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第二章 地響きの前夜
チェインメイル
しおりを挟む月の無い夜空の下、震災で崩れかけた土蔵の脇で、俺はLv5になった〈火炎〉を詠唱した。周囲に人の目は無いものの、イタい呪文をつぶやく自分が恥ずかしくて悶える。
少しひび割れている窯の中に木炭のような燃素の塊が出現し、火が入った。
開きっぱなしの常世の倉庫から鋼鉄の針金を少し取って熱したら、いよいよ金槌の出番だ。
俺が持っている〈鍛冶〉のスキルには、〈鍛造〉と〈銘〉、そして〈補修〉という三種類の技があるが、やることはどれも変わらない。
すべての鍛冶系スキルは発動に〈詠唱〉と〈套路〉が必要で、正しい呪文をつぶやき、正しい動作で金槌を打ち下ろさなければ効果が発動しない。当然MPも消費され、鍛冶Lv3の俺は一打あたり30MPを引き換えに〈鍛造〉することができる。
詠唱はイタいので〈無詠唱〉で回避し、赤熱した針金に金槌を打つと、針金は勝手に千切れて小さな銀色の輪になった。しかし〈鍛造〉はこれで終わりじゃない。
銀色の輪をさらに叩く。一打するたび30MPが奪われ、小さな銀の輪にMPが吸い込まれていく。
俺は金槌で〈鍛造〉を連打しながらシュコニの話を思い出していた。
彼女が酒場でバイトしている理由は「迷宮で鎧をダメにして、中古の鎧を買ったから」だ。そのせいで借金したと嘆いていたっけ……。
◇
俺の家やラヴァナ家は千人にひとりと言われるDランク冒険者の家だ。他の冒険者より強敵を相手にできるし、そのぶん稼ぎだって大きい。
なのに全然金持ちじゃねえのは、両親たちの装備代——特に防具の費用のせいだった。
スキルやステータスという〈超常の力〉があるこの世界において、単なる鋼鉄製の剣や鎧にはあまり意味が無い。
どれほど丈夫な剣であってもスキルを使って振れば遠心力に負けて折れる。どれほど分厚い鎧であっても、敵にスキルを使われたら割れてしまう。
例えば俺はゼロ歳のとき停止した時間の中でハイハイしたり蜂を握ったりしたが、客観的に見れば、あれは音速を超えるハイハイだった。蜂を握りつぶした幼児の指は、客観的には弾丸を遥かに超える速度で閉じられていただろう。乳児がそんな動きをしてもへっちゃらだったのは無論〈調速スキル〉のおかげであり、邪神ファレシラのヤバさがわかる。
とにかく、そうしたスキルがもたらす超常の力にただの鋼鉄が耐えられるはずがない。たとえ素材が地球のチタン合金でも結果は同じことだ。
そこで重要なのが鍛冶屋だ。
異能の力、スキルが跋扈するこの世界にあって、冒険者が敵を殺し、敵から身を護るには、〈鍛冶スキル〉によって鍛えられ、MPを込められた武器と防具を使うしかなかった。
鍛冶屋がMPを込めて作った銅剣はただの鋼鉄の剣を切り裂くし、鍛冶屋が何度も叩いたアルミホイルは鋼鉄の鎧に迫る守りを発揮する。
そして冒険者たちはこうした武器や防具を装備して迷宮に挑んでいるのだが……鍛冶屋の商品は、とにかく高価だった。簡単な鋳物の剣ですら半年分の稼ぎが飛ぶ。
別に鍛冶屋が暴利を貪っているわけではない。俺もこうして〈鍛冶〉をするから連中の苦労はよくわかる。
ひとつの装備を作るには何十回と金槌を振らなければならないが、スキルを一回使うたび、肉体的な疲労はもちろん詠唱とMPが必要になる。特にMPの制限が辛い。
MPは、きちんとした食事さえとっていれば約8時間で全快する。この世界の1日は24時間なので、1日最大3回は全快できることになるが、ここで「きちんとした食事」というのはビタミンでもタンパクでもなく、魔物の肉を食べたか否かだ。地球の基準でどれだけバランスの取れた食事をしても、8時間に1回は魔物由来の食事をしなきゃMPは回復しない。
