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第六章 スリー・オン・スリー
月と人狼の義賊団
しおりを挟む子狸ノールが倉庫に飛び込んで来たとき、焦燥しきっていたムサは危うく手を上げそうになった。
無言の狸は魔法使いの三角帽をキュッと引っ張って怯え、ムサは拳の代わりに怒鳴った。
「——勝手にどこに行ってたんすか!?」
「怒らないで、ムサさん! ノールはわたしとミケを助けてくれたの。その結果、ほら……!」
「はあ……?」
狸に続いて、倉庫に子狐が駆け込んで来る。
ユエフーはなぜかレテアリタ風の小洒落た青いメイド服を着ていて、性格はともかく可愛い顔を輝かせていた。
その胸に抱えた荷物に対し、同時に「鑑定」をかけた俺とパルテが叫ぶ。
「竜の爪!? ねえユエフー、それ……」
「ムサ、ユエフーが竜の爪を持ってるぜ!」
〈【竜の爪】は、竜が持つ生命の邪神の加護のために、様々な調合薬の効果を劇的に高めます。染料に混ぜて布を染めれば衣服の耐久力を大幅に高める他……〉
鑑定結果を教えてやるとムサは怒りから驚愕に表情を変え、俺たちは獣人2匹に屋敷の中での様子を聞いた。まあ、狸はひたすら無言で顔芸を見せるだけだったが。
「それでメイド服をパクって来たノールが、爪は倉庫から出してるかもって書くから見に行ったわけ。ほら、貴族って『不老不死の薬』とか好きでしょ? 調合用に削ろうとしてるかもって」
メイド服のユエフーはそうして屋敷での冒険を語り終え、店長が唸った。
「くそ、爪はすっげえ嬉しいが、竜皮の回収は無理だったか」
吸血鬼をムサが窘める。
「いやパルテ、初日の収穫としては充分すよ。撤収という判断は正解です。あまり動いて、変装がバレた時怖い。HPがあるミケはともかく、ユエフーは自己防衛できない可能性がある」
「それに、結局本物のマキリンとは会わなかったんでしょ? 爪はともかく、倉庫を開かせない限り竜皮の回収は無理だ。どうしたもんかな」
ムサは俺がマキリンの名を出すと一瞬表情を険しくしたが、すぐ平静を取り戻して青いメイド服の狐に聞いた。
「ミケは泊まりっすよね、今夜?」
「そうなりますね。今日の冒険は充分だから、貴族の天ぷら食べるって言ってたし……もう食べ終えて自室で寝てるかも」
「じゃあ、あんたを含めお子さんたちは帰りなさい。ずっとここに居てもナンダカさんたちが不審に思うかもですし……俺はここに倉庫を開いて、いつでもミケが逃げられる場所を確保しますから」
ムサの提案は合理的で、俺たちにはもうやれることがなかった。パルテの指示で俺はムサ用の飲み水を大量に用意し、最後に、子猫の見守り役をしてくれる盾に力を与えることにした。
「……なっ、うわっ、……マジすか」
検討した結果、教師スキルを経由して子猫と同じ〈鑑定Lv1〉を得たムサは、身の回りにあるモノすべてに「鑑定」とつぶやき、そのたび脳内に叡智の声を聞いて喜んだ。
「……これが鑑定持ちの気分なんすね。俺は魔法の才能がほとんど無いから、新鮮すよ。いつもは敵を倒した時しか聞こえない声が、ずっと頭の中に響く……!」
「アクシノさんと仲良くすれば詠唱無しの『連打』も許可してもらえますよ。MPは俺が持つので気にしなくて良いですし……あとそうだ、アクシノさまはお願いすれば叡智持ち同士で伝言してくれることがあります。まあ、できるかどうかは叡智サマの気分次第ですけど、味方同士が分断されているときは、そういう手もあるって頭に入れておくべきです」
〈——それはあまり期待すべきではありません。余程の事情が無い限り、叡智の女神は「ぷらいばしー」を尊重する方針です——〉
「くそっ、ケチ」
〈——聞こえましたよカオスこの野郎〉
神託を無線に使う手は無駄な外来語と共に却下されてしまったが、俺と叡智のやり取りはムサにも聞こえたようで、彼は耳に手を当てて微笑んだ。
「……へえ。眷属にはこういう感じの女神様なんすね」
俺たちはムサを倉庫に残して貴族街から引き返した。門は使わず、市民街とを区切る壁を乗り越えて戻った。
◇
貴族街から店に戻ると時刻は午後1時、ランチタイムで、社員さんが鬼の形相で大量の客をさばいていた。
