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第四章 大いなる冒険
鑑定Lv10の神託
しおりを挟む常世の倉庫で演奏を終えると、それまで髪の毛や瞳を炎のようにしていたフィウは大きく息を吐き、色を黄色にし、青に戻した。
信号機みてえな子供だな。信号は赤・黄・緑だけど。
とにかく青に戻って良かった。演奏の序盤、俺に追いつけなくなったフィウは獣のような目でボクを睨み、ピアノの音にまぎれて「クソが」とか「舐めんな」とか、およそ深窓の令嬢に相応しくないお言葉を発し、しかも赤熱した髪の間から小さな二本のツノまで生やした。なんなのこの子怖い。
それより極大魔法の行方だ。
寝室のピアノで連弾を始めるとそれまで通訳していたシュコニは「ぬあっ!?」とか変な声を出したきり沈黙していたのだが、演奏を終えてすぐ、再び「ぬあっ!?」と大きく叫んだ。
「——ウユギワ村のカオスシェイドは、極大魔法:叡智の行使に成功しました——」
突如現れた叡智の女神は怜悧な声で流れるような神託を下し、俺は初めてその姿を見て——正直な感想を言ったらすげえ睨まれたが、とにかく黒髪の貧乳から〈極大魔法:鑑定〉の結果を教わった。
叡智アクシノは迷宮について無知だと聞いていたが、結果は満足できるものだった。
〈作文アプリの用意は良いか? 今から告げる内容は、本来であればレベル9でカンストの〈鑑定〉スキルを逸脱した〈鑑定Lv10〉に相当し、術者たるおまえにしか聞こえない。
まずはマガウルじいさんだが、あいつはこの倉庫を起点にすると北東に瓦礫を壊しながら進み通路を左折して——中略——そうすると、そこにジジイと〈剣閃の風〉までいるぞ。落ち着け。おまえの父親はもちろん全員が無事だし、各自の装備とステータスは——中略——それで、そこにはゴリもいて——中略——というわけなのでゴリなんて放っておけ。あいつは必ずまた裏切るが、フェネとナンダカが警戒し続けているから問題ない。
で、さらに朗報だ。おまえの母と三毛猫と狐だが、23層の——中略——にいて、先程子猫がフェネの援護を受けながら最後のホブゴブリンをひのきのぼうで輪切りにした。場所が近いから、猫どもはおまえらより先に剣閃と合流するだろう。30分以内だな。
よって、おまえに今できるベストな行動は〈教師〉の先をマガウルにした上で地球の料理を作ることだ。この世界のじゃないぞ? 理由はあとで説明するが、地球由来のできるだけ珍しい物を用意して「小鬼」の娘に奉納を指示しろ。ちなみに小鬼というのは——中略——というわけで、フィウのスキルは料理に活用できそうか? さすがのワタシも地球の料理は知らんから、おまえが記憶を頼りに〈鑑定〉するまではレシピを助言できない。
料理中は常にMPを意識しろ。ポコニャはおまえのMPを使って豆を爆弾に変えていたが、マガウルは豆をMP回復薬に調合できる。魔法系の狐と黒猫と親父にとっては爆弾よりも価値のあるアイテムだ。子猫にもね。その上じいさんは裁縫スキルを持つから、フェネの倉庫の素材を防具にできる。以上の理由で〈教師〉の先は老人一択だ。ジジイが裏切る心配は無い。フィウと合流したければ言われた通りにしろと服に落書きしてやった。
MPが枯渇するまでに食事を終わらせたあとは、教師に誰も指定せず、MP切れと同時に「再起動」しろ。推定で4時間後、剣閃の一行は25層に引き返す。ミケが契約しているし、ゴリがいるからな。
とにかくおまえは即座に起床して、Bダッシュで25層を目指せ——地球じゃ急ぐのを「Bダッシュ」と言うのだろ? 余震が——むしろ本震と言うべきか。大地震が近づいている。
ここまでの神託に異論はあるか。このプランより結果が良くなる道は無いだろうが、極大魔法だし要望があれば作戦を再考しても良い。無ければ最後に料理の理由と、子猫の「お宝」と……これは流儀に反するが、個人の秘密について伝える必要がある〉
極大の〈鑑定〉は、対象が迷宮だろうが全部まるっとお見通しだった。アクシノさんはノリノリで神託しまくり、覚えきれないので〈作文〉にメモしつつ、フィウにマガウルの無事だけは伝えてやる。
青い髪に戻っていたフィウは再び髪の毛をバラ色に変え、真紅の瞳でピアノを見つめた。
『弾いただけで……?』
鑑定によると鬼族は月の貴族であり、ツノが生えない限りは自制心を保てるそうだ。翻訳スキルが少女の言葉を伝える中、叡智は俺に〈最後に、一番重要なことを〉と神託を告げて、姿を消した……。
(……嘘だろ?)
