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第六章 スリー・オン・スリー
逆鱗
しおりを挟む犯行予告を受けた俺はとりあえずひとりで店を出て、ミケと連絡を取るため貴族街に向かったのだが、門番は例の青髪野郎に交代していた。
ミケの情報によると「ハッセ」と言う名の男には相変わらず鑑定が無効で、全身を銀の鎧に包んだハッセは俺に槍を向けた。
「また来たのか? ——去れ」
門には他にも数名の騎士がいて、全員が銀色の鎧で、全員が俺に槍を向けやがった。無詠唱で全員ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、我慢して念じる。
(——アクシノさま、神託経由でミケに伝言とか……)
〈断るね。そもそもどうしてミケに知らせたいのだ? 子犬が再び店に来ると知ったら、あの子猫は興奮して騎士の任務を放り出すだろう。そうすれば騎士団と騒動になるし、子猫は立場を悪くする……伝えれば、却ってミケを危険に晒すと思わないか? ぷらいばしーだよ、カオス。おまえの故郷じゃ「知らぬがブッダ」と言うのだったか〉
アクシノの意見は言われてみれば真っ当で、俺は仕方なく引き返しながら作文アプリにメモった犯行予告を読み返した。
『あなたの古い友人たちより』
たちってなにさ。どうして複数形なんだ?
俺はこの世界に友人と思える人を2人しか知らない。ミケとパルテだ。ウユギワ村に生まれた俺は、無駄に昔を覚えているせいか仲良しを作るのが苦手で……なんなんだろうね、この感覚。地球でも大学までに知り合った奴らとは「友達」になれたのに、それ以降は急に「友達ってなんだっけ」という感覚が芽生えてきて、年を取るほど友人を作りにくくなる。
ユエフーやノールとは毎日顔を合わせているがまだ友達という感じがしないし、年上の社員さんたちはもっと違う。
ひとり忘れていた——ムサは同志という気がするが、ムサのほうは俺を「お子さん」と思っているのでこの感覚は片思いだろう。
〈「友人」について神託を請われてもなぁ……誰が誰を友人と思うかは好き好きだろ?〉
試しに予告状の「友人」という語を鑑定してみたが答えは実に真っ当で、俺は店に戻り、たぶん友達のパルテに報告した。
「門にハッセかよ、くそ……いっそギルドに報告しちまうか? ついでに剣閃に護衛を頼めば強盗が来ても返り討ちだろ」
「いや、悪いがそれは反対だ……手紙に書いてある『人狼ニョキシー』ってのが仮に俺の知ってるニョキシーだとすると、父さんたちでも勝てるかわからない」
「……マジで?」
「ミケ以外だと俺しか勝ち目が無いと思う」
俺は邪神ファレシラから秘密のクエストを受けている。どこまで話すか迷ったが、最初から全部話せば地球のことを教えなきゃいけない。俺はそもそも転生について話したくないし、話してしまうとパルテたちを邪神の邪悪なクエストに巻き込む恐れがある。
俺はいくらか嘘を交えてパルテに告げた。
「俺の鑑定はLv9だろ? さっき叡智アクシノに聞いたんだが、イサウって名のSランク冒険者がいて、ニョキシーはその娘なんだ。生まれつきめちゃくちゃ強いから、パルテはもちろん、ユエフーやノールも相手にしないほうが良い」
〈——おいおい、その情報の半分は歌様由来のはずだぞ。散々ワタシを批判したくせに我が眷属も嘘を愛するのか? しかもワタシを神託を詐称するとは——〉
脳内で叡智が皮肉ってきたが無視だ、無視。お疲れ様でした。
パルテは「Sランク」という情報にうろたえたし、この情報は社員さんたちにも効果的だった。一番年長のおばさんが言った。
「冗談だろ、イサウ・ユリンカの……? 何年か前に死んだはずだが、奴は刀一本で竜を輪切りにできると聞いたよ」
「そのイサウの娘です。それが俺たちを輪切りにしようとしてる」
「この店は最近どうなってんだい。強盗されて裁判して、それで今度はあんたの——」
「よせよおばさん、おれたちは誰も悪くない」
パルテが割り込んで黙らせてくれたが、おばさんがなにを言いたいかはわかる。
これは強盗事件や裁判のときとは違う。犯人は俺を「カオスシェイド」と名指しし、逃げるなと命じて、しかも「古い友人」だと告げている。その上、届けたのはうちの太客で……?
