マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜

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第五章 人狼の夜

悪法の1金貨

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 ラーナボルカのトップ・ブランド「パルテ・スレヴェル」は今日も忙しかった。

 ここは港町であり、地元の漁師は朝の9時まで海に出ている。そして釣果を売りに港へ戻ってくるのだが、周辺で穀物や野菜を育てている農家も漁師に合わせて取引するので、街がその日の経済活動を活発にするのは毎朝10時くらいからになる。

 新市街フェトチネ区の中央通りには、今日も多くの漁師や農家がその日の売り物を台車に乗せて行き交っている。無地のシャツが多かった村とは違い、服装は色とりどりでデザインも多様だ。中にはうちで販売している激安Tシャツを着た冒険者もいる。

 小さな子共なども数名の集団を作って歩いていて、子供らは皆、声を合わせて歌っていた。

 この合唱には訓練の意味があり、ガキどもの歌は水の女神スハロイの詠唱になっている。この街の子共の半分は冒険者で、残り半分は漁師の子だ。どちらも水の呪文が使えると有利な職業なので、子供らは歌で呪文を暗記しようとするし、歌の上手いやつは仲間内で一目置かれる。

 我らがパルテ・スレヴェルは、そんな街の文化を活用していた。

 ミケは5年前に獲得した「常世の倉庫」から取り出したアコースティック・ギターを親友のキツネと一緒に鳴らし、店の前で呼び込みを始めた。

「にゃ。そこな親子はこちらに注目。子供の巣立ちは早いもの。今日の姿は今日だけのもの。ラーナボルカで今☆話題。写真屋さんをお試しあれ……♪」
「写真♪ 思い出……♪」

 狐獣人のユエフー・コン・フォーコは三毛猫の伴奏役で、子猫が自分のリズムで鳴らすアコギに丁寧に呼応し、ミケの歌声に合わせて上手に合いの手を入れた。どちらの少女も、そこらへんのクソガキには対抗できないほど歌が上手い。

 金持ちの家に生まれたユエフーは小さいころから中国の馬頭琴に似た弦楽器を教わっていて、ミケのアコギに興味を示し、俺が教えると乾いたスポンジのように楽譜や演奏技術を覚えた。スキル的には裁縫を持ち、職人としてバイトの面接に来たのだが、店長は彼女をミケと組ませて客寄せに使うと決めた。

 ついでに言うと、子狐の性格を知っている俺としては褒めてやりたくないのだが、ユエフーは可愛くて男性客を引っ掛けるのに向いていた。

 子猫と子狐がそれぞれアコギを鳴らして合唱すると、通行人の父と息子が相談を始め、店に近寄ってきた。

 どちらも日焼けしているし、船乗りの親子で間違い無いだろう。中学生くらいの息子が美しい猫と狐を見てニヤつき、親父を小突いた。父親がミケにドーフーシ語で言った。

『船の仲間クルーから聞いてる……ってのはこの店か』
『親父っ、俺、実物を見たことがあるよ……シャシンはヤバイ。貴族どもが自慢してる肖像画なんてもう古いぜ。どんな絵師に頼むより「見たまま」なんだっ』
「にゃ? ユエフー、コイツらなんて?」
「撮影したいみたいよ」
『にゃ♪ 興味あるなら試せるが? 気に入らなければカネは要らない』

 ミケが暗記しているドーフーシ語を披露すると、開けっ放しのガラス戸を抜けて日焼けした大男と息子が“服屋”の店内に入って来た。

 船乗りらしく筋骨隆々の親子はラーナボルカ市でも最高級の内装を誇る仕立屋テーラーパルテ・スレヴェルを前に眩しそうな顔を見せ、純白を誇る漆喰の壁やニスの塗られた重厚な腰板に目を見開いた。

『お、これがシャシン屋か。高そうな店だが、噂じゃ安いと聞いたぞ……?』

 船乗りの親父は粗野な口調でドーフーシ語をつぶやき、俺より〈翻訳〉のランクが高く、異国語に堪能なパルテ店長が切り揃えた金髪を揺らして頭を下げた。

『お客様……率直に申し上げますと、写真の費用は安価ではありません。当店自慢の「写真術」は1枚につき80銅貨カウドを頂戴しております。それに、もしもお客様がお望みでしたら「写真フレーム」というものがございまして、こちらも最低品質で25銅貨カウドです』

 店長は流暢なドーフーシ語でおっちゃんに宣言し、おっちゃんは意外そうな顔をした。

『肖像画がたった80? 本当なら絵描きを雇うより圧倒的に安いが……』
『あ、お客サマ、試す。これどう? オレ、今、シャッターを切った。これがシャシン。オレ、コレ、紙に残せる』

