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第四章 大いなる冒険

カノン・ロック

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 実に7年ぶりに世界が停止している。

 それでも首吊りの木はさすがに〈神〉で、俺はゆっくり、老人が散歩する程度の速さで地面に打ち下ろされていた。

 このままなにもしなければ俺の全身は大地に打ち付けられる。俺は加速した時間の中で自分の皮膚が破れるのを感じ、筋肉が裂け、骨が砕ける激痛を味わうことになるだろう。

 ところで、そんな可哀想なボクの目の前にはメール画面があって、ファレシラからの手紙を表示していた。

〈こにゃにゃちわ~~~~☆ でもでも、ええぇ……? どーしたんですカオス()さんったら♪
 わたしに「サマ」を付けてお祈りするなんて、仕方ないからメールしてやりましたぞ? なにしろわたしはあなたの女神☆ 惑星と歌のファレシラ☆ さ☆ ま☆ ですからね♪〉

 サマを付けて呼んでやったからか、女神のメールはめちゃくちゃ調子に乗っていてウザかった。

〈にしても久々ですね♪ この7年ほどメールしなかったわたしですが、マァ許しなよ眷属☆
 というのもね? なんか女神ぃ、ここ最近仕事が超忙しくてぇ、この7年はメールを出すヒマも無かった感じでぇ……?〉

 知らんがな。飲み屋で愚痴るOLか。

〈でもでも☆ 来年からしばらくは、わたしも休暇の予定なのです♪
 (>_<)<海とか行く☆

 わたしはこれから思いッきりバカンスを楽しんじゃう予定なのですが、カオス()さんはこのあとどんな予定です?
 右足が足が折れてるみたいですけど、ぶっちゃけ援助は無用ですよ。
 心配めさるな。あなたに加護を与えている女神は、異世界のビッグ●ーターこと歌のわたしです☆ あなたがなにもしなくても、雑草は速やかに駆除されるでしょう♪
 叡智もイミフと小首を傾げています。それでも「思考加速」が必要なのです?
 
 YES/NO〉


 メールはそれで終わっていて、俺は絶対にYESもNOも選ばないようにした。

 メールに記された「YES」や「NO」のボタンをクリックしない限り、俺の主観的な時間は停止したままだ。

(……おし、やるか)

 俺は〈調速Lv3〉を有効にした。

 金縛りにあったように動けなかった〈思考加速〉状態が即座に解除され、毎秒数十MPと引き換えに加速された時間の中で俺は自由を得た。久々にマトモな使い方をするが、調速は本来、加速した時間の中で体を自由に動かすためのスキルだ。

 腰に吊るしていた鞘から〈シルフの懐刀〉を抜く。

 母から譲ってもらった業物のナイフは加速された時間の中でも怪しく輝いていて……すげえ嫌だったが仕方ない。MPが残り少ないので、とっととやらないと思考加速が解除されてしまう。

〈——むくろ細剣術さいけんじゅつ飛燕ひえんの太刀——〉

 現在の俺には絶対防御ヒットポイントの壁が無い。

 HPの壁を持たない俺の右足は、俺が自分で振り下ろしたナイフによって豆腐のように切り落とされた。さよなら右足首。キミのことは忘れねえ。

(うおおお痛ええええええええ……!?)

 首吊りの木が放った蔓に拘束されていた足首が切り離された。

 ボクの哀れな右足首は血を撒き散らしながら落下し、加速された思考の中、スローモーションで村の広場に着地した。

 首吊りの木に右足を掴まれたいた俺は開放され、右足同様にスローモーションで落下した。

 俺に残されているのは左足だけだ。見事な着地なんて出来ず背中を打った。これもこれで痛い。

 上空ではメールの送り主たる女神が停止していた。あいつも絶対〈調速〉できるに決まっているが、大人しく首吊りの木に絡まれて停止している。ファレシラはHPの壁を発生させていて、蔓に締め付けられても無傷で——目線だけがこちらを向いた。思った通りファレシラは思考加速中でも動けるらしく、ちょっと引いた目で俺の足を見つめ、マジかよという顔をしている。

 まあ見てろって。

(調速はオフにして——再起動)

 アプリを使うと即座に全身の痛みが消え、目を覚ますなり俺は適当なモノを鑑定した。

〈雨雲です——客観的には1秒も経っていない。にしてもおまえ、よくトカゲみたいなマネができたな。冒険のニケが大笑いしながら称賛してるぞ〉

 叡智の声を聞きながら俺は全快したHPとMP、さらに「右足首」を確認し、自分の戦略の成功を祝った。

 再起動と思考加速の相乗効果は、再起動スキルを取得したとき考えていた作戦のひとつだ。

 即座に肉体を全快させる再起動は強力だが、引き換えに気絶を要求する。戦闘中に眠りこけたらそのままタコ殴りにされるので、安全な場所でしか使えないのがこのアプリの欠点だ。でも、それが思考加速中だったら……?

