上 下
92 / 158
第五章 人狼の夜

神明裁判 1

しおりを挟む

「いい加減起きなさいよ、あなた猫なの? にゃーって鳴いたら寝るのを許してあげるわ」
「……にゃー」

 ふと目覚め、試しに鳴いてみるとユエフーは俺の足を蹴った。嘘つきめ。

 俺は座席が半円形に並んだ暗いホールの中にいた。石柱に支えられた天井は高く、重苦しい雰囲気で、俺やユエフーはホールの入り口から見て左側の席に座り、右側には銀色の鎧に身を包んだ4名の騎士がいる。

 半円形の座席に囲まれた中央部分は開けたスペースがあり、石の床には魔法陣が刻まれている。5年前に刻んだ極大魔法・鑑定の図に良く似ているが、細部が異なる特殊な図柄だ。

 魔法陣の奥には大理石で作られた叡智の女神像があり……なんということだ。本物より150%くらい巨乳に彫られているッ。詐欺だッ。

「……ここ、裁判所?」

 小声で狐に尋ねると、ユエフーは唇に人差し指を当てた。

「静かに。ギルドの地下1階」

 薄暗い法廷にはランプの火が浮かび、正確さを欠いた像の左右にこの街の最高権力を持つ2人の人物が椅子とテーブルを並べている。左側にはギルドマスターが座り、右側には太った白髪の貴族だ。光沢のある白いシャツに上等な赤い毛皮のマントを纏い、いかにも金持ちの権力者という見た目をしている。

 伯爵のラーナボルカは手駒の騎士が裁判にかけられているのに堂々と胸を張っていて、娘が心配でたまらないといった顔のポコニャさんとは正反対だった。

 ラーナボルカは咳払いして口を開いた。

「……では、マスターよ。法に則り裁判を始めよう。本来であれば我々はどちらも街の者たちとは独立した立場で裁判を見守るべきであるが、今回はどちらも被告に関わりを持つ。しかしわたしは、偉大なる国家の定めた法を遵守し、公平な立場で神の裁きを見届けると星辰ファレシラ様に誓う」
「にゃ……ち、誓う。ギルドも歌の女神様に誓う」

 ポコニャさんは嫌そうに邪神へ誓いを立て、娘を見つめて言った。

「にゃ。この裁判では2件の訴えを同時に処理するものとする。はじめに、我ら冒険者ギルドおよびラーナボルカ市は、そちらの第四近衛兵団から貴族の騎士3名が冒険者ミケに殺害されたとの訴えを受けた。レテアリタ刑法により市民が貴族を殺害した場合、正当な理由がなければ、その市民は……死刑になる」

 俺たちが座る左側の座席の一番隅にはミケが堂々と座っていて、母親からの「死刑」の警告にあくびを返した。

「その訴えと同時に——」

 ラーナボルカが重苦しい口調で言った。

「我らラーナボルカ市および冒険者ギルドは、そこな仕立屋パルテから貴族による強盗被害の訴えを受けた。自己防衛のため、高貴なる騎士3名を殺害せざるを得なかったと」

 ミケの隣にはパルテがいて、さらに隣にはあいつの両親とエプノメじいさんがいた。

 右側の席で4人の騎士が銀の鎧をガチャつかせた。犯行時の装備とは違うが、全員が兜を脱いでいる。

 ひとりは鹿の獣人だろう。頭から長い茶色の角を生やした若い男で、不安そうな顔で周囲を見回している。

 もうひとりは兜の呼吸口にストローを突っ込んで黙々となにかを飲んでいる女で、銀色のフルフェイスのため顔はわからないが、体格的に少女に見えた。

(……あれがニョキシー?)
〈——鑑定は阻害されました。不徳のコインの効果だと思われます——おいカオス、鑑定は控えろ。この国の法律上、裁判所でのむやみな鑑定は犯罪になるぞ〉

 即座に鑑定した俺は叡智から警告を受け、心の中で念じた。

(……おいアクシノ。いい加減、ミケがどうなるのか教えろよ)
〈教えなくてもすぐにわかるさ。それよりあとでロボについてもっと鑑定したまえ。これほど重要な情報をワタシに隠していたとは……貴様ジビカの眷属か?〉
(たかがロボットがなんだってんだよ? 突然気絶させやがって)

 俺は苛ついて何度も抗議を念じたが、貧乳を連呼してもアクシノは俺をシカトしやがった。


 騎士団のうち、残る2人は知っている顔だ。

 ひとりはあのムカつく門番で、青色の前髪をキザったらしく垂らし、俺たちのほうを馬鹿にした顔で見つめている。兜は脱いでいて、語尾にフォイとか付けそうな皮肉顔を晒している。

 もうひとりの女はホール中央に描かれた魔法陣をじっと見つめていた。遠目では黒にも見える深い紺色の髪で、背中には翼竜のような羽が生えている。

 マキリンも兜を付けていなかったが、あの女は鹿の獣人よりも怯えているように見えた。

「——さて、仮に事件現場にひとりの鑑定持ちも居ない場合は裁判で詳しく検証するのだが」

 ラーナボルカが言った。

「今回の事件では、その現場に3名もの鑑定持ちがいた。ならば武器を持った騎士の死体や、シャシンとかいう似顔絵は証拠にならない。そんなくだらない証拠より、叡智アクシノ様の神託こそが正しい裁きとなる——これはレテアリタ法で定められた正当な手順だが、ギルド側もそれでよろしいな?」
「——はあ?」

