マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜

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第四章 大いなる冒険

隻眼の鍛冶

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〈——迷宮の最下層で打ち鳴らされた〈星辰の鐘〉の効力により、敵はこの洞窟に対する権利を失いました。ウユギワ迷宮はただの洞窟に戻ります——〉

 澄んだ鐘の音と同時に叡智アクシノが通知し、その本体が俺たちの目の前に顕現した。

 流れるような漆黒の髪と実に残念な胸囲を持つ女神は俺たちに通知し、隻眼の小男に叫んだ。

「——てことでアイワン、こいつらに壁を! あの方々が本気でやったら巻き添えで死なせてしまう!」
「うむ!」

 ドワーフのような鍛冶の男神は、服こそ女神らと同様の白くゆったりとしたローブだったが、頭には赤い三角帽をかぶり、右目を黒い眼帯で覆っていた。

〈——岩石魔術:即席渾天こんてん——〉
〈——鍛冶:火山涙——〉

 男神アイワンは最初のスキルで俺たちを岩石のドームで覆い、次のスキルと同時にドームを金槌で叩いた。ドーム状の岩石が一瞬だけ赤熱し、透明なガラスの厚板に変化する。

 透明なドームの外では二人の女神がそれぞれのスキルをぶつけ合っていた。

 先に動いたのはファレシラで、歌の女神は口を開くと、アニメを5倍速で早回ししたような早口で詠唱した。呪文はほとんど高周波のようで聞き取れなかったが、

〈——星辰魔術:メテオ——〉

 スキル表示があり、ファレシラが常世に指を向ける。

 常世の女神の頭上の空間が丸く切り取られ、その先に星の輝く宇宙空間のようなものが見えた。ダンジョンの空気が真空の宇宙に向かって流れたが、それとは逆に、宇宙から降り注ぐ火球が見えた。

 ボーリング大の30個もの岩石球が空気に触れて赤く輝き、球は常世の女神に向かって落下した。

〈——たぶん死霊魔術:ブラック・ホール——〉

 しかし常世は頭上に倉庫を開き、通常は光で満ちているはずの倉庫入り口は漆黒だった。隕石は倉庫に飲み込まれてしまった。常世はゴミ箱の入り口を塞ぐと、その場でくるりと回転した。

〈——たぶん死霊魔術:アルクビエレ・ドライブ——〉

 常世の女神は怪盗術の転宅を使ったかのように姿を消したが、

「——歌様、あのへん!」

 叡智アクシノが予想を怒鳴り、俺の視界のなにもない場所に矢印が浮かぶ。同じものを見ているのだろう、ファレシラは矢印に指を向けながら高速詠唱した。

〈——歌魔術:四元斉唱——〉

 叡智の予想通りの位置に常世の女神が転移してくる。おかっぱ頭の着物少女を竜巻が包んだ。暴風の中には水晶の棘や氷の棘、さらに焼けた溶岩の弾丸まで混じっていて、そのひとつひとつが死神を殺そうとする。

 しかし常世には絶対防御の壁があった。HPの壁は相次いで飛来する攻撃に次々と割られたが、死神は平然として表情を変えなかった。

「わくわく。今のでHPを百も削られた」

 ワクワクばっかうるせえ座敷わらしだな。ワクワ●さんかよ。

「——パパ、なにが起きてる? ママはどうなる!?」

 ドームの中でミケが叫んだ。子猫はガラスのドームに爪を立て、ポコニャさんを盗んだ死神を睨みつけていた。

「わからんが、ママを死神に渡さないよう、ファレシラ様が戦ってくださるようだ!」
「歌が……?」

 ——回復魔法のあるこの世界で、「死」は地球とは定義が異なる。

 死を司るのは常世の女神であり、死神がその命を「常世むこうの世界」に引き取るまで人は決して死なない。

 頭を潰され心臓を刺され、たとえ全身の細胞を灰にされたとしても、死神に「命」を取られない限り死者は回復することができる。ところが死神に命を取られたら、そこから先はなにをしても無駄で、すべての薬も魔法も効かず、その人は永久に戻ることがない。

 例えば胴体にミノタウロスの打撃を受けた人間は当然が、実際に「死亡」し、永久に「回復不能」とするか否かは常世の女神の判定次第ということだ。

 ……うまく行かなかった。

 俺はファレシラと常世の喧嘩を見ながら絶望感で吐きそうになった。

 叡智の事前予想では、ポコニャさんは賄賂で助かるはずだった。常世がカレーを食ってる間、極大魔法で〈星辰の霊薬〉を作り、薬を飲んだポコニャさんは「命」を回収される前に助かるはずだったのに……。

 ——ていうかあの死神、俺の料理のなにが足りなかったんだ?