 俺は〈調速Lv2〉を再開し、生え変わった裸足の右足で村の地面を踏んだ。思考加速中の調速は常時MPを消費するが、全快したMPはまだ9千以上残っている。なんの問題もない。

(……それじゃ勝負だ、アクシノ)
〈ほほう、ワタシと勝負? 言われた通り予想してみたが、まだオマエがなにをするかわからんね〉

 かもな。アクシノはこの惑星の叡智であって、「地球」については詳しく知らない。ただ、俺がステータス画面を開き、〈修行〉アプリを起動させると叡智の女神は言った。

〈なるほど、勝負というのはミニゲームのことか。少し思惑が見えてきたが……?〉

 そのあと俺は、主観的には3時間もかけて〈修行〉に励み、新しいスキルを獲得した。

 解除する前に父さんたちの元へ戻り、停止しているゴブリンキングの首をサクっと切り裂き、配下のゴブリンも皆殺しにする。

 そのあとは少し手間で、停止したままの父さんたちを村の広場の外へひとりずつ運んだ。俺のちょっとした動作は客観的には音速を超えているので、怪我をさせないようそっと運ぶ必要があった。

 全員を退避させる頃にはMPが3千を切っていたが、俺は満足し、女神のメールに「YES」を返した。

 時間が、再び動き出す——。


  ◇


 思考加速が解除された瞬間、一気に多くのことが起こった。

 まずは俺を地面に叩きつけて殺そうとしていた首吊りのアホがなにも持たない蔓を地面に打ち付けて〈ほひぇ?〉と耳障りな声を上げ、父さんやミケを襲っていたゴブリンたちが噴水のように血液を撒き散らし全滅した。広場の外れから「にゃ!?」と子猫の声がして、怪盗の母が「転宅?」と訝るのが聞こえる。

 俺は全滅したゴブリンの近くにいて、むせ返るような血の臭いに閉口しつつ、上空で蔓に囚われた女神ファレシラを見上げた。

〈どういうことよ!? なにをしたのあのガキ!?〉

 雑草がうるせえ。

「なんでしょうねえ……☆ 常世ちゃんじゃないけど、ワクワクですぞ?」

 女神はムカつく顔でニヨついていたが、借りは借りだ。星と歌の女神は——あの女は、しくじった俺の代わりに死神と殴り合いをしてくれた。女にやらせることじゃなかった。

「おい歌の女神……あんたはポコニャさんを助けてくれた」

 借りを返すまではあいつを「邪神」と呼べない。あいつを再び邪神と呼ぶには必要なことだ。それに——シュコニはまだ、弔いの歌を捧げられていない。

「だから、おまえを歌で応援してやる」
「——へ?」

 俺は激しい爆発を起こした。

 癇癪玉の連打で周囲の瓦礫が吹き飛び、半径5メートル程度の更地が発生する。即座に〈印刷〉で5つの魔法陣が刻まれた。ひとつを除き、4つの魔法円は一部が重なっていて、重複部分はケーブルで繋がれている。残ったひとつは「極大魔法」の図形だ。俺の極大魔法は女神ファレシラの加護により任意の神の極大魔法を指定できるが、指定先はファレシラにしている。

 重複した4つの魔法陣のうちのひとつには俺が愛用していたがあり、画面にはDTPソフトが表示されている。クリックすると、生前、趣味で打ち込んでいた「カノン・ロック」の伴奏が、ケーブルで繋がれたスピーカーから鳴った。

「……この曲、さっきの? たしか、パッヘルベルのカノンとかいう……?」

 打ち込んだ弦楽器の和音に歌の女神が耳を澄ませたが、違うぞ歌。それはまだ前奏だし、機械が出してる無機質な音だ。

 この異世界において、スキルというのは生身のヒトの詠唱とうごき、祈りと舞を要求する。機械に打ち込んだ音を鳴らしても極大魔法は起こらない。

 俺は自分の手に、ずっと愛用していたを持っていた。足元にはエフェクターもある。いつもペグに挟んでいるピックを手に取り、俺はスピーカーから流れる合成音の前奏を聞いた。