「とにかく——」
俺は店長たちに言った。
「犯人から指名されてるし、俺がひとりで相手をするのが一番だ。俺のレベルは27でミケ以上だし、ぶっちゃけ剣閃より強い」
「なに言ってんだよ、ひとりでなんて——」
「特に店長はダメだ! 逃げてくれ。敵はパルテを捕まえて拷問すると言ってる……正直に言うぜ? パルテも、他の全員も邪魔だ」
「邪魔!? おれは——」
「パルテ、よしなさいよ。敵はあなたを狙ってるのよ」
ずっと黙っていたユエフーが言った。
「わたしもカオスシェイドがひとりで相手をするべきだと思う。例えばカッシェが癇癪玉を連打したいとき、周りにわたしらが居たら邪魔なだけよ。カッシェにはHPがあるから、自分ひとりならこの店が吹っ飛ぶような爆発を起こしても無傷で済むのに」
「おいおい、おれの店を吹っ飛ばすなよ」
「話の腰を折らないで。ミケならともかく、HPを持たないひとはカッシェの戦いの邪魔だって言いたいの」
そもそも無言のノールも議論に参加してきた。
「φ(・_・)? 『しかし、ひとりでどう戦うのですか? 相手は3人で来ると書いています』」
「なめんなノール。俺は世界神ファレシラの加護持ちだぜ?」
かっこつけて言ってみると、脳内でアクシノの声がした。
〈おいカオス……怒りに身を任せるのはやめて、いい加減落ち着いたらどうだ? おまえは昔から脅迫に弱いね〉
(……はあ?)
意表を突く指摘に俺はうろたえた。——怒り? 俺は別に全然普通だが?
〈へえ。あの吸血鬼を拷問するという予告は、それじゃおまえにはどうでもよいことか。なのに後先考えずミケを連れて来ようとして、後先考えずワタシをダシにした嘘で味方を追い払い、後先考えずひとりで戦おうとしている……? ニョキシー以外に2名もの未知の敵が居ると予告されているのに〉
つらつらと指摘され、俺はようやく自分が苛立っていることに気づいた。ゼロ歳の時のクエストや、ウユギワ村の最下層を思い出す。
思い返すとどうかしているが、邪神に家族を人質に取られた俺はゼロ歳でオークに挑み、7歳でダンジョン・ボスを殺すためあらゆる手を尽くした。
作文アプリにメモした予告状を読み返した。
『 ……倉庫に宝を隠すべきではない。しからば我らは幼い吸血鬼を誘拐し、あらゆる拷問をためらわず、あらゆる手を以て常世様の倉庫を開かせる…… 』
改めて血圧が上がり、苛立ちが募る。
〈自覚したかね? ——予告状を信じるとすれば、あの吸血鬼から牙を預かり、おまえがひとりで戦えば、なるほど他の誰にも被害は無いだろう。しかしおまえはそれで良いのか? 今回は、別に家族が人質というわけでもないし、落ち着いて仲間を頼ったらどうだ?〉
アクシノさんがしつこく聞いてきたが、忘れてないかな。
俺は1回、死んでるの。我が身はあんまり重要じゃねえ。
〈……それがおまえの友情か。ぷらいばしーは大事だが、パルテに聞かせてやりたいね〉
「——とにかく、俺がひとりで戦うから、パルテは俺に牙を預けてエプノメさんのところにでも隠れてろ。やめろ、反論は聞きたくない!」
俺は雑に議論を打ち切って店を出た。去り際に店長がナニヤラ右耳に手を当てていたが、マジで告げ口してねえだろうな叡智のやつ。
まあいい。犯行予告は明日の夜だ。やれるだけの準備をしよう。
◇
子猫にワンパンされた翌朝、老人は女子トイレでフォーコ婦人と情報交換した。
「そうかい。うちの旦那の企みは子犬らにウケたか。あたしとしても部屋を荒らされた意趣返しができた」
「妙案だったのぅ。あれはわしには思い浮かばぬ発想じゃった」
昨日のことだ。子猫を屋敷の個室に案内した執事は倉庫に入り、さっそくお嬢様にミケの不在を告げ口してやった。
ニョキシーは不満そうにしたがフィウ様は喜び、マグ老人は仕立屋パルテに「犯行予告」を出そうと提案した。騎士道とやらを重んじている子犬もこれには大興奮で、少女たちは楽しそうに脅迫文を考えた。
「素晴らしいですっ、ご尊老! 予告した上で挑むのですから、わたしたちは卑怯者ではありませんよ!」
その是非はともかく、どうやって犯行予告を出すかが問題だった。マガウルが変装して送るのが一番ではあったが、老人は屋敷でアラールクに給仕せねばならない。
とりあえずお嬢様たちから手紙を預かった執事は屋敷の裏手でフォーコの旦那に手紙を渡し、
「頼めるかの?」
「ちょろいぜ」
Aランク冒険者はすぐに任務を始めてくれた。
日が沈んだころ執事が屋敷の窓際を歩いていると外からランプの合図があり、屋敷を抜け出して暗い夜道に出るとハゲのフォーコが酒を飲んでいた。
