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第五章 人狼の夜
未知の物体
しおりを挟む女神ファレシラは白い鳩の姿で老人の戦いを見守っていた。
横で滅茶苦茶興奮してやがるカラスの予想した通り、老人とアレはAランク冒険者を殺すつもりは無いようだ。叡智がフォーコ婦人に「ファレシラのクエストを匂わせろ、歌にビビっておまえたちに手を出しにくくなる」と神託したのが有効だったらしい——わたしはどこかの番長か。
「うおお、すっげえ! 手が飛びましたよ常世、見ました!? 空飛ぶパンチだ!」
「わくわく! 鉄のワイヤでつながっている……!?」
小鬼の子が作った物体は、叡智によると「定義不能のなにか」で、強いて言うならゴーレムに近いものだそうだ。
ゴーレムというのは土系スキルや氷系のスキルを持つ術者、あるいは最近カオス()が自力で獲得しつつある錬金系の術者が使うスキルで、土や氷、あるいは金属の塊を人形に成型して術者の思い通りに動かす。そして、あれを作った小鬼には、月の邪神どものうち氷と土の加護があった。
しかしあれはゴーレムと決定的に異なる。
ゴーレムはあくまで術者がMPで動かすお人形であり、自分自身の意思というものを持たない。手を挙げるのも下げるのも術者が指示する必要があるし、喋らせたければ術者がセリフを考える必要があった。
小鬼の子フィウはそれが気に入らず、この5年、あらゆる魔術に傾倒して研究に励み、ついに星々を包む強大な女神からの加護を獲得した。ワクワクさんの加護だ。
前々から栞を付けて見守っていたアレから加護を得た小鬼は邪神レファラドの〈月の眷属〉を引き剥がして〈常世の眷属〉に生まれ変わり、それはファレシラとしては嬉しいことだったが……。
(常世が眷属に選ぶ子は、相変わらず不気味なのばっかりね……)
死霊魔術——最近のマガウルは滅多に使わないが、老人はかつて自分が殺した人間を操り、生きているように見せかけて操るスキルを得意としていた。
イサウから娘を誘拐したときもそうだ。イサウは当時ですらAランクの凄腕であり、普通に戦えば勝てない。そこでマガウルは彼の仲間をまず殺し、死体を操って盗ませたのだが、あのスキルの禍々しいところは、術者が詳しく指示を出さずとも操られた死体は生前の記憶を持ったまま、生前と同じように受け答えする部分にある。
殺人鬼と同じスキルを得たフィウは、それはもう盛大にヒトをぶっ殺しまくった。
虐殺したのは犯罪者だし構わないのだが、王国から毎日供給される死刑囚を意識的に「実験台」にした小鬼は、単なるレベリングではない実践的な魔術の行使で急激にステータスを向上させたし、殺した罪人を必ず常世のスキルで操った。
しかし、反則に思える死霊魔術には2つの制限がある。
ひとつは死体が存在していることで、もうひとつは、自分が殺した相手でなければ操れないという制限だ。
小鬼の目的は死なせてしまった「お姉ちゃん」の復活だったが、小鬼は死霊魔術のどちらの条件も満たしていなかった。
——シュコニの死体は灰になってしまったし、小鬼が彼女を殺したわけでもない。
それでも小鬼は諦めずに死刑囚を殺し、その死体で実験を重ね……自分が氷と土で作ったゴーレムに、ある日、ついに「魂のようなもの」を吹き込むことに成功した。
ファレシラが大騒ぎの小鳥どもと見物する中、小鬼が作り出した作品は人外の動きを見せてAランクのコン・フォーコ夫妻と互角に戦った。
漁師たちが逃げ惑う中、メイドは突然両腕を切り離して「空飛ぶパンチ」を繰り出し、フォーコの父が回避すると、その奥に立っていた船のマストをその手で掴んだ。飛び出した手は鋼鉄のワイヤで本体と繋がれていて、ワイヤが巻き戻る。
黒メイドはワイヤに引かれて空へ飛び上がり、両目に仕込んだ魔眼を赤く変色させて熱線を出した。船着き場の石畳がえぐられるように溶け、フォーコ婦人のつま先で発動が止まる。婦人は腰を抜かした。
