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第二章 地響きの前夜

ギルドの特例

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「あ、起きたかい? それじゃ三毛猫を怒らせず起こすやり方を教えてくれっ!」

 常世の倉庫の宿で目を覚ますとベッドに黒いメイド服のウェイトレスが腰掛けていた。金髪碧眼のシュコニは困った顔でミケをつついていて、子猫は唸り声を上げて起床を拒否していた。

「……ミケ、朝ごはんの肉が無くなるよ」

 三毛猫が枕代わりのブタのぬいぐるみを抱きしめ、目をこすりながら渋々起き上がると、19歳の女性は俺たちの目を確実に開かせた。

「お、起きたね? じゃあ伝えるよ。……村長を探しに行ってたパーティが戻ったんだけど、二人の両親は見つからなかった。フェネ村長もまだだ。10層まで探したけど、迷宮は崩落で怪我した冒険者がいっぱいで、その人たちを連れて帰るのが精一杯だった」

 胃に重たいものを感じた。昔、母ちゃんから親父が長くないと聞いた日を思い出す。

 寝起きでぐずっていたミケも一瞬で静かになり、俺たちはシュコニに促されて朝食をとった。部屋には他に狼獣人の少年もいて、ウェイトレスは俺たちに豚汁と麦粥を運んでくれた。

 常世の倉庫の宿にはスライム水洗のトイレと洗面台が用意されていて、俺たちはそこで用を足したり、〈水滴〉の水で顔を洗ったりした。流れた水はスライムの朝飯だ。

 インベントリからオークの産毛で作った歯ブラシを数本出して、「なにそれ」と騒ぐシュコニと、ついでなので狼の少年にもプレゼントした。未使用だから使い給え。歯磨き粉の質はまだ今ひとつだが、叡智の女神直伝の製品だ。

 ミケはブタのぬいぐるみを決して手放さずに歯磨きを済ませ、三色の短い髪を手ぐしで梳かし、首に真紅のリボンタイを結んだ。こういうところは女の子っぽい。

 黒革のジャケットを羽織り、ミケも桜色のマントを装備して避難所を抜け出す。

 寝すぎたみたいだ。太陽はほとんど真上に登っていて、ウユギワ村の広場は復興作業にざわめいていた。

 ここはもともと人口の大半が冒険者の村だ。肉も野菜も、インフラたる上下水道すら魔物スライムと水系スキルを持つ冒険者が回しているし、自助努力と相互連携の気風が強い。

 広場は昨夜の震災で悲惨な状態だったが、冒険者たちは太陽から活力を得たように瓦礫を撤去し、仮設のテントをあちこちに張っていて、たくましいその姿は太陽の国を自称する祖国を思い出させた。

 狼の少年は俺たちと一緒にはしごを降りると歯ブラシを持ったまま走り去り、俺は彼が星辰祭で見たルガウ少年だと思い出した。道具屋の息子だ。少年は半壊した自分の店に走り、父親らしき人物と二、三会話して瓦礫の撤去を手伝い始めた。

 ……俺もうだうだ気落ちしてる場合じゃねえな。

「ミケ、炊き出しを手伝おうか」
「……にゃ。どうやら子猫は寝過ごした。豚汁を作りまくる」

 三毛猫も俺と同じ気分になったようだ。

 内心はラヴァナ夫妻が心配でたまらないはずだが、ミケはブタのぬいぐるみをキュッと抱きしめ、豚汁の炊き出しをしている鍋に向かおうとした。

「おおっと、待ちたまえキミたちっ!」

 そんな決意に水を差したのはウェイトレスだった。

「にゃ? なにシュコニ」
「ふふふ、キミらの覚悟は聞かせてもらったぞっ。トンジル作りも良いけどさ、村の手伝いをしたいなら別の方法もある——あれだっ!」

 シュコニは人差し指をビシッと伸ばし、広場の脇に掲げられた看板を指した。看板の前には冒険者の列ができていて、彼女は「これでわかるでしょ?」とばかりドヤ顔を見せる。

 俺は看板の内容に驚いた。

「シュコニ……あれマジ?」
「ね? 手伝いたいならあっちにしてみたらどうかなっ? ちなみに私は〈回復〉が使えるぞっ♪」
「……にゃ。おまえらなんのはなし」

 と、そこで文字の読めない子猫が不快そうに唸った。ちょっと母猫ポコニャを思い出させる口調だ。

 シュコニは「え、読めないの?」と聞いてさらに子猫を不快にさせたが、優しく笑って看板を読んでやった。「えへん」と偉そうに咳払いしてから口を開く。

「冒険者ギルドからのお知らせです。

 救助班募集っ!! 未だ迷宮から帰らない冒険者たちを助け出せっ!
 ——報酬は、ドドンと〈17銀貨バルシ〉を贈呈だっ!

