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プロローグ
1. 夢の話
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朝。
目が覚めると、涙で頬が濡れていることがある。
悲しくて、切なくて……胸がひどく痛い。
さっきまで見ていた夢の所為だ。
そして、気付く。
あっちの世界が偽物で、こっちの世界が現実なのだと。
ほっとすると同時に、悲しくなる。
――ああ、あの人には、もう会えないのか。
…………〝あの人〟って、誰?
……………………わからない。
とても大切な人だった気がする。
でも、ベッドから重たい身体を起こす頃には、すっかり夢の残像は消え、
ただ、心に切ない余韻だけが残っている。
――――ひどい喪失感だけが。
「また夢の話? いつものやつ?」
同級生の布施 香織が鞄の中から出したお菓子の箱を開けて、机の上に置く。
いくら自習中とは言え、授業中にお菓子を食べるなんて香織くらいだ。
「いつもってわけじゃないんだけど、
……最近、多いんだよね。
まぁ、内容は覚えてないけど」
肩をすくめて話す私に、香織がお菓子を薦める。
私は、食欲がないと言って、それを断った。
周りは、お喋りをする女子生徒たちで騒がしい。
それでも、中には、静かに机に向かって自習をしている生徒もいる。
この中にいる半分以上が大学へ進学し、残りは、ほぼ浪人組だ。
進学校故に希望する大学のレベルが高いというのが理由の一つだろう。
香織は、チョコレートのついた細い棒のお菓子を口に咥えながら空を仰いだ。
「受験ストレスってやつかねぇ。
夢占い的に、悲しい夢っていうのは、
何かを後悔していたり、逃避願望の現れだって言われているのよね。
あとは、将来への不安」
かく言う私も志望大学の二次試験が終わり、あとは結果を待つばかりの身だ。
かなり自信はあるが、やはり不安はある。
それが潜在意識として夢に現れたのだろうか。
「でも、夢の中では、幸せだったんだよね……たぶん。
それが現実じゃなくて、悲しい、というか……」
私は、今朝方に見た夢の輪郭を思い出そうと必死に頭の中を探ったが、思い出そうとすればする程、それは靄のように掻き消えてしまう。
「ふーん……それじゃあ、今の環境への不満から起こる願望の現れ、ね。
ほら、思春期の頃によく見る、空を飛ぶ夢、とかがソレよ。
でも、それだと目覚めはスッキリしているはずなんだけどなぁ。
それか…………前世の記憶だったりして」
お菓子を飲み込んだ香織がにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……え、何それ。笑えない。
厨二病じゃないんだから」
それに、思春期と呼ぶには少し恥ずかしい年頃だ。
私がやや引き攣った笑顔で応えると、香織は、お菓子の箱へ手を伸ばしながら言った。
「気になるんなら、うちで占ってあげようか?」
香織の家は、代々神社を運営しており、夢見が悪いと言って相談に訪れる人も少なくないらしい。
その所為か、香織は、他の人よりも占いの類に精通していて、よく私の見る夢について解説をしてくれるのだ。
「ううん、そこまでは……ただ、ちょっと気になっただけだから」
私がやんわり断ると、お菓子を飲み込んだ香織が真顔で声を潜めて言った。
「……ま、夢は、夢主の心を映す鏡だとも言うからね。
所詮夢とは言え、夢だからって、あまりバカにしない方がいいよ。
ちゃんと向き合えば、今自分が抱えている問題を解決する糸口になることだってあるんだから」
そう言って、再びお菓子の箱へ手を伸ばす香織に、私は、不安な気持ちで曖昧に頷くのだった。
――っ、……て。早く……。
え、何?
よく聞こえない。
私の視界は、白い靄がかかったように曖昧で、
そこに誰かが居て、何かを叫んでいるのは分かっても、くぐもった声で、何を言っているのかよく聞き取れない。
待って、もう一度……!
私が手を伸ばすと、目の前にあった人影は消え、見慣れた自分の部屋がそこにはあった。
(また、あの夢……)
胸が切ない。
私は、自分が泣いているのに気付いた。
(一体、あなたは、誰なの?)