 味のバランスは良かったはずだ。米に加えて豚肉とタマゴを使った。もしやカツ丼のほうが良かったか? 小麦とソースがあったから焼きそばやお好み焼きも作れた。砂糖でわたがしも行けたはずで——イヤ待て、なにこの反省? 縁日の屋台かよ!

 ——失敗した。

 ポコニャさんが牛に殴られてからずっと我慢していたが、俺はいよいよ泣きそうになった。

 シュコニは「人生で一番の出来」と笑った天むすの賄賂も虚しく、灰になって消えてしまった。フェネ婆さんなんて賄賂を捧げる機会すらなく死んだし、人間のクズみてえなゴリに亡骸を利用されてしまった。

 ミケはドームに赤い爪を立てていた。俺もMPさえあればドームを壊して常世を殴りに行きたかった。


 ガラスのドームの先で女神ファレシラは劣勢だった。

 その左右には男女の神が加勢していて、叡智アクシノは歌と鍛冶に神託を続け、鍛冶アイワンは野球部のコーチのように金槌を振り回していた。

〈——岩石魔術:金剛球——〉

 アイワンは魔術でダイヤモンドの球を作ると金槌を振り、

〈——鍛冶:鍛造——〉
〈——鍛冶:銘「死神返し」——〉
〈——印地いんじ:フルスイング——〉

 一打の内に球を強力な弾丸に鍛え、ついでに打ち出した。

 その打球は叡智に指示されたコースを飛び、死神は転移系魔術の先を読まれて被弾した。歌の女神がスキルを発動して畳み掛ける。

〈——歌魔術:五行斉唱——〉

 炎と滝、岩石と金属片に、さらに猛毒の果実が果汁を撒き散らしながら現れて常世を襲ったが、死神は表情を変えず、そのすべてを絶対防御の壁で防いだ。あいつどれだけHPがあるんだ!?

 死神は忍者がよくやる手印を組んでつぶやいた。

「ムダムダ。にんにん」
〈——たぶん極大魔法・影:影分身——〉
〈——たぶん天拳流・奥義:毫打百裂拳ごうだひゃくれつけん——〉

 突如常世の女神が数十体に増え、無表情の死神たちは同時に歌・鍛冶・叡智に殴りかかった。

「「「 オラオラオラー 」」」

 棒読みの叫び声が聞こえた。すべての拳は目に見えないほど早く、3柱の神々は死神からパンチを受けるたびにHPを——絶対防御の壁を消費させられた。

「——くっ、歌様、ワタシは離れます!」

 猛攻に耐えかね、アクシノが光の泡になって消えた。彼女のHPがいくつあるのかは知らないが、絶対防御を維持できなくなったらしい。

 アクシノはすぐドームの中に顕現しなおし、俺の横で「くそっ」とつぶやいた。長い黒髪が乱れ、唇を切っていて、血が流れている。

「加減しろよ常世め! 歌も鍛冶もワタシも! みんな武闘派じゃないのに!」
「——まだ手はあるか、叡智よ!?」

 アクシノよりは少し耐えたが、鍛冶の男神も離脱してしまった。鍛冶アイワンは肩で息をしながら叡智の隣に顕現しなおし、額の切り傷から流れる血を雑に拭った。

「あるとも、アイワン」

 呆然と戦いを見守る俺たちの前で叡智は嗤った。頭から湯気を出し、歯を剥き出して獰猛に嗤っている。

「常世のHPは推定七億七千七百七十七万七千七百と九十九枚……このまま殴り合うと歌様が4億HPほど不利だが、それなら防御を固めれば良いのだ」

 アクシノはさらっと冗談みたいなHPを告げ、俺の母さんに目を向けた。

「おいウユギワ村の怪盗、ワタシらにその鎧をくれないか? すべてポコニャの命のためだ」
「へ?」

 母さんは叡智に話しかけられて真っ青になったが、慌てて俺が作ったチェインメイルを脱ぎ、差し出した。鍛冶のアイワンが「なるほど!」と唸る。

「そういやこの鎧の銘は『女神ファレシラの鎧』だったのぉ……素材にしても、そこのカオスが異常なMPを込めた一品である! 鍛冶の男神の名誉にかけて、全力で強化しよう……!」
「そういうこと。この鎧が差額の4億発を耐えてくれればこちらの勝ちさ——ついでに、そこのヒゲ」

