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【本編】
決意
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「百合は……」
「……ああ。百合とは、ちゃんと別れたよ。
……って言っても、別に付き合おうとか話してたわけじゃなくて……
その……ただズルズルと…………曖昧なままにしてた俺が悪いんだ」
純也がバツの悪そうな顔で下を向く。
要は、百合の自分への好意に気付いていて、それを良いように利用していたということなのだろう。
唐突に、百合の泣き顔が頭に浮かんだ。
最低だ、と思う反面、私に人のことが言えるものか、とも思った。
私だって、コウヤの好意を受けながら、きちんと自分の気持ちに向き合おうともせず、ただズルズルと楽な方に、楽な方に……と、身を任せてしまっていたのだから。
(私……コウヤに、なんてひどいことをしていたのかしら)
今更ながら自分の曖昧で残酷な態度に気付き、反省しても、もう遅い。
私も、純也と同じことをコウヤに対してしていたのだ。
「西野……大丈夫か?」
私が俯いたまま無言でいたので、純也が心配して顔を覗き込んできた。
はっと顔を上げた先に、純也の見知った瞳が思いのほか近くにあって、驚いた。
「あ…………」
何か言葉を返そうと口を開いたのに、何故か純也がぎょっとした顔をする。
「……わ、悪かったよ、ほんと。
謝るから。だから、泣くなよ……」
泣いているつもりなんてなかったのに、私の頬を何かの液体が零れ落ちていくのを肌で感じた。
慌てて涙を拭うと、何となく純也との間に気まずい空気が流れる。
付き合っていた時ですら、純也に涙を見せたことなんてなかった。
一体、私は本当にどうしてしまったのだろう。
「……俺、院を卒業したら、就職しようと思うんだ。
今、幾つか内定ももらえてて……そしたら、一緒に暮らさないか?」
今度は、私が驚く番だった。
純也の女性遍歴は数多聞いてきたけれど、誰か特定の1人と同棲したという話は聞いたことがない。
それだけ純也の私への気持ちが真剣なのだとわかる。
「どうして……?
純也だったら、他にいくらでも綺麗で可愛い子と付き合えるでしょう。
どうして私なの?」
嫌味のつもりで言ったのではない。
本心から純也が私を好きでいてくれる理由が分からないのだ。
すると、純也は、頭をぽりぽりと掻きながら答えた。
「俺ってさ、誰にでもいい顔しちゃうんだよなぁ。
そのせいで、女には色々苦労もしたけど……
なんて言うか……基本的に人から嫌われたくないんだよ。
でも、お前、誰にも媚びないだろう?
前に、サークルの先輩たちがさ、里親が見つからない猫たちを引き取るかどうかで揉めてたの、覚えてるか?
お前、あの時、〝命を預かる覚悟が持てないなら飼うべきじゃない〟って、ハッキリ言ったんだ。
みんなびっくりして、引いてたけど……
俺は、あの時のお前を見て、全身に電流が走ったみたいだった。
カッコイイなって思ったんだ。
俺だったら、あんな風にズバッと確信ついたこと言えないで、きっと笑って誤魔化してた」
(まさか純也が私のことをそんなふうに思ってくれていたなんて……)
私と純也の間に、付き合っていた頃の楽しい日々が蘇っていく。
今ここで私が手を伸ばせば、またあの頃のように戻れるのだろうか。
純也に裏切られたと知った時、やっぱり……と、諦め半分に思う気持ちと、ショックな気持ちが半々だった。
私も、純也のことは本気で好きだった、と思う。
でも、自分のことを好きではなかった。
純也に愛されているという自信がもてなかったのだ。
だから、もう自分が傷つかないよう、愛や恋だのという曖昧な感情なんて信じまい、と心に固く決めた。
それでも、コウヤからの好意を無下に出来なかったのは、正直心地が良かったからだ。
コウヤの真っすぐな瞳は、私の心の奥底にある、隠していた気持ちを揺さぶる。
彼は、全身全霊で私を愛してくれていた。
やっぱり私は、誰かに心から必要とされたくて、心から愛されたかったのだ。
正直なところ、純也に対する当て付けも、少しはあったと思う。
もしかしたら、純也が百合との関係を曖昧なまま続けていたのも、私に対する当て付けだったのかもしれない。
(私たち、ほんとバカね……)
だからこそ、私は、今ここで、ちゃんと純也と向き合わなければダメだ。
「純也…………私………………ごめん。
純也の気持ちには、答えられない」
私が純也の顔を見ると、純也は、心底傷付いたような顔をした。
それを見て私の胸がちくりと痛む。
「どうしてだ。百合のことを気にしてるのか?
それとも、まだ俺のことを許せない?」
百合には恨まれたままだけど、それでも彼女は私にとって可愛い後輩で、友人の一人だ。
純也と百合が一緒に居る姿を見て、心痛んだことも本当だ。
でも……
「ごめんね。私、他に好きな人がいるの」
にっこり笑って、私が答えると、純也は、一瞬瞳に怒りの色を浮かべた。
でも、それは本当に一瞬で、すぐに諦めたような表情になる。
「公園で一緒に居た、あいつのことか。
…………俺じゃ、ダメなんだな」
「ごめん……純也が悪いんじゃないよ。
私が、彼じゃなきゃダメなの」
そう、コウヤがいい。
コウヤの大きくてごつごつした手が私に優しく触れるのが好き。
あの人懐っこく屈託のない笑顔が好き。
逞しく広い胸でぎゅっと私を抱きしめてくれるのが好き。
少し低めの声で私の名を呼ぶのが好き。
真っすぐ私を見つめる、あの黄緑色の瞳が何よりも恋しい。
(コウヤに会いたい―――っ!)
