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第五章 人狼の夜

生命の輝石

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 半月の騎士団が単に「孤島」と呼んでいるジャングルの地面には多くの枝や落ち葉が広がっていて、わずか一歩を踏み出すためにハッセたちは脂汗をかかされた。

 騎士団長にも義妹にも、護衛に付けた若いワイバーンにも隠密系のスキルは無い。

 ハッセは人選を間違えたかと反省しつつ、可能な限り足音を殺して落ち葉を踏みしめ、大木の影から「剣閃」どもに詠唱した。

「……鑑定」

 鋼鉄の盾を構え、木々の合間から小声で鑑定をかける。

 ハッセはジビカからの神託を得て、叡智の予想の確かさに舌を巻いた。

 なるほど、これは騎士団を「全滅」させられる——〈剣閃の風〉という名の悪魔どもは全員がハッセのレベルを上回っていたし、その全員が異常なほど高性能な武器と防具を身に着けていた。

 中でも緑髪のやつは鑑定すらできない。生命と歌——それぞれの惑星の職人は、自分が生まれた星の叡智であればたやすく鑑定阻害の防具を作れるが、ジビカ様によると、緑頭マリモの防具はどちらの星の叡智の鑑定すら阻害可能な最高級品だと言う。

 この時点で半月の騎士団に勝利の目は無いだろう。しかし、月の悪魔どもが持つ異様なスキルはそれ以上に致命的だった。

 邪神ファレシラを思わせる緑色の髪をしたノッポがメイジ・ゴブリンの魔法を盾で跳ね返す後ろでは、黒猫の中年女性や浅黒い肌をした総髪ポニーテールの男が動物たちを睨みつけていた。

 彼らは詠唱をしなかった。しかし動物たちは大量の炎と濁流に飲み込まれて虐殺され、木々の合間から見守っていたニョキシーが、ダラサ語で「すっげえ」と驚く。

 無詠唱で大まかに動物たちを殺した「剣閃」の一団は、続いて栗毛の男女を前に出した。

 たぶん兄妹だと思う。双子かもしれない。

 義妹とは似ても似つかないハッセが羨ましくなるほど2人の「蛮族」はよく似ていて、女のほうは栗色の長い髪をなびかせ、頭皮の寂しい男のほうは栗色のヒゲを震わせた。

 栗色の兄妹は動物たちの群れを小石で爆殺したり、叡智様が〈——あれは神々の使用に耐えうる武器だ!〉と絶賛する木の棒で輪切りにし、全滅させてしまった。

 そんな虐殺のあと剣閃たちは死骸の群れにそれぞれ小刀を突き立て——なにをするのか見ていたら、ハッセらが命そのものと信仰している「レファラド様の愛の証」をほじくった。

『見ろよ、でけえ魔石だ!』

 栗色のヒゲが「タスパ語」を叫び、懐から羊皮紙のようなものを出して血みどろの石を拭った。南洋の日差しに赤く輝く「生命の輝石きせき」を仲間に見せびらかす。

 同じような宝石を体内に持つハッセとしては胸が悪くなる光景だった。

 元は可愛い子猿だったであろうゴブリン・キングは悪魔たちに遺体を刻まれ、蒸し暑い孤島の密林に赤い内蔵を晒し、ハエに卵を植えられている。

『うわ、くそっ。ラヴァナの魔石が一番でかいね。さすがはゴブリン・キングの魔石だ』

 浅黒く醜い肌をした総髪の男が残忍に笑った。見ただけで「蛮族」だとわかる姿だ。

『にゃ。ハゲに取られた……なあ、そろそろ「ひのきのぼう」のレンタルをやめにゃーか? たった1銀貨バルシとはいえ月々の儲けが増えるし、あちしとナンダカの魔法があればハゲがいなくても勝つるわけだし』
『ざっけんなブラック・レディ。俺はハゲじゃねえ。俺の身長が髪の毛より高いだけだ!』
『ほほう、にゃるほど? そいじゃおまいのそのヒゲは髪の毛だったのか』
『うるせえな、まだ少し残ってるだろ!? それにこの前パルテから高級シャンプーを買った。やばいほど高かったが……だから、これから先はフサフサになるだけだしッ!』
『にゃっ、はっ、は……☆ そーなるといーにゃ?』