 翻訳スキルでおっちゃんの声を拾った俺はすかさずカタコトのドーフーシ語で声をかけた。パルテより頭の出来が悪い俺にドーフーシ語は難しかったが、俺の足元には光り輝く「地球科学」の魔法陣があり、手には「デジタル一眼レフカメラ」が握られている。

 地球で愛用していたカメラの撮影画像を無線経由でパソコンの液晶画面に送ると、画面に自分の顔を見たおっちゃんは目を見開いて俺にレテアリタ語を叫んだ。

「うわっ!? なんだこれっ!? 鏡を見たみてえだっ……これがシャシンかっ!? これはっ、ほんとに絵なのかっ……!?」

 おっちゃんは語尾に促音がつくドーフーシ訛りのレテアリタ語を叫び、俺はシュコニを思い出しつつ、深々と頭を下げて暗記しているドーフーシ語を披露した。

『このままでは店外に持ち出すことができませんが、わたくしどもはこの絵を紙に写すことができます。しかし——不躾ながらお客様は普段着でございますから、紙へ写す前に、よろしければ当店の紳士服をお試しください。一着につき15銅貨カウドで最高の服を貸し出しております。最高の思い出のために、最上の服装を——もしもお気に召しましたら、服の購入もご検討ください』

 前世がクソニートとは思えない流暢なマニュアルを朗読すると、船乗りのおっちゃんは「服か!」と頷いた。

 パルテ店長がニヨついた顔で親子を更衣室に押し込み、カーテンを揺らして再登場した親子は、本来なら高名な冒険者か貴族しか着られないような最高級の紳士服に身を包んでいた。

 バイトの女性らが最後の仕上げとばかり2人の顔にチークのスポンジを押し付けている。息子はともかく親父の方は5歳も若く見えた。

 何枚か撮影し、ベストショットをPCの画像ソフトで微修正して許可を貰い、〈印刷アプリ〉で本番の紙にコピペする。このアプリは原本と紙さえあればなんでも転写が可能で、液晶画面を原本に指定すれば写真を印刷することもできた。

 船乗りの親子は大騒ぎして印刷した写真を喜び、店長の口車に乗せられて自分たちが着ている服や写真フレームまで買ってくれた。

 洋服はともかくただの板ガラスと木枠に過ぎないフレームは割高だったが、親父さんは躊躇いなく買い取ると決め、レジ係をするタヌキに砂金の詰まった小袋を出した。

 子狸ノールが無詠唱の鑑定を発動して砂金の真贋を見極め、手元に置かれた小石を動かす。この世界には電卓なんて無いので、計算は専用の小石を動かして行うことが多い。ノールは無言で正しい額のお釣りを戻した。

「——やばいぞ、最高の客だ!」

 親子を店外に見送ると、パルテが叫んだ。

「更衣室での会話を聞いたか? あの親父さんはキラヒノマンサの大商船の船長で、乗組員が100人もいる!」
「にゃ? 意外に太客だったのか」
「大当たりだ。ラーナボルカ湾に停めてる船からクルーを連れ出して、もう1回撮りに来るって……! 今日は確実に写真が100枚——2金貨ドルゴは売れる!」

 ここで思い出したいのは、俺たちが「服屋」だということだ。


 もう4年も前の春になる。

 その日、ラーナボルカ市フェトチネ地区の中央通りに自分の店を構えていたパルテに俺とミケは自慢の洋服を持ち込んだ。

 服の種類としてはパーカーのつもりだったソレは、石頭のギルマスに迷宮入りを禁止された三毛猫が街の周辺に出没するうちで最も強い「スコール」という狼の魔物を虐殺して手に入れた毛皮を縫い合わせた作品で、裁縫したのは俺だった。

 アホみてぇなMPを込めた灰色のパーカーは防御力だけならオークの一撃にも耐えうる品質だったのだが、〈剣閃〉の盾たるムサは俺たちのパーカーを「……良いっすね」と評価し、彼と同様、俺たちの両親は誰も着ようとしなかった。

 俺たちは不思議に思い、同年代にして自分の店を持つパルテの元に自慢の品を売りに行ったのだった。

『へえ……見た目の割にすごい防御力だな』

 俺と同じ鑑定持ちのパルテ店長はボクたちが作り上げた傑作を正しく評価してくれた。

『でも、こんなだっせえ服を着る冒険者はいないぞ。ほとんど未開人が着る毛皮だ。本当に駆け出しで、カネに困ってる冒険者以外は買わないだろうな』

 裁縫スキルを持っていたボクは、そこで自分にはデザインセンスというものが致命的に足りていないということを悟った。

『ところで、ミケさんは〈冒険〉の加護持ちだよな? カオスくんの強さは例の首吊り戦で見せてもらったし……読めたぜ。2人ともギルマスに「子供料金」を支払えないんだろ。なら、おれの店を手伝ってみないか?』

