上 下
9 / 158
第一章 王道的転生

黒のオーク

しおりを挟む

 義足の狐が「始め!」と叫んだ瞬間、オークを鎖で繋いでいた冒険者たちが手を離した。

 解き放たれた四体のオークはいずれも素手で、村の広場の中央——噴水に向かって突進し、離れて見物している村人らが歓声を上げる。

「なんえー!?(なんで)」

 俺も乳児ながら叫んでいた。

 クソ女神——イヤ、ウソデス☆ 偉大なる女神様からのメールを何度も読み返すが、そこには俺に返答を求めるようなボタンは無く、いくら読んでも時間は停止しない。前言撤回だ。ざっけんなクソ女神!

「行くわよカッシェ!」
「ほえ?」

 母が俺を抱えたまま踊るように一体の白いオークへ突撃した。なにしてんのと問う間もなく彼女は腰のナイフを抜き放ち、俺の両手に無理やり握らせる。そしてクルッと身を翻し、オークの土手っ腹に回し蹴りを決めた。

〈——遁法:とんぼ返り——〉

 キックの反作用で一撃離脱の大ジャンプを見せ、母は旦那に向かって叫んだ。

「よしっ、カッシェが『攻撃』した! あなた!」
「おう! 息子に『経験値』を寄越せ、ブタめがーッ!」

 父・ナンダカが細剣を抜き、オークに切りかかる。

 いや待って。俺なにかやりました? 攻撃した気がしないのですが。ていうかそれより父、待て。ダメだって!

「あぇー!(ダメー!)」
「大丈夫よカッシェ、父さん強いから♪」
「ぃあー!(違う)」

 俺がトドメを刺さなきゃ一族皆殺しなんだよ!

 だのに父・ナンダカは強かった。剣が青白く発光したかと思うと、

〈——むくろ細剣術:飛燕の太刀——〉
〈——ニノ太刀:燕返し——〉

 母の時と同様に、俺の視界の端に文字が表示された。アクシノさんの〈鑑定〉とは管轄が違うのか、テロップだけで朗読は無い。

 父はそんな技名とともにヒトの動きとは思えない速さで二連撃を繰り出し、咄嗟に腕を交差させ身を守ったオークが両腕をボトッと切り落とされる。スゴイ切れ味だね、父の剣。トマトやパンも真っ二つだろうし、深夜の通販でバカ売れしそう。

「肉だッ!」
「焼けー☆」

 見物していた村人たちがささっと腕を回収し、哀れなオークは痛みに吠えた。腹が震えるような野太い叫びを上げ、自分に残された最後の武器——牙でナンダカを噛み殺そうとする。

「やっちゃえ、あなた!」
「うにぇえー!(逃げてブタさん)」

〈——骸細剣術:流浪の剣閃——〉

 ナンダカの剣が溶けたように揺らいだ。噛み付こうとしていたオークはウッと目を見開き、重たい首がボトリと落ちる。アクシノさんの怜悧な声が聞こえた。

〈オークを撃破しました。レベルが1、上昇しましたが……おやおや、おまえがトドメを刺せってクエストだろ? ……?〉

 オークの死骸を前に父が拳を握り、母も同じようにした。

「「 ヨシッ☆ 」」
「あうあえー!(ヨシじゃねー)」

 ——と、俺は左手に違和感を感じた。慌てて確認すると皮膚が——真っ黒に変色している。

〈星を統べる女神・ファレシラ様の「天罰」が発動しました。世界から存在を否定されます。あなたと家族は、数時間のうちにこの星から消失します〉

 天罰……? 存在を——否定?

「あれ……変ね、足が……」

 母の声が聞こえた。靴で隠れてわからないが、右のつま先に違和感があるらしい。

「……あうあお(やめてよ)」
「ん? あれ?」

 オークの死骸の前で父も右肩をさすっていた。鎧や服でわからないが、彼は右肩に違和感があるようだ。死骸に群がる村人を無視して確認するように剣を振っている。

「……あうお(やめろって)」

 俺はナイフを持ったまま母を蹴飛ばし、反動で飛んで地面に着地した。

「カッシェ? どこに……」
「……うぬあーーーーッ!」

 予想通り俺はもう走れた。8に上がったレベルの、敏捷のパラメータに物を言わせて村人の群れに突っ込む。混雑に紛れれば父母も俺を捕まえにくいはずだ。

 焦燥感に頭がおかしくなりそうだった。黒ずんだ左手はまだ一応動くが、ピリピリと痛みを感じる。小さな虫に少しずつ肉を食われているような、おぞましい、嫌な感覚だ。変色は肘に向かって侵食を広げていて、おそらく、このまま全身を蝕むのだろう。

 なるほど……これがファレシラの言う「死」か。「ついでに皆殺し♪」の正体かよ。

 ステータスを怒鳴るように念じ、俺は自分の状態を確認した。「カオスシェイド〈天罰〉」の文字が見え、同じ状態異常たる〈思考加速〉の類推で、思わず詠唱してしまう。

「あうあ(調速)……」

 唱えた瞬間、体全体が震えた。夜、寝ているとき急にビクッとなる感覚に似ている。俺は転んで砂だらけになり、周囲の村人が驚いた。冷酷さすら感じる叡智アクシノの声が聞こえた。

〈調速スキルは、演奏中または思考加速中にのみ利用すべきスキルです〉

 そうかよ。どうも!