 彼らの安否もさることながら、村には現在、人手が足りていません。迷宮にいる冒険者らを連れて帰れば復興が捗ることでしょうっ!
 なお緊急事態につき、救助は冒険者以外でも参加可能です。引退した方や、普段は生産に携わる方にも〈通行証〉を発行いたします——」

 三毛猫の顔が興奮に包まれた。シュコニが最後まで読み上げる。

、奮ってご参加ください——だってさ♪」


  ◇


「ゆくぞ三毛猫っ! 〈通行証〉をゲットだぜ☆」
「ニャーッ☆」

 ということでポケ●ンマスターと子猫は看板の下の列に並び、俺は二人に応募を任せて自宅の土蔵へ急いでいた。

 ギルドの募集は「どなたでも」だそうだが、本当に子供でも良いのかね?

(……いや、子供でも大丈夫なんだ。じゃないと俺もミケもクエストを達成できない……そうなんだろ?)

 心の中で叡智の女神に問いかけてみたが返事は無かった。蔵でできるだけ多くの味噌と醤油を倉庫に回収し、途中見つけたスライムも放り込んで村に戻る。

 あつらえたようなギルドの募集は俺に冒険のニケの時と同様の猜疑心を抱かせていた。しかし言っても仕方がねえ。

 邪神は俺の弱みを知っている。俺はまんまと迷宮から戻らない両親を救いに行きたいと思っている——……。


 村の広場で八百屋と交渉し、味噌や醤油を野菜と交換してもらった。俺が〈鑑定〉持ちなのは知られているので交渉はサクサクと進んだ。続いて俺は肉屋に向かい、食料ではなくたくさんの革袋をもらった。肉はダンジョン内の魔物を倒せば手に入るが、保管するための袋が要る。

 さらに道具屋へ立ち寄り、狼の獣人から魔道具を買った。ルガウ少年の父だ。

 大量の醤油と引き換えだったが、防水効果を持つ魔法陣が描かれたテントと白いふわふわの寝袋、それに携帯用の窯を入手した。俺の倉庫はLv1なので、寝泊まりできない以上テントは必須だ。買い物中、黒髪のルガウ少年に無言で見つめられたが——なにか言いたいことがあったのかな?

 最後は酒屋で、殺菌用に蜂蜜酒ミードも少し手に入れた。俺には水滴スキルがあるが、「いつでもMPがあると思うニャ」というのが我が師の教えだ。MP773のポコニャさんは常に残量を意識し、MP637の父さんと協力しているが、それでもMP切れで水に困ることは多いと聞いている。

 邪神の噴水の前で他に必要なものが無いか考えていると、ミケとシュコニが走ってきた。ミケの服装には変化が無かったが、シュコニは少し動きが遅く見える。驚くことに彼女は日本刀を背に担いでいて、どうやら武装してきたらしい。

「にゃ☆ 許可をもらえた!」

 ミケは桜色のマントを翻し興奮していた。右手にもったブタのぬいぐるみを振り回している。

「ギルドの石頭しょくいんは最初、クソガキなんてダメだとゆった。しかしシュコニがスカートを……子猫は〈色仕掛け〉の威力を学んだ!」
「なっ!? そんなの教えてないし、学ばないでっ! そもそも使ってないよそんなのっ!」
「にゃにゃ? しかし胸とか太ももを……」
「ほらカッシェ、キミの通行許可証だよ。臨時のモノだけど、冒険者カードと同じようにちゃんと名前が書いてある。Gランクってのは『ガキんちょ』のGかな?」

 お姉さんの笑顔が恐ろしかったので俺は詳しく聞かずに羊皮紙を受け取った。

 ハガキより少し小さな紙切れにはこの世界の文字で「ウユギワ村ギルド」やら「ダンジョンの通行を許可」と書かれている。ランクはSからFまでのはずだが、俺の冒険者ランクは「G」だった。しかしこのカードは〈冒険のニケ〉が神託によってランクを定めたもので、偽造すれば天罰が下ると聞く。臨時でも正しい手順を経て作られた書類だろう。

 しかし、いざこうして許可されると震えるものがあるね。俺の心中にもはや「行かない」という選択肢は無いのだが、それでもだ。

 俺は心を落ち着けて質問した。

「……ねえシュコニ、ダンジョンって村からどれくらい?」
「あれ、行ったことないの? まあ、子供は近寄ると怒られるか」

 シュコニは顎に手を当てた。

「うーん、そうだねぇ……子供の足なら1時間以上かかるかな? 迷宮の入り口からはしょっちゅう中の魔物が出てくるから、村からは少し離れた場所だよ」
「そっか。ならミケ、良いものを貸してやる」
「にゃ?」