 普通にハゲてるヒゲは置くとして、鬼族きぞくでもないただの黒猫が皮肉めいた顔で笑っているのも気に入らない。

 一般に、耳というのは少なければ少ないほど身分が高くなるものだ。

 生まれながらに圧倒的な力を持つ〈竜〉にヒトのような耳たぶは無いし、ハッセのような鬼族きぞくは「2つ耳」で、生まれながらに高い身分を保証されている。4つもの耳を持つあの猫は、ハッセの常識では貴族に従い平服すべき存在だ。

 無論、当然、本来であれば最下層の身分になるはずの子犬は特別だ。4つの耳を持つニョキシーはハッセの星の動植物を喰らえばレベルを上げ得られる極めて稀有な存在であり、その希少価値は、ハッセと同格の鬼族階級に値するとドライグ=ロスルーコ様も仰っている。

 妹はダラサ王国のリンナ様にも好かれているし、ハッセは自分の妹を密かに誇りに思っているくらいだ。

 しかしその他のゴミのような4つ耳がせせら笑う様子は、信仰深いハッセにとって不快だった。

「……動物のくせに」

 思わず舌打ちが出た。

 4つ耳の黒猫はヒゲに倣って自分も羊皮紙のようなモノを取り出し、ソレでいくつもの輝石から血を拭いながら鬼族のように笑った。

 栗毛の兄弟や浅黒い男も気に入らない。2つ耳だが貴族では無いあいつらは不敬にも貴族の見た目をマネした「猿の獣人」であり、故郷では「蛮族」と呼ばれる最下層の連中だ。

 全員、ただの動物のくせに——自分の醜くく残忍な姿を自覚しろ。

『叡智ジビカ様は、偉大です……ご明察の通り、連中に挑んでいたら兄上を殺されていたでしょう』

 ——と、そこで子犬の声が聞こえてくる。

 ハッセの背後で特別な妹がつぶやき、騎士団長は一旦〈月の悪魔〉への憎しみを忘れた。振り返ると、黒い子犬は悔しげに唇を噛んでいた。

『……お前が連中と戦っても勝てないのか、ニョキシー』
『悔しいですが、無謀です……! ここにがいてもダメでしょう』

 妹は古い友人の名前を口に出し、ハッセは彼の特別なしっぽを思い出してしまった。

 子犬はタスパ語で続けた。

『そうですね、兄上と叡智様が仰る通り、わたしなら連中の魔法や剣に耐えられるでしょう。わたしには絶対防御ヒットポイントがあります。しかし他の団員たちは、3秒……全力で抗っても5秒で「全滅」させられるでしょう。
 特にあのが厄介です。あいつの防御を突破できるのは騎士団ではわたしだけでしょうし——茶髪の斥候も邪魔ですね。あのマリモと斥候は気楽にしているふうを装っていますが、常に連携して守りを固めている……奇襲をかけて殺そうとしても返り討ちです』

 ハッセの義妹はどうしようもないアホだったが、彼は子犬の戦闘センスだけは評価していた。

 聖地の邪剣カヌストンから激烈な加護を受けているニョキシーが「勝てない」と判断した戦いにこれまで騎士団が勝てた試しは無いし、ハッセに加護を与えているジビカ様も「剣閃とは戦うな」と警告している。

 剣閃の悪魔どもは可哀想な猿たちの遺体から「命の証」をほじくっていたが、ハッセは遺骸から聖石をくり抜く残酷な悪魔たちを見逃してやることにした。

「……離れよう、ニョキシー。わたしは魔女の歌で弱体化させられて本来の動きができないし……叡智様が神託なさる通り、あんなのは相手にするだけ無駄だ」
「——しかしロコック様、“悪魔殺し”は騎士の努めです。我々はそのために迷宮を——」

 同行していたワイバーン系の若い女が異議を唱えたが、ハッセが髪を一瞬だけ赤変させると口をつぐんだ。

 シレーナは広大な倉庫を持つホープだし、顔が良いので連れてきてやったのだが、この女は子爵のハッセに意見できる身分ではない。

 義妹より青みがかった黒髪を持つ亜竜人ワイバーンはまだ新入りで、種族名に「竜」を含むが劣化種だ。背中に竜の羽こそ持つものの弱く、鬼族きぞくで騎士団長のハッセより階級が低い。

「……気づかれる前に撤退だ、シレーナ」

 ハッセは怒りを鎮めて亜竜人に繰り返し、足音を立てぬよう静かに密林を引き返した。


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