「カッシェ! どこなの? あなた、カッシェが走って……」
「走った!?」
「私、急に足がつって、あの子が逃げて——」
「あんたらの子ならここだぞ!」

 両親の声が聞こえたが、俺は自分を捕まえようとする村人にナイフを振り回し、広間の奥の黒い怪物を目指した。

「うむ! 真っ先に倒したのはナンダカの家じゃ! 最後の1体の経験値は、カオスシェイドに与えよ! 鎖を解き放て!」

 狐のババアの声が聞こえ、俺は自分が「即死」せずに済んだ理由を確信する。

(まだ一体……あれを俺が殺せば!)

 広場の奥に〈黒豚〉がいた。他のオークがどれも白い中、あのオークだけ体が黒い。ついでに言うと体格も一回り大きかったが、俺は最後の黒豚チャンスを目指して走り、頭の中で必死に考えた。

 修行は無理だ。時間が無い。蜂を殺した〈調速〉も使えない。俺に残された能力はレベル8のステータスと、〈翻訳〉と……。

 ——鑑定だ。

 それくらいしか使えるものが無い。だけど、今さらオークを鑑定してどうする!?

〈【オーク】は豚のような二足歩行の魔物で、カオスシェイドの使う単位で三メートル以上の巨体を誇ります。棍棒の一撃は城壁を崩すことがあり、素手であっても、丸太のような腕による打撃は致命的です。分厚い脂肪は魔法に抵抗します。一方で動作は遅く、高速で繰り出した剣や槍、遠距離からの弓にも弱い魔物です〉

 使ってみたがやはり無意味だった。

 俺は剣を知らねえ。槍も無理だし弓も撃ったことがねえ。魔法スキルも持ってねえ!

 戦うすべがなにも無い。思考加速中でなきゃ〈調速〉は無意味だし、残るは〈鑑定〉だ。〈鑑定〉しかないのに——。

「ぅえ、あ……」

 走りながら変な声が出た。こんな状況で奇妙なことだが……俺は、爽快感に震えた。

「ぅあう……」

 蜂と、夕日と、さっきの儀式——活路を探し続けた俺に、それこそ〈叡智の女神〉の祝福のような瞬間が訪れていた。

 このひらめきが俺の自力だとは到底思えない。夕日以外はずっと、ずっと女神どもに仕向けられていた気がする。主犯はアクシノなのだろうが、邪神ファレシラも一枚噛んでいる。


 俺は黒豚オークの前に立った。

 黒豚は両手・両足の鎖を解かれ、その周辺に槍を構えた冒険者がいる。

「おい、まずいぞ! 子供が!」
「子供のほうに行かせるな! 最悪殺しても……」
「だーーーー!(だめ)」

 冒険者に怒鳴りつつ、俺は意識を集中させた。

(……俺はもう、オークを鑑定している。オークについて、鑑定結果のすべてを知っている……)

 念じると、どこかで叡智のあんにゃろがほくそ笑んだ気がした。

(……おい、アクシノ。俺の鑑定レベルは2だけど、今からレベル1を使いたい)

 返事は無かったが構わない。あいつは絶対俺の願いを聞いている。

(レベル1だぞ。2以上の〈鑑定〉は無駄だろ?)

 蜂を殺す時、女神ファレシラは「〈鑑定〉だけで勝てる」と言った。そのあとサービスで時間停止をくれたが、あれはファレシラからすれば「あ、こいつバカなんだな」って気分だっただろう。ワンパンするとは情けないとも言われた……ムカつくが正しい。

 ついさっき、〈鑑定の儀式〉の時、叡智の女神本人が「剣神なんて雑魚w」と笑っていたのだから。

 そして、夕日だ。

 俺はあの時、単に時間経過を知りたくて夕空のなにもない場所を〈鑑定〉した。そうしたら、叡智の女神はなにをした?


「……あんえい(鑑定)」


 黒豚に〈鑑定〉を発動すると、豚はそれを敵対行為とみなした。怒りの視線を乳幼児に向け、太い両腕を振り回して襲いかかってくる。

 すっげえ怖いけど大丈夫なはずだ。だってアクシノは〈叡智〉の女神だから。

〈……気づいたか、ワタシの知恵ある眷属よ。まあ、おまえのMPは異常に多いからそのうち気づくと思っていたがね。この戦い方は本来、レベル40を超さないと実用に耐えないが——よかろう。ならば鑑定だ〉

 ようやく返事をしたアクシノは得意げで、俺は静かに〈鑑定〉の結果を聞いた。

「危ない、避けろ!」
「誰かあの子を助けて!」

 村人たちが叫び、それを上回る声量で豚の唸り声が響く。悲壮感のある声だった。屠殺場の豚が、せめてひとりは巻き添えにしてやるとでも言うようだ。

 悪いね、無駄だよ黒豚。

 豚は小さな0歳児に対し、ゴキブリを潰すように踏み降ろしストンピングを仕掛けてきたが、俺は左にたった一歩動くだけで攻撃を回避した。俺が消えたように感じたらしい。黒オークは驚いた顔で周囲を見回したあと、激怒し唸って俺を殴ろうとするも、その攻撃も当たらない。青ざめていた村人たちから歓声が上がる。

 自分のスキルのヤバさに震えたが、考えてみればこれは当たり前のことだ。女神ファレシラは、最初からずっと俺との約束を守っていた。


 鑑定スキルで無双とか、異世界転生のだもんな。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

Sランク冒険者の受付嬢

おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。 だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。 そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。 「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」 その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。 これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。 ※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。 ※前のやつの改訂版です ※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...