2 / 9
本編
1. 現代の悪役令嬢
しおりを挟む
私立聖夢学園の新校舎前を制服姿の美男美女が二人並んで歩いていた。
周囲を通りかかる生徒たちの視線が自然と二人へと注がれる。
――よぉ、ソーヤ。この前は、ありがとなっ! また助っ人頼むぜ!
――ほら、見て。トムくんよ。今日もかっこいい~♡
――富瀬先輩⋯⋯ステキですぅ~♡♡♡
――ちょっと、あんまり大っぴらに言ってると、あんたも〝悪役令嬢〟に目を付けられるわよっ。
――ああ⋯⋯柏崎さん⋯⋯なんて美しいんだ⋯⋯っ! 君になら……踏まれても良い!!
――いやぁ~、確かに美人だけど⋯⋯観賞用って感じだよなぁ。
――あの二人って、許嫁らしいよ。柏崎さんって、ほら⋯⋯理事長の⋯⋯。
――容姿も生まれも恵まれてるなんて、神様は不公平よねー。
――まあでも、あれで中身が⋯⋯ねぇ。
――⋯⋯ひぃっ! ちょ、ちょっと、今の聞こえたんじゃないの?!
噂していた生徒たちは、一瞬で蛇に睨まれたように固まって動けなくなってしまった。
ふんっ、と睨んだ張本人は、鼻を鳴らす。
柏崎 紫。
またの名を〝現代の悪役令嬢〟と、影で皆から呼ばれていることを本人も自覚している。
容姿に恵まれたことも、生まれが尊いことも、自分の所為ではない。
だから、そのことについて他人からとやかく言われることは、どうでもいいのだが、自分自身について何か言われることは、許せないのだ。
「紫、顔こわい」
にこっ、と隣で悪意のない笑顔を見せる幼馴染を紫は、恨めしげに横目で見返した。
富瀬 奏也。
スポーツ万能で、明るく社交的。
その上、容姿も優れており、誰からも好かれる性格だ。
そのため性別を問わず人気があるのだが、本人は無自覚なので、それが余計に紫にとっては腹立たしい。
名前から連想される某名作の主人公からとって、周りからは親しみを込めて〝トム〟とか〝ソーヤ〟という愛称で呼ばれている。
紫への悪意ある愛称とは真逆だ。
「腹でも痛いのか?」
紫の表情が変わらないのを見て、奏也が首を傾げる。
本心から紫を心配しているのが見て分かるから、やはりタチが悪い。
「奏也の所為よ」
「え、なんで? 俺、何かしたかなぁ~……」
真剣に考え込む奏也を見て、紫は、ため息をついた。
こんな人だからこそ、紫は、彼から目が離せない。
二人が並んで正門の前まで来た時、紫は、正門の向こう側の陰からスカートの裾が見え隠れするのを視界に捉え、足を止めた。
ああ、またか……、と内心で悪態をつく。
「ん、どした?」
一歩先を進んだ奏也が紫を振り返った。
紫の位置からは、奏也の後ろに、先程見え隠れしていたスカートの主がこちらの様子を伺っているのが見える。
制服を着ているが、聖夢学園の制服ではないので、他校の生徒だろう。
こうしたシチュエーションは、これまでに何度も経験済みなので、彼女たちが何の目的で誰を待っているのかは、一目瞭然だ。
「奏也、キスして」
「えっ、今ここで??」
「今すぐ、ここで。早くしてっ」
少し語尾を強めて言うと、奏也が引きつった顔で周囲に視線を巡らせた。
周りには、まだ下校途中の生徒たちや、これから部活動へ向かう生徒たちが行き交っている。
こんなに大勢が見ている前でキスすることに抵抗があるだろう。
いつもなら、すぐにキスしてくれるのに、なかなか動こうとしない。
紫もわざわざ大勢に見られながらキスすることが恥ずかしくないわけではないのだが、こうでもしないと皆に解ってもらえないのだから仕方がない。
(奏也は、私のものなんだから……)
正門の向こう側から、先程から奏也を見ている女がこちらへ身を乗り出してくるのが見えた。
紫は、仕方なく、奥の手を使うことにした。
「奏也は、私の〝許嫁〟でしょう」
まるでそれが魔法の呪文か何かであるように、奏也は、観念したように肩で溜め息を吐いた。
困ったような、少しむっとしたような顔で紫を見る。
いつもこの表情を見ると、紫には、奏也が本意ではないことをさせられているのだと言っているようで、胸がちくりと痛む。
