マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜

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第三章 月の眷属

迷宮での葬儀

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 迷宮に入って初めて目にした死体に俺とミケは言葉を失った。なにもできず立ちすくんでしまう。

 体格からして男だと思う。

 ——父さん? それともラヴァナさん……?

 冒険者の遺体は昨日俺たちが斬り殺した黒豚と同じように白く光るコケに覆われていた。短い耳とふさふさとしたしっぽのおかげで、かろうじて〈狼系の獣人〉とわかり……酷い話だが、俺はほっとした。

「……ダメだ。もう亡くなってるから〈回復〉できない」

 メイド服の19歳だけが素早く動いて状態を確認した。彼女は恐れることなく遺体に手を伸ばし、顔を覆うコケを振り払う。

 浅黒い肌をした獣人の男は、目を見開いたまま死んでいた。

「……バウだね。酒場の常連だ。年子の兄貴と組んで迷宮に潜ってる。私と同じEランクなのに、迷宮のこんな深くまで……」

 シュコニは男の目に優しく触れて両目を閉じてやった。さらに全身を覆うコケを〈防腐〉スキルで蹴散らし、黒革の鎧の上を剥がす。鎧は大きくひび割れていて、剥がすのは容易たやすかった。

「コケの状態から見て、昨日の昼から夕方にかけて殺されたんだろう。この打撃はたぶん、棍棒を無くしたオークの肘打ち——いや、私はこんな深層に入ったことが無いから、名前を知らない他の魔物の仕業かもしれないけど——巨大な魔物に殴られたのは間違いない」

 聞きたいような聞きたくないような検視報告をしながらシュコニはバウの胸ポケットを探った。バウは鎧の下にシャツを着ていて、メイドは彼のポケットから小さなカードを取り出した。ギルドが発行している冒険者カードだ。

「……キミたちは、ウユギワ村のお墓を見たことがある? 二千人は住んでる村だけど、村のお墓が狭い理由を知っているかな」

 シュコニは静かに聞いた。俺も三毛猫も墓場を見たことはあるが、なにも答えない。

「迷宮で死んだ冒険者は、カードだけを持ち帰るのが決まりだ。倉庫があっても遺体は持ち帰らない。冒険者はみんな、死んだあと誰かの荷物になるなんてまっぴらだからだ……ちょうど良いね、キミたちに言っておこう」

 彼女はカードをミケに押し付け、子猫は怯えたような顔でバウのカードを受け取った。

「今から、私たち冒険者に伝わるお葬式をするよ。これから先、仮にキミたちのご両親がだったときも同じことをするから、練習だ」

 俺たちは「練習」という言葉に心を抉られたが、シュコニはてきぱきと儀式の準備を始めた。日本刀で手近な床を掘り返し、俺とミケも無言で手伝いに加わる。

 シュコニはバウの遺体を持ち上げて穴に横たえると土を戻した。ミケが無言で手伝うのを横目に、俺は適当な大きさの石ころを探し、〈印刷アプリ〉を立ち上げる。

「……この石で良い?」
「良いと思うよ。階段の時もそうだけど、カッシェが〈彫刻〉スキル持ちで助かった♪ ……迷宮に『名前』を刻んであげてくれ」

 本当はそんなスキルは無いのだが、シュコニに言われた通りの文句を石に刻み込む。

『 ウユギワ村のEランク冒険者 バウ ここに眠る 』

 埋めた遺体の上に墓石を置くと、シュコニは重々しく言った。

「……じゃ、最後に星の女神へ歌を捧げる。歌詞はなんでも良いし、曲も適当で構わない。私らは吟遊詩人じゃないし、冒険者なかまの死後の幸福を願って歌うのが大事だとされている。
 前にポコニャ先輩から聞いたけど、カッシェは歌で〈霊薬〉を湧かせたんだってね? それに、ミケも歌を教わってるとか。なんでも良いから歌ってよ。私は音痴だし、周囲の魔物を警戒しておくから」

 やりたいか否かで言えば冗談じゃねえって感じだったが、俺は自分の〈倉庫〉を開いてギターを取り出し、ミケにも渡した。シュコニは地球の楽器に強い興味を持ったようだが、すぐ我に返って周囲の警戒に当たる。

「にゃ……なにを弾く?」

 ずっと黙っていたミケが口を開き、俺はバッハのアヴェ・マリアを指示した。アルペジオだけで弾ける比較的簡単な曲で、ミケには去年教えている。

 ウユギワ迷宮の18層に前奏が響いた。村の冒険者の大半を占めるEランクが簡単に命を落とす深層に美しい音色が響く。

(葬式の練習か……)

 前奏を弾きながら俺は改めて自覚した。親父が死んだ時を思い出す。

 母ちゃんから「もう長くない」と聞いた俺は、それでもなぜか親父が死ぬとは思わなかった。当時の俺は人が死ぬということを深く理解できていなかったし、実際、親父が死んだ後も理解なんてしていなかった。だから自分自身がくたばった時ですらアホみてえな願い事をした。

 ——両親たちはもう、死んでいるかもしれない。

 当然生きていると思い込んで俺は迷宮まで助けに来たが、父も母も、あるいは他のメンバーも、今ごろ死んでいるかもしれない。全員でなくとも、ひとりかふたり亡くしている可能性はある。

