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恋人(仮)との生活
番になれない理由
しおりを挟む ジョエルは毎日、シオンの元を訪れる。
モリエール邸で別邸の庭の世話をし、騎士達と一緒に訓練をし、それからルマの街へ行く。そこでシオンの為に手土産のお菓子を買い、大神殿まで行くのが近頃のジョエルの日課となる。
リュシアンは甲斐甲斐しくシオンの世話をしようとしているようだった。しかし、シオンは貴族にそんな事をしてもらうなんてと、メリエルの助けさえ断る始末。
勿論、ジョエルの事も忘れてしまっている。だが、シオンはジョエルをひと目見て
「綺麗なお姉さん」
と言ったのだ。
自分を初めて見た人は大抵男だと勘違いするのに、すぐに女性だと分かったシオンにジョエルはまた敬服してしまうのだった。
側にいて以前のようにシオンの世話をしたいのだが、記憶のないシオンの前では皆が今、同じ立ち位置にいる。だからこそリュシアンに任せた方が良いだろうと考える。それはきっとシオンが望む事だろうから。だからジョエルは一歩引いて二人を見守る事にしている。
だが歯痒く感じる事ばかりで、必要以上に二人の間に入る事はしないようにと思っていても、シオンを腫れ物に触るようにしか接する事が出来ないリュシアンに、いつも不甲斐なさを感じてしまう。
それでも、やっとここまで二人の距離は縮まったのだ。まだシオンとリュシアンの仲は危うくてもどかしく感じる事ばかりだから、今は見守りつつも、いつでもシオンの助けになれるように待機しているような状態だった。
そして今日、ジョエルはリュシアンに呼び出された。借りた別の司祭の部屋でリュシアンは、項垂れた状態でジョエルに深々と頭を下げた。
高位貴族であるリュシアンが平民のジョエルに頭を下げるなんて、通常では有り得ない事だ。それ故にジョエルはかなり驚いた。
「今まで私は何も分かっていなかった。シオンの奇病は全て私が受けたものだったのだな」
「……そう、ですか……気付かれたんですね」
「あぁ。だから君がクレメンティナから私を庇った事も納得がいった。これ以上シオンに怪我をして欲しくないと思っての事だったんだな」
「はい、そうです」
「今まで申し訳なかった……」
低姿勢のリュシアンの態度に、流石にジョエルもこれ以上何も言えず、上を向いてから大きくため息を吐く。
「私の事はもういいです。お嬢様が全て治してくださいましたし」
「それもだが、シオンが傷を負うたびに、君がシオンの治療をしてくれていたんだろう? ルストスレーム家では奇病が知られたくなくて医師を呼ばなかったと聞いた。それを君が……」
「そうですね……恐らく応急処置程度の事しか出来ていませんでした。私の拙い知識では、お嬢様の傷を改善させてあげる事は出来なくて……」
「いや、フィグネリアのいるルストスレーム家では仕方がなかったのだろう。それでも君はシオンを救おうとしてくれていた。心より感謝する」
「やめてくださいよ。私に謝ったり礼を言ったり、何だか気まずいですし、貴方らしくなくて気持ちが悪いです」
「そう、か……」
「そこ、怒って良いところですからね! ……はぁ……調子狂うなぁ……とにかく、これからは公爵様がお嬢様をお守りしてください! 貴方からの傷を受け取る度に、痛みに震えながらも嬉しそうにしていたんですよ、お嬢様は! 守れた事が嬉しいって、こんな自分でも生きてる意味があったって!」
「生きてる意味……?」
「あの母親のせいですよ! いつもお嬢様を見る度に生きてる価値がないだとか、早く死んでしまえだとか! ずっとそんな言葉を浴びせられ続けて、お嬢様が自分に価値を見いだせなくなるのは仕方がなかったんです! そんな時に貴方から受けた傷を見て、お嬢様は自分にも出来る事があるって、リアムを助けられているって、嬉しそうに言うんですよ!」
「シオン……」
「貴方がお嬢様の生きる支えになっていたんです。しっかりしてくださいよ。いつまでもそんな絶望を全て請け負ってます、みたいな顔をしてないで、お嬢様とちゃんと向き合ってください」
「あぁ……そうだな。ジョエル、君の言う通りだ」
そうは言っても、リュシアンはまだ知ったばかりの真実に打ちひしがれていた。シオンに合わせる顔がないと思ってしまうのだが、だからと言ってシオンから離れるなんて事はできない。
『もうあんまり無茶したらダメなんだよ。怪我とか、病気とかしないようにね、自分の体、大切にしなくちゃいけないんだからね』
ふとリュシアンは思い出した。転移陣でこの街に来る前、シオンは自分にそう言っていた。あの時シオンは死を覚悟していた。そしてそうなると、もうリュシアンを守れなくなるからあんな事を言ったのだ。