「足は平気か、おい!?」
「やばいよあんた、なんだいあれは!? 殺すつもりは無いみたいだが、どうすりゃいい!?」
「俺も戦い方がわからん! あんな動きをする相手、迷宮には……叡智様の神託はなんて!?」
「個体名はアン! それ以外は鑑定不能……と言うより、まだ一般名を付けられていない、未知の物体だって! アレはものを考える物体だ!」
「あの女が『物体』!? どういう意味だよ!? ——くそっ、使えねえ女神だ!」
隣でカラスが「なんだとこの野郎」と唸ったが、鳩はスズメと一緒に楽しげに鳴いた。
それでも夫妻はさすがAランクで、親父のほうはワイヤでころころと間合いを変えるメイドに〈印地〉スキルで投石し、動きを制限したところで婦人が魔術を命中させた。ノモヒノジアの中層までの敵であればこの連携に耐えられる魔物はいない。
「——効かねえ!? 全然効いてねえ!」
しかしメイドは平然としていた。投石は命中していたし、魔法も命中してはいた。腕の一部がえぐられて、中に詰まった土や氷がこぼれたりしている。
しかし当たった本人は痛がるでもなく動作を続け——なるほど、確かにゴーレムの動きだなとファレシラは納得した。
「——むう。悔しいので少し教えますよ、常世。あの2人も『殺しは禁止』じゃなきゃ優秀な冒険者なんです」
カラスが断りを入れた直後、フォーコ婦人が嬉しそうに叫んだ。
「叡智様から追加の神託——あのメイド服は竜皮だ! しかも、アレの骨は竜で出来てる!」
「——はあ!? 要は“竜人”みてえな女ってことか!?」
黒いメイド服は竜皮で、物理や魔法によく耐えていた。仕立屋パルテを知るファレシラとしては雑な作りだったが、きっと小鬼が自分の部屋で懸命に縫ったのだろう——ファレシラは倉庫の中を覗けないので知るよしもないが。
「——そのうえ、術者を殺さなきゃ死なねえゴーレムだと思えってさ!」
アクシノの神託はそれだけではなかった。カラスから鑑定を受けたフォーコ婦人は絶望的な声を上げた。
「ゴーレム……!? それじゃ、術者を殺すかMP切れに追い込めばこいつは止まるのか!?」
「そうさ……叡智様がそう仰ってるが……」
フォーコの親父は嬉しそうにマガウルを睨んだが、ファレシラはフォーコ婦人が絶望している理由がわかった……えぐい。これはずるい。
「ああ、わしじゃないぞ?」
アン=シュコニを出撃させたあとは少し離れた場所で見物していた老人が気楽な調子で首を振った。
「ソレの術者はニョキシーと一緒にわしの倉庫の中じゃ。当然出してやらんし、倉庫の中にはMPを回復させる食料が大量にある。アンは何日でも動き続けるが——本物の倉庫使いを相手にするのは初めてか? 先程は『倉庫程度』と馬鹿にしてくれたが、これが『歌』すら凌駕する常世の力じゃな」
スズメになってるワクワクさんがものすごく得意気にピヨピヨと鳴いた。黒い着物を着ている女神の姿より感情表現が豊かに感じられる。
手詰まりだった。Aランクの冒険者たちは動きを止め、黙々と彼らを追い詰めていた人造メイドが不思議そうな顔で停止する。
「ところで、戦いを見物しながら思い直したのだが、お前らは『逃がさない』とか『まだ街に居ろ』と言い、子犬そのものは要求していない……わしはお前らが子犬の奪還に来たと思い込んでいたが、お前らが引き受けたクエストの中身を知りたいのぅ」
殺人鬼が微笑んだ。黒い燕尾服に身を包んだ老人は冒険者らに握手を求める仕草をし、
「ニョキシーは渡さん。しかし交渉してやっても良いぞ? わしがそう考えるよう叡智めに仕組まれている気がするが、わしらは国家や月の連中に追われる身じゃから、強力な護衛が欲しいと願っていた。そこの怪物以外にもな」
「カカッ……かい……?」
怪物というのはどこにいるのだろうとばかり、アン=シュコニは戦闘で荒れ果てた船着き場を見回した。
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