夢だと分かっているのに、何故か私には、あの人の存在が本物のように感じられるのだ。
「大丈夫? なんだか顔色が悪いわよ。
今日は、お母さんも一緒に付いて行こうか?」
朝食を食べていると、母が心配そうな口調で私に話し掛けてきた。
「……いいよ、大丈夫。
ちょっとよく寝れなかっただけだから」
今日は、受験結果の発表日だ。
インターネットでも結果を確認することは出来るけど、せっかくだから直接大学へ行って、張り出された結果を一緒に確認しよう、と友達と約束している。
大学までは、電車を乗り継いで2時間以上掛かるので、受かれば、晴れて4月から一人暮らしを始める予定だ。
「いってきます」
私は、いつもと変わらない口調で家を出た。
大学のキャンパスには、制服を着た高校生がたくさん来ていた。
皆、私と同じようにインターネットでの確認だけじゃなく、実際に自分の目で結果を見て実感したいのかもしれない。
最寄り駅の改札で待ち合わせをしていた友達とはすぐに合流できた。
同じ塾に通っているうちに出来た友達だ。
私が着いた時には、既に4人が集まっていた。
ただ、1人だけインターネットで先に結果を確認したらしい友人の姿だけがなかった。
どうやら不合格だったらしい。
皆、口には出さないが、幸先の悪い話を聞いて、余計に緊張しているのが伝わってくる。
「それじゃあ、いこっか」
尾道 由香里が重たい空気を払うように明るい口調で言った。
由香里は、模擬試験での判定結果がこの中で一番良かったから、受かっている自信があるのだろう。
ちなみに私の模擬試験結果は、ぎりぎり合格判定だった。
「落ちても、受かっても、恨みっこなし、だからねっ!」
広瀬 奈津美の言葉に、皆が頷き合う。
奈津美も私も、この大学が第一志望なのだ。
この大学に受かるために、私は、これまで遊びたいこともやりたいことも全て我慢して勉強に勤しんできた。
その苦労と努力の結果が今日、分かるのだ。
由香里は、他に第一志望があるようだが、そちらの結果は、まだらしい。
私たちは、それぞれの想いを胸に抱きながら、結果発表の貼られた掲示板を見つけると、自分の受験番号を無言で探した。
目が覚めると、涙で頬が濡れていることがある。
悲しくて、切なくて……胸がひどく痛い。
さっきまで見ていた夢の所為だ。
そして、気付く。
あっちの世界が偽物で、こっちの世界が現実なのだと。
ほっとすると同時に、悲しくなる。
――ああ、あの人には、もう会えないのか。
…………〝あの人〟って、誰?
……………………わからない。
とても大切な人だった気がする。
でも、ベッドから重たい身体を起こす頃には、すっかり夢の残像は消え、
ただ、心に切ない余韻だけが残っている。
――――ひどい喪失感だけが。
「また夢の話? いつものやつ?」
同級生の布施 香織が鞄の中から出したお菓子の箱を開けて、机の上に置く。
いくら自習中とは言え、授業中にお菓子を食べるなんて香織くらいだ。
「いつもってわけじゃないんだけど、
……最近、多いんだよね。
まぁ、内容は覚えてないけど」
肩をすくめて話す私に、香織がお菓子を薦める。
私は、食欲がないと言って、それを断った。
周りは、お喋りをする女子生徒たちで騒がしい。
それでも、中には、静かに机に向かって自習をしている生徒もいる。
この中にいる半分以上が大学へ進学し、残りは、ほぼ浪人組だ。
進学校故に希望する大学のレベルが高いというのが理由の一つだろう。
香織は、チョコレートのついた細い棒のお菓子を口に咥えながら空を仰いだ。
「受験ストレスってやつかねぇ。
夢占い的に、悲しい夢っていうのは、
何かを後悔していたり、逃避願望の現れだって言われているのよね。
あとは、将来への不安」
かく言う私も志望大学の二次試験が終わり、あとは結果を待つばかりの身だ。
かなり自信はあるが、やはり不安はある。
それが潜在意識として夢に現れたのだろうか。
「でも、夢の中では、幸せだったんだよね……たぶん。
それが現実じゃなくて、悲しい、というか……」
私は、今朝方に見た夢の輪郭を思い出そうと必死に頭の中を探ったが、思い出そうとすればする程、それは靄のように掻き消えてしまう。
