上 下
73 / 158
第五章 人狼の夜

マリモのおきて

しおりを挟む

 ラーナボルカ半島ラーナボルカ市では、年齢を問わず市民の賭けは禁止されていない。貿易で賑わう港町だからかこの街は金銭のやり取りに寛容で、子供が店を経営して構わないのもそれが理由だ。

 クラン・ハウスのドアを押し開いたムサは、服屋を経営している十代のクソガキどもが居間のテーブルにトランプを並べ、真剣な表情で山札をめくる現場に居合わせた。

 カオスシェイドが街に広めた「トランプ」という遊具についてはムサもよく知っている。

 それはカオスが「スート」と呼称する変な模様が4種類あり、1から13までのランクを持った紙切れの束で、すぐに遊び方を覚えた叡智持ちのギルマスに「ハーツ」というゲームを挑まれた剣閃の風たちは、迷宮で必死に稼いだカネを奪われた。

 当時市民から「鬼猫」と呼ばれていたギルマスは調子に乗って街の冒険者にも勝ちまくり、いつしか毛色とスペードのQになぞらえ「ブラック・レディ」と呼ばれるようになったくらいだ。

 負けを取り戻そうと躍起になった怪盗が発案者の息子に弟子入りしたおかげで最近の黒猫レディは大きく勝率を下げているが、トランプとかいう悪魔の遊具は、ハーツ以外にも多彩な遊び方を持つ。

 ムサが知る限り、ガキどもはポートランドという坊主めくりの変種に興じていた。それは山札をめくってポーカーの役を作るだけの単純なゲームだが、ルールはともかく、三本尾スリーテイルズのメンバーがどうして剣閃のクランハウスで騒いでいるのかがわからない。

 痩身で緑髪の、30歳の独身はクソガキどもに声をかけてみた。

「……おめーら、なにをしているんです? ここは剣閃の事務所なのですが」
「シャー!! ムサは黙れっ! 今、子猫は大事なところッ!」

 ミケは脂汗をかきながら自分の山札をめくり、

「に゛ゃ……!?」
「「「 ヨシッ☆ 」」」

 子猫が真っ青な顔で天を仰ぐと、他の子供は「ざまあw」だの「お疲れw」だのと三毛猫を煽った。

 ——この子らは怖くないのかな。仲間とはいえ、ミケに殴られたら即死すよ?

 三本尾スリー・テイルズは剣閃の風に所属するムサからすると信じられないほどバランスを欠いたパーティで、あの子猫以外の全員が後衛の魔法職だ。そんな滅茶苦茶なパーティが成立するのは6千という異常な攻撃力を持つミケが、斥候と盾を兼ねたすべての前衛を一匹で担っているからなのに。あの子猫のステータスはたぶんAランク冒険者に近い。

「……ねえ、ムサさんが戻ったよ。そろそろやめないと」

 ようやくカオス少年が忠告した。パーティのもうひとつの要は大人びた声で仲間をたしなめたが、誰も聞いていない。

「——! ——!! m9(ΦVΦ//)www……!!!!!!!」

 叡智に「死ぬまで黙る」と誓った子狸が発狂したように両手を振り、三つ編みを揺らしてジャンプしまくっている。

「にゃ、ニャ……!? 子猫がここでツーペを引けぬはずがないッ!」
「わあ、すごい。まだ手札を引くわけ? さすがは“冒険サマ”の眷属ねw」

 キツネが半笑いで挑発し、ムサはガキどもが静まるのを待つことにした。


  ◇


「……へえ、ラーナボルカ市の美男・美女コンテストすか? ポコニャ区長はなにも言ってませんでしたけど、領主サマってヒマなんすかね」

 オトナたるムサの咎めるような視線を受けてゲームを終了させた俺たちは、大敗して言葉を失ったリーダーに代わって口々に要件を告げた。事前に打ち合わせていた通り、誰も領主に〈月〉の疑いがあることは伝えない。

 最初に口を開いたのは吸血鬼で、パルテはムサに敬語を使わず、俺様口調で偉そうに言った。

「そうだ。あんたはずっとウチの店の服を欲しがってたよな? コンテストで着る服はタダで良いから、出場してみないか」

 店長の言葉にタヌキが何度も首肯する。

「——!! ♀×、♂◎! m9(^Д^)♡!!」

 ノールがなにを言いたいのかは不明だが、三つ編みの魔法使いは身振り手振りで店長に同意し、中1の女タヌキに励まされたムサは頬を染めてつぶやいた。

「そりゃ、まあ、パルテ・スレヴェルの服は欲しいすけど……街一番の美男とか、俺が勝てる気がしません。しかも、他の街からも出場者を募るんでしょ。ドーフーシ帝国やら、ツイウス王国まで……」
「いやいや、確かにキラヒノマンサやツナウド諸島からも出場者が来ますが、ムサさんはこの半島で一番のイケメンですよ」

