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第六章 スリー・オン・スリー
怪盗の三姉妹
しおりを挟む猫と狐を屋敷に放った俺たちは今、巨大な邸宅の建ち並ぶ貴族街の片隅に隠れている。
剣閃のムサは同じ倉庫持ちのパルテを感動させるような見事な位置取りで入り口を開いていて、鑑定連打ができる俺でもこれを発見するのは困難だろう。俺たちはラーナボルカ邸を囲む壁際に生えた、何気ない街路樹の影に開かれたムサの倉庫の中で息を殺していた。
Lv5を誇るムサの庫内は剣閃の仲間を泊められるよう快適な住居になっていて、家の前の小さな庭や建物の屋上には野菜のプランターが並んでいた。ナンダカは葉野菜が好きなので、どれも父さんが置いたものだ。
一度離れてしまうとミケやユエフーの様子は俺が持つ〈大本営〉経由でしかわからないが、このアプリは離れた仲間についてMPの動きくらいしか情報をくれないので、俺は子猫と狐のMPを凝視し、子猫のほうはHPも監視して、どうにか屋敷内部の動きを知ろうとした。
ユエフーが使用中の〈変化〉スキルは俺が〈教師〉経由でMPを負担している。3秒ごとに1MPを消費するが、変化が緩やかなので油断すると見逃しそうだ。
俺は子猫と狐が使う〈鑑定〉や〈変化〉のMP消費をグラフにして表示し、彼女ら自身が持つMPもグラフの別の曲線にして、線の変化を観察する——というようなことを〈計算〉アプリにやらせていた。
俺が生まれ持ったこのアプリはステータス画面と連携することが可能で、地球の計算ソフトと同様、セルの値を関数にできる。引数にステータス画面の値を指定すれば計算アプリは粛々と計算結果を表にしてくれるし、数表をグラフに描いてくれる。学生時代はグラフや表計算なんてクソだと思っていたが、使ってみると便利だね。
〈そろそろパルテが回復薬を飲むぞ……気の毒に。おまえの〈教師〉がレベル3ならね〉
叡智さんが同情し、可哀想な店長が俺の横で薬瓶を煽った。そのMP回復役は〈調合〉を持つ正社員のおばちゃんが丹精込めて調合してくれたものだったが、味はうんこだった。
「ぉあふ……」
吸血鬼のパルテは2人が出発する前に「飲ませろ」と命じて少女2人の人差し指に噛みつき、血の味を覚えて蚊を放っていた。店長の蚊は対象のMPやHPを知ることはできないが、距離を通知することができる。
「なんすか? あんたらなにを知りました?」
「なにもねえよ。薬がクソまずかっただけ……」
詳細を聞きたがるムサさんにパルテがむせながら答える中、
「——うわ、なにかあったぞ!?」
計算アプリでMPグラフを見張っていた俺は声を上げた。
グラフの動きを見た感じ、それまで毎秒3MPを消費していたユエフーが変化スキルを停止させたらしい。
そのことを大声で伝えると、ムサや店長より早く、無言のタヌキが決然とした顔で立ち上がった。
『見に行く』
千切った魔導書の1ページを俺たちに叩きつけるとノールは倉庫を飛び出してしまって、
「ダメすよ!」
ムサが止めようとスキルを発動したが、
〈——レテアリタ盾術:スタン・バッシュ——〉
「Φ皿Φ#」
〈——カウンター:腹鼓——〉
スキルはノールのお腹で反射されしまい、ムサは自分の雷撃を受けて痺れた。
「ダメですって……!」
それでも彼は止まらなかった。ムサはノールの丸いしっぽを掴もうとして、その時、俺と店長は同時に神託を受けた。
「「 行かせろ! ——と言ってる! 」」
俺とパルテが止めている間に敏捷に欠けた子狸は必死に走って屋敷に向かってしまい、俺と吸血鬼は大人の男性に怒鳴られた。
「あんたたち……どうして止めるんすか!? あの子になにかあったら——」
「大丈夫だ、ムサ。叡智を信じろよ!」
俺より早くパルテがタメ口で言った。
「というのも……おいカオス、説明を手伝え……叡智様の神託がいつもの数倍も早い!」
「ええと……アクシノが言うには、ミケがサボって、ノールは女で——おいパルテ、神託を聞く〈拝聴〉スキルはそっちのほうが上でしょ!?」
「1階の使用人室に行くと良いとか……とにかくムサ、少し不足の事態があったが、叡智アクシノが行かせたほうが得だと言ってる!」
ムサは俺たちが伝えた神託に顔をしかめ、いかにも「信じてない」という表情をしたが、大人びたため息をついて頷いた。