でも、やめることは出来ない。
奏也は、紫の〝許嫁〟なのだ。
奏也の整った顔が紫に近づいてきて、紫は、目を閉じた。
そっと互いの唇と唇が触れ合うだけのキス。
ほんの一瞬だが、敵を撃退するには充分だった。
奏也の肩越しに、泣きながら走り去って行く女の背中を確認し、紫は、ほっと胸を撫でおろす。
(奏也は、絶対、誰にも渡さない)
背後からは、他の女生徒たちの悲痛な叫び声が聞こえていた。
中には、むせび泣く声まで聞こえてくる。
これでしばらくは、奏也に近づいてくる女は、いなくなるだろう。
紫は、離れていく奏也の腕をぐっと掴んだ。
そのまま引き寄せて、腕を組むと、満足気な笑みをたたえながら正門をくぐった。
人からどれだけ性格が悪いと言われようとも、〝現代の悪役令嬢〟と罵られても構わない。
奏也を誰かにとられてしまうことに比べたら、何てことはない。
それだけ紫にとって奏也は、なくてはならない大事な人なのだ。
それに、奏也は、紫の言うことなら、どんな我が儘でも必ず聞いてくれる。
そのことを実感したい、というずるい気持ちもある。
でも、それは、奏也が自分を愛してくれているからではない、ということを紫は知っていた。
周囲を通りかかる生徒たちの視線が自然と二人へと注がれる。
――よぉ、ソーヤ。この前は、ありがとなっ! また助っ人頼むぜ!
――ほら、見て。トムくんよ。今日もかっこいい~♡
――富瀬先輩⋯⋯ステキですぅ~♡♡♡
――ちょっと、あんまり大っぴらに言ってると、あんたも〝悪役令嬢〟に目を付けられるわよっ。
――ああ⋯⋯柏崎さん⋯⋯なんて美しいんだ⋯⋯っ! 君になら……踏まれても良い!!
――いやぁ~、確かに美人だけど⋯⋯観賞用って感じだよなぁ。
――あの二人って、許嫁らしいよ。柏崎さんって、ほら⋯⋯理事長の⋯⋯。
――容姿も生まれも恵まれてるなんて、神様は不公平よねー。
――まあでも、あれで中身が⋯⋯ねぇ。
――⋯⋯ひぃっ! ちょ、ちょっと、今の聞こえたんじゃないの?!
噂していた生徒たちは、一瞬で蛇に睨まれたように固まって動けなくなってしまった。
ふんっ、と睨んだ張本人は、鼻を鳴らす。
柏崎 紫。
またの名を〝現代の悪役令嬢〟と、影で皆から呼ばれていることを本人も自覚している。
容姿に恵まれたことも、生まれが尊いことも、自分の所為ではない。
だから、そのことについて他人からとやかく言われることは、どうでもいいのだが、自分自身について何か言われることは、許せないのだ。
「紫、顔こわい」
にこっ、と隣で悪意のない笑顔を見せる幼馴染を紫は、恨めしげに横目で見返した。
富瀬 奏也。
スポーツ万能で、明るく社交的。
その上、容姿も優れており、誰からも好かれる性格だ。
そのため性別を問わず人気があるのだが、本人は無自覚なので、それが余計に紫にとっては腹立たしい。
名前から連想される某名作の主人公からとって、周りからは親しみを込めて〝トム〟とか〝ソーヤ〟という愛称で呼ばれている。
紫への悪意ある愛称とは真逆だ。
「腹でも痛いのか?」
紫の表情が変わらないのを見て、奏也が首を傾げる。
本心から紫を心配しているのが見て分かるから、やはりタチが悪い。
「奏也の所為よ」
「え、なんで? 俺、何かしたかなぁ~……」
真剣に考え込む奏也を見て、紫は、ため息をついた。
こんな人だからこそ、紫は、彼から目が離せない。
二人が並んで正門の前まで来た時、紫は、正門の向こう側の陰からスカートの裾が見え隠れするのを視界に捉え、足を止めた。
ああ、またか……、と内心で悪態をつく。
「ん、どした?」
一歩先を進んだ奏也が紫を振り返った。
紫の位置からは、奏也の後ろに、先程見え隠れしていたスカートの主がこちらの様子を伺っているのが見える。
制服を着ているが、聖夢学園の制服ではないので、他校の生徒だろう。
こうしたシチュエーションは、これまでに何度も経験済みなので、彼女たちが何の目的で誰を待っているのかは、一目瞭然だ。