5名いる社員のうちひとり——褐色の肌で子持ちの女性は鑑定持ちだがレベルは1で、レジ係として朝から硬貨の真贋を鑑定し続け、MP枯渇で気絶しそうになっていた。アクシノはMPさえ差し出せばお釣りの額まで神託してくれるが、彼女にそんな余裕は無い。小石を使ったそろばんで計算する手が小刻みに震えている。
ノールが無言で席を替わり、
「みんな苦労かけたね。でも、収穫はでかかったぜ? ——仕事が終わったら教える!」
皮ではないものの「爪」を入手した店長はニヨつきながら厨房に入って、バイトの俺とレバニラや旨辛ペペロンを炒めた。
子狐はメイド服のまま注文を取った。
ミケがいない分ウェイトレスのユエフーは激務になり、厨房の俺は「どん亀!」と怒鳴られたし、吸血鬼は「ヒル!」と罵倒されたが、今日は狐を恨む気になれない。
店が混雑すると、中には文句を言う奴が出てくる。冒険者は大半が粗野だし、漁師もキレると手が早い。いつもならそういった連中はミケにワンパンされるのだが、ユエフーはそこまで強くなかった。俺は調理中に何度も救助要請を受け、馬鹿をやった客が泣いて土下座するまで無詠唱の〈調速〉で転ばせることになった。
そんな遅れが重なって5時、ようやく客が少なくなり、厨房でユエフーや他の社員さんたちと余り物の餃子をおやつにしていると、金髪赤目のこども店長が興奮した顔で現れて俺の袖を引いた。
「なにさ?」
「写真だカッシェ、太客が来てる!」
厨房になっている2階から1階に下ると、テーブルの客はさすがに少なくなっていて、ゆっくり食事を楽しむ客に混じって日焼けした男が見えた。数日前に大金を落としてくれた船乗りのおっさんだ。
先日は息子を連れていた船乗りはひとりきりで、日替わり定食の豚丼を食べ終えると味噌汁を飲み干し、レジのタヌキへ金を払って店を出ていった。
「……ちぇ、また店員を連れて撮影するかと思ったのにな」
「俺は厨房に戻るぞ? そろそろ店も終わりだし、洗い物をしなきゃ」
パルテはつまらなそうな顔で船乗りがテーブルに残した食器の回収に向かい、俺は2階に戻ろうとした、その時だった。
「——全員、こい! ミケ——ああ、いないのかくそ——ユエフー、さっきの船乗りを追いかけてくれ!」
店長の怒鳴り声を聞いて俺は1階に引き返した。メイド服の子狐が不思議そうな顔で階段を降りてくる。
「追いかけろって言われても、もう、どこにいるかわからないわよ。なんなの? ノールがしっかり鑑定してるし、ニセ金を掴まされたわけでもないでしょ」
「その可能性を忘れてた……おいブック、あいつが払ったカネは本物か!?」
レジにぼんやり座っていた三つ編みの子狸は小首をかしげつつ親指を上げた。贋金では無いという意味だろう。
店長パルテは船乗りが残していった豚丼のどんぶりの前で震えていて、俺は吸血鬼の手元を見てようやくその理由がわかった。
船乗りは食べ終えた丼の下に蝋で封印した三つ折りの手紙を残していて、封を開くと、羊皮紙のメモには流麗な筆致のレテアリタ語で次のように書かれていた。
『 犯 行 予 告 』
メモはそんな言葉から始まっていた。
『暴虐たる三毛猫の店、パルテ・スレヴェルに告ぐ。
我ら“月と人狼の義賊団”は明日の深夜、貴様ら悪魔を討伐し、貴様らが常世様の深淵に隠している宝を奪うと決意した。
倉庫に宝を隠すべきではない。しからば我らは幼い吸血鬼を誘拐し、あらゆる拷問をためらわず、あらゆる手を以て常世様の倉庫を開かせる』
手紙の主は店長パルテの倉庫の中に「牙」があるのを知っているようだ。
『一方で、貴様らが正々堂々たる態度で我らを迎え撃つと言うなら、我らも正しい手段で戦うと誓おう。すなわちこれは決闘である!
我らの挑戦に受けて立つなら明日の夜に店を開き、店内の中央に牙を掲げよ。3名の戦士を用意したまえ。我らも3名で挑むからだ。
3対3の決闘を行おう。
——先述の通り、そうしなければ吸血鬼の命をいただく』
犯行予告は一方的に牙を倉庫から出すよう要求し、手紙の主は、最後に追伸と署名を残していた。
『まさか逃げたりしませんよね、カオスシェイドさん? ——気高き人狼ニョキシーと、あなたの古い友人たちより』
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