「……わかりましたよ。アクシノ様を信じます。……信じますからね?」
まあ、彼の気持ちはわからないでもない。
“嘘は嫌い”と言い張る女神は、ムサが十代の頃からずっと好きだった女を死んだことにしていたのだから。
◇
——ドアがコンコンとノックされ、泥棒猫を見守っていたファレシラは肝を冷やした。しかし叡智が短く告げ口する。
ドアが開かれ、叡智から同じ神託を受けていた子猫が親友に抱きついた。
「ノール!? どうして来た……なんで無理した!? ノールが書いた作戦と違う!」
子狸は興奮で顔を真赤にしながら無言でサムズアップし、身振り手振りで説明しようとしたが、すぐに諦めて魔導書に書いた。
『メイド服盗んだ』
走り書きの簡潔なメモは、猫と狐に必要十分だった。
「「 すごい! 」」
狐と猫に褒められると三つ編みのタヌキはぽりぽりと頭を掻いて照れくさそうに微笑み、どうやってパクったかは知らないが、狐に青いメイド服を押し付けた。
部屋には十代の少女しかいない。ユエフーが黒い学生服を脱ぎ、静かに白い肌を見せた。いつも気にしている少年の前では絶対に見せない油断した姿だ。ユエフーは下着姿で鎧や制服を床に放置し、メイド服に着替えた。
その横では魔法使いのような服装の狸が魔導書にメッセージを書き込んでいた。
「にゃ。なるほど……ユエフーが変化スキルを解除したせいで慌てさせてしまったか」
狸は書くかわりに頷いた。子猫が狐に声をかける。
「わかった。とりあえずユエフーはメイドに化けて。ノールは……こうなったら一緒に来る。鑑定で宝探しを手伝って」
狸が再び頷いて羽ペンを手に取り、メイド服に着替えた狐が〈変身〉を使用した。
「了解。この服に一番体型が近い人に化けるわ……」
「にゃ。それとノールが新しい台本を書いてる……ユエフーは怖いメイドさんとして、門番をサボってるミケを屋敷に連れてきた設定! それに……」
メイドに化けたコン・フォーコが魔導書を覗き込み、モデルにした若いメイドの声で言った。
「なるほどね。階段を左に進んだここが子犬の部屋だとすれば、階段を右に……逆に進んだほうの角部屋には、きっと子犬に匹敵するほど偉い奴が泊まってる……?」
「にゃ。ノールはそこに竜の欠片があるかもとゆってる!」
「(>_<)b」
3匹の獣人は静かに角部屋を出た。その頭上には2匹の蝶が舞っていて、ファレシラの耳元に叡智の声が響く。気がつくと屋敷の天井に1匹の黒いヤモリが張り付いていて、蝶を睨んでいた。
〈……ったく。あなた方、そばで見ていたのならどうして階段を左に……屋敷の西側に進ませたのですか。ここは角部屋とはいえ西日が差す部屋です。見晴らしの良い部屋ではありますが、東側より劣った部屋だ。子猫も狐も、常識で考えたら東に行くでしょ? 家で一番偉い奴は南か東の部屋にいるものですよ。
実に簡単な2択だったのに、あまつさえ泥棒とか……おいニケ、これは貸しだぞ。嘘は嫌いなのにワタシは言い訳じみた神託をせねばならなかったし、おかげでワタシの眷属たちがムサの庫内で混乱している〉
〈——はあ? んなもん先に言えよ石頭。わたしのミケが西だの東だの考えるわけねえだろ? 事前に予想できなかった叡智()のせいだ〉
〈なんだと脳筋〉
〈やんのか貧乳〉
〈……わくわく!〉
世界神ファレシラは、神どもの痴話喧嘩を無視して子猫たちについて行った。
——休暇中だし、みんな気楽で楽しそうだね。わたしはずっと心配なんだけど。
しかしファレシラのそれは杞憂に終わった。
階段を下り、東側に入った3匹は誰にも見られず奥の部屋まで進み、子猫がピッキングする。
「(゚Д゚≡゚Д゚)っつ!?」
子狸が無言で鑑定を3回ほど発動し、食器棚を指さした。狐がドアの外を警戒する中、ミケは棚を物色し、ふと思い立って戸棚の上に登り、布にくるまれた象牙のような物体を発見した。興奮で手が震えている。
「にゃ、ノール、これか……!?」
「ヽ゚(Д゚)ノ!! m9(>Д<*)」
3匹の小動物は無言でガッツポーズを決め、メイドが他の2匹にささやいた。
「任務は3日もあるんだし、今日の成果はこれで充分よ。戻りましょ!」
「にゃ。子猫は貴族のお昼ごはんを食べに行く!」
ミケは2人を玄関で見送り、狐と狸はムサの倉庫に飛び込んだ。
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