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第六章 スリー・オン・スリー
三毛猫の出勤
しおりを挟むミケが従者に連れ去られたあと俺はすぐ自宅に戻ってムサを呼び出し、店に戻るとパルテも飯屋の仕込みや弁当の設置を終えていた。
弁当こそ別の業者に委託しているものの、俺が店から外れるので今日は写真屋は無しだし、調理場ではレンジも炊飯器も使えない。ウェイトレスの狐も、レジ係のタヌキもバイトを休むことになる。
正社員のおばちゃんたちは人手不足に不安そうだったが、さすがに仲間のミケをひとりで放置するわけにもいかず、吸血鬼は激怒していた。
「ラーナボルカのクソがっ、今日から任務なら事前に言えってんだよ。貴族はおれたち商人の都合なんていつでも無視だ。命令すれば済むと思ってやがる」
「そんなに怒らないでよパルテ・スレヴェル。ミケのためだわ。3日くらい営業できなくても破産なんてしないでしょ?」
「……バイトは気楽で良いよな。今度おまえに死ぬほど新作のケーキを焼かせてやる」
朝10時、不満たらたらの店長をユエフーが慰め、俺たちは貴族街に向かった。
市民の街と貴族とを隔てる長い大理石の階段を上がると、そこには新人の騎士がいた。俺が鍛えた銀色の鎧を身にまとった新米騎士は、俺たちを見るなり胡乱な表情を見せ、不慣れな槍を向けて来た。
「にゃにゃ!? これは怪しい……ひとりは暗黒のカオス野郎だし、もうひとりはドケチで有名な吸血鬼。剣閃のマリモは女に飢えた危ない奴だし、乳がぷよぷよのタヌキはなにも喋らぬ……これは排除かにゃ? きさまらが超偉い騎士様に逆らえばぶっ殺す方向で☆」
「リーダー、戯言は良いから」
店長が不満げに言い、その隣に立った黒髪の女も同調する。
「——あら小娘、このわたしを通さないつもり?」
黒い全身鎧を身に付けたマキリンが言った。この4日で急ごしらえした鎧のため形は似ていても防御力はほぼ無いが、下に「学生服」を着ているから問題なかろう。肉体だけで服装は偽装できないのがあいつのスキルの欠点だ。
騎士になったミケが門番をさせられるということは事前にわかっていた。
前々から打ち合わせした通り貴族街の門を守っているのはミケだけで、他に兵士はひとりもいない。
女騎士ミケは、貴族マキリンにわざとらしく平伏した。
「ははー、セレーナ様! 貴族サマはおとうりくだせー」
「この者たちはわたしの従者よ、ミケ。一緒に通しなさい」
「かしこまりー☆」
門番のミケがふざけた調子で門を開き、マキリンが俺たちを引き連れて堂々と門を通る。
門の脇には門番の詰め所になっている東屋があり、そこには2人の老人がうつ伏せに倒れていた。どちらも白髪で、ひとりは鎧を着た騎士で、もうひとりは黒の燕尾服を着ている。たぶんラーナボルカの執事かなにかだろう。
ボクは恐々と聞いた。
「……ねえミケさん、まさかぬっ殺してないよね?」
「案ずるな。先日の件で三毛猫は手加減を覚えたのです……この爺さんたちは子猫と一緒に門番をするとゆって聞かないので、適当に難癖をつけて半殺しにしただけ」
新人騎士は門番の役目をほったらかしにして俺たちについてきた。
「にゃ。それよりカッシェの『挑発作戦』は失敗だった。子猫はまことに不本意ながら連中の前で心ならぬ悪態をついてみたのだが、奴らは意外と我慢強くて情報を漏らさない……子犬がどこかは不明。しかし朗報もあって、たぶんシレーナが——ほんとのマキリンが、倉庫の中に竜の素材を隠してるとわかった」
「……あの人の倉庫を開かせないとダメってことすか」
思いつめたような顔でムサがつぶやき、
「マジかよ? だとすると、このマキリンを連れてきたのは失敗かもな……」
店長が顔をしかめて隣に立つマキリンを見る。
ミケに案内されながらそんな話をして貴族街を進むと、なだらかな丘の先に領主の館が見えてきた。
ラーナボルカの宮殿は4階建てで、建物の前には噴水のあるよく手入れされた庭があり、敷地全体が3メートルはありそうな高い壁で覆われている。
三毛猫騎士の案内で屋敷に近づいた俺たちは、とりあえず吸血鬼に密偵を頼んだ。