「……ああ。百合とは、ちゃんと別れたよ。
……って言っても、別に付き合おうとか話してたわけじゃなくて……
その……ただズルズルと…………曖昧なままにしてた俺が悪いんだ」
純也がバツの悪そうな顔で下を向く。
要は、百合の自分への好意に気付いていて、それを良いように利用していたということなのだろう。
唐突に、百合の泣き顔が頭に浮かんだ。
最低だ、と思う反面、私に人のことが言えるものか、とも思った。
私だって、コウヤの好意を受けながら、きちんと自分の気持ちに向き合おうともせず、ただズルズルと楽な方に、楽な方に……と、身を任せてしまっていたのだから。
(私……コウヤに、なんてひどいことをしていたのかしら)
今更ながら自分の曖昧で残酷な態度に気付き、反省しても、もう遅い。
私も、純也と同じことをコウヤに対してしていたのだ。
「西野……大丈夫か?」
私が俯いたまま無言でいたので、純也が心配して顔を覗き込んできた。
はっと顔を上げた先に、純也の見知った瞳が思いのほか近くにあって、驚いた。
「あ…………」
何か言葉を返そうと口を開いたのに、何故か純也がぎょっとした顔をする。
「……わ、悪かったよ、ほんと。
謝るから。だから、泣くなよ……」
泣いているつもりなんてなかったのに、私の頬を何かの液体が零れ落ちていくのを肌で感じた。
慌てて涙を拭うと、何となく純也との間に気まずい空気が流れる。
付き合っていた時ですら、純也に涙を見せたことなんてなかった。
一体、私は本当にどうしてしまったのだろう。
「……俺、院を卒業したら、就職しようと思うんだ。
今、幾つか内定ももらえてて……そしたら、一緒に暮らさないか?」
今度は、私が驚く番だった。
純也の女性遍歴は数多聞いてきたけれど、誰か特定の1人と同棲したという話は聞いたことがない。
それだけ純也の私への気持ちが真剣なのだとわかる。
「どうして……?
純也だったら、他にいくらでも綺麗で可愛い子と付き合えるでしょう。
どうして私なの?」
嫌味のつもりで言ったのではない。
本心から純也が私を好きでいてくれる理由が分からないのだ。
すると、純也は、頭をぽりぽりと掻きながら答えた。
「俺ってさ、誰にでもいい顔しちゃうんだよなぁ。
そのせいで、女には色々苦労もしたけど……
なんて言うか……基本的に人から嫌われたくないんだよ。
でも、お前、誰にも媚びないだろう?
前に、サークルの先輩たちがさ、里親が見つからない猫たちを引き取るかどうかで揉めてたの、覚えてるか?
お前、あの時、〝命を預かる覚悟が持てないなら飼うべきじゃない〟って、ハッキリ言ったんだ。
みんなびっくりして、引いてたけど……
俺は、あの時のお前を見て、全身に電流が走ったみたいだった。
カッコイイなって思ったんだ。
俺だったら、あんな風にズバッと確信ついたこと言えないで、きっと笑って誤魔化してた」
(まさか純也が私のことをそんなふうに思ってくれていたなんて……)
私と純也の間に、付き合っていた頃の楽しい日々が蘇っていく。
今ここで私が手を伸ばせば、またあの頃のように戻れるのだろうか。
純也に裏切られたと知った時、やっぱり……と、諦め半分に思う気持ちと、ショックな気持ちが半々だった。
私も、純也のことは本気で好きだった、と思う。
でも、自分のことを好きではなかった。
純也に愛されているという自信がもてなかったのだ。
だから、もう自分が傷つかないよう、愛や恋だのという曖昧な感情なんて信じまい、と心に固く決めた。
それでも、コウヤからの好意を無下に出来なかったのは、正直心地が良かったからだ。
コウヤの真っすぐな瞳は、私の心の奥底にある、隠していた気持ちを揺さぶる。
彼は、全身全霊で私を愛してくれていた。
やっぱり私は、誰かに心から必要とされたくて、心から愛されたかったのだ。
正直なところ、純也に対する当て付けも、少しはあったと思う。
もしかしたら、純也が百合との関係を曖昧なまま続けていたのも、私に対する当て付けだったのかもしれない。
(私たち、ほんとバカね……)
だからこそ、私は、今ここで、ちゃんと純也と向き合わなければダメだ。
「純也…………私………………ごめん。
純也の気持ちには、答えられない」
私が純也の顔を見ると、純也は、心底傷付いたような顔をした。
それを見て私の胸がちくりと痛む。
「どうしてだ。百合のことを気にしてるのか?
それとも、まだ俺のことを許せない?」
百合には恨まれたままだけど、それでも彼女は私にとって可愛い後輩で、友人の一人だ。
純也と百合が一緒に居る姿を見て、心痛んだことも本当だ。
でも……
「ごめんね。私、他に好きな人がいるの」
にっこり笑って、私が答えると、純也は、一瞬瞳に怒りの色を浮かべた。
でも、それは本当に一瞬で、すぐに諦めたような表情になる。
「公園で一緒に居た、あいつのことか。
…………俺じゃ、ダメなんだな」
「ごめん……純也が悪いんじゃないよ。
私が、彼じゃなきゃダメなの」
そう、コウヤがいい。
コウヤの大きくてごつごつした手が私に優しく触れるのが好き。
あの人懐っこく屈託のない笑顔が好き。
逞しく広い胸でぎゅっと私を抱きしめてくれるのが好き。
少し低めの声で私の名を呼ぶのが好き。
真っすぐ私を見つめる、あの黄緑色の瞳が何よりも恋しい。
(コウヤに会いたい―――っ!)
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