マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜

あ行 へぐ

文字の大きさ
上 下
87 / 158
第五章 人狼の夜

クレタ島の女

しおりを挟む

 ラーナボルカ市の冒険者ギルドに入るなり子猫は盛大に舌打ちをかました。

 広いホールにいくつもの柱が並ぶギルドの1階には壁際に受付カウンターがあり、そこでは多くの冒険者がその日の稼ぎを披露して対価を受け取っているのだが、ギルドマスターが鎮座するカウンターには栗色のヒゲがいて、夫婦2人はカウンター越しにいちゃついていた。

 ああいうのってオフィスラブの範疇に入るのかな。ギルマス視点では職場でキスとかしちゃってるわけだし、冒険者のヒゲにしてもこのギルドに品を卸すのが職業なわけで。

 例のマキリンの件で落ち込みつつも付いて来たムサさんが茹でダコのような顔で沸騰寸前なので、たぶんギルティと断じて良いよね。

「おお……ミケ。どしたのかにゃ? さっき港で乱闘があって、ママは忙しいのだが」

 ギルドマスターはボクらになにも見られていないていですっとぼけ、ヒゲも同様に天井を見つめた。

 まあ、話題にされたくは無いだろう。

 空気が読める女神として評判の叡智持ちのボクは見ていないフリをしてあげたし、パルテやノールもそれは同じだった。

 しかし冒険の女神の加護を持つ子猫は「冒険」に出た。

「……にゃ。ママ。オレやっちゃった。あいつの鎧に爪を立て……実は昨晩、ヒトを3人ほどぶっ殺しました」

 どこかの女王の名曲が流れそうな告白にギルマスとヒゲは絶句し、子狐のユエフーがツーサイドアップの黄金色の髪をなびかせて子猫に加勢した。

「ほんとですよ、ポコニャさん☆ ミケったら、わたしは止めたのに心臓を潰しちゃって♪」
「にゃ。それ。ユエフーの言う。人生始まったばかりですが、三毛猫ったらついうっかりで☆」

 吸血鬼のこども店長が少しニヤついて倉庫を開くとそこにはモザイクをかけたい血みどろのモノが3つほど見え、

「ニャ……!? フニャーーーー!!」

 ギルドマスターの黒猫は叫びながらテヘペロする娘の頬を殴ろうとしたが、すでに敏捷で母にも父にも勝るミケは普通に回避した。ギルドホールの冒険者たちがざわつく。

「おちつけ。子猫には理由があるのです」


  ◇


「にゃ……今から“神明しんめい裁判”になるよ、ミケ。叡智様に忖度無しで調べてもらうのが一番だから」
「にゃ。上等」

 ギルドマスターは軽く事情を聞くと被害宅の主パルテと殺人容疑の娘を引っ張ってギルド会館の3階へ去り、親友の猫を心配した狐と狸も一緒について行った。

 その一方、ギルマスから指示を受けたヒゲは俺やムサを引っ張ってリドウスさんの店に向かった。皮屋の店主は自分の店の仕事があるのでその場にいなかったが、ギルマスいわく、彼も「共犯」なので呼びつける必要があるそうだ。

 街を歩きながらラヴァナさんが言った。

「……話を聞く限り、ミケは全然悪くねえよな。相手は娘を殺すつもりで襲って来たんだろ? ——ていうかカッシェ、そういうのは差し入れに来たときに言え」
「すみません。マキリンのことがあったので、ポコニャさんに伝えるまでは黙っておいた方が良いと思って——俺とギルマスは5年前、あの女を『見逃してやれ』と指示されていて」
「……まあいいさ。おまえを含めて昨晩は3人も『叡智持ち』がいた。知恵の神様が3つの目で見ていたんだし、娘は『神明裁判』で無実確定だ」

 そんな会話の中で出た「マキリン」という名前にムサはびくついた。無理もないね。ムサはずっとあの女に惚れていたわけだし、彼の手には今、動画から抜き出した女の顔写真がある。

 ——もう5年も前になる。

 あの日、極大魔法としての「鑑定Lv10」でダンジョンのすべてを看破した叡智アクシノは、瓦礫に飲み込まれた月の眷属マキリンについて俺に神託した。

〈うわぁ……なんかあの女すごいことになってるぞ〉

 マキリンは崩落したダンジョンで死にかけていたのだが、可愛がっていたゴブリンに「星辰ファレシラの霊薬」を飲まされて命をとりとめた。俺がゼロ歳の時に湧かせた〈全快〉の効力を持つ奇跡の霊薬だ。

 邪神の名を冠す四百四病即席全快の霊薬はしかし、飲ませ方が良くなかった。

 彼女に薬を飲ませたゴブリンは、その時マキリンや自分自身が自由に身動きできなかったのもあって、口移しでそれを飲ませたのだが、「星辰の霊薬」はこの惑星の生物だけに効き目があり、ゴブリンに対しては猛毒として作用する。

 さすが邪神のお薬だね。実際、そのゴブリンはマキリンに薬を飲ませると息絶えたし、ゴブリンに対して「毒」として作用している最中の薬を飲んだマキリンにしても、正しい効果を得ることができなかった。

 彼女は崩落で下半身をほぼ潰されていたが、霊薬は、本来であれば潰れた両足を完全に復元させるはずだった。

 しかし彼女の両足はマキリンの復元されてしまい……すべてを見通した叡智によると、彼女は下半身が無く、背中から2本の足が生えた、「バッタかなにかのできそこないのような見た目」になってしまったという。昨日は足が生えているように見えたが、とにかくその時のマキリンは悲惨な状態だった。

 マキリンはそんな姿で必死にウユギワ迷宮を這い出したそうで、5年前のあの日、村の焚き火を囲んでいた俺に叡智アクシノは神託した。

〈本来であれば天罰に相当する女だが、あの姿は充分な罰だろう。村長になったポコニャにも「死亡」として処理させるから、おまえも見逃してやれ。一応怪我は治ったわけだし、あえて生かしてやるのも“罰”だろう〉

 目の前でシュコニが死ぬのを見たばかりの俺は同意し、せいぜい元気にやれよと思ってマキリンのことを記憶から消し去った。


〈——どうもワタシは間違えたようだ〉

 リドウスさんの店に向かう道中、脳内で知恵の女神アクシノがつぶやいた。いつもよりしおらしい声だった。

(いやいや、別に間違いとは言えないでしょ)
〈……そう思うか? 地球じゃこの感覚を「人権」と呼ぶのだったか〉
(権利ってのも違う気がするが……難しい質問はやめてくれ。俺にはわからねえよ)
〈わからないとか、おまえそれでも叡智の眷属か〉
(眷属に答えを聞こうとするなんて、あんたそれでも叡智の女神か)

 心の中でそんな会話をしながらリドウスさんの皮屋に入り、ヒゲがギルドからの出頭命令を伝えた。

 禿で隻眼のリドウスさんは「おうよ」と応じ、奥さんに店を任せて堂々と連行された。彼は自分が罪に問われるわけがないと確信しているようだったし、たぶん、その通りになるのだろうが……?

(……おいアクシノ、ひとつ聞きたいのだが)
〈おいおい、先に「聞くな」と言ったのはそっちだぞ。聞いてもワタシははぐらかすだけだ〉
(うわぁ……叡智さん汚い。それが狙いで俺にしおれて見せてたの?)
〈良い天気だな。鳥がたくさん飛んでる。秋は好きだ〉

 俺はユエフーを初めて鑑定した時以来の違和感を覚えていた。狐を派遣しやがった邪神に続いて、おまえもなのか、ブルータス。

 確かにミケの「前科」ステータスには「殺人」が表示されていないが、なら、どうしてあんたは〈問題ないぞ〉と神託して来ない?

 さっきからずっと俺の脳内に語りかけているくせに、どうして〈ミケは無罪だぞ〉と言わない? ラヴァナ夫妻の口ぶりじゃ、「神明裁判」ってのは叡智アクシノが裁定を下す儀式に思えるが……?

 現状、アクシノが俺たちに通知している神託は、無罪というより「保留」と呼ぶのが正しくないか? 俺だけではなくパルテやノールの「鑑定」に対して、アクシノはとりあえず“鑑定結果になにも表示しない”という態度を取っているだけだ。

 脳内に例のソレの声が響いた。

〈……重ねて言うが、聞くのはダメじゃなかったのかね? 実は今日、ワタシは機嫌が良いのだが、あまり煩わせると天罰しちゃうぞ〉
(なら「鑑定」する。MPを消費して、スキルを使う……ラヴァナさんが言ってた「神明裁判」ってなんだ? 地球の裁判と違うのか)
〈——鑑定スキルには詠唱が必要です——〉
「なら“鑑定”で! それもLv9だ!」

 急に鑑定を口にした俺に同行者らが驚いたが、叡智アクシノは俺のMPを1217も奪って渋々と「神託」した。

〈——神明しんめい裁判とは、歌の女神ファレシラが統べる惑星において罪を犯したと疑われる被告人に対し、その罪を叡智の女神が裁量し、神託として量刑を下す、神聖にして不可侵な儀式です。かかる神託は——まあ、つまり——ワタシの名において常に公正です〉

 公正と言ったね。叡智さんの名において公正なんだね?

〈だから、そう疑うなよ。悪いようにはしないし、我々にも都合というのがあるのだ〉
(……“都合”がね)

 この世界に生きて12年になるが、俺は近頃、学んでいた。

 叡智アクシノは「嘘が嫌い」だと言いふらし、月の叡智ジビカは嘘つきだと言い張っているが、結局どっちの星の叡智も同じだ。“叡智ども”の本質には差異が無い。

 こいつらは、真実と同じくらい嘘が好物だ。

〈ほほう? 極めて心外な指摘だが、ならば神託してやろう。叡智アクシノの名にかけて、次なる言葉は絶対に真実だ。「叡智の神が語る言葉は、すべて嘘である」——これで満足か?〉

 アクシノさんは優雅な口調でパラドクスを披露し、疑念を抱く眷属おれを茶化しやがった。

〈そんなことより空を見たまえよ。よく晴れていて青一色、冷涼の気が心地よい——無害な衛星を持つ地球人にはわからないかもしれないが、秋空に月なんてモノが浮かぶ景色は無粋だ〉

 佞智アクシノは——邪神の配下の神々は、俺の親戚の子猫をどうするつもりなんだ……?


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる! ×ランクだと思ってたギフトは、オレだけ使える無敵の能力でした

赤白玉ゆずる
ファンタジー
【コミックス第1巻発売中です!】 皆様どうぞよろしくお願いいたします。 【10/23コミカライズ開始!】 『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました! 颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。 【第2巻が発売されました!】 今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。 イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。サクヤとポンタ超可愛いですよ。ゾンダールもシブカッコイイです! 素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。 【ストーリー紹介】 幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。 そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。 養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。 だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。 『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。 貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。 『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。 『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。 どん底だった主人公が一発逆転する物語です。 ※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...