 ボクが敬語で懸命に嘘をつくと、ムサはまんざらでもない顔をした。

 ボクが思うに、この前三十路みそじを迎えたムサは、この5年で大人の色気というものを身に着けている。

 エルフの血による緑色の髪はミケが誕生日にプレゼントした整髪剤でオールバックにキメているし、レディ・アントの殻を使った白い鎧やら、軽量にして強靭なジェラルミンの盾は、ボクが与えた最高級品だ。困難な迷宮に挑み続ける「冒険者」はそもそもラーナボルカの女性から尊敬を集めているが、若手冒険者の中でムサほどの防具を持つ男は少ないだろう。

 冒険者が持つ装備の質は、その冒険者の実力と資金力に比例する。最高の冒険者ほど最高に高価な装備を身に着けているものだが、ムサはその点問題ないし、長身かつ痩身の30歳は、世の女どもが放っておかない最高の美男子に見えるはずだ……ッ!


 ——まあ、コイツ未だに独身の童貞なんだけどなw


 俺は女じゃねえからあいつがモテない理由は知らんね。

 例えばカレが身につけている装備には地球から来た混沌の影が「ふられろ」というささやかな怨念を込めまくってあるのだが、かかる防具が鍛冶カンストのボクの願いを叶えた可能性は微レ存に過ぎない。

 そうとも。ムサが着ている白い鎧に対し、ボクはうっかり日本語で「未来永劫独身貴族」という銘を入れてしまったし、彼の誕生日に贈ったジュラルミンの盾にも「接触注意☆浮気上等軽薄ヒモ野郎」という銘を“日本語で”入れたが、そんな装備を身に着けている彼が独身であるのは偶然に決まってる。

 というのも、この異世界の誰も日本語を知らないからバレるわけねえし、ワンチャン叡智の貧乳さんはボクの日本語を翻訳しうるが、しれっと〈鑑定阻害の魔法陣〉を彫刻してあるからその点抜かり無い。

 ゆえにボクは無実だ。有罪の証拠がなければ無罪だというのは、人権もクソもねえこの異世界はともかく地球では常識なんだ!

 ていうかムサは最近ボクが服屋で販売している紳士服に興味津々のようだが、カネさえ出せばボクは喜んで販売するつもりだよ? 次の防具に刻む銘は——そうだね、日本語で「童貞地雷男」はどう? まったく他意は無いのだが、ムサにはとても相応しい気がするッ!

〈実に邪悪だね、カオス〉

 叡智さんが脳内でナニカ言ったがボクには聞こえない。無視無視、お疲れ様でした。

「……あんたら、マジで『仕立屋テーラーパルテ・スレヴェル』の服をくれる気すか? 買えば最低でも70金貨ドルゴの服すよ!?」

 混沌の影謹製の呪われた装備に身を包んだ緑髪は店長に確認した。

「——しかも、コンテストに勝てなくても服はもらって良いんですか!?」
「ああ、やるよ。ムサの言う『70金貨の服』ってのはおれが着ているこの試作品のことだろうが、あんたがやってくれるなら、おれの服より良いのを着せるつもりだ。
 そもそも返されても困るんだよ。鍛冶屋が作る『鎧』と同じさ。仕立屋テーラーが本気で採寸して作る服は、そのお客さんの体にだけ合う……他の奴には絶対に着こなせない『専用装備』になっちまうから、取り戻したりしない」
「~~~~専用!? マジすか、約束すよッ!? 公平にしたいので言いますが、あんたの店の装備品は、剣閃はもちろん、ドーフーシ最強の『雷花ライカ』も欲しがってると噂です!」
「へえ? その話は初耳だったが、おれの結論は変わらない」

 ムサさんは大喜びで、吸血鬼の店長も嬉しそうにニヨついた。

「ただし、ムサ。優勝したら賞金は貰うぜ? おれの店の商品は、なにしろ価格が高すぎて滅多に売れない……しかし安売りはできなくてさ」
「——つまりね、ムサさん。わたしたちは、お店に並べる服を作るために全部の職人が本気で手を入れてるの。そのせいで売値は高くなるけど、でも、下手に安売りしちゃうと費用を回収できないし……」

 ずっと黙って聞いていたユエフーが会話に参加した。

「だから、わたしたちは賞金の100金貨ドルゴがすごく欲しい……わかるかな。賞金さえ入れば、それはウチの最高級品を100金貨で売ったのと同じことでしょ?」
「それに、ムサさんがコンテストに勝ったとして……いや、仮に惜しくも2位で負けたとしてもです」

 俺も口を出した。

「俺たちの服を着たムサさんが、そのあと迷宮で活躍してくれたら最高なんです。仮にコンテストで優勝できずとも、街の冒険者たちが『剣閃のカッコイイ〈盾〉が装備してる服は、どの店の!?』って噂してくれたら、店の売上は伸びるでしょ?」
「宣伝……なるほど……! 美男のコンテストなんて照れ臭いすけど、俺は全然良いっすよ! 出場しますとも!」

 ムサは俺たちクソガキに敬語で約束してくれた。両親を含め年上ばかりのパーティに所属しているからかな? まあ、誰だって最低価格70金貨ドルゴ——約千四百万円の服をタダでやると言われたら敬語になるかもだが。

 しかしムサは、ふと顔色を暗くして首を捻った。

「……ですが、ひとつ条件をつけて良いっすか?」
「にゃ?」

 ずっと黙っていたミケが顔をしかめたが、ムサは明るく笑って手を振った。

「いや、たいした条件じゃありません。あんたらの親にこの事を秘密にしようってだけです。例の“ブラックレディ”がこの企みを知ったら……あの黒猫は『子供料金』でミケの迷宮入りを阻止していますから、きっと良い顔をしないでしょ。カッシェだって事情は同じはずです。だから、ポコニャ先輩にもナンダカさんにもこのことは秘密にしませんか?」
「……にゃ!! 子猫はムサを見直した! 頭はだが、心はイケメン☆ このことは絶対秘密とする!」
「ええぇ、短い言葉に3つも悪口……」

 痩身の三十路は子猫の言葉に傷ついた顔をしたが、とりあえず話はついた。

「それじゃムサ、明日おれの店に来てくれ。おれの知る限り『剣閃』は迷宮から帰ったら2、3日は休みにするよな? ポコニャさんには区長とギルマスの仕事があるし」

 ムサは店長に「そうっす」と頷いた。カネの臭いがする時はいつもそうだが、真っ白な肌と赤い目を持つ吸血鬼がニヨつく。

「重畳——それじゃ明日の朝一番にうちの職人全員から採寸を受けてくれ。それで、おれたちはまずラーナボルカの街にある素材屋を〈鑑定〉して歩く。最高の素材を買いたいものだが……足りなきゃ迷宮で素材集めだな。
 そうだ、その時はムサさんも参加してくれないか? さすがの“ブラック・レディ”も、剣閃の風の誰かがおれたちに同行するなら迷宮探索にうるせえことを言わないだろ」
「にゃ☆ さすがテンチョーはカオスの同類。腹黒くて悪賢い……我らスリー・テイルズは、哀れなムサをサイキョーのイケメンに偽装する☆」
「哀れ……? 偽装……?」

 盾職は再び子猫に傷つけられたが、もう誰もムサなんて気にしてなかった。

「うわぁ、しばらく忙しくなりそうだわ……!」

 オレンジ色の髪をツーサイドアップにしたユエフーが、見た目だけは可愛い顔で微笑む。

「——ところでミケ、明日わたしら全員にお砂糖クッキー8枚おごりだからね?」
「!! m9(>ε<//)www!!」

 タヌキが嬉しそうに飛び跳ね、トランプで大敗したリーダーは、猫耳をペタっと伏せて聞こえないふりをした。





————————

※「ポートランド」は高名なボードゲームデザイナーのライナー・クニツィア氏が創作したトランプ・ゲームで、プレイ環境が見当たらなかったため、自作したものをここに紹介したいと思います。「ツーペアくらい出る」と叫んだ三毛猫の気持ちを知りたいかたはお試しください。

https://hoeg1.github.io/portland/

※なお、ポートランドは商業的なビデオゲームではないし、クニツィア先生の本に書かれたルールをプログラムに書き起こしただけのものです。また、上記のURLは外部サイトへのリンクですが、公開にあたって使用したgithubの規約に準じ一切の広告宣伝を持ちません。筆者になんらかの収益が発生することは永遠に無いし、プログラムはMITライセンスの下で自由に利用できます。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

だって私、悪役令嬢なんですもの(笑)

みなせ
ファンタジー
転生先は、ゲーム由来の異世界。 ヒロインの意地悪な姉役だったわ。 でも、私、お約束のチートを手に入れましたの。 ヒロインの邪魔をせず、 とっとと舞台から退場……の筈だったのに…… なかなか家から離れられないし、 せっかくのチートを使いたいのに、 使う暇も無い。 これどうしたらいいのかしら?

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

処理中です...