 俺は自分の倉庫を開き、母さんから譲ってもらった〈シルフの懐刀〉を取り出した。これは母愛用の名品で、帝国首都の鍛冶屋が半年かけて鍛えた「業物」だと聞いている。

 買ったばかりの携帯用の窯に火を入れ、俺は〈補修〉を発動した金槌を30連発した。一打15MPの〈補修Lv3〉は450MPを飲み込んだが、俺の場合は30分あれば回復する量だ。

「え……今キミ、30回は金槌を打ったよね? これから迷宮に入るのに、MPは? 普通の鍛冶屋なら気絶しちゃう回数だぞ?」

 俺はシュコニの質問を聞き流して子猫にナイフを手渡した。

「貸すだけだ。レイピアみたいに壊さないでね?」
「にゃ……? しかしカッシェに武器が無くなるが?」
「俺は要らない」
「にゃ? でも……」
「それよりシュコニ、服の下に鎧を着てるよね。それが借金して新調したやつ? 中古だって聞いたけど」
「ふえ……!? や、うん、中古で買って……でも、まさか……?」
「なら脱いで。せっかく着てきたのに悪いけど、ダンジョンに入る前に補修しておきたい」
「なッ……なんだってェーーーッ!?」

 シュコニは叫びながらメイド服を脱いだ。周囲の男が目を見開いたが彼女は気にせず、服の下を露わにする。

 見た目はほとんどスクール水着だった。シュコニはかなりぴっちりした黒革の鎧を装備していて、すばやく〈倉庫〉の詠唱をした。

「入って! すぐ脱ぐっ! 私、泊まれるサイズの『倉庫』持ちだから!」
「そうだったの?」

 スク水冒険者の脇に50センチ程度の小さな入口が開く。靴を脱いで屈みながら入ると中は10畳程度の真っ白な空間で、鍵付きの宝箱がひとつと、雑に丸めた赤い毛皮のマント以外は荷物が無かった。

 シュコニは水着のような鎧を脱ぎながら言った。

「同志ミケッ、そこのマントで入り口を隠してくれたまえっ! さすがにここからはオトコに見られたくないっ!」
「にゃ!」

 ……ねえお嬢さん、七歳だけどボクも男なんだぜ?

 母さんが〈装備〉してるので知ってはいたが、この世界にはショーツとブラがある。

 ボクはなるたけ見ないようにしつつ携帯用の窯に火を入れて革の鎧を軽く炙った。革だろうがなんだろうが、窯の火に当てないと発動しないのは〈鍛冶〉スキルの意味不明な部分だ。

「やった☆ 中古が新品みたいっ! ギルドのこの服は〈MP織り〉だし、鎧と合わせればオークの一撃にも耐えられそうっ!」

 鎧は状態が悪く、少し多めに50発〈補修〉して返すと、シュコニはあられもない姿で喜んだ。鎧とメイド服を抱き、白い空間でくるくると回る。さらに日本刀にも補修をかけてやると、感極まった彼女は俺を抱きしめた。

「ちょ、やめて……やめてって!」

 顔面に幸せなたわわを感じたが、子猫が「にゃ」と咳払いした。俺はすぐに双丘を押し返した。

「それよりシュコニ、悪いけど食料を全部預けて良い? 俺の倉庫はレベル1で……」
「おおう!? 全然良いよ、どーせなにもないっ! ギルドの採用条件が〈倉庫持ち〉だから維持してたけど、鎧を買うために中の小物は売っちゃってさ。MPが無駄だし、レベル1に設定し直すか悩んでたところだっ!」

 俺が買い込んだテントや食料、それに自分たちで食べる用の味噌や醤油を移し替えると、鎧の上にメイド服を着直したシュコニは興奮気味につぶやいた。

「ふおお、叡智の調味料がこんなにっ! 私の目に狂いはなかった……キミたちとパーティを組んで良かった!」

 俺はその発言にあえて立ち入らなかった。彼女はこの震災で仲間を亡くしたと聞いている。

 食料を移し替えると俺の倉庫はだいぶ広くなった。紙やギターのような小物が置かれた棚と、布に包んだ二着の鎧。他には同じく布で包んだ〈アレ〉くらいしか残っていない。

 貸したナイフを振り回していたミケが俺の倉庫にブタのぬいぐるみを放り込んだ。

「にゃ……では〈冒険〉に行く?」
「おうとも♪ ゆくぞ子供たちー☆」

 倉庫を出ると日は少し傾き、夏の日差しが和らいできていた。ウユギワ迷宮ダンジョンは村の南部に広がるウトナ山脈の麓にある。

 俺たちは村の広場を南に抜け、迷宮の入り口を目指して出発した。


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