 前奏が終わった。アヴェ・マリアにはここから歌詞があるのだが、俺は歌うのが苦手だったし、一応歌詞を教えてはいるミケは物覚えが悪かった。

 しかし小さな「にゃー」という声が聞こえてくる。子猫は歌詞を覚えていなかったが、「にゃー」だけで歌詞を歌い始めた。

 三毛猫が今、なにを思って歌っているのかはわからない。しかし「にゃー」だけの歌声には、両親の無事を祈る少女の強い気持ちが込められていたように感じた。


  ◇


「おおー、不思議な歌! それが〈霊薬〉を湧かせた歌なの?」

 歌い終わるとシュコニが拍手したが、ゼロ歳の時とは違い、特に奇跡めいたなにかは発生しなかった。世界神でも死人を蘇らせるのは無理なのか——あるいは選曲がダメだったのかもしれん。

 シュコニは俺と三毛猫に拍手を送るとバウの墓に小さく礼をし、吹っ切れたように叫んだ。

「はい、てことでバウはどーぞ安らかにっ! ……よくやったよ二人とも。儀式はこれでおしまいだ。もうウジウジするなっ。誰かが死んでも、冒険者はこうやって迷宮の先に進むのさ」

 覚えておきな、と軽く笑って、シュコニはミケに指示をした。

「ミケ、儀式で秘匿が切れているからもう一度。先に進もう」
「……にゃ!」

 三毛猫は俺の〈倉庫〉にギターを収めると詠唱を開始し、俺は倉庫を閉じて〈教師〉の対象に子猫と鑑定がセットされているのを確認した。教師をミケに使うかは悩むところだが、ここは安全第一で行きたい。

 ただ穴を掘ってギターを弾いただけの時間は無駄ではなく、MPは700近く回復していた。ほとんど全快状態だ。

「……いくぞおまえら」

 ミケはバウの冒険者カードをスカートのポケットに深く差し込み、しっぽを立てて18層の探索を再開した。


 そのあと20分ほどかけて俺たちは18層を見て回った。

 嬉しいことにバウ以外の亡骸に出会うことは無く——逆に、俺たちは魔物の骸を発見した。

 それは概ね18層を見て回り、シュコニが指示する19層への最短ルートを進んでいるときだった。

「……にゃ?」

 先頭を行く斥候のミケが足を早め、通路を抜けた。バスケットコート程度の広さがある空間に出た俺たちは、広間の隅に太い指を見つけた。

 ミケはスキル秘匿中だったが、シュコニが大声で叫んだ。

「鑑定だ、カッシェ! それも高レベルでっ! ——あの指、スパッと切られてるぞ!?」
「え? 鑑定——あれはオークの指で……」

 意味不明だったが俺は即座に〈鑑定Lv9〉を詠唱し、

〈——ほほう、あの小娘はなかなか賢いな。巨大なオークとの戦いで指を狙うのは、よほど器用な冒険者だけ……おそらく斥候だろう。
 ところで現在、叡智たるワタシの知る範囲では、ウユギワ迷宮には子猫を含めて11名の斥候職がいるが、三毛猫以外の斥候で、18層を死なずに歩ける斥候は〈剣閃の風〉の一人しかいないだろうね。
 さらに、指に群がるコケに注目しよう。ワタシの予想では、あの指は約15分前に切断されたはずだ〉

 アクシノの鑑定結果を要約して伝えると、ミケが飛び上がるように喜んだ。

「にゃ!? それじゃナサティヤおばさんが近くに?」
「叡智は15分前って……!」
「——にゃ。〈泥棒猫〉は心得た。ちょっと多めにMPを使う……!」
「え?」

 この二年、ミケとはほとんど毎日模擬戦してきたが、俺は初めて〈泥棒猫〉の本気を見たような気がした。

〈——怪盗術:探偵殺しアンチ・ディテクティブ——〉
〈——探偵術:地取じどり——〉
〈——探偵術:鑑取り——〉
〈——探偵術:面取り——〉

 ミケは俺との練習試合で、せいぜい〈遁法:隙間風〉か〈遁法:とんぼ返り〉しか怪盗術を使わない。例えばミケは戦闘中に俺の武器を奪うことができるが、それじゃ練習にならないからだ。

 オークの指が落ちていた部屋には6つもの分かれ道があった。泥棒猫は宿敵たる〈探偵〉のスキルを連発しながら俺にはわからない痕跡を探り、6つある通路のうち、俺から見て真正面の一本に進んだ。

「見つけた……こっち!」

〈——探偵術:足跡げそこん——〉
〈——探偵術:尾行——〉

〈尾行スキルにより、敵に感知されない限りミケの敏捷が15%上昇します〉

 ダンジョンの床にブラックライトを浴びた塗料のような蛍光色の足跡が浮かび上がり、泥棒猫はウサ●ン・ボルトも顔負けの速さで走り出した。俺とメイドも慌てて追いかける。

 進んだ先はアリの巣のように複雑に枝分かれした通路で、案の定そこにはイビルアントが待ち構えていた。

「にゃ?」

 子猫はアリを軽いジャンプで飛び越した。

「——邪魔だ!」
〈カオスシェイドはイビルアントを撃破ワンパンしました〉

 敏捷に欠ける俺には〈ひのきのぼう〉があった。

「待ってー!?」

 必死に走るメイドさんがたわわを揺らした!


 枝分かれした複雑な迷路を三毛猫は迷い無く突き進み、急に立ち止まって「にゃ!?」と鳴く。

 母さんがいた——肩に傷を負ったフェネ村長もいる!

 二人は20匹以上のイビルアントに囲まれていて、そのうえ全長5メートルはある白いアリの化物と対峙していた。

〈【レディ・アント】です。Cランク冒険者でさえ命を落としうる強敵で……〉

 鑑定結果を聞きながら俺は叫んだ。

「シュコニは逃げて! 唱えるぞ、ミケ——アレは本気じゃないと負ける!」
「にゃ!」

「「 〈鑑定・連打〉 」」

 俺たちは同時に詠唱した。


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