 歌の女神はスピーカーに驚いていた。雷の魔法こそ存在しているが、この世界には発電所も電化製品も無い。

 ならば当然、電気で動作する楽器も見たことがないだろう。スピーカーから流れてくる静かな前奏を聞いたあと、俺は鋼鉄の弦にピックを押し付け、エレキを——、


 遠い異世界に、地球のロックを響かせてやった。


 ロックの音が——この異世界には存在しないひび割れたエレキの爆音が響くと、俺が刻んだ「極大魔法・歌」の魔法陣が強烈に輝き、歌の女神は目を見開いた。絶対防御に守られていたはずの雑草の蔦が灰になって飛ぶ。

 エレキパートの最初の数小節を弾き終わるころには〈メテオ〉が発動し、俺の上空に宇宙空間への窓が開く。

〈な!? 歌のやつ、まだこんな力を……!? ジビカ様が、常世と戦って死にかけてるって——〉
〈——極大魔法・歌:絶対静聴だまれころすぞ——〉

 うぜえ雑草がなにか言いかけたが、雑草の声はファレシラの謎魔法でかき消えた。それだけではない。村の広場に膨大な数の隕石が降り注いだが音はせず、ただ、俺の演奏だけが広場に響いた。激しい爆風も演奏中の俺には届かず、絶対防御に似たドーム状の青い壁に阻まれる。

 歌の女神は村の広場の上空で踊るように両手を振った。微笑んでいたが笑い声は聞こえず、ただスキル表示だけが視界の端に見える。

〈——極大魔法・星辰:天罰——〉〈——極大魔法・星辰:天罰——〉
〈——極大魔法・星辰:天罰——〉〈——極大魔法・星辰:天罰——〉

 鑑定連打とは次元の違う極大魔法の連打が通知され、演奏している俺の周りで魔物が次々と黒い霧に包まれた。魔物たちはリズムに合わせてポップコーンのように弾け、惑星から存在を拭い去られていく。オークキングもゴブリン王も、少し哀れに思うほどあっけなく消えた。

 演奏は続く。

 ずっと続いていた大地の揺れが収まり、避難していた村人たちが広場に戻ってきた。みんな口々になにかを叫んでいたが、俺には聞こえない。しかし誰もが耳に手を当てて演奏を聞こうとしてくれていて、目は上空で踊る歌の女神を見つめていた。

 カノン・ロックは決して簡単な曲ではない。演奏が難しいパートに入るとミケが駆け寄ってきた。三毛猫は歌の女神の謎魔法による青い壁を通過して俺の側まで来て、俺の左手の動きに「にゃ」とだけつぶやいた。子猫もギターを演奏するから、俺を邪魔しちゃダメだとわかるのだろう。

 演奏に要するテクニックが高度になるほど俺が用意した「極大魔法・歌」の魔法陣は異様な輝きを見せた。それと同時に俺の左右へ淡い光の泡が現れ、見物人が3人ほど増える。

 さっき最下層でワクワクしやがった常世の女神が俺の真横に顕現し、天むすをぱくつきながら無言で俺を凝視した。常世は高速に動く俺の左手に目を見張り、俺がピックを口に咥えて右手でタッピングしてみせると無表情ながら「ほあ」とつぶやいた。驚いたらしい。

 残る2人の見物客は叡智アクシノと鍛冶アイワンだった。

 鍛冶の男神は演奏よりも地球の品々に左目を見開き、エレキギターやミキサーといった道具に鼻が触れるほど近づき、爆音を出すスピーカーに頬を紅潮させた。それは叡智も同様で、アイワンの耳元で早口になにか喋りながら、自分が呼び出した地球の道具のうち、特にパソコンに見入っている。アルファベットの刻まれたキーボードを触りたそうにしていたが、マジでやめろよ? 伴奏が止まったら「応援ライブ」が台無しになる。

 叡智アクシノがミニゲームで俺に与えた「ユニークスキル・地球科学」の発動条件は、極大魔法に似ていた。

 まずは叡智アクシノが指定した複雑な召喚魔法陣を描き、その中央に、地球の道具の名前を書いて「鑑定」を行う。

 すると叡智アクシノがMPを引き換えに地球からその道具を取り寄せてくれるのだが、これは魔法陣の中だけで使うことが可能で、外へ持ち出すことはできない。拳銃を呼び出して発射しても、弾丸は魔法陣を出ると消えてしまうということだ。

 また、呼び出せるのは道具のみであり、地球人を呼び出すことはできないし、食品等も召喚不可能だ。ナマモノはダメで、俺が知っている「地球の道具」のみ。さらに、「俺が知っている」という条件は、要は「既知の情報」を意味するので、パソコンを呼び出してもネットを利用したりはできない。例えば「ほげ」をググったとして、インターネットがどんな答えを返すかを俺は知らないからだ。

