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【本編】

水谷百合

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水谷百合は、生まれた時から何不自由なく育ってきた。
父は大企業の社長で、母も資産家の娘であったため、欲しいと思うものは自分がそうだと自覚する前に与えられてきた。

父は仕事人間でほとんど家には帰らなかったが、美しい母を愛しており、会えない日でも花やジュエリーなどの贈り物を欠かさない。
それは、一人娘である百合に対しても同じで、百合が欲しいと口に出す前に、玩具でも洋服でも何でも当たり前のように与えられてきた。

自分の誕生日に、父の仕事が重なり会えない時ですら、贈り物の山を見て、父からの深い愛情を感じていた。
寂しいと感じる暇を与えない程には愛情を注がれていたのだ。
少なくとも、百合は、そう思っていた。
そう思わされていた、という方が正しいのかもしれない。

それが植え付けられた偽りの愛情であったと気付いたのは、百合が10歳になった頃のことだ。
父の秘書を勤めていた女性が突然、百合の前に現れて百合を誘拐したのだ。
その時は、自分が誘拐されただなんて夢にも思っていなかった。

大人しくしていたら父に会わせてあげると言われて、嬉しかったのを覚えている。
なかなか会うことの出来ない父に会いたい一心で百合は、秘書の言葉に従った。
数日軟禁状態にあったと言うのに、少しもおかしいと感じなかったのは、他人から言われるままに生活する暮らしが当たり前になっていたからだろう。

SPが部屋に突入してきて初めて、百合は自分が誘拐されていたことを知った。
目の前で拘束された秘書が自分の父親の愛人であったと知ったのは、数日経って学校へ行けるようになってから、級友たちの口から聞いた。

無事で良かった、と泣きながら百合を抱きしめてくれた母は、父に愛人がいたことを百合が話しても驚かなかった。
その時は、母に同情していた百合だったが、母にも父と同じように愛人がいることを知ったのは、百合が中学に上がる頃のことだった。

(二人とも、口ではお互いのことを愛してるって言ってるけど、本当は違った……。
 きっと私のことも、本当は愛してなんか、いないんだわ)

愛や結婚に失望した百合は、両親に対して反抗的な態度を取るようになっていった。
両親は、それを思春期の反抗期だと思い、大して問題にもしなかった。

そんな時、百合は、学校で世話をしているウサギ小屋の中に、見たことの無いウサギが一羽紛れ込んでいることに気が付いた。
そのウサギは、薄い黄緑色のような不思議な瞳をしていた。
他のウサギとは毛色も大きさも違うせいか、仲間に馴染めずに一羽だけ浮いていた。
用務員のおじさんに訊ねると、どうやら他の生徒が学校の敷地で見つけて、ウサギ小屋から逃げ出したものと思って連れてきたらしい。

「お前も独りぼっちなの?」

百合は、そのウサギがまるで自分の分身のように感じた。
思わずウサギを抱えると、こっそり家へ連れて帰った。
それは、ただのウサギではなかった。

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