 今にして思えばパルテの口車に乗せられたのだが、俺たちはこども店長に雇われた。

 すべてはラーナボルカ市の新しいギルドマスター“ブラックレディ”が悪い。

 あの悪逆たる黒猫はギルマスに就任するとすぐ、シュコニの例を引き合いに保険制度を成立させていた。

 曰く、迷宮に入るすべての冒険者はランクに応じた保険料を支払わねばならず、冒険者が迷宮で死亡した時は、遺族に保険金が与えられる——保険があれば弱い冒険者も働きやすくなるし、そこまでは俺も良いと思うんだ。

 しかし鬼猫は、保険の約款に「未成年冒険者の特別保険料」という条件を書き加えていた。

 ——未成年の冒険者は死にやすいので、未成年の子供が迷宮に入る場合、本人またはその保護者は、毎月1金貨ドルゴの保険料を追加でギルドに支払うこと。

 金相場によって変動するが、1金貨は8銀貨または4000銅貨に等しい。俺の感覚的に銅貨は1枚50円程度の価値を持つので、日本円ならひとり毎月20万だ。

 それまで毎日ノモヒノジア迷宮に入りたがり、両親にしつこく嘆願していた俺とミケは、「自分で払えるなら良いよw」と迷宮入りの許可を得ていた……。


  ◇


 船乗りのおっちゃんは宣言通り百人の仲間を連れて店に戻り、子猫と子狐は戸惑いながら大量の客を店に通した。

 船長は仲間一人ずつとツーショットを撮り、独身の仲間には「お見合い用の肖像画を作れ」と撮影代を奢り……次々と支払われる銅貨にパルテは恍惚の表情を見せたが、写真係のボクはドーフーシ語でわめく大量の客を前に心が折れそうになった。

 耐えろ、混沌の影。来月も仲間全員が迷宮に入るには3金貨=60万円が必要だ……!

「用紙が無くなってしまいました!」『すみません、今日の「写真」は終わりです!』

 正午を過ぎたころ、パルテが各国語で叫んで頭を下げ、俺は撮影業務から解放された。

 この世界にかつて存在しなかった「写真術」は好評で、平民はもちろんプリクラ感覚で毎日撮りにくる貴族もいるのだが、今日のように印刷用紙が品切れになる日は珍しい。船長様々だね。

「……にゃ? ユエフー、お昼時である」
「今日も待ってるひとが沢山……いよいよ忙しくなるわね」

 パルテが謝罪する声に合わせ、客寄せパンダの2人が曲を変更する。

 黒の学生服に身を包んだ2人はゴブリンの爪を剥いで作ったピックを弦に当て、声を揃えて歌った。

「にゃ。ランチタイムを開始する。ラーナボルカで今☆話題。亡きウユギワの料理がここに♪」
「おいしい♪ ウユギワ。お試しあれ……♪」
「サバの味噌煮はうまうまにゃ? 謎の王国ジャパンのスシや、謎の帝国チャイナのギョーザ……知らない奴は遅れてる。カルボナーラを味わわずして、ラーナボルカを語るべからず♪」
「卵のパスタ♪ 13銅貨……♪」

 子猫と子狐が歌を変えた瞬間、それまで遠巻きに店を眺めていた冒険者たちが店に殺到した。彼らは子狐や子猫に今日の定食を質問し、獣人たちは丁寧に答えた。

「あら、お客様は初来店ですね♪ エールをご注文なら、ドリンク無料チャレンジはいかがです?」
「え、酒が無料になるのか?」
「にゃ☆ サイコロを2つ振って、ゾロ目なら無料。合計が偶数なら半額の3銅貨で良い。しかし奇数なら、12銅貨の大ジョッキを絶対に注文しなくてはならない」
「大ジョッキって、つまり2倍飲めるんだろ? それって俺らに損が無くないか」
「でしょ♪ 挑戦してみます?」

 それまで一眼レフを召喚していた俺は炊飯器や電子レンジを召喚し、3階建ての店の2階にある厨房でバイト仲間と一緒に調理を始めた。店長のパルテが自分の倉庫に仕込んでいる漬物を取り出す。

「わかってるよな、みんな! 今日はおれのジジイ様が食べに来る……文句を言うのが生きがいのバンパイアだ。接客はミケに任せるから、完璧なランチを頼むぞ!?」

 改めて確認しておこう。仕立屋パルテ・スレヴェルは服屋だが、俺たちは毎月の保険料のため、カネになるならなんでも売ると決めていた。

 腹を空かせた冒険者の列の最後には、豊かな口ひげを傭えた白髪の老人が立っていた。


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