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プロローグ

3.新しい生活

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「ふぅ、これでよしっと」

部屋の荷物を片付けると、私は、空いた段ボールを持ってアパートの外へ出た。
今日から念願だった一人暮らしが始まる。
近所のスーパーへ行って買い出しを済ませると、大学までの道のりを散策することにした。

慧子さんに夢の話を聞いてもらってから、不思議とあの夢を見なくなっていた。
あの時に買わされた御守りのおかげなのかもしれない。
初めは、うまく商売に使われたのかしら、と疑ったが、よく考えてみれば、たかが御守り一つ、大した値段でもない。
それに、御守りを身に付けるようになってから、あの夢を見なくなったのだから、やはりご利益があるのかもしれなかった。
今日も、スマホのストラップに付けて持ち歩いている。

しばらく近所を散策した後で、大学の中も見て回ることにした。
あれから手続きで何度か足を運んだが、ゆっくり中を歩いて見るのは、これが初めてだ。
周りは、大人びた私服姿の大学生たちばかりで、自分が浮いていないか心配になる。

(明日から、私も大学生……ここに通えるのね)

そう思うと、胸がどきどきした。
ちょうど図書館横を通り過ぎようとした時だった。
図書館から出てきた男性に声を掛けられた。

「あれ、聖羅ちゃん?」

声を聞いただけで心が震えた。
顔を見なくても分かる。

「翔平くん……」

「久しぶりだなー……何年ぶりかな?
 今日は、どうしてここに?
 ……え、もしかして……この大学に入ったの?」

私がどうしてもこの大学へ通いたかった理由。
私の幼馴染でもあり、初恋の相手でもある。
岡野 翔平。
家の近所に住んでいる二つ上のお兄さんで、昔はよく一緒に遊んでもらっていた。

「うん……翔平くんも……そっか、この大学に通ってたんだね。
 すごい、偶然だねっ」

嘘だ。偶然なんかじゃない。
翔平くんがこの大学に入ったと聞いてから、ずっとこの日を迎えるために今まで頑張ってきたのだ。
嬉しすぎて、鼻の奥がつんとなるのを必死で抑えた。

「そっかー。
 これからは先輩後輩として、またよろしくな」

翔平くんの変わらない笑顔が眩しすぎて、私は、バイバイするまで直視出来なかった。

(翔平くん、しばらく見ない間に、またかっこよくなってたなぁ)

すらっとした長身に整った顔立ち、性格もさっぱりとしていて誰からも好感をもたれる彼は、中学時代からよく女子にモテていた。
私の同級生にも岡野先輩カッコイイ~と憧れてる女子は少なくなく、私はずっと気が気がではなかった。
高校は男子校へ行ってしまったので同じ学校に通えなかったが、この大学に入ったと母親伝に聞いてからは、同じ大学へ通うことが夢だった。

(ツインレイ……翔平くんがそうだったりして……)

私は、夢で見たが翔平くんだったら良いのにな、と思った。


 大学の講義が始まり、新しい生活にも慣れて来た頃のことだ。
翔平くんとは、たまに食堂や構内ですれ違うことはあっても、一言二言ほど言葉を交わすくらいで、まるで進展がない。

(このままじゃ、今までと何も変わらない……そんなのは、もうイヤ)

そう思った私は、翔平くんと同じサークルに入ることにした。
サークル活動なら、学年や学科が違っていても関わりを持つ事が出来る。

「あ、由香里からだ」

スマホのバイブに気付いて見てみると、由香里から待ち合わせに少し遅れる、という連絡が入っていた。
由香里は、第一志望の大学に落ちてしまい、この大学に通うことになった。
三人とも学科は違うけれど、時々三人で一緒にお茶をしながら近況を報告し合っている。

今日は二人に、サークル活動について話を聞いてみようと思っていた。
奈津美は既に写真サークルに所属していて、由香里は家庭教師のバイトがあるからとサークルに入っていない。
私もアルバイトはしなければ、と思っていたが、なかなかこれというものが見つからない。
人に勉強を教えるのは得意ではないが、サークル活動と両立できそうなら、由香里に紹介してもらおうかと考えていた。

(まだ待ち合わせまで少し時間があるな)

腕時計を確認して、私は、借りていた本を返そうと図書館へ向かった。
図書館へ向かう道には桜並木が続いていて、既に葉桜になってしまっていたが、まるで緑のトンネルのようだ。
いつもなら人の往来があるのに、今は、私一人しかいない。
何となくここが異世界へ続くトンネルに見えて、胸がざわついた。

ふと気がつくと、さっきまで誰もいなかった筈の道の真ん中に、忽然と人の姿が現れた。
それは、こちらへ歩いて来るでもなく、あちらへ向かうふうでもなく、ただ立ち止まっているように見える。

(あれ……見間違いかな。
 ぼーっとしてて、見えなかったとか?)

学生だろうか。
仮装かと思うような黒いローブのような布を身体に纏っている。
頭にはフードを被っているので顔は見えない。
黒くて大きなてるてる坊主が立っているような不気味さを感じる。
私が近付くと、その人物の異様さが空気を通して伝わってくる気がした。
私は、何となく嫌な感じがして、足を止めた。
このまま引き返そうかと考えた時、突風が吹きすさび、てるてる坊主のフードが脱げ、顔が見えた。
均整の取れた美しい男の顔だった。
少しやつれたような青白い顔をしているが、黒い長髪が風になびいて、色気すら感じる。

(……なんだろう、なんだか懐かしい……?)

見たこともない顔……の筈だった。
それなのに、何故か胸がぎゅっと締め付けられるような切ない感情の波が私に押し寄せる。
その理由を考える間もなく、男が何かを呟いた。

『やっと……見つけた』

それは、聞いたこともない異国の言葉だった。
それなのに、何故か私には、男が何と言っているのか解った。
どういう意味かと、私が言葉の意味を聞こうとした時、一層強い風が正面から吹いてきて、私は反射的に目を瞑った。
ごおごおという風の音が耳のすぐ傍で聞こえる。
風は、止むどころか更に強くなっていく。
顔を守るように構えた手の隙間から薄らと目を開けると、風は、渦を巻いて私の周りだけに吹いているようだった。
それも、よく見ると、男の身体から放たれている。

(なに……何なの??)

気が付くと、さっきまであった緑のトンネルは、どこにもなく、私は、何も無い宙に浮かんでいた。

「誰っ? あなたは、誰なの?!」

風の音にかき消されないよう声を張り上げた。
男は、それに答えるように、口角をあげる。

『すぐに会える』

男が異国の言葉でそう告げるのが解った。
その時、私の視界に白っぽい何かが横切った。
桜の花びらだ。
季節外れの桜が渦を作って私の周りを取り囲むと、私の視界は桜色に塗りつぶされる。
助けを呼ぶ声を上げようとしても、何故か声が出ない。
そこで私の意識は途絶えた。
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