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第二章 地響きの前夜
鑑定合戦
しおりを挟む互いに〈鑑定〉した瞬間、俺の体は激しく明滅し脳内に声が響いた。
〈左、左! 左、突きが来る。右……〉
叡智の女神の近未来予知により俺はミケの斬撃を次々とかわすが、それは向こうにしても同じだ。
明滅する子猫は叡智からのアドバイスに時折「にゃるほど」と返事をし、俺の攻撃はムカつくほど当たらない。
(調速……!)
不意打ちを試したが無駄だった。自分以外の誰かに対する〈調速〉は指向性の高い超音波なのだそうで、その音は相手を麻痺させる呪文として作用する。スキルを鑑定したらアクシノが言ってた。
「にゃ」
俺の調速を予見しミケが猫耳をペタッと伏せた。あいつには左右にヒトの耳もあるのだが、それだけで調速は空打ちに終わる。解せん。
「なにゃにゃーにゃうにゃ・にゃーにゃ・にゃいにゃー☆」
ミケがレイピアで突きを連打しながら眠たい目でつぶやいた。別にふざけているのではない。これは猫系獣人の詠唱で、
〈伏せろ。炎の鞭が来る〉
「おっと……!?」
〈——魔法剣:火炎鞭——〉
ミケの剣から重油のような黒い液体が飛び出たかと思うと、引火して蛇の舌のような炎が上がった。ギリギリしゃがんで回避し、同時に〈無詠唱〉の〈調速〉でやり返す。よし! ミケの体がぐらついたぞ……!
〈——骸細剣術:平突き——〉
〈やめろ、ブラフだ!〉
「効いたフリ!?」
〈——遁法:隙間風——〉
騙された。チャンスと思いナイフを突き出した俺は三毛猫の斥候スキルで軽くかわされ、伸び切った右手を子猫のレイピアが断ち切る!
〈——怪盗術:ダブル・ダウン——〉
〈——骸細剣術:霞三段——〉
高速な三連撃が俺の腕を襲ったが、青い壁が出現する。すべて防いでも消費HPは1だ。しかしわざわざ三連撃ってあたりに三毛猫の「殺る気」が伺えるね。
俺のHPを削ったミケは嬉しそうに「にゃー♪」と鳴き、距離を取ってそのまま詠唱に入った。ウニャウニャ唱えてる三毛猫に調速混じりの剣術を繰り出すが……俺の武器ってナイフなのよね。剣じゃないので威力がいまいちだ。
「にゃんにゃー☆」
〈——魔法剣:帯電ノ太刀——〉
詠唱を終わらせたミケのレイピアが雷を纏ったが、俺はナイフを構えて突っ込んだ。魔法剣だろうがなんだろうが、当たらなければどうということはない。
〈左、切れ、右、右! 飛んだら横薙ぎ。刃を合わせると麻痺をくらうぞ。左。もっと左……〉
今度はブラフに気をつけてナイフを振るう。ある時は突き、ある時は退き——そうしているうちせっかく詠唱したミケの魔法剣が効果を失った。ニヤけて見せると、普段は眠たい目をしているミケが目を細めた。苛ついたらしい。
お互いに相手を鑑定しているため、しばし攻撃が当たらない時間が続いた。
そんな硬直した局面を打開する方法はいくつかある。
ひとつは、アクシノの指示に相手より早く対応することだ。鑑定を司る女神としてアクシノは双方に公平な立場で予想を聞かせてくれるが、〈切れ〉とか〈避けろ〉という指示を実行するまでにはどうしてもタイムラグがある。結果〈鑑定〉の予想が外れたとしても、それはアクシノのせいじゃない。術者がノロマなせいだ。
もうひとつは先ほどのようなブラフだ。罠に誘われて〈鑑定〉を聞かず反射的に動いてしまうことはよくあるし、といって鑑定を聞いてからすべての行動を決めようとすると先述したタイムラグが辛い。
で、もうひとつはこれだ。
〈——印地:砂利の散弾——〉
俺は足元に砂利を見つけ、すくい上げるように投げた。スキルに任せて投げつけた砂利は七歳のガキの投石とは思えない速度で飛び、砂利なので、空中でバラける。
「にゃ……!」
いくら叡智の女神でも、範囲の広い、そもそも回避不能な攻撃を予知だけでどうにかすることはできない。〈散弾が来るぞ〉くらいは事前に通知してくれるものの、聞いたところで術者に打つ手がなければ無意味だ。
ミケは〈鑑定〉を聞きながら散弾のうち四発を必死に避けてみせたが、残った二発が胴体を直撃してしまった。スキルを使った投石なので、小さな子供を即死させる程度の破壊力がある。
青い光の壁が現れ、冒険の神・ニケの加護によるHPが三毛猫を守った。ミケは悔しそうに距離を取り、詠唱で行くか、剣で攻めるか、考えるように俺を睨んだ。あれは絶対、脳内でアクシノと作戦会議をしている顔だね。
これでミケのHPは残り1——俺はまだ2のHPを持つが……。
〈……ふむ。〈冒険〉が来そうだな。奥の手を使うか?〉
(練習になるし、できれば使いたいけど……ミケが怒るんだよ。ずるいって)
こっちの脳内でもアクシノが作戦会議を始めた。アクシノはどちらの味方もしないが、誰の敵というわけでもない。この女神は、MPを消費して〈鑑定〉をした者に公平に知恵を授けようとする。
〈確かにずるいが、今日はいけるだろ。ほら、おまえのトンカツを口実にしろ〉
(ふおお……アクシノさん賢い!)
