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【本編】

東城先生の正体

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白銀の狐は、その場で自分の身体を見せつけるようにくるりと回って見せると、さっと治療台の上へと飛び乗った。
そして、再び人間の姿へと戻っていく。

「その呼び方は、あまり好きじゃないんだけど……
 ……まあ、この世界じゃ、他に呼び方がないようだから、仕方ないわね」

少し不服そうな声で長い黒髪をかき上げたのは、人間の姿をした東城先生だった。

「コウヤの他にも<獣人ベスティアン>がいたなんて……
 ……もしかして、この世界の人たちが気付いていないだけで、他にもたくさん居るんですか?」

「たくさん、かどうかは分からないけど、
 まあ、居る所には居るわね。
 だから、私がこうしてここで見張ってるのよ。
 コイツみたいな考え無しがここへ連れて来られても助けてあげられるように」

コウヤがむっとした表情で抗議の視線を送る。
しかし、口に出さないところを見ると、言い返せないようだ。

「えっと、それじゃあ……東城先生は、その……」

「コウヤの<運命の女ファムファタル>じゃないのかって?」

東城先生が私の言葉尻を継ぐ。
そして、私の表情を見て、満足そうな笑みを浮かべた。

「俺の<運命の女ファムファタル>は、ファムだけだ」

東城先生が口を開くより先に、コウヤが私を見て言う。

「あら、その子とはまだ〝契り〟を交わしていないんでしょう?
 それなら、私にもまだチャンスはあるわよね」

「〝契り〟って……?」

「男と女の契りって言ったら、1つしかないでしょ」

私は、自分の顔がかっと熱くなるのを感じた。
つまり、肉体関係を持つという意味だろう。
東城先生は、治療台から降りると、コウヤに向かって色目を使いながら近付いて来る。

「私は、いつでも良いのよ。
 あなたのこと結構気に入ってるし。
 それに……私たち、身体の相性は悪くなかったでしょう?」
「なっ……?!」

「……おい、それ以上ファムを傷付けるようなことを言うなら、いくら先生でも許さないぞ」

コウヤが怖い顔をして東城先生を睨み付けるので、私は、自分がからかわれているのだと分かった。

「あ~らら、怒らせちゃったかしら。
 冗談よ、冗談。
 でも、お互いまだフリーなわけだし、可能性がゼロってわけではないわよ、ね」

そう言って、東城先生が今度は私に向かって含みのある笑みを向ける。
私の反応を試しているのだろう。

「俺の<運命の女ファムファタル>は、ファムだけだ」

「……ハイハイ。
 つまんない男ねー。
 それ以外のセリフ言えないのかしら。
 ……まあ、いいわ。
 とにかく、私は、この考え無し男が噛み付いたっていう人間に悪い影響を及ぼす細菌かウイルスを持ってないかどうか、身体の隅から隅まで検査してあげてたってわけ」
「それじゃあ、コウヤは、どこも悪くないの?」
「ああ、何も問題ない」

コウヤが私を安心させようと優しく微笑みかけてくれる。
それを見て、私は、ほっとしたけれど、まだ色々と疑問は残っている。

「……えっと、それじゃあ、コウヤが帰って来なかった理由って……その検査を受けていたから……?」
「半分正解。
 いくらなんでも検査に二週間もかからないわ。
 私たち、賭けをしてたの」
「賭け?」
「そう。
 あなたが彼を追い掛けてやって来るかどうか」
「どうして、そんな賭け……」
「どうして?
 そりゃあ、あなたが彼にハッキリした態度を取らないからでしょ。
 イケメンに言い寄られて、優しく愛を囁かれて……私は求められてるって思えて、自己陶酔するのは気持ちが良かった?」
「私、そんなつもりは……」
「そんなつもりじゃなくても、私から見れば、そうとしか見えないのよ。
 どうして彼にハッキリ自分の気持ちを伝えなかったの?
 あなたなんか好きじゃない、嫌いだって、ハッキリ相手に伝えてあげる方が相手のためだわ。
 ただ曖昧な関係をズルズルと続けてたって、お互いが後で後悔するだけよ」

東城先生は、何か思い詰めた表情で少し視線を下にやったまま吐き捨てるように言った。
まるで身に覚えがあるような態度だ。

「……まあ、あなたの所へ帰るって聞かない彼を引き止めておくのもそろそろ限界だったし。
 残念ながら、あなたの本音は聞けなかったけど、全く脈がないわけでもなさそうだし、ね」

良かったわね、と東城先生がコウヤに向かって言う。
そして、私の耳元に口を近付けると、私にだけ聞こえる声で囁いた。

「自分の気持ち、ちゃんとあなたの口から伝えなさい。
 いなくなってから後悔しても、遅いのよ」

そう言った東城先生の表情は、ひどく悲しげだった。
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