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貴方の犬にしてください
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しおりを挟む「私の剣も、私レヴィ・ダルトン自身も全て若き帝国の太陽、リシュアン・エイヴァリー第一皇子殿下に捧げます。あ、貴方様の犬にしてください……!」
「……犬?ペットってこと?」
第一皇子リシュアンの護衛騎士を、リシュアン自らが選ぶという千載一遇の機会に、レヴィは薔薇が咲き乱れる美しい庭園の片隅で何度も考えた台詞が飛んで、頭が真っ白になってしまった。
ずっと憧れ焦がれていた若き太陽が目の前にあるのだ。
墓場まで持って行こうとした堅い誓いは、若き太陽を目の前にしていとも簡単に溶けてしまった。
もう今日死んでしまいたい、いや、でもどうせ死ぬならリシュアンの盾となって死にたい。
そんな事を考え、少し泣きそうになりながら、レヴィが跪いて返事を待っていると、リシュアンはその整った顏を右に傾けた。それに追随するように、少し赤みを帯びた太陽の様な金髪もさらっと右に流れる。
キラキラと瞬いているように見えるルビーのような赤い瞳が、レヴィの心を見透かそうとするように、じっとこちらを見ていた。
「君……レヴィと言ったね。レヴィはどうして私の犬になりたいのかな?」
「二年前、オークキング討伐の際に、私も討伐隊に参加しておりまして、そこで貴方様の勇姿を拝見させて頂き、お傍で支えさせて頂きたいと強く思いました」
「……たった一度の遠征で、そこまで思ってくれるものなの?」
「私にとっては、そのたった一度が忘れられなかったのです。なので少しでもお傍に、と己を磨いて参りました」
「あぁ、聞いてるよ。最近異例のスピードで頭角を現している騎士がいると。……君だったんだね」
「殿下の御耳に届いているなら、頑張った甲斐があります」
「……君は皇子の犬になりたいんだよね?……じゃあ私が皇子辞めたいって言ったらどうする?」
「殿下に苦労はさせません!頭はよくないですけど、体だけは丈夫なんでどこでも!一生懸命働きます!」
「ふふふ、そっかぁ」
崇拝しているリシュアンが、ニコリと笑って自分を真っ直ぐ見ているという現実にレヴィは震える脚にグッと力を込めた。
やっぱり今日死んでもいい、いや、やっぱり役に立ってから死にたい。
スッとリシュアンの右手が、レヴィの顎に伸びる。
「顔をよく見せて?」
親指で下まぶたを優しく撫でられ瞳を覗き込まれると、ひゅっと息が詰まった。
「レヴィ……よく頑張ってるね、いい子いい子」
ミルクティー色の髪をくしゃりと撫でられると、レヴィは少し三白眼気味のアメジストの様に輝く瞳を携えた猫のような目からボロボロと涙を零した。
胸が、喉の奥が、ぎゅーっと詰まって苦しい。
「あぁ、泣かないで!」
リシュアンは慌てたようにレヴィに顔を近づけ、耳元でそっと、
「可愛い顔が台無しでしょう?……まあ、泣いてる顔も可愛いけどね」
と囁き、にっこり微笑んだ。
たったそれだけで、レヴィの背筋はゾクゾクと震え、身体に力が入らなくなる。目をギュッと瞑り、大粒の涙を流すと、口からは犬のような息が止まらなかった。
今から約二年前。
国境にそびえ立つ山脈の麓の村付近で、大量のオークが発見された。
このままでは村に被害が出るだろうと言う他に、どうやらオーク達は何者かに統率されているかのように動いている。との情報が入った。
至急討伐の為の隊が組まれ、なんとそこに第一皇子殿下が加わる事になった。
指揮官として派遣されるだろう、と誰もが思っていた第一皇子は、果敢に前線に立ち、オークを統率していたオークキングを討ったのだった。
帝国騎士団の下っ端だったレヴィは、他の隊が討ち漏らし、逃げてきた魔獣を討伐する任務についていたが、いつの間にか隊からはぐれ迷子になり、単独行動を取っていた。
やっと森を抜けたと思った先に他のオークとは比べ物にならない程の巨大なオークキングの背中が見え、それと対峙するリシュアンを見つけた。
遠くからしか見たことがなかった第一皇子は、噂に違わずキラキラと太陽のように光っていた。
そして物凄く強かった。
魔術も剣術もどれをとっても一流で、オークキングの足元を凍らせ、動きを止めた後あっという間にその首を一刀両断してしまった。
その時に見た、金髪、赤い瞳、そして斬りかかった時の加虐的に吊り上げられた口角が目に焼き付いて離れなかった。
レヴィはしばらくその場で立ちすくんでいた。
帝都に戻り、休暇を与えられ、再び通常任務に戻ってからもずっとずっとリシュアンの事が頭から離れなかった。
リシュアンについて同僚や上司に尋ねたり、酒場での噂話の一つにも聞き耳を立てた。
どれもこれも人格やその強さを讃えるものばかりで、自分の事ではないのに誇らしかった。
遠目からでも見れる行事があると聞けば積極的に参加したし、少しでも近付けるように厳しい訓練にも耐え、更に自主練も増やした。
そうして二年間ずっとリシュアンの事を考えていた。
すっかり周りの人々にリシュアンのファンだと知られたレヴィに騎士団長が「今度、第一皇子殿下の護衛騎士を決める事になった、志願するだけしてみたらどうだ?」と、話を持ってきてくれたのだった。
最初は純粋に憧れていた。
リシュアンのように強くなりたい、少しでもそのお力になりたい、と。
でも、それだけじゃない気がしていた。
最後の一太刀で見せた、温厚篤実だと、誰もが言うのとは程遠い眼差しと、吊り上げられた口元が忘れられなかった。
ついに、レヴィはリシュアンに抱かれる夢まで見てしまった。
それも、何度も何度もだ。
もうどうしようも無かった。
レヴィの方がリシュアンより背が高いし(多分)、騎士なので筋肉だってついている。騎士団長の様にムキムキにはなれなかったが、女性のようなしなやかさとは程遠い。
正常位で抱かれたり、動物のように後ろから犯されたりした。物凄く気持ちが良くて、もう女性を抱く気になれなくなってしまった。
だけど、リシュアンの恋人や伴侶になりたいのか?と考えたら答えはよくわからなかった。
跡継ぎ問題だってあるし、何よりそんな簡単なことでは無いような気がした。
管理され、支配され、可愛がられて全てをリシュアンに委ねたい。
生殺与奪の権をも握ってもらいたいし、リシュアンの身も心も守って癒したい。
――あぁ、そうか。俺は第一皇子殿下の犬になりたいのだ。ペットの犬のように、一生傍にいたい。
なんだか酷く贅沢な願いだな、と思った。
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