自分の事よりも、シオンはいつもリュシアンの事を案じてくれていた。それはリアムだった頃から……
結局自分は一番大切な人を守れていなかった。それどころか傷つけてきた。それは身体も心も……
何度謝っても足りない。消えない傷がシオンの身体には刻まれてしまっているのだから。
ジョエルに発破をかけられても、リュシアンの心は簡単には立ち直れそうになく、シオンに申し訳ない気持ちが常に胸に渦巻いている状態だった。
不意に扉がノックされる。
オズオズとリュシアンを訪ねて来たのはセヴランだった。
「リュシアン様、もう私ではどうにも出来ないのです。どうか、どうか戻ってきてください。お願い申し上げます」
「セヴラン、だからそれは今は……」
「王命が下されております! 国境の村に魔物被害が報告されているのです! 討伐に向かうよう、国王陛下より直々にお達しがございました!」
「魔物討伐……だと?」
「一掃なさるようにとの事でこざいます!」
「私には無理だ……」
「何をおっしゃいますか! リュシアン様がやらねば誰がやると言うのです?!」
「もう無理なんだ」
「リュシアン様!?」
ガタリと立ち上がりセヴランとジョエルを置き去り、リュシアンは司祭室を出て行った。
リュシアンはその足でシオンのいる部屋へと向かっていく。
とにかくシオンが気になっで仕方がないのだ。少しでも離れるとどこかに行ってしまいそうで、眠ったら次はもう起きなくなりなってしまいそうで、不安で不安で仕方がないのだ。
部屋へ行くと、シオンは窓を開けて外を眺めていた。
「シオン! 危ないっ!」
「え?」
リュシアンにはシオンが窓から落ちてしまうように見えた。だが、シオンはただ外を眺めていただけで、身を乗り出していた訳ではなかったのだ。
駆け寄ってシオンを後ろから抱き締める。そうして初めてリュシアンは安心できたのだ。
「あ、あの、公爵様? どうしたんですか?」
「落ちたらあぶない。頼む、危険な事はしないでくれないか」
「ただ外を見ていただけですよ」
「それでも、だ」
「……はい、分かりました」
シオンはリュシアンを安心させる為に、納得したように返事をする。
リュシアンが謝りながらシオンの腰に抱きついてきた時から、シオンはリュシアンをどこか放っておけないような存在に思えていた。
自分よりも大きくてガッシリしてて、しかも高位の貴族であるのに、何故かこの人を悲しませたくない、守りたい、そう思ってしまうのだった。
モリエール邸で別邸の庭の世話をし、騎士達と一緒に訓練をし、それからルマの街へ行く。そこでシオンの為に手土産のお菓子を買い、大神殿まで行くのが近頃のジョエルの日課となる。
リュシアンは甲斐甲斐しくシオンの世話をしようとしているようだった。しかし、シオンは貴族にそんな事をしてもらうなんてと、メリエルの助けさえ断る始末。
勿論、ジョエルの事も忘れてしまっている。だが、シオンはジョエルをひと目見て
「綺麗なお姉さん」
と言ったのだ。
自分を初めて見た人は大抵男だと勘違いするのに、すぐに女性だと分かったシオンにジョエルはまた敬服してしまうのだった。
側にいて以前のようにシオンの世話をしたいのだが、記憶のないシオンの前では皆が今、同じ立ち位置にいる。だからこそリュシアンに任せた方が良いだろうと考える。それはきっとシオンが望む事だろうから。だからジョエルは一歩引いて二人を見守る事にしている。
だが歯痒く感じる事ばかりで、必要以上に二人の間に入る事はしないようにと思っていても、シオンを腫れ物に触るようにしか接する事が出来ないリュシアンに、いつも不甲斐なさを感じてしまう。
それでも、やっとここまで二人の距離は縮まったのだ。まだシオンとリュシアンの仲は危うくてもどかしく感じる事ばかりだから、今は見守りつつも、いつでもシオンの助けになれるように待機しているような状態だった。
そして今日、ジョエルはリュシアンに呼び出された。借りた別の司祭の部屋でリュシアンは、項垂れた状態でジョエルに深々と頭を下げた。
高位貴族であるリュシアンが平民のジョエルに頭を下げるなんて、通常では有り得ない事だ。それ故にジョエルはかなり驚いた。
「今まで私は何も分かっていなかった。シオンの奇病は全て私が受けたものだったのだな」
「……そう、ですか……気付かれたんですね」
「あぁ。だから君がクレメンティナから私を庇った事も納得がいった。これ以上シオンに怪我をして欲しくないと思っての事だったんだな」
「はい、そうです」
「今まで申し訳なかった……」
低姿勢のリュシアンの態度に、流石にジョエルもこれ以上何も言えず、上を向いてから大きくため息を吐く。
「私の事はもういいです。お嬢様が全て治してくださいましたし」