教師スキルを経由して俺のMPを使いまくった店長は、顔の周辺に大量の蚊を舞わせながら舌打ちし、蚊柱を左手の薬指に戻した。
「……ダメだ、子犬の場所は不明。どういうわけか屋敷からあいつの血の臭いが消えている……でかい屋敷だし、どこかに隠し部屋があるのかもな。嫌だけど、ボコボコにしたときマキリンの血を舐めて覚えておくべきだったぜ」
「竜の素材はどうだ?」
俺は尋ねた。
血の匂いを追う吸血鬼パルテのスキルは、別に人間だけを対象としない。モンスターの血でも追えるし、店長はリドウスさんから高値で買い取った「竜の牙」を事前に舐めていた。
「だめだ、そっちも臭いが見当たらない。リーダーが得た情報通り、牙はマキリンの倉庫にあるんだろう。おれのユスリカたちは入り口が開かれていない限り倉庫の中へ入れないし……そう考えると、実は子犬も倉庫の中かもな」
「にゃ、ありそう! ニョキシーは、マキリンの倉庫で泥棒を待ち構えてる?」
「——どうすかね。それだと空気の入れ替が必要すよ」
レベル5の倉庫持ちが口を挟んだ。ムサは思い出すように言った。
「パルテのスキルは、入り口さえ開いていれば倉庫の中も探索できるわけですよね? 服屋であいつが倉庫を開いたとき——あのひとの倉庫はせいぜい俺のと同じ広さに見えました。レベル5程度す。もっと広い倉庫じゃない限り、入り口を開きっぱなしにしないと中の人間は窒息です」
俺は5年前〈常世の栞〉を持つ小鬼が倉庫の中に広大な屋敷を持っているのを見たし、中で料理し休憩もしたが、あのような規模の倉庫を持つ術者が都合良く居るとは考えにくい。
無言のタヌキが魔導書に羽ペンを走らせた。
「φ(ΦДΦ*) 『ならば、突撃あるのみです!』」
ノールはメッセージを親友2人に見せると、さらに魔導書の数ページを引きちぎって俺たちに見せた。
『——作戦——』
いつ書いたのか知らないが、それはタヌキが考案した台本だった。親友2人が命を張っているからだろう、ノールはこの先起こりうる状況について懸命に想像し、各局面での対応をフローチャートにしていて、同じ叡智持ちの俺と店長は全力で検討し、ムサさんが俺たちに聞いた。
「どうすかカッシェ、パルテも」
「……そっすね、良いと思いますよ。少なくともアクシノは反対してないし、『いいから早く行動に移せ馬鹿』って怒られました。ミケの任期が3日しかないから焦ってるみたいだ」
「おれもだ。叡智様が『やっておしまいなさい』と神託して……つか前々から思ってたけどさ、叡智様ってカオスシェイドに当たりが強くないか? おれには丁寧な言い方だったぞ」
「え、そうなのあの絶壁?」
まな板女がどうしてボクを差別するのかはわからないが、俺たちの発言にマキリンがうめいた。
「うぇぇ……ほんとにわたしがやらなきゃダメ? バレたら怖いんだけど……」
「にゃ。マキリン。冒険者は『冒険』するのが仕事であるぞ?」
「m9(>_<*)☆」
マキリンが抗議したが、親友の猫と狸が励ました。
狐獣人に固有の〈変化〉スキルでマキリンに変装中のユエフー・コン・フォーコは、子猫と一緒に鎧をガシャつかせながら領主館の正門に近づいた。
姿も声もマキリンの子狐が、妙にハキハキとした口調で子猫に確認する。
「ねえミケ、やばくなったらほんとにわたしを守ってよね? あなたと比べてわたしは全然弱いんだからね!?」
「にゃ? ……子猫はきっと善処できます」
「え、なにその曖昧な言葉」
「——他のガキどもは俺の倉庫に!」
ミケが楽しそうにマキリンの腕を引っ張り、〈剣閃〉の盾職はジュラルミンの盾を構えて素早く詠唱した。領主の館の壁際に倉庫の入り口が小さく開かれ、子猫とユエフー以外を中に入れる。
入り口の前で盾を構え、ムサは真剣な顔で少女たちに告げた。
「いいすか2人とも、この場所を忘れないでください。危なくなったらすぐ逃げるんです。俺の倉庫まで戻ったら、盾として、俺が必ずあんたらを守りますから」
かっこいいねぇ。このひとどうしてモテないのかな。
〈彼の防具に刻まれた銘のせいでは?〉
……叡智さんがなにを言っているのか、ボクにはわからないなぁ。
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