?」
それは5年前、ウユギワ村のミノタウロスが子猫から〈ひのきのぼう〉を奪ったのと同じスキルだった。
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