 こうして見ると制限だらけの「地球科学」だが、女神に借りを返すには充分な能力だった。

 エレキギターをこの世界で作るには、半導体やらコンデンサやら、用意しなければいけない部品が多すぎる。スピーカーやピックアップは磁石とコイルで出来ているが、コイルはともかく、強力な永久磁石を用意するだけでもこの世界では大変な仕事になるだろう。

 首吊りの木が太い8本の蔓を上空に伸ばした。蔓はどれも苦しげに宙を掻きむしり、歌の女神が曲に合わせて楽しげに回避し、反撃の魔法を放つ。

 蔓の先端に火が灯り、8つの蔓はバースデーケーキのろうそくのようにゆらめいた。

 首吊りの木は火を消そうと地面に蔓を叩きつけたが魔法の火は消えず、少しずつ火が広がっていく。ミケはぼーっとした顔で蔓と歌の女神の戦いを見つめ、演奏も終盤に入った俺の演奏に目線を戻した。

 雑草が燃える臭いがした。死臭のような不快な臭いで、香木には使えそうにない。

 すでに広場の魔物は全員〈天罰〉を受け消え去っていて、唯一生き残った首吊りの木だけが燃え盛り、蔓に咲いた白い花をひとつひとつ失って行った。

 火に包まれる花の中にはルガウ少年の顔もあったし、フェネ村長の顔もあった。


 演奏を終える時が来た。俺は強くビブラートをかけながら最後の1音を広場に響かせた。

 エレキから手を離すと〈黙れ殺すぞ〉の謎魔法が解除され、火に包まれた雑草の末期の声が聞こえてくる。

〈あああああ!? なんなのよコレ、ふざけんじゃないわよ! 殺す、あのガキを殺してやる! わたしはもう、神よ……神は絶対に死なない! 眠りから覚めたら絶対に……!〉
「あは☆ その心意気は買いますが、でもでも、これだけボコられた雑草さんが目覚めるには300年くらいかかりますよ? カオス()さんがそれまで生きてるとは思えません」
〈……! ……!! ファレシラめ……歌め……!〉
「いーからとっとと燃えてしまいなさい☆ あなたも神ならわかるでしょ? 歌たるわたしが歌われている中、ただの雑草たるあなたに勝ち目なんて無い。この世界のどんな草木が邪悪なあなたにエールを送ってくれますか。
 それに、目が覚めた後も悲惨でしょうね☆ 邪神レファラドは新たな神を興すのに数千SPを浪費したでしょうが、その結果がコレです♪ 3世紀後、目覚めないほうが良かったと思う地獄があなたを待っていることでしょう☆」
〈うるさい! 黙れ! 騙されないわ。レファラド様がわたしにそんなこと……あるわけ……黙れ黙れ黙れーーーーーー!!〉
「効いてて草」

 ファレシラは溌剌とした顔で言い捨て、雑草は燃えて煙になった。ずっと見物していた常世の女神が煙に手を伸ばしたが、にぎりっぺでも掴んだように小首をかしげ、手にした煙を投げ捨てる。

「……ん。ヒトには基本、なにもあげないけど……超珍しかったから特別。カオスに1SP。天むすの時点で迷ったが、待って正解だった。500年ぶりにチキューのやばさを見せてもらえた」

 それだけ言うと常世の女神は光の泡になって消え、見物していた叡智と鍛冶も無言で消え去った。

 俺はホーム画面から地球科学スキルをオフにし、召喚魔法陣が光を失う。楽器やパソコンが消えて無くなり、ミケ以外は遠巻きに見ていた村人たちが広場の中央に集まって来た。

 彼らは一様に空を見上げ、歌の神ファレシラを見つめていた。

 いつの間にか村を覆っていた積乱雲は消えていて、澄み渡る晩夏の青空に歌の女神だけが浮かんでいた。

 どんな原理で宙に浮いているのかはわからないが、あれは歌の女神であり、この惑星で一番の魔法使いだ。謎魔法を駆使して浮遊しているのだろう。

 ファレシラは——いや、もう借りは返したよな? ——歌の邪神は村の面々に告げた。

「なにやらカオスシェイド()から邪念を感じますが……」

 おおっとバレてるな。別に良いけど。

「ウユギワ村の人々よ。スタンピードを引き起こした邪神『首吊りの木』は燃えて無くなりました。かの邪神が管理していたウユギワ迷宮は、わたしの星から消え去った」

 喜ぶだろうと思ったのだが村人たちは邪神の言葉に動揺した。中には青ざめて膝を突く村人もいて——少し考えて理由に気づく。

 ウユギワ村は、ウユギワ迷宮ダンジョンを攻略する冒険者らが興した村だ。村にはろくに農家がいないし、ヤギ以外の酪農家もいない。経済のすべてはダンジョンに依存していて、毎日の食べ物は迷宮由来の豆や豚や唐辛子だ。余った食料や素材はギルドが買い取り、生産職に売ったり、別の町と交易して商店に品物を流していた。

