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第五章 人狼の夜
ユエフーとノール
しおりを挟む開店前で苛ついているこども店長に対し、俺のいとこはシュコニから受け継いだ「火鼠の皮衣」を翻した。
冒険の女神から加護を受けている寝不足の子猫はいつもの眠たげな目で吸血鬼を睥睨し、偉そうにあくびをした。遅刻を謝る気配は無い。
今年で12歳——日本なら中学校に上がる直前のミケは、この数年でずいぶん女らしくなった。
両目はエメラルド色で、茶とオレンジと白がまぜこぜになった複雑な色を持つ髪は動きやすいようショートカットにしている。人間の耳とは別に生えた三角耳だけが母親同様に黒く、ここまでは7歳のころと変わらない。
耳元に留めた桃色のヘアピンは、親友のキツネかタヌキにもらったのだろう。子供の頃は毎日シャツに短パンだった子猫は黒のブレザーに小洒落た可愛いスカートを履き、唇には薄く紅を引いている。
最近のミケはこうやって着飾ることを楽しんでいて、バイト等で稼いだお金を湯水のごとく化粧品につぎ込んでいる。それも主に自分のバイト先の商品を購入していて、店に出している化粧品の大半は俺が地球のものを召喚&鑑定した模造品なので、俺的にはありがたい太客だ。
ミケは約1時間という壮大な遅刻を気にするでもなく、「にゃ☆」で終わる猫系獣人専用の呪文を唱えた。〈常世の倉庫〉が開かれ、2台のアコースティック・ギターを取り出す。
「にゃ。テンチョー。子猫は今日も呼び込み役か?」
「ダメよミケ。ちゃんと謝らないとクビになっちゃうわ」
遅れてきた子猫は悪びれる様子もなく眠たげな目で店長を見つめ、その後ろに立つキツネがくすくすと笑った。タヌキの方はいつも持ち歩いている分厚い魔導書を開き、そこに羽ペンでなにか書き込んでいる。
引っ越しから5年——俺のいとこの三毛猫は、ラーナボルカで2人の親友を得ていた。
ひとりはユエフー・コン・フォーコというツイウス系の狐で、深い青色の瞳と、輝くようなオレンジ色の髪としっぽを持っている。猫獣人より細長い耳は黒く、チェックのスカートのしっぽ穴を通した尾はふんわりとして先端だけが白い。本人の談によると、このしっぽの手入れはツーサイドアップにした髪の毛並に面倒なのだそうだ。
『——絶対防御だかなんだか知らないけど、アンタみたいなボサボサのロン毛とは違うのよ、カオス()』
などと言う子じゃなければ可愛い中1の子狐なのに。
ユエフーは貿易で財をなした商人の娘で、フォーコという家名はレテアリタ帝国からカネで手に入れた名字なのだそうだ。本人は拝金主義の両親を嫌っていると言い張るが、金持ち特有の高慢さを隠せないクソガキだと断じてよい。
もうひとりのタヌキはキツネより可愛げのある奴で、巨大都市ラーナボルカでも〈無詠唱〉を使えるのは俺と「ノール」だけだろう。
黒とこげ茶の2色の髪を2本の三つ編みにし、タヌキの丸いしっぽを持つ少女は、「魔法使いかよ!」と言いたくなる古びた大きな三角帽を愛用し、こちらも「魔法使いかよ!?」と言いたくなるようなデザインの、古びたローブを羽織っている。帽子もローブも緑がかった皮製で、非常に高価な竜の皮を使っている。
このタヌキから名前を聞き出すのには苦労した。
この少女はレテアリタ西部の自治区「ルーコ・ルア」出身なのだが、生まれながらに叡智の加護を持っていた子狸はある日、うっかりアクシノに願い出てしまった。
——これから一生喋らないので無詠唱スキルをください。
叡智アクシノは奇妙な願いを「興味深い」と受け入れ、この子狸はそれ以来一言も喋っていないし、どうしても他人に伝えたいことは紙に書いて伝えると決めている。
結果、テンプレの魔法使いみたいな服装をしたタヌキの少女は分厚い羊皮紙の本を手放せない。いつも小脇に抱えている魔導書のようなぶ厚い本は全ページが白紙で、しかも表紙に使われている厚紙や、ドラゴン皮の帽子とローブには鑑定阻害の魔法陣が刻まれていた。
おかげで名前を鑑定できないし、鑑定持ちの俺や店長は、キツネが「ノール」と呼ぶ少女をなかなか信用できなかった。
俺もパルテも「月の眷属」を警戒していたし、店長のパルテは店の方針として〈月〉の疑いがある人物を絶対に雇用しないと決めていたのだが、帽子とマントと分厚い本のすべてに鑑定阻害を持つタヌキは胡散臭いにもほどがあった。
もう2年も前になる。
当時11歳のキツネとタヌキはギルマスが発布した悪法のせいもあり、新進気鋭のブランドショップ「パルテ・スレヴェル」のバイト面接に来た。
キツネはともかく鑑定不能のタヌキを疑いまくった店長は、当時10歳とは思えぬ大人びたため息をついてノールに宣言した。
『面倒だ。うちで働きたいなら服を脱げ』