だから村の鍛冶屋は毎朝一番にMPが枯渇するまで金槌を振り、朝食を取ったら気絶するように眠り、午後に起きて、また枯渇するまで金槌を振るような生活をしている。
鍛冶屋が子沢山だというのも価格高騰の一因だろう。
たまに村へでかけたときに鑑定した感じ、鍛冶屋は概ね300から500程度のMPしか持っていなかった。
なので彼らは人海戦術で注文をこなしていて、兄がMP枯渇まで打った装備を彼が食事し寝ている間に弟が打ち、弟が気絶する頃には兄が回復して引き継ぎ……そんなブラックな仕事を一年中毎日続けている。
値が張るのは仕方がなかった。仕事は地獄のようにキツいし、当然食費もかさむだろう。それに、人間は飯だけ食ってりゃ幸せというわけでもない。
◇
俺は合計2,100MPを打ち込んだ銀色の輪をインベントリから取り出した鎧のうち一着に編み込んだ。MPはまだ4千以上あるのでなんの問題もない。
二着の鎖帷子が窯の火を浴びて輝いている。金槌を振れるようになってから5年以上、毎日少しずつ針金の輪を鍛え編み上げた大人用のチェインメイルだ。
鍛冶屋で買える商品のうち、防具は特に高価だった。使用者の体に合わせる必要がある鎧はオーダーメイドになりがちで、年収を超える高値がつく。
しかし防具の費用をケチることはできない。武器はともかく、防具無しで迷宮に挑めばゴブリンからの軽いパンチですら致命傷になりうる。実際、駆け出しの冒険者は守りを軽視して死ぬことが多い。
熟練冒険者たる両親は、だから稼ぎの大半を迷宮で壊した防具の修理に充てていた。鍛冶屋は道具の修理もするが、〈補修〉はMPの消費が少ないため、新品より断然安く請け負ってもらえる。
防具を壊しながら迷宮で戦い、稼ぎで防具を直してまた戦いに行く——。
ゼロ歳の時、そんな冒険者の経済事情を知った俺は〈修行〉アプリの〈鍛冶〉に迷わずSPを使った。スキルの発動に窯と火が必要だとか、ゼロ歳ではまだ金槌を持てないことに気づいたときはやっちまった感に襲われたが、さして後悔はしなかった。
蜂のときも、オークのときも、そして今も。
邪神ファレシラは家族を人質にして俺を動かそうとするし、それが俺の弱みになることをあいつは既によく知っている。
自分が死ぬのは——まあ、いい。俺は一回死んでるわけだし、痛くなかったらいいなってくらいだ。
だけど自分と親しい人が目の前で死ぬのは耐えられない。
俺は再び針金を熱し、銀色に輝く鋼鉄の輪を作った。残り約4千あるMPのうち、さらに2千をこの輪っかに注ぎ込んでいく。
この五年、金槌を握れるようになってすぐにチェインメイルの制作を始めた。これなら両親の体に合わせて作る必要が無い。自分用のは作らなかった。MPの無駄だし、HPのある俺には防具なんざ不要だ。俺やミケの〈絶対防御〉は、だから冒険者憧れの加護だった。
————これで、誰も、死ぬな……。
一打30MPの金槌を振った。
俺は8歳の誕生日までに迷宮を攻略しろと邪神に命じられているが、その時、両親は絶対に俺をひとりで行かせてくれたりしないだろう。
————誰も、死ぬな、これで……。
合計70発、2,100MPを注ぎ込んで、俺は輪をもう一着のチェインメイルに編み込んだ。
それぞれ輪がひとつずつ増えた二着のチェインメイルを見つめる。
(よし……これで完成させよう)
五年も作り続けてきた鎧に名残惜しさを感じる。
(いつまでも打ち続けているわけにはいかない)
俺は金槌を握り、チェインメイルのうち一着の裾を窯で軽く熱した。素材がなんであれ、こうして火に当てないと〈鍛冶〉スキルは発動できない。