 ラヴァナさんが即座に棒を差し出した。アクシノは〈ひのきのぼう〉を握ると「ほう!」と笑い、唇の血を拭って鍛冶に手渡した。

「やっぱりコレは鑑定のしがいがある……アイワン、これもだ。惑星の女神にこの棒で死神を殴っていただこう」

 鍛冶の男神は母さんのチェインメイルに火炎魔術を放つと金槌を振り上げ、唸るように詠唱しながら鍛冶スキルを発動した。

〈——鍛冶:打ち直し——〉
〈——鍛冶・奥義:神打しんうち——〉

 鍛冶は同じことを〈ひのきのぼう〉にも行うと、2柱の神は武器と防具を持って姿を消した。すぐにファレシラの背後に顕現し、分身した死神に殴られている歌の背中に鍛冶アイワンが叫ぶ。

「怪盗よ! ——ファイエモン、やれッ!」

 着物を風流に着流した痩せた男が一瞬だけ顕現し、無言でスキルを発動するとすぐに消えた。

〈——怪盗術:一文笛——〉

 鍛冶と叡智の手から武器と防具が盗まれ、盗品はいつのまにかファレシラの装備に変わっていた。大量の死神がファレシラに殴りかかったが、高い金属音が25層に響く。

「「「 む? 」」」

 死神たちの拳は銀色のチェイン・メイルに阻まれ、むしろ拳が血に滲んだ。

「……あらあら☆ もうパンチは効きませんねぇ♪」
「「「 ……ずるくない、その鎧? 」」」
「どうでしょう? わたしは結局歌の女神ですから、死神さんと違って殴ったり剣を使ったりは苦手ですよ♪」

 ファレシラさんは嘘つきだった。

 女神は顔面に嘘くさい笑顔を貼り付けたまま〈ひのきのぼう〉を振り回し、周囲に分散している常世の首を一撃で10人も跳ね飛ばした。スキルの表示が出なかったので、マジで普通に振り回しただけのようだが、生き残った死神の分身たちが目を見開く。

「…………!?」

 まだ20人は残る死神の分身は慌てて距離を取ったが——離れてくれるなら、再び距離を詰める間に歌の女神はいくらでも詠唱できた。

「あは☆」
〈——星辰魔術:メテオ10万発——〉
〈——星辰魔術:フレア10万発——〉

 上空に宇宙空間へのゲートが出現し、隕石の雨が死神に降り注いだ。しかも足元からは溶岩が吹き出し、極大魔法で上下を挟まれた常世は倉庫に逃げることもできず、すべての攻撃を被弾した。鍛冶アイワンが作り上げたドームが隕石や溶岩で少しひび割れる。

「「「 むぅ……そもそも、神の四人がかりはずるい 」」」
「でもでも、そっちは分身をいくつ出してます? ——装備も揃いましたし、分身技がアリならこちらも本気で行きますぞ?」

〈——歌魔術:聖歌隊——〉

 邪神ファレシラが100人に増えた。すべてのファレシラは鎧を装備し、手に〈ひのきのぼう〉を持っていて……ポコニャさんのことが無ければ悪夢みてえな光景だ。

「勝てる……? あの人がママを取り戻してくれる?」

 100人に増えた邪神を見つめ、ミケが涙を枯らせた顔でつぶやいた。両手と額をぺたっとガラスのドームに押し付け、不安そうな目で戦いを見守っている。

「たぶんね。あれはこの星の女神様だぞ?」

 叡智が言った。額から垂れていた血を拭い、子猫に優しく微笑む。ミケはその言葉にまた瞳をうるませた。

「にゃ……歌様はすごい。三毛猫はギターを弾いて歌っただけなのに、こんなに助けてくれる……」

 不承不承だが、俺も同意しないわけにはいかなかった。

(……邪神のくせに)

 そんな気持ちは消えないのだが、HPは無いしMPが枯渇した俺は、もはや邪神に「祈る」ことしかできなかった。


 頼む……ポコニャさんを取り戻してくれ。


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