『……!?』
子狸は赤面し、必死に首を振った。
『そんな顔をしてもダメだ。無言というのも胡散臭いし、信用できない。鑑定の済んだフォーコは採用しよう。おまえもそうなりたきゃ脱げ。鑑定を受ければ採用してやっても良い』
セクハラ訴訟上等の発言だったが、タヌキは店長と一緒に更衣室に入り、素っ裸で店長からレベル5の鑑定を受けた。お互いに小学生じゃなかったら犯罪になりうる暴挙だった。
更衣室から出てきたこども店長は、安心した顔で俺や三毛猫にタヌキの素性を告げた。
『叡智様から神託が下った……この子の名前は「エアクスパウンプ・プアムクム・ブック・フェス・フム・ムドノール」だって。すごい長さだな。アクシノ様によるとルーコ・ルアの女は5代前までの先祖から名前を引き継ぐ。フォーコは最後の名前を略して「ノール」と呼んでたんだ——おれは「ブック」と呼ぼうかな。
とにかく、鑑定によるとこいつは月の眷属じゃないし、鑑定が5、それに無詠唱がレベル6だ。MPも千に近い』
採用されるとノールは嬉しそうに両腕を振って笑顔を見せ、無言でグッとキツネに親指を立てた。
そしてそれから数ヶ月、同じ職場でバイトするうちミケは獣人2人と仲良くなり、ある日、俺とパルテの3人でやっていたパーティに2匹の小動物を加えると宣言した……。
◇
「——おまえら、そろそろ店を開くぞ」
思い出に浸っているとパルテ店長が手を叩き、声を張った。
「昨日も警告したが、今日はおれの『お祖父様』が来店する予定だから、粗相の無いように。あの爺さんがどんな人間かは知ってるな?」
正社員の女性陣はもちろん、バイトの俺や獣人3匹も頷いた。3匹の小娘は地球の中学生を思わせる同じデザインの黒いブレザーに身を包んでいて、防御力のカケラもなさそうな学生服の布切れは、実はラーナボルカのトップ・ブランドたる仕立屋パルテ・スレヴェルでも最高品質のドレス・アーマーだったりする。
「ミケとユエフーはいつも通りお昼まで『写真』の宣伝をしてくれ。ブックとカッシェ以外はお客様に服や化粧品を勧めて少しでも売上を伸ばすんだ。
お昼を過ぎたらいつもの通り宣伝を切り替えて——おいリーダー、『スリー・テイルズ』は今日もノモヒノジア迷宮か?」
「にゃ☆ テンチョーがクソ雑魚すぎるので、今夜も強化の予定だが?」
「うえぇ……『子供料金』は高いし、レベルもずいぶん上がったし……そろそろおれは卒業かなと思ってるんだが」
「にゃにゃ? お店の方針はともかく、冒険についてはリーダーの命令が絶対。ミケに任せておけばテンチョーはサイキョーになれる☆」
「おれは別に最強とか……叡智様がまたアレを許してくれない限り、おれなんていつ魔物に殺されるかわかんねえし」
「にゃ。そう案ずるな。オマエはオレが守ってやる☆」
「そういうセリフは男が言うモノだぜ……」
金髪赤目のパルテはネクタイを締め直し、ぶつぶつ言いながら自分の店のドアを開いた。
つい5年前——冒険のニケが極大魔法で街を造っている時、店長はひとり新市街に突撃し、幼少の頃からの夢だった「自分の店」を確保したと聞く。
区民たちが「ニケの奇跡」と呼ぶあの日、多くの冒険者がパルテの土地を奪いに来たが、当時7歳だったこども店長は負けなかった。
〈——パルテ、今日だけは特別に「鑑定」のMPコストを「2」に固定しましょう——〉
あの日アクシノは店長に告げたと聞いている。
〈おまえは邪悪なマキリンの企みを鑑定で見抜いてみせましたし、首吊りの木が仕組んだスタンピードをいち早く鑑定し村の窮状を神々に伝えました。冒険のニケが「褒美をやれ」とうるせえし、今日だけ……この日だけはパルテに混沌の影()の世界を見せてあげます〉
パルテが言うには、その日小さな吸血鬼は「夢のような1日」を過ごした。
コストが2に固定された鑑定はMPの少ない7歳児パルテに連打を許し、店長は土地を奪おうとする冒険者らを鑑定連打で返り討ちにしたそうだ。
それから5年、パルテは懸命に育て上げた自分の店のドアを開いた。
常世の倉庫から2台のアコギを取り出した三毛猫が1台を自分に、もう1台をキツネに手渡して客寄せを始める。
「にゃ。いらっさいまー?」
親戚という贔屓目もあるかもしれないが、化粧を覚えた12歳のミケはなかなかの美少女に育っていた。俺が「地球召喚」で店長に見た目を伝え、再現した学生服も素晴らしく可愛い。
黒を基調としたブレザーに身を包んだ三毛猫は、同じ制服に身を包む親友のキツネと一緒にアコギをかき鳴らして歌った。
「にゃ。ラーナボルカで今☆話題。“写真屋さん”が今日も開店……♪」
一応確認しておくと、俺や三毛猫が働いているのはあくまでも服屋だ。
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