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【本編】
仕事上がりの一杯
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「西野っち、どしたの? んな怖い顔して」
会社のオフィスでパソコンの画面を睨みながらキーボードを打っていたら、斜め向かいに座っていた伊藤さんに声を掛けられた。
「え……私、そんな怖い顔してました?」
画面から顔を上げて伊藤さんを見ると、彼女は笑いながら自分の眉間を人差し指で擦った。
「うん。画面の中に、親の仇でもいるんじゃないかってくらい怖いよ。
ほら、まだ眉間にシワ寄ってる」
言われて私が自分の眉間を触ると、確かに無意識に力が入っていたようだ。
「そんな難しい仕様だった?
……それとも、旦那と喧嘩でもしたかな?」
含み笑いをされて、私の頭がかっとなる。
伊藤さんに対してではない。
“旦那”と呼ばれた存在に対しての怒りだ。
「旦那なんかじゃないですってば……。
それに、別に喧嘩をしたわけでもないし……」
感情が表に出ないよう声を落としたのだが、逆に伊藤さんには妙な勘ぐりをされたようだ。
頬杖をつきながら大仰にため息を漏らす。
「あーあ、若いって羨ましいわぁ。
うちの元・旦那も、西野っちの旦那くんみたいにイケメンで優しかったら、離婚なんてしなかったのになぁ」
「伊藤さん……」
「ふふ、冗談よ。
クソ旦那と結婚したのは、私の見る目がなかったからで。離婚するって決めたのも私だしね」
伊藤さんが私の“旦那”と言っているのは、もちろんコウヤのことだ。
前に一度、残業で帰りが遅くなった私を迎えに会社の前まで来たコウヤを伊藤さんも目撃している。
それ以来、社内では、コウヤのことを私の公認旦那扱いされているのだ。
「ね。今晩、久しぶりに飲みに行かない?
女同士でさ」
「いえ、私は……」
いつもの調子で断ろうとして、はたと気付く。
私は、もう早く家に帰る必要がないことに。
「……やっぱり行きます。
ここのテストだけ終わらせたら、すぐに上がれますので」
「そうこなくっちゃ!
それじゃ、私もさっさとこの資料作り終わらせるわね~」
その後、黙々と今日中にやる予定だった工程を終わらせると、私と伊藤さんは、駅前の居酒屋へ向かった。
お通しをつまみに、とりあえずビールで乾杯をする。
「かぁ~~っ!
これよ、これっ!
仕事上がりに居酒屋で呑むビールって、なんでこんなに美味しいのかしらねぇ」
うっとりする表情で伊藤さんがジョッキに半分ほど残ったビールを見つめる。
その気持ちは、私もよく分かる。
「家で一人呑むのも悪くはないんだけどさぁ。
やっぱ、こうして賑やかなお店で、誰かと一緒に呑む時間って、大事なのよねぇ」
しみじみと呟かれて、私は返す言葉に困った。
そんな私の様子に気付いた伊藤さんが笑いながらごめんごめん、と謝る。
「あー別に気を遣わなくていいからね。
私は、離婚して、清々してるの。
全然後ろめたいことなんて、一つもないんだから」
聞きたいことがあったら、なんでも聞いて、と伊藤さんが聞いて欲しそうな顔をするので、私は、お酒の勢いに任せつつ、かなり直球な質問を投げかけてみた。
「どうして離婚されたんですか?」
会社のオフィスでパソコンの画面を睨みながらキーボードを打っていたら、斜め向かいに座っていた伊藤さんに声を掛けられた。
「え……私、そんな怖い顔してました?」
画面から顔を上げて伊藤さんを見ると、彼女は笑いながら自分の眉間を人差し指で擦った。
「うん。画面の中に、親の仇でもいるんじゃないかってくらい怖いよ。
ほら、まだ眉間にシワ寄ってる」
言われて私が自分の眉間を触ると、確かに無意識に力が入っていたようだ。
「そんな難しい仕様だった?
……それとも、旦那と喧嘩でもしたかな?」
含み笑いをされて、私の頭がかっとなる。
伊藤さんに対してではない。
“旦那”と呼ばれた存在に対しての怒りだ。
「旦那なんかじゃないですってば……。
それに、別に喧嘩をしたわけでもないし……」
感情が表に出ないよう声を落としたのだが、逆に伊藤さんには妙な勘ぐりをされたようだ。
頬杖をつきながら大仰にため息を漏らす。
「あーあ、若いって羨ましいわぁ。
うちの元・旦那も、西野っちの旦那くんみたいにイケメンで優しかったら、離婚なんてしなかったのになぁ」
「伊藤さん……」
「ふふ、冗談よ。
クソ旦那と結婚したのは、私の見る目がなかったからで。離婚するって決めたのも私だしね」
伊藤さんが私の“旦那”と言っているのは、もちろんコウヤのことだ。
前に一度、残業で帰りが遅くなった私を迎えに会社の前まで来たコウヤを伊藤さんも目撃している。
それ以来、社内では、コウヤのことを私の公認旦那扱いされているのだ。
「ね。今晩、久しぶりに飲みに行かない?
女同士でさ」
「いえ、私は……」
いつもの調子で断ろうとして、はたと気付く。
私は、もう早く家に帰る必要がないことに。
「……やっぱり行きます。
ここのテストだけ終わらせたら、すぐに上がれますので」
「そうこなくっちゃ!
それじゃ、私もさっさとこの資料作り終わらせるわね~」
その後、黙々と今日中にやる予定だった工程を終わらせると、私と伊藤さんは、駅前の居酒屋へ向かった。
お通しをつまみに、とりあえずビールで乾杯をする。
「かぁ~~っ!
これよ、これっ!
仕事上がりに居酒屋で呑むビールって、なんでこんなに美味しいのかしらねぇ」
うっとりする表情で伊藤さんがジョッキに半分ほど残ったビールを見つめる。
その気持ちは、私もよく分かる。
「家で一人呑むのも悪くはないんだけどさぁ。
やっぱ、こうして賑やかなお店で、誰かと一緒に呑む時間って、大事なのよねぇ」
しみじみと呟かれて、私は返す言葉に困った。
そんな私の様子に気付いた伊藤さんが笑いながらごめんごめん、と謝る。
「あー別に気を遣わなくていいからね。
私は、離婚して、清々してるの。
全然後ろめたいことなんて、一つもないんだから」
聞きたいことがあったら、なんでも聞いて、と伊藤さんが聞いて欲しそうな顔をするので、私は、お酒の勢いに任せつつ、かなり直球な質問を投げかけてみた。
「どうして離婚されたんですか?」
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