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第五章 人狼の夜

裁判官への賄賂

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 よく晴れた午後のラーナボルカ市を歩き、リドウスさんを連れてギルドに戻った俺たちは、カウンターにいた中年太りの職員さんにギルドの3階へ案内してもらった。

 長い通路の両側にあるいくつもの部屋はすべて談話室で、ギルドが混雑している場合、Cランク以上の冒険者を含むパーティはここで収穫を買い取ってもらえるそうだ。すでにCランクのムサは特に珍しいという顔もせず職員の案内に従った。マキリンの顔写真は決して手放そうとしない。

 職員さんに案内してもらった部屋に入ると、室内は小粋で軽妙なギターの音で溢れていた。

 居心地の良い部屋だ。

 ふかふかのソファに囲まれた低い木のテーブルには清潔なクロスがかけられていて、壁には冒険者ギルドに相応しいニケと思われる絵画があり、ギルマスが女性だからか、花を生けた花瓶が添えられている。白いカーテンのある2つの窓はどちらも開け放たれていて、西の海から流れてきた秋風がカーテンを揺らしていた。

 ソファでは殺人容疑の子猫が丸くなっていた。白と茶とオレンジの複雑な髪色を持つ子猫は眠たいようで、あくびをしながら自分の倉庫を開き、中から山芋のチップス(のり塩味)を取り出して食べている。この街にじゃがいもは無いので俺が作った代用品だ。

「にゃ。やらんが?」
「くれと頼んだ覚えはないよ——それよりポコニャさんは? 事情聴取は終わったのか」
「領主のアホを呼びに行くとゆってた。ママはギルマスで偉いから、門番は顔パス! 裁判までここで待ってろとゆわれている」
「それで娘よ、ママはおまえがどうなると言ってた? 相手は絶対泥棒なんだな?」
「にゃ。父よ。証拠ならたくさんあるが?」

 付き添っていたラヴァナさんが割り込み、娘に詳しく聞き始めた。ムサとリドウスさんは空いているソファに座り、俺は他のメンツを見渡した。

 こども店長のパルテは黒の紳士服から伸ばした羽をパタつかせながら「レテアリタ法」と書かれた分厚い羊皮紙の本に目を通し、別の白紙に羽ペンでなにか書いていた。ギルドや領主への被害届だと思うが、邪魔しちゃ悪いので声をかけるのはやめておこう。その隣には魔法使いそのままの服装をした子狸ノールがいて、店長と一緒に法的に効力のある訴状について筆談で検討している。

 室内に流れる音楽の正体は黄金色の髪をツーサイドアップにした子狐だ。

 ユエフー・コン・フォーコは窓の木枠に腰掛け、俺が昔使っていたギターを鳴らしていた。あのギターは店長が彼女を客寄せパンダに決めた時に俺が譲ったもので、ウユギワ時代はオークのガットを張っていたが、鍛冶がカンストした今は俺が作った金属弦に変えている。

 ユエフーはそんなギターでルパン●世のテーマを弾いていた。冒険者ギルドという場所にはマッチした曲だと思うが、強盗(撃退)殺人事件の裁判を待つ状況で演奏するような曲じゃねえな。

 しかし子狐の演奏はとても上手で、もうひとつの窓には鳩とカラス、それにスズメが止まり、まるで演奏に聞き入るかのようにじっとしている。

 小鳥に音楽がわかるとは思えないが、演奏法を教えた者としては止める気になれなかった。

(……おいアクシノ。さっきの話の続きだが……)

 俺は結局誰にも話しかけず、黙ってソファに座りながら念じた。

(どうしてミケの裁判についてなにも教えない? 聞いた感じじゃ、このあとあんたがミケを裁くんだろ?)
〈しつこいな、さすがにキレるぞ。ワタシは今日、これでも機嫌が良いほうなんだ〉
(さっきも言ってたな、それ? どんな良い事があったんだ)
〈言えないね。地球の概念でいう「ぷらいばしー」だ。おまえらとは別の連中の話だし、おまえが聞いてどうなるわけでもあるまい?〉

 アクシノさんはそっけなかった。いつでも生真面目に答えてくれる地球の大規模言語モデルを見習ってもらいたいね。

(……なら、ユエフーが演奏中だから無詠唱で〈鑑定〉したい。つっても嫌な質問じゃないぞ。地球の「写真週刊誌」について鑑定を願うから、MPは好きなだけ持っていけ)