鎧に最後の仕上げを施そう。銘を入れるのだ。
新品の武器や防具はただ素材を鍛えるだけではダメで、最後に職人が銘を入れ、自分の作品だと示さなければ性能を発揮しない。銘の無い武器や防具は、そこにどれだけMPを込めていてもまだ未完成であり、最後に銘を入れることで内に秘めた真の威力を発揮する。
しかし引き換えに、完成した装備品はそれ以上素材を強化することはできない。あとは鍛冶スキルによる〈補修〉ができるだけで、素材そのものにMPを込めることはできなくなる。
俺は鎧にどんな銘を入れるか考えた。当然「カオスシェイド作()」なんて銘はあり得ねえ。もっとこう、マトモでかっこいい感じの……。
決めたぜ。
『女神ファレシラの鎧』
銘を念じて金槌を振ると、鎧の裾にある輪のひとつに小さな文字で銘が刻まれた。
ふはは、どうだ邪神め。この鎧がもし壊れたら世界神の名折れだぞ? まあ、ムサから聞いた話だと邪神にあやかった銘が刻まれた武器防具は大量にあるし、普通にぶっ壊れるみたいだけどね。
〈【女神ファレシラの鎧】は、ウユギワ村の混沌の影()が作った鎧です。公正な価値は標準的なトイメト硬貨で2,048銀貨492銅貨にはなるでしょう。防御力及び特殊防御力を……〉
さくっと鑑定し、性能をチェックした。充分強いと信じたい。迷宮最下層のボスがどれほどの敵なのかは知らないが、どんな攻撃を受けても二、三発なら耐えてくれるだろう。
(この鎧は……父さんか母さんのどちらかに着てもらおう。どっちが着るかは俺にゃ決められねえから、二人に考えてもらう形で)
俺は銘を入れた鎧をインベントリに戻し、もう一着のチェインメイルを窯にくべた。
両親にこの鎧をあげることはできない。本来なら二着とも両親に着せるつもりで作っていたのだが、仕方ない。
(冒険にゃーって喜んでたけど、あの猫は両親がついてくるのがわかってるのかね? ミケには無敵のHPがあるけど、二人には無いのに……)
栗色のヒゲのラヴァナさんは母の兄で親戚だし、ポコニャさんにはずっと魔法を教えてもらっている。なにより、二人のどちらであれ、死んでしまったらミケは泣くだろう。
俺は銘を考えて、金槌を振った。ファレシラの鎧はこの世界の文字で銘を入れたが、こちらは意識して「日本語」を刻む。
『立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む』
百人一首の16番は「猫帰し」の呪文で、家出した猫の安全と帰宅に御利益があると聞いたことがあった。
和歌が鎧の裾に極小の文字で刻み込まれる。鑑定結果は銘以外同じで、俺はこの鎧も常世の倉庫に仕舞った。
最後はアレだ。
(……アレにも残りのMPを全部叩き込んで、銘を入れよう)
インベントリにナナメになって置かれている邪魔くさいアレを取り出し、俺は火を入れて金槌を振るった。残りの2千MPが瞬く間に消えていく。
銘を入れるといよいよMPが枯渇したが、俺のMPは1時間で約900、約4秒で1回復する。気合で鑑定を発動した俺は、
〈え、なにこれw〉
叡智の女神に笑われつつ性能を教えてもらい、夜食に豆腐を少し食べた。フラつきながら村の広場に戻る。
(明日には両親が——剣閃の風が全員戻ってくるだろう。地震が起きたけど大丈夫、Dランクのパーティが簡単に死ぬわけねえ)
俺は避難所のはしごを登りながら信じ込もうとした。
(帰ってきたらまずは鎧を渡して……三毛猫がニケと約束しちゃったし、みんなで迷宮に入ることになるだろう……!)
しかし剣閃の風は、翌日になっても誰一人戻らなかった。
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