「奏也、キスして」
「えっ、今ここで??」
「今すぐ、ここで。早くしてっ」
少し語尾を強めて言うと、奏也が引きつった顔で周囲に視線を巡らせた。
周りには、まだ下校途中の生徒たちや、これから部活動へ向かう生徒たちが行き交っている。
こんなに大勢が見ている前でキスすることに抵抗があるだろう。
いつもなら、すぐにキスしてくれるのに、なかなか動こうとしない。
紫もわざわざ大勢に見られながらキスすることが恥ずかしくないわけではないのだが、こうでもしないと皆に解ってもらえないのだから仕方がない。
(奏也は、私のものなんだから……)
正門の向こう側から、先程から奏也を見ている女がこちらへ身を乗り出してくるのが見えた。
紫は、仕方なく、奥の手を使うことにした。
「奏也は、私の〝許嫁〟でしょう」
まるでそれが魔法の呪文か何かであるように、奏也は、観念したように肩で溜め息を吐いた。
困ったような、少しむっとしたような顔で紫を見る。
いつもこの表情を見ると、紫には、奏也が本意ではないことをさせられているのだと言っているようで、胸がちくりと痛む。
でも、やめることは出来ない。
奏也は、紫の〝許嫁〟なのだ。
奏也の整った顔が紫に近づいてきて、紫は、目を閉じた。
そっと互いの唇と唇が触れ合うだけのキス。
ほんの一瞬だが、敵を撃退するには充分だった。
奏也の肩越しに、泣きながら走り去って行く女の背中を確認し、紫は、ほっと胸を撫でおろす。
(奏也は、絶対、誰にも渡さない)
背後からは、他の女生徒たちの悲痛な叫び声が聞こえていた。
中には、むせび泣く声まで聞こえてくる。
これでしばらくは、奏也に近づいてくる女は、いなくなるだろう。
紫は、離れていく奏也の腕をぐっと掴んだ。
そのまま引き寄せて、腕を組むと、満足気な笑みをたたえながら正門をくぐった。
人からどれだけ性格が悪いと言われようとも、〝現代の悪役令嬢〟と罵られても構わない。
奏也を誰かにとられてしまうことに比べたら、何てことはない。
それだけ紫にとって奏也は、なくてはならない大事な人なのだ。
それに、奏也は、紫の言うことなら、どんな我が儘でも必ず聞いてくれる。
そのことを実感したい、というずるい気持ちもある。
でも、それは、奏也が自分を愛してくれているからではない、ということを紫は知っていた。
10
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』
鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
--
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ
月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。
泣くのも違う。怒るのも違う。
ただ静かに消えよう。
そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。
画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。
相手に気付かれた? 見られた?
「未練ある」って思われる!?
恐怖でブロックボタンを連打した夜。
カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。
「戻ってきてもいいぞ?」という傲慢――許せませんわ。
ちゅんりー
恋愛
隣国の第一王子・レモンの婚約者であったマーマレード・オレンジは、甘いものしか愛せない王子の心変わりと、甘ったるい声で媚びる令嬢シュガーの計略により、「可愛げのない、苦くて酸っぱい女」として婚約破棄され、国外追放を言い渡される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる