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第五章 人狼の夜
大会の予告
しおりを挟む床屋から出た俺は、入る前に反して爽快な気分だった。
頭が軽い。ずっと邪魔だった前髪が無くなって視界がクリアだ。地球時代に初めてコンタクトを入れた日を思い出しちゃうね。
「ほら、切ってよかったでしょ。さっぱりしたわね?」
「全然。首のあたりが寒い。どうせなら夏に切るべきだった……行こうぜ、買い物だ」
得意げな小娘に嘘をつき、俺はため息混じりに「鑑定連打」を再開して街の品物を見て回った。まな板の女神様は今度は普通に連打を許可し、中1の子狐と一緒に街をぶらつく。
髪を切った利点はもうひとつあった。
「ねえカオスシェイド、あれ見て! 出窓で可愛い三毛猫が寝てる……ミケみたい!」
ずっと批判していた俺の髪型をついに思い通りにしたユエフーは意外なほど俺に親密な態度を取るようになって、離れて歩けと言わなくなったし、噛み付くような態度も取らなくなった。
……マジか。どんだけ俺の髪型が嫌だったの。
地球でバンド活動をしていた俺の感覚からすればロン毛なんて周りに腐るほど居たし、なのにボクの頭皮ったら——いや、とにかく髪がグイグイ伸びるのは転生した俺にとって楽しいことだったんだけどな。ジミー・ペイジみてぇだと内心ほくそ笑んでいたのは秘密だ。
「ねえカッシェ、あそこの屋台で売ってるのを知ってる?」
ユエフーはついに俺を「カッシェ」と呼ぶほど態度を改め、ラーナボルカの女子中学生に人気のお菓子を俺に食べさせようとした。
キツネがオススメしてきたお菓子は地球のポッキーに似た小麦の焼き菓子で、チョコはかかっていなかったが、ツイウスから直輸入した砂糖をふんだんに使い、カップルに人気のようだった。イチャつく男女はそれを購入すると両サイドから同時にかじり、最終的にキスを交わしてキャアキャア叫ぶ。
ユエフーはノリノリで俺にポッキーを手渡して来たのだが、イチャつくカップルを見て赤面し、俺にお菓子を押し付けるとそっぽを向いた。
「かっ、勘違いしないでよねっ!? 別にあんなことしようってんじゃなくて、味が良いだけだから! ~~~~ほら、早く食べてみなさいよ! アンタひとりで!」
なんか面白いことになってるきつねさんを放置してかじってみる。
地球のポッキー並の旨さを期待したのだが、お菓子は砂糖と小麦の味しかせず、良く言えば素朴、率直に言うとイマイチだった。
「どうよ、美味しいでしょ!?」
まだ少し頬の赤い小娘に曖昧に笑い返す。
「……そういえば、店じゃお菓子はほとんど作ってなかったな。この港町でもさすがにチョコは手に入らないけど、苺ショートは作れそう。秋だしモンブランもアリかな。ウユギワじゃたまに入手した砂糖でジャパンのヨウカンを作るくらいだった」
「なにそれ、謎の王国ジャパンのお菓子? 前にミケと一緒に作った謎の帝国USAのシェイクは美味しくて、MP枯渇寸前まで『吹雪』の魔法を使ったけど」
「いや……どこの国だろ。謎の共和国フランスあたりだと思うけど、とにかくケーキを店に出したら売れるかもね。今は謎の帝国チャイナ料理がメインなせいか、男性客が多いし」
会話に「謎」が多すぎるが、地球のことを説明する気はないので仕方ない。ていうか日中米仏に反応しないあたり、邪神の眷属ユエフーは転生者でないと考えて良さそうだ。
コイツが地球人だったらね。きっと邪神からイカれたクエストを強いられているだろうし、もっと仲良くなれそうなんだけど。
ユエフーは俺がお菓子の名前を上げると期待した顔で目を輝かせたが、
「ふーん? よくわからないけど作って欲しいわ。お店のメニューは全部カッシェが教えたって聞くし——て、いいえ待って……とにかく今は服の素材よね? そうよ! あなた、どうしてお菓子を食べてるわけ!?」
「え、だってユエフーが食べよ☆ って……」
「信じられない!! あなたはそれで良いでしょうけど、わたしは完成した服を着なきゃダメなのよ!? それも人前で! みんなの前で!! ——最高の素材を集めなきゃ恥をかくわ!」
中1のクソガキは妙にハキハキした口調で滑舌良く理不尽を叫び、俺の腕を引っ張った。
◇
それから1時間ほど歩き、俺たちは絡新婦より高品質のアラクネの糸と天然のゴムを手に入れた。俺が自転車の製法を広めたせいかゴムは高騰していたが、子狐が粘り強く値切ってくれた。
成果はそれだけで、思うように良い素材が見つからない。例えばユエフーが着ている学生服は裏地に金の糸で魔法陣が刺繍されているのだが、金糸はどこも売り切れだった。
嫌な予感がする。
ノモヒノジア迷宮の入り口がある旧市街の中央広場に出た俺たちは、屋台の並ぶ広場を通り抜けて冒険者ギルドに向かった。
「うわ、やっぱりか……」
「昨日の時点で素材を探すべきだったわね」
ギルド会館は赤茶けたレンガ造りの巨大な建物で、1階は石畳の広いフロアに大理石の柱がいくつも並び、壁際に受付のカウンターが長く伸びている。カウンターの奥にはギルドに雇われた鑑定持ちが10人いて、時折体を光らせて冒険者らが持ち込んだ品を鑑定している。
いつもならこのカウンターに行列ができているのだが、今日はフロアの中央に黒山の人だかりができていた。
そこにはギルドや街からの告知が張り出される掲示板があり、ピンで留められた大きな紙にレテアリタ語でこう書かれていた。
〈優勝賞金100金貨! ノモヒノジアの美男・美女コンテスト——優勝者には爵位もあるぞ☆ 主催・ラーナボルカ伯爵家〉
掲示を読んだ冒険者らは、割と美しい女性冒険者から、てめぇは鏡を見ろと言いたくなるむさ苦しいおっさんまで、皆が自分や仲間の勝ち目について議論していて、100金貨——約2千万円の賞金に夢中だった。
ユエフーが残念そうに告知を見つめた。
「エプノメさんに聞いた話より詳細な条件が載ってるわね……爵位ってのも初耳だし」
子狐は文字が読めるし、彼女が丁寧に教えたおかげか、この頃はミケも文字を嫌がらない。
「1つ、参加者はノモヒノジア迷宮に挑んでいる成人の男性または女性冒険者で、国籍は問わない。男女別々に審査するし、賞金はそれぞれに100金貨ずつ与える」
ユエフーが読み上げ、俺は作文アプリに目だけでメモを取りながら頷いた。
「2つ、審査基準は『美しく、そして強い冒険者であること』で、その判定は——うっわ、ラーナボルカとキラヒノマンサに、わたしの故郷のアラールク伯が審査するの!? ツナウド諸島を牛耳ってる奴で、大した人望も無いくせに、辺境地域の領主だからってだけでツイウス王国から伯爵の位を与えられてるクズよ。獣人差別で有名なの——にしても、この半島の大貴族が大集合って感じね」
「……獣人差別? そんなのがあるの」
俺は意外に思って尋ねた。生まれた時から隣にミケがいたし、ウユギワ村は半分が獣人だ。村長は老狐だったし、ヒトだの獣人だの、そんな細かい違いを気にしていたらダンジョンで助け合えずに死ぬというのが村の常識だった。
オレンジの髪をツーサイドアップにした少女は軽く肩をすくめて言った。
「レテアリタはそうでしょうね。最初の国王が『勇者』とケンカ別れした鳥系だったし、排外主義のエルフに自治区まで与えてるし……だけどツイウス人は9割が『耳なし』で『しっぽなし』の『羽なし』で——だから我が家はレテアリタに引っ越したの」
子狐は軽い調子で答えていたが、俺は詳しく聞かないと決めた。この異世界には、可愛い耳やしっぽを見下す国もあるらしい。
俺は無理やり話題を変えた。
「エプノメじいさんは、3つ目の条件についてはなにも言ってなかったな。聞かなかったのか、そもそも教えてもらえなかったのか……」
「そうね、ムサさんに頼んだのは正解だったかも。容姿はともかくあのひと強いのよね?」
ギルドに掲げられた掲示板にはこう書いてあった。
〈——3つ、審美を勝ち残った候補者は、互いに模擬戦を行って『強さ』を証明する。ここで他を圧倒する強さを見せた男女を優勝とし、ラーナボルカ様から騎士の位と賞金を授ける——〉
掲示を囲む冒険者たちは特に最後の条件に興奮していて、顔はともかく筋骨隆々の冒険者が指の関節を鳴らしている。彼らは「美しさ」の関門を突破するために新品の鎧や服の購入についても話し合っていて、街から素材が消えた理由はこれだ。
この星の1年は1ヶ月29日で13ヶ月だが、掲示の最後には開催日が書かれていて、13月の24日から28日にかけて審査や対戦を行い、翌29日——大晦日に決勝戦を開いて勝者を決めるとある。
大晦日の格闘大会とか、謎の王国ジャパンかよと言いたくなるね。
ともかくアプリに条件をメモし終えた俺はユエフーに声をかけ、ギルドを出ようとした。
「4金貨!? くっそ、高ぇな……」
「にゃ。ご理解しちくれ。たいていは迷宮で働くほうが儲かるから、この手のクエストは人気が薄い……依頼を諦めるかにゃ? あるいは犯人確保だけで良いなら1金貨7銀貨で受けるが」
「~~~~わかったよ、確保だけで良い! 代わりに絶対、あの“人狼”を探してくれ!」
「そいじゃこの書類にサインすれ」
人の少ないカウンターでひとりの禿頭がギルド・マスターに怒鳴っていた。
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