 経済基盤たるダンジョンが無くなった今、俺を含めた村人たちはどうやって生きていけば良いのか。震災とスタンピードで住む家すら無いのに。

「さて……ウユギワ村の新たなギルドマスターよ♪」

 答えは邪神が教えてくれた。

「にゃっ!?」

 ポコニャさんが全身の毛を逆立てながら返事を返す。

「あなたは新しい村長を兼務し、生き残った村人たちを率いて南東に向かいなさい。つい先日、レテアリタ領ラーナボルカ市のギルド・マスターが空席になってしまいました。あなたをそこのギルドマスターに任命しますから、ウユギワ村の冒険者たちは、あの街にある巨大迷宮、ノモヒノジアを攻略しなさい」

 沈んでいた村人たちが歓声を上げた。ファレシラは困ったような顔を見せたが、すぐに笑顔を取り戻す。

「困難な挑戦になるでしょう。新しい迷宮はとても巨大で、レテアリタ帝国はもちろん、近くにあるドーフーシ帝国やツイウス王国の領土にも入り口を開いています。迷宮自体の難易度もさることながら、各国があの迷宮の利権を独占しようとしているわけですね。
 しかし一方で、ウユギワ村が今日、Sランク冒険者でさえ困難な『迷宮殺し』を実現させたことに間違いはありません。我らはあなたがたに期待し、3つほどご褒美を授けることにしました☆」

 その瞬間、詰めかけた村人の9割くらいが歓声を上げた。俺には「ご褒美」がなんなのかわからなかったが、ムサ以外の剣閃や、ミケがニャーニャー鳴いて喜ぶ。

 ファレシラはくすくすと笑った。

「倉庫を持たない全員に今、常世の女神がレベル1の〈倉庫スキル〉を与えたはずです♪ あんにゃろわたしをさんざん邪魔して、なのにカオス()の生演奏まで聞きに来ましたから、さすがにそれでは公平さに欠けると考えたみたいです☆ 倉庫を開いてみなさい。中には金貨が5枚に、新鮮な牛肉が——ウユギワ迷宮のボスのお肉が入っているはずです♪」

 ミケが興奮気味に〈常世の倉庫〉を詠唱し、自分の前に倉庫の入り口を開いた。首だけ中に突っ込んで、1立方メートルの自分だけの空間を見回し、元々倉庫を持っていた俺やムサに見せつけるように牛肉の切れ端を取り出して自慢した。

 え待って俺には無いのご褒美。元々倉庫を持っていたムサさんも死んだ目をしてるけど?

 ポコニャさんやラヴァナさんも嬉しそうで、2人は同じく倉庫を手にした父さんと笑い合った。

「……うっそ、マジ? え、醤油を作り放題?」

 しかし一番喜んでいたのは怪盗だろう。母さんは俺の襟首を掴んで揺さぶりながら醤油と味噌の製法を言えと怒鳴り、自分専用の宝物庫を得た怪盗らしく、喜びを爆発させた。

「2歳から使えてたあんたにはわかんないでしょうね——これ、ファイエモン様すら破れない最強の金庫よ!」

 母を筆頭に村人たちは倉庫や牛肉にざわめき、ファレシラは上空に浮かんだまま騒ぎが収まるのを待って、静かになるとポコニャさんに告げた。

「ポコニャ、最後に。長年〈倉庫〉を尊んだフェネと、最後まで〈倉庫〉に秘密を隠してみせたシュコニを忘れてはいけませんよ。彼女らがいかに秘密の冒険をして来たかは、ギルドマスターを加護する冒険のニケや、ずっとあなたを見守ってきた叡智アクシノが語ってくれることでしょう」

 歌と惑星の女神は体を光の泡にして天高く消えた。教会の鐘を思わせる澄んだ音がした。









※カノンロックという曲の素晴らしさは文章で描ききれるようなものではいので、ぜひともこちらを参考になさってください:

https://www.youtube.com/watch?v=sZevW7VLROQ

※上記はYoutubeへのリンクですが、動画は筆者と無関係であり、なんの利益ももたらしません。文章表現では不可能な「音」を紹介するためだけに張っています。
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