作戦が決まった。俺はミケに対し叫んだ。
「覚悟しろミケ、鑑定Lv2を使う!」
「みゃ……!? ずるい!」
「さっきトンカツを盗んだ罰だ」
「にゃ、にゃ……」
ミケが激しく動揺した。ブラフの可能性もあるが、攻めて行かなきゃ勝負はつかない。
(てことでアクシノ様、レベル2の〈鑑定連打〉で)
〈おまえって、こういうときだけワタシに「さま」をつけるよな〉
お互いに〈鑑定〉している戦いを打開する、最後の一手が「レベル」だ。
基本的に公平なアクシノではあるが、それは双方のレベルが同じ時の話だ。レベル1が「先」を予想するなら、レベル2の鑑定は「先の先」まで読んだ神託を与えてくれる。ずるいようだがそのぶん術者は多くのMPを支払うし、それはつまり、より多くの犠牲を払って叡智の加護を願っているということだ、ってのがアクシノの言い分だ。
ミケがレイピアで攻撃を仕掛けてきた。
〈あいつ剣を捨てるぞ。勝ったな。わざと当たってトドメを刺せ〉
レベル2の鑑定結果を聞いた直後、ミケが実際にレイピアを捨てる。
〈——冒険術:冒険——〉
(使ったか……!)
同語反復のようなスキル名はミケの奥の手で、子猫が剣を投げ捨てた瞬間、俺の目ではミケの姿を追うことができなくなった。
〈——豚氏八極拳:箭疾歩——〉
音速の壁が破られたような爆音が響き、視界の端にスキル表示が見えたときにはミケが俺の懐に飛び込んでいた。
〈——豚氏八極拳:裡門頂肘——〉
三毛猫の足が大地を踏みしめ、地面が大きく割れる。ミケはその反動のすべてを自分の肘に集中させ、俺の肋骨に強烈な肘打ちを食らわせた。HPの壁が防御する。子猫はそれを確認するとすぐに逃げようとしたが——……。
〈——骸細剣術:平突き——〉
俺のナイフは、すでにミケの脇腹でHPの壁に止められていた。
……さすがっすね、アクシノさま。
◇
「はいはい、それまで。ミケのHPがゼロ! やめないとダメにゃー?」
「にゃ……」
木陰で見物していた黒猫のポコニャさんが手を叩いて止めに入り、ミケは悔しそうな声を出した。眠たそうな目で自分が放り投げたレイピアを拾い、さらにポコニャさんに預けていたブタのぬいぐるみも抱き抱える。
「ミケ、HP相手に肘打ちしてたけど折れてにゃーな?」
「にゃ」
「カッシェのナイフも欠けてにゃーな? その『業物』はナサティヤの家宝にゃ。レイピアの十倍は値が張るからにゃ?」
「大丈夫です。毎日〈鍛冶〉で補修してますし、そもそもあの壁、殺意が無いと相手の剣や拳を破壊したりしませんし」
「壁にゃー……うちの娘もそーだけど、おまいらのHPはほんとズルだにゃ」
「ちがう。ずるいのは、ママやカッシェの〈鑑定〉のほう。アクシノ様がずるい」
俺はそんな話をしながら「ステータス」を念じ、現れた画面の〈教師〉スキルをクリックした。〈解除しますか〉の確認にYESを選ぶ。
「にゃにゃ……ちからがぬけてゆくー」
ミケがわざとらしく倒れ、そのまま草むらに寝転がった。ブタのぬいぐるみを枕にする。
「……この夏、三度目のはいぼく」
夏の抜けるような青空に向かってミケは感傷的なセリフを吐き、俺とポコニャさんは苦笑してしまった。俺たちの遊びは二年間毎日のことだし、この夏はもう半ばを過ぎている。たった三度がなんだというのだ。
「今日は久々に負けたにゃ、ミケ」
「にゃ……カッシェがズルした。レベル2を使った」
「たまには勝たせろ。十日ぶりだぞ?」
「ミケは今日も〈鑑定〉を貰えニャかったのかにゃ?」
「毎日頼んでる。毎日のーきんはダメってゆわれる……ミケは賢くなりたい」
「アクシノも頑なだよな。ファレシラは〈拝聴〉スキルをくれたのに」
「こらカッシェ、様をつけなきゃダメにゃ」
「おおー、今日はねむるのがおそろしい」
ミケはそう言ってあくびをし、俗に言う「猫の開き」そのままの姿で居眠りを始めた。
「きっと夢枕にニケ様とケンケン様が立つ……」
三毛猫のミケには三つの神様の加護がある。冒険の神ニケと剣の神カヌストン、そして拳の神ダーマの三柱だ。剣と拳の二柱は超武闘派の神様で、彼らが与える戦闘スキルが冒険の神の〈冒険〉とシナジーすると恐ろしい威力になる。
「夢枕て。眠たいだけだろ」
「しかたねー娘だにゃ。カッシェ、久しぶりにうちの子を鑑定してくれにゃいか? 昨日はナサティヤにかけっこで勝ったみたいだし」
「いいですよ。MPはまだ少し余裕があります」
ポコニャさんに頼まれ、俺は昼寝するミケに〈鑑定Lv9〉をかけた。
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