「早いのぅ。どう届けた?」
「なに、適当に道を歩いてたおっさんを捕まえて『さるご令嬢があの店の店員に禁断の恋をしたから、こっそり恋文を届けてくれ』って頼んだだけだ。ついでにメシ代の小銭も渡したが……まあ、大抵の奴は面白がって断らねえよ。ほんとはもっと早く戻れたんだが、頼んだ奴と一杯飲んだから遅れた」
倉庫に戻って報告すると年頃の子鬼と子犬はラブレターの話にきゃあきゃあ叫んで喜び、仲良く風呂に入って寝てしまった。アンも明るい空気を読んで「はははは」と無機質な笑い声を上げていたが、皆気楽なものだ。
「あたしは今から騎士団の会議に行く。できればあの猫のように出席を免除されたいね……」
フォーコ婦人がため息をついた。
「ハッセのやつ、自分の部屋から爪が盗まれたくせに、昨日から適当な部下を捕まえてはそいつのせいにして怒鳴るんだ。そんであたしは——ニョキシーは、会議が終わったら今日も自室で待機になるだろう。そうなりゃ騎士団の適当な女に化けてマグさんを手伝うから、それまでは子猫を頼むよ? ——あとそう、これは昨日の泥棒猫たちが残していった土産だ。ほんとはあたしが装備したいけど、体に合わないから……」
シェイク5本を渡すと婦人は「美味しいけど太りそう」とボヤきながら騎士団の早朝会議に向かい、執事も「三毛猫封じ」の任務に就いた。
広大なラーナボルカの屋敷を歩き、騎士団用に用意された客間のひとつを静かにノックする——返事が無い。
(む……早起きして屋敷を歩き回っておるのか?)
個室のドアには内側からだけ鍵がかけられる。少し押してみるとドアは動き——罠を警戒しながらそっと開くと、子猫はベッドで丸くなり、すやすやと寝ていた。
(この子猫……鍵もかけずに敵地で寝るか)
おそらくミケは、わざと鍵をかけていない。仮に寝込みを襲われてもHPの壁がすべての攻撃を無力化するので、子猫はその間に目を覚まし、圧倒的な攻撃力で暗殺者を返り討ちにすれば良いからだ。
執事はそっとドアを閉じ、廊下で思案した。
(ミケを見張らねばならぬが、夜はお嬢様と襲撃せねばならぬ……忙しいの。猫の手でも借りたいものだ)
そうして廊下で2時間ほど待ち、老人が「寝すぎじゃね」と不安になっていると子猫が部屋から出てきた。獣人用の桃色のパジャマに身を包み、尻から子猫の尾を伸ばしている。
「にゃ……? 昨日の雑魚か」
子猫は寝ぼけていた。これが普通の少女なら暗殺も誘拐も容易いだろう。
「朝食のご用意がございます」
「にゃ? ならシェイクも欲しい。昨日飲んで気づいたが、マグのあれはMP回復薬であろ? びっくり。テンチョーや社員どもの薬はクソの味がするのに」
「ご明察でございます、騎士様」
老執事はミケを食堂へもてなし、「二度寝しろ」という念を送りながら朝食とシェイクを給仕した。子猫が白身魚の「むにえる」とやらをゆったり楽しんでいると、騎士団の女でルッツという鬼が食堂に来て、少しわざとらしい仕草で言う。
「うわ……」
「にゃ?」
「や、なんでもないです。わたし、なにも持ってません……」
ルッツはわざとらしく食堂を去り、去り際に執事へウィンクしてみせた——フォーコ婦人が化けている。
「にゃ……あいつ怪しい」
「追いかけますか?」
「にゃにゃ? しかし……昨日のハッセのアレに比べて、さすが貴族の料理人である……!」
子猫はにゃーにゃー悩みながら魚をおかわりして食べ終えたあとようやくルッツを——フォーコ婦人を追いかけ、老人は無駄な探索に付き合って日が沈むのを待った。
まあ、気絶させられなかっただけ今日の任務は上々と言えるだろう。
「にゃ……今日は収穫なし」
「ほほう、それじゃ昨日はなにかあったので?」
「にゃ……? べ、別にない!」
「左様でございますか」
日が沈むとようやく子猫は悔しそうに自室へ戻り、マガウルはすぐ倉庫に向かった。お嬢様が「実験室」と呼んでいる客間から騒々しい声が聞こえてくる。
「良いですか、お姉ちゃん! わたしの計算では、お姉ちゃんはこのメカで飛べますっ!」
「ふふフふ、ふらイはいッ!?」
「そーです! お姉ちゃんは大空を舞うのですっ!」
「おおー!? ほんとですかフィウッ!? アンが竜人様のごとく……!?」
客間では、ホウキを持ったロボを囲んで月と人狼の“強盗団”が今夜の計画を練っていた。
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