「それもだが、シオンが傷を負うたびに、君がシオンの治療をしてくれていたんだろう? ルストスレーム家では奇病が知られたくなくて医師を呼ばなかったと聞いた。それを君が……」
「そうですね……恐らく応急処置程度の事しか出来ていませんでした。私の拙い知識では、お嬢様の傷を改善させてあげる事は出来なくて……」
「いや、フィグネリアのいるルストスレーム家では仕方がなかったのだろう。それでも君はシオンを救おうとしてくれていた。心より感謝する」
「やめてくださいよ。私に謝ったり礼を言ったり、何だか気まずいですし、貴方らしくなくて気持ちが悪いです」
「そう、か……」
「そこ、怒って良いところですからね! ……はぁ……調子狂うなぁ……とにかく、これからは公爵様がお嬢様をお守りしてください! 貴方からの傷を受け取る度に、痛みに震えながらも嬉しそうにしていたんですよ、お嬢様は! 守れた事が嬉しいって、こんな自分でも生きてる意味があったって!」
「生きてる意味……?」
「あの母親のせいですよ! いつもお嬢様を見る度に生きてる価値がないだとか、早く死んでしまえだとか! ずっとそんな言葉を浴びせられ続けて、お嬢様が自分に価値を見いだせなくなるのは仕方がなかったんです! そんな時に貴方から受けた傷を見て、お嬢様は自分にも出来る事があるって、リアムを助けられているって、嬉しそうに言うんですよ!」
「シオン……」
「貴方がお嬢様の生きる支えになっていたんです。しっかりしてくださいよ。いつまでもそんな絶望を全て請け負ってます、みたいな顔をしてないで、お嬢様とちゃんと向き合ってください」
「あぁ……そうだな。ジョエル、君の言う通りだ」
そうは言っても、リュシアンはまだ知ったばかりの真実に打ちひしがれていた。シオンに合わせる顔がないと思ってしまうのだが、だからと言ってシオンから離れるなんて事はできない。
『もうあんまり無茶したらダメなんだよ。怪我とか、病気とかしないようにね、自分の体、大切にしなくちゃいけないんだからね』
ふとリュシアンは思い出した。転移陣でこの街に来る前、シオンは自分にそう言っていた。あの時シオンは死を覚悟していた。そしてそうなると、もうリュシアンを守れなくなるからあんな事を言ったのだ。
自分の事よりも、シオンはいつもリュシアンの事を案じてくれていた。それはリアムだった頃から……
結局自分は一番大切な人を守れていなかった。それどころか傷つけてきた。それは身体も心も……
何度謝っても足りない。消えない傷がシオンの身体には刻まれてしまっているのだから。
ジョエルに発破をかけられても、リュシアンの心は簡単には立ち直れそうになく、シオンに申し訳ない気持ちが常に胸に渦巻いている状態だった。
不意に扉がノックされる。
オズオズとリュシアンを訪ねて来たのはセヴランだった。
「リュシアン様、もう私ではどうにも出来ないのです。どうか、どうか戻ってきてください。お願い申し上げます」
「セヴラン、だからそれは今は……」
「王命が下されております! 国境の村に魔物被害が報告されているのです! 討伐に向かうよう、国王陛下より直々にお達しがございました!」
「魔物討伐……だと?」
「一掃なさるようにとの事でこざいます!」
「私には無理だ……」
「何をおっしゃいますか! リュシアン様がやらねば誰がやると言うのです?!」
「もう無理なんだ」
「リュシアン様!?」
ガタリと立ち上がりセヴランとジョエルを置き去り、リュシアンは司祭室を出て行った。
リュシアンはその足でシオンのいる部屋へと向かっていく。
とにかくシオンが気になっで仕方がないのだ。少しでも離れるとどこかに行ってしまいそうで、眠ったら次はもう起きなくなりなってしまいそうで、不安で不安で仕方がないのだ。
部屋へ行くと、シオンは窓を開けて外を眺めていた。
「シオン! 危ないっ!」
「え?」
リュシアンにはシオンが窓から落ちてしまうように見えた。だが、シオンはただ外を眺めていただけで、身を乗り出していた訳ではなかったのだ。
駆け寄ってシオンを後ろから抱き締める。そうして初めてリュシアンは安心できたのだ。
「あ、あの、公爵様? どうしたんですか?」
「落ちたらあぶない。頼む、危険な事はしないでくれないか」
「ただ外を見ていただけですよ」
「それでも、だ」
「……はい、分かりました」
シオンはリュシアンを安心させる為に、納得したように返事をする。
リュシアンが謝りながらシオンの腰に抱きついてきた時から、シオンはリュシアンをどこか放っておけないような存在に思えていた。
自分よりも大きくてガッシリしてて、しかも高位の貴族であるのに、何故かこの人を悲しませたくない、守りたい、そう思ってしまうのだった。
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