「ふーん……それじゃあ、今の環境への不満から起こる願望の現れ、ね。
ほら、思春期の頃によく見る、空を飛ぶ夢、とかがソレよ。
でも、それだと目覚めはスッキリしているはずなんだけどなぁ。
それか…………前世の記憶だったりして」
お菓子を飲み込んだ香織がにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……え、何それ。笑えない。
厨二病じゃないんだから」
それに、思春期と呼ぶには少し恥ずかしい年頃だ。
私がやや引き攣った笑顔で応えると、香織は、お菓子の箱へ手を伸ばしながら言った。
「気になるんなら、うちで占ってあげようか?」
香織の家は、代々神社を運営しており、夢見が悪いと言って相談に訪れる人も少なくないらしい。
その所為か、香織は、他の人よりも占いの類に精通していて、よく私の見る夢について解説をしてくれるのだ。
「ううん、そこまでは……ただ、ちょっと気になっただけだから」
私がやんわり断ると、お菓子を飲み込んだ香織が真顔で声を潜めて言った。
「……ま、夢は、夢主の心を映す鏡だとも言うからね。
所詮夢とは言え、夢だからって、あまりバカにしない方がいいよ。
ちゃんと向き合えば、今自分が抱えている問題を解決する糸口になることだってあるんだから」
そう言って、再びお菓子の箱へ手を伸ばす香織に、私は、不安な気持ちで曖昧に頷くのだった。
――っ、……て。早く……。
え、何?
よく聞こえない。
私の視界は、白い靄がかかったように曖昧で、
そこに誰かが居て、何かを叫んでいるのは分かっても、くぐもった声で、何を言っているのかよく聞き取れない。
待って、もう一度……!
私が手を伸ばすと、目の前にあった人影は消え、見慣れた自分の部屋がそこにはあった。
(また、あの夢……)
胸が切ない。
私は、自分が泣いているのに気付いた。
(一体、あなたは、誰なの?)
夢だと分かっているのに、何故か私には、あの人の存在が本物のように感じられるのだ。
「大丈夫? なんだか顔色が悪いわよ。
今日は、お母さんも一緒に付いて行こうか?」
朝食を食べていると、母が心配そうな口調で私に話し掛けてきた。
「……いいよ、大丈夫。
ちょっとよく寝れなかっただけだから」
今日は、受験結果の発表日だ。
インターネットでも結果を確認することは出来るけど、せっかくだから直接大学へ行って、張り出された結果を一緒に確認しよう、と友達と約束している。
大学までは、電車を乗り継いで2時間以上掛かるので、受かれば、晴れて4月から一人暮らしを始める予定だ。
「いってきます」
私は、いつもと変わらない口調で家を出た。
大学のキャンパスには、制服を着た高校生がたくさん来ていた。
皆、私と同じようにインターネットでの確認だけじゃなく、実際に自分の目で結果を見て実感したいのかもしれない。
最寄り駅の改札で待ち合わせをしていた友達とはすぐに合流できた。
同じ塾に通っているうちに出来た友達だ。
私が着いた時には、既に4人が集まっていた。
ただ、1人だけインターネットで先に結果を確認したらしい友人の姿だけがなかった。
どうやら不合格だったらしい。
皆、口には出さないが、幸先の悪い話を聞いて、余計に緊張しているのが伝わってくる。
「それじゃあ、いこっか」
尾道 由香里が重たい空気を払うように明るい口調で言った。
由香里は、模擬試験での判定結果がこの中で一番良かったから、受かっている自信があるのだろう。
ちなみに私の模擬試験結果は、ぎりぎり合格判定だった。
「落ちても、受かっても、恨みっこなし、だからねっ!」
広瀬 奈津美の言葉に、皆が頷き合う。
奈津美も私も、この大学が第一志望なのだ。
この大学に受かるために、私は、これまで遊びたいこともやりたいことも全て我慢して勉強に勤しんできた。
その苦労と努力の結果が今日、分かるのだ。
由香里は、他に第一志望があるようだが、そちらの結果は、まだらしい。
私たちは、それぞれの想いを胸に抱きながら、結果発表の貼られた掲示板を見つけると、自分の受験番号を無言で探した。
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