 俺は思わず声を上げてしまい、法廷にいる全員から視線を浴びた。隣に座ったユエフーが俺を蹴りまくる。

「黙って! 馬鹿なの?」
「でも……証拠は無視ってなんだよ? 証拠があるなら神託よりそっちが優先だろ!?」

 俺は小声で狐に反論したが、狐は不思議そうな顔をした。

「……なにを言ってるの? 証拠の物品やら証言なんて、いくらでも捏造できるし嘘をつけるじゃない。この世に神様の言葉より正しいものは無いわ」
「アクシノが嘘をついたらどうするんだよ?」
「どうして女神が嘘をつくのよ」

 俺は反論しようとしたが、ユエフーに言っても無駄だと気づいた。こいつは裁判長でもなんでもないし、そもそもこの法廷には地球の裁判長のような存在が存在しない。弁護士すら居ねえ。

 絶対的な権力を持つもの——この場合は冒険の神ニケに任じられたギルマスと国家が階級を与えた伯爵と、そして叡智アクシノが市民の罪と罰を一方的に決めつける。

 どうやらそれがレテアリタ帝国の法律のようだが、要するに、市民の意見が反映される余地は一切無い。この惑星に民主主義は無いのか。

「……以上の通り、我々はどちらも私情によって神託を偽装する可能性があるため、今回は国家とギルド、双方が鑑定持ちを出すものとする」

 ラーナボルカが宣言すると左側の席から俺たちを談話室に案内してくれた小太りのギルド職員が魔法陣に立ち、右側の席からも黒服を着た使用人のような男が現れて魔法陣に入った。ラーナボルカが号令を下す。

「——裁きを」
「「 鑑定 」」

 伯爵の掛け声とともに2人の鑑定持ちは短い詠唱を行い、青白く発光する魔法陣の上に、黒髪の女神が顕現した。

「アクシノ……」
『——鑑定結果を下します——』

 顕現した女神は俺の声に聞く耳も持たずラーナボルカとポコニャさんに告げた。

『——仕立屋パルテの訴えを認めます。店は確かに強盗の被害を受けましたし、ワタシは眷属の目を通じてそれを見ていましたから、反論は許されません。騎士団は店の被害を弁償し、かつ罰金を支払いなさい。支払いが困難であれば、領主ラーナボルカが責任を持つ必要があります——』

 ポコニャさんがグッと両手を握りしめて喜んだ。ミケのすぐ真後ろの席でヒゲのラヴァナさんも吠えた。ミケは「当然」とばかり無言でふんぞり返っている。

『——ただし、そこな三毛猫ミケもまた有罪とします。レテアリタ帝国の定める法によれば、たとえ強盗であっても高貴な身分を殺害することは過剰な防衛とみなされることがあり、今回の件はそれに該当すると判断します——』
「「 にゃ!? 」」

 母と娘が同時に「にゃ」と鳴き、俺を含めたミケ側は全員が抗議の声を上げたが、アクシノは無視して〈神託〉を続けた。

『ラーナボルカ市第四近衛兵団は、ミケの過剰な防衛行為のために人員を失いました。よって、ミケは殺害した1名につき1日、騎士団に所属して彼らの仕事を手伝いなさい。ミケのための鎧が必要ですから、ラーナボルカは準備しなさい。用意ができ次第、ミケは第四近衛兵団に所属し3日間の兵役をこなさなければなりません』

 抗議していた俺は即座に黙った。それはパルテも同じだったが、事情を知らないポコニャさんや、意味を理解していないミケはまだブーブーと文句を垂れている。

(……それが狙いだったのかよ)

 俺はほっとして、脳内で念じた。

〈——悪いようにはしないと言っただろ。ワタシは嘘より真実を好む〉

 アクシノは俺だけに聞こえる声で軽く返すと、領主ラーナボルカやポコニャさんに対して判決の理由をつらつらと述べ、俺は〈作文〉アプリに判決をメモした。

 座席を立ってリドウスさんに近づく。

「……ミケを泥棒どものスパイにできました。あいつが竜の皮を取り戻してくれるかも!」

 黒い眼帯をつけたリドウスさんは嬉しくてたまらないようで、俺のささやきに何度も頷いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

死んだのに異世界に転生しました!

drop
ファンタジー
友人が車に引かれそうになったところを助けて引かれ死んでしまった夜乃 凪(よるの なぎ)。死ぬはずの夜乃は神様により別の世界に転生することになった。 この物語は異世界テンプレ要素が多いです。 主人公最強&チートですね 主人公のキャラ崩壊具合はそうゆうものだと思ってください! 初めて書くので 読みづらい部分や誤字が沢山あると思います。 それでもいいという方はどうぞ! (本編は完結しました)

処理中です...