〈そう思うなら自由にすればいいさ〉
姿を消したばかりの女神が、俺の脳内にそっと警告した。
◇
——最悪だ。むしろ知りたくなかったと感じる。
ゼロ歳のとき手に入れた〈鑑定〉を呪いのように感じながらシュコニに通訳を頼み、俺はフィウから屋敷の食料庫を使う許可をもらった。
フィウは髪を黄色くさせながら即座に同意してくれた。
『それが、マグじいの、ためになるなら……!』
『うむうむっ。カッシェは「ありがとう」ってさ』
フィウとの会話はメイドさん頼りだ。教師経由で翻訳を使うことはできない。すでにマガウルが鬼のような勢いで俺のMPを消費している。回復薬用に900MPが吹き飛び、残りは5千ちょっとだ。
まるで高級ホテルのようなフィウの屋敷は3百立方メートル近くある敷地の内ごく一部だけを建物に使い、他のスペースを庭にしていた。土を敷いた庭にはハーブや果物の木があり、小さな池にはマスに似た食用の淡水魚までいる。東京タワー並に高い天井は白く輝き、青くない空には少々違和感があったが、レベル17の倉庫は、快適な持ち歩ける別荘といえた。
屋敷の地下一階にある調理場に降りると、叡智から聞いていた通りそこにはコメが——俺が7年間夢に見ていたお米があり、見たことのない果物やスパイスまであった。
先輩冒険者のお姉さんが楽しげに聞いてきた。
「それでカッシェ、料理を捧げられるってほんと? 私は倉庫使いだけど、常世の女神に食べ物を捧げたことなんて無いぞ」
生物は、死ぬとあの世に還る。
だから常世は「死骸」を愛すし、料理とは死骸の結晶である——イヤな考え方だが、叡智によれば常世の女神は美食家なのだそうだ。
『できます! 眷属か、栞の称号があれば捧げられます。食堂に女神様の像があって、わたしとマグじいは毎日。珍しい物をお供えすると、褒めてもらえます』
小鬼が説明してくれたので俺はシュコニに倉庫を開くようお願いした。メイドさんの倉庫の中には元々あった鍵付きの宝箱やら俺が持ち込んだ寝袋が放置されていて、残りはすべて食材だ。俺が漬け込んだ味噌や醤油や煮玉子があるし、黒豚もまだ少し残っている。
「スパイスがたくさんあるし……カレーライスかな」
「なんだいそれ? 聞いたことの無い名前だ」
シュコニに概要を説明し、通訳してもらうと、悔しいことにフィウが似た料理を知っていた。高級料理で、ツイウス王国では貴族しか口にできないみたいだが、フィウは好物だと言う。しかし詳しく聞いてみると少女が知っているカレーはスープカレーのようなもので、ご飯にかけたりはしないし、とろみのある日本風のカレーには馴染みが無いようだった。
「それじゃ、カツカレーも無いよな?」
「また知らない名前だっ!」
通訳してもらうとフィウは今度こそ知らないと首を振り、食べてみたいと言った。俺は〈作文〉にカツカレーと書いて鑑定し、叡智が提案したレシピをメモりながら考えた。
「でも、似たものがあるならまだ足りないかな……福神漬は作れそうにないから、シュコニの倉庫に寝かせておいた『麻薬たまご』を添えるとして——ポン酢があったな。サラダを作れる。味噌汁も用意するとして、それに……」
「ずいぶん作るね? 空腹なのかい」
俺はシュコニの質問に対して曖昧に笑った。
「——フィウ。月の〈氷雪〉ってカミサマが加護を与えてるよね? 謎の国チキューの料理で『ストロベリーシェイク』を作るから、氷を出してくれ。アイスやかき氷は既にあるだろうけど、シェイクはまだ無いと信じたい」
空腹が理由ではなかった。俺はメモアプリに残した神託を読み返した。
『いいか、ここは地球じゃない。おまえが望んだこの異世界には神が実在するし、ワタシを含め、神々に賄賂を送ることができるんだ。
珍しい料理を大量に作って常世の女神に賄賂を渡しておけ。この世界において、死とはあの女神が命を引き取り、立ち去った時のことをいう。
そうなれば最後だ。歌様でも月の神でも死者の蘇生は不可能になるが、賄賂次第では、常世はいつもよりのんびりしてくれるだろう。それでも……』
——どうあがいても、ひとりは死ぬよ。
それが〈鑑定Lv10〉の結論だった。
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