 ゼロ歳からこっち何度もやっていることだが、俺は叡智アクシノを通じて地球のものを〈鑑定〉し、作り方を知ることができる。

 ただし、これは叡智アクシノが地球について全知であるということではない。

 叡智アクシノはあくまでこの惑星について「叡智」を名乗る神なのであって、俺が地球で見聞きした物事について「鑑定」し、コストとしてMPを支払った時にだけ地球について知ることができるし、俺が鑑定しない限り地球についてなにも知ることができない。きっかけが無ければ無知のままだということだ。

 いわば地球に対する「鑑定」は、知りたいワードを俺に代わって叡智にググってもらうようなものだが、これはある種の賄賂として使えた。

〈写真はともかく、シューカンシ……? よかろう。少し待て〉

 叡智の女神は知らないものに触れるのがとても好きらしく、アクシノは遠い未知の惑星たる地球の情報を「鑑定」すると、いつも嬉しそうに応じてくれる。初めて「インターネット」を鑑定したときなんて丸一日声を弾ませていた。

〈……ほう。おまえの星には写真週刊誌というものがあり、自分と無関係な男女の色事を書き立てる本が売られているのか。相変わらずわけのわからない土地だな〉

 地球の情報は料金が高い。俺から307もMPを奪ったあと、アクシノがどこか嬉しそうに答えた。賄賂は効いたかな。

(わかったか。地球人は知りたがりなの。自分に無関係でも、知る意味が無くても、知りたいものにはカネを払ってでも知ろうとするの)
〈この星の連中も見習うべき態度だな。ワタシは近年おまえを観察して反省しているのだが、どうもワタシは人々の鑑定に応じすぎていると思う。おまえの星の住人は知恵と努力によって星々の微妙な角度から時刻を算出するが、この惑星では「鑑定」の一言でワタシが正確な時刻を告げてしまう。こんな調子ではおまえの星のように「科学」が進歩するはずがない。他にも——〉
(……おいおい、話題をそらすなよ。それで、アクシノさんはどうして機嫌が良いの? 教えてくれ)
〈無意味な質問だな。すでに答えを語ったと思うが? ワタシは近年、眷属からの鑑定に素直に応じすぎるのは良くないと思い始めている。それは文明の進歩を妨げるからだ〉

 くそっ。貧乳はいつもずるい。

〈ふはは。今の発言は聞かなかったことにしてやろう。先述した通り、ワタシは機嫌が良い……仕方ないから小出しにしてやるが、いくら地球の人間でも、自動でものを考えられる人形や、それが繰り出す空を飛ぶ拳を見たことはあるまい?〉
(……なんの皮肉だ? ロボのロケットパンチのことだろ)

 ——そう応じた瞬間、俺は5年ぶりに感じる強烈な吐き気に襲われた。

 真夜中に両親に隠れて鎧を打ったときと同じ、MP枯渇寸前の酩酊感だ——そう思って目線だけでステータスを開くと、案の定、凄まじい勢いでMPが減っていく。瞬きする間に1万ものMPが消費され、気絶しそうな意識の中、俺は絶壁の女神様の震え声を聞いた。

〈なん……だと……? ロボット? ロケットパンチ……?〉
(ちょ……鑑定してない! アクシノさん、ボク、鑑定してないけど!?)
〈うるさい。黙れ。おまえ無詠唱を願っただろ!? MPも自由に使えと言った! 10万馬力? GPTモデル? くそっ、地球にはもうアレがあるのか……!?〉

 俺はソファに腰掛けたまま前向きに倒れ、額をテーブルに激しく打った。

「ちょっと、どうしたのよカオス!?」

 ユエフーが演奏を中断して叫ぶ声が聞こえた。

「にゃにゃ? 子猫に算数を教えるたびいつも『寝るな』と生意気だったカオスシェイドも、ついに三毛猫のレベルに追いつきましたか……☆」

 偉そうににゃーにゃー言う声も聞こえたが、おまえら俺をカオスって呼ぶんじゃねえ。

 気が遠くなってきた。俺は気絶する直前、どうせ寝るならとメニュー